第4話 最初の夜
第4話です。
水源を見つけ、苦労しながらも火を起こすことに成功した主人公。
しかし、森で生きていくために必要なのは、水と火だけではありません。
知らない森で、初めての夜を迎えます。
火を起こせた。
その事実だけで随分と安心していた俺は、太陽が木々の向こうへ沈み始めた頃になって、ようやく次の問題に気付いた。
「……寝る場所、これでいいのか?」
目の前には、根元から倒れた巨大な木が横たわっている。
根が土ごと持ち上がったことで、その下には人ひとりが身体を丸めれば入れそうなくぼみができていた。
昼間に見つけた時は、ここなら何とかなると思ったのだが、暗くなり始めてから見ると随分と頼りなく感じる。
「……狭いな」
しかも地面はむき出しの土だ。
湿ってはいないものの、このまま横になれば身体の熱をかなり奪われそうだった。
とりあえず焚き火を消さないよう、少し太めの枝を一本追加する。
ぱちぱちと音を立てながら炎が揺れ、その明かりに照らされた範囲だけが、辛うじて自分の居場所だと思えた。
「まずは敷くものか」
記憶を探る。
地面へ直接寝ると、想像以上に身体の熱を奪われる。
キャンプや遭難に関する本で、そんな話を読んだ覚えがあった。
まだ空に明るさが残っているうちに、空き地の周辺から乾いた葉と細い枝を集める。
葉だけではすぐに潰れてしまいそうなので、最初に細い枝を何本か並べ、その上へ葉を厚めに重ねてみた。
「……こんなものかな」
手で押してみる。
柔らかいとは言い難いが、むき出しの土よりは明らかにましだった。
次に、倒木の根元へ何本かの枝を斜めに立てかけ、その上へ大きな葉を重ねる。
屋根。
そう呼びたいところだが、出来上がったものを眺めると自信がなくなった。
「雨が降ったら終わるな、これ」
隙間だらけだ。
それでも今夜だけなら、風を少し防ぐ程度の役には立つかもしれない。
空を見上げる。
木々の間に残っていた青色が紫へ変わり、やがて黒へ溶け込んでいく。
昼間は絶えず聞こえていた鳥の声も、いつの間にか少なくなっていた。
「急に雰囲気変わるな……」
昼間は明るかった。
知らない草も、巨大な木々も、どこか新鮮で面白く見えていた。
それが今は違う。
森の奥が、何も見えないほど暗い。
火の明かりが届く範囲は想像以上に狭く、その先に何がいるのかまるで分からなかった。
――ギャアァァ……。
「っ!」
遠くから、低く長い鳴き声が響いた。
鳥ではないと思う。
少なくとも、俺が知っている鳥の声ではなかった。
「いるよな、当然」
これだけ広い森なのだ。
動物がいない方がおかしい。
頭では分かっていたが、家の中でテレビ越しに聞く獣の鳴き声と、森の暗闇から直接聞こえてくる鳴き声とでは、怖さがまるで違った。
無意識に焚き火へ近付く。
「火、絶対消せないな」
枝を追加すると、炎が少しだけ大きくなった。
昼間まで、あれほど苦労して起こした火だった。
今では、この森で唯一頼れる存在にすら思える。
「……喉渇いたな」
水源は見つけた。
けれど、まだ水をまともに飲んでいない。
本当なら煮沸してから飲みたい。
そう思っていたものの、水を入れる容器がないのだからどうしようもなかった。
「さすがに、明日まで我慢する方が危ないか」
昼からかなり動き回ったせいで、口の中はすっかり乾いている。
脱水になるまで我慢するくらいなら、多少の危険は承知で飲んだ方がいい。
「湧き口から直接なら……まだましかな」
川の途中ではなく、岩の隙間から水が出ているすぐ近く。
そこなら少なくとも、上流で動物が入り込んだ水を直接飲むよりは安全そうに思えた。
もちろん、何の保証もない。
今は選べる手段が少なすぎるだけだ。
焚き火へ少し太い枝を追加し、火の周囲に燃え移りそうな枯れ葉がないことを確認してから、水源へ急いだ。
明るいうちにつけておいた目印を辿る。
昼間に何度か往復しておいて、本当に良かった。
夜の森は、ほんの数歩先さえ分かりにくい。
やがて聞き慣れた水音が届いた。
「よし……」
岩の隙間から水が湧き出している場所へ近付き、両手ですくう。
一度だけ迷ったあと、そのまま口をつけた。
「……冷たい」
身体へ染み込んでいくようだった。
一口飲んで、少し待つ。
当然、すぐに何か起こるわけではない。
もう一口だけ飲み、それ以上は控えることにした。
「水を運ぶ容器、欲しいな。それに……できれば煮沸もしたい」
やることがまた一つ増えた。
空き地へ戻ると、焚き火はまだ残っていた。
「良かった……」
心の底から安堵する。
その後は、眠るというより、目を閉じて身体を休める時間が続いた。
葉が擦れる音。
遠くで枝が折れる音。
時折聞こえる、名前も知らない生き物の声。
そのたびに目が覚めた。
一度、空き地の近くにある茂みが揺れた気がして身体を起こしたが、しばらく待っても何も出てこなかった。
「火を怖がってるのかな……」
そう考えることにした。
実際、焚き火は野生動物を遠ざけるために使われることがある。
なら、この火を維持した苦労も無駄ではなかったのだろう。
どれくらい経ったのか。
何度目かに目を開けた時、真っ黒だった森の奥が少しずつ青みを帯び始めていた。
「……朝?」
一羽の鳥が鳴く。
それを合図にしたように、別の場所からも次々と鳴き声が聞こえてきた。
俺は倒木の下から這い出し、ゆっくり立ち上がる。
身体は痛い。
腰も重い。
それでも、立てる。
普通に立ち、両腕を伸ばすこともできる。
「……生きてるな」
思わず笑った。
どこなのかも分からない森で火を起こし、初めての夜を越えた。
たった一晩。
それでも俺にとっては、随分と大きなことをやり遂げたように思えた。
そして、その感慨を打ち消すように腹が大きく鳴る。
「……腹減った」
昨日よりもずっと大きな音が、静かな朝の空き地に響いた。
第4話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、初めて森で夜を越しました。
水と火を手に入れても、寝床、食料、容器など、必要なものはまだいくらでもあります。
次回は、空腹をどうにかするため、森の中で食べられるものを探します。




