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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第一部「森に居場所を作る」第一章「森で目覚めて」

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第3話 火がつかない

第三話です。


水源を見つけた主人公が、次に挑むのは火起こし。


知識として知っていることと、実際に自分の手でやることの違いを思い知らされます。

「……まあ、何とかなるだろ」


 そう思っていた。


 本当に、そう思っていた。


 火起こしなんて、何度も見たことがある。


 乾いた木を集める。


 燃えやすい枯れ草を用意する。


 木を擦り合わせて摩擦熱を起こす。


 そこに火種を作って、息を吹きかける。


 煙が出る。


 火がつく。


 完成。


「…………」


 俺は手の中にある木の棒を見た。


 次に。


 その下に置いてある、少し削れただけの木片を見る。


「……おかしいな」


 火はない。


 煙すらない。


 あるのは。


「痛っ……」


 両手のひらにできた、赤い擦り傷だけだった。


 空き地へ戻ってきてから、それなりに時間が経っている。


 日が暮れるまでに、火を確保したい。


 そう考えた俺は、まず森の中から乾いていそうな枝や枯れ草を集めた。


 大きな木の下。


 倒木の陰。


 比較的雨に濡れにくそうな場所。


 そこから乾燥したものを選んだつもりだ。


 そして。


 昔見たサバイバル番組を思い出しながら、火起こしを始めた。


 結果。


「全然つかない……」


 木の棒を両手で挟む。


 勢いよく回す。


 下の板へ押し付ける。


「ふっ……!」


 左右。


 左右。


 左右。


 もっと速く。


「くっ……!」


 手が下へずれていく。


 戻す。


 また回す。


 しばらく続けて。


「……っ!」


 手が滑った。


「痛ぇ……」


 棒を落とした。


 両手を見る。


 さっきより赤くなっている。


「テレビで見た時は、もっと簡単そうだったぞ……」


 もちろん。


 今になって考えれば、あれは簡単そうに見せていただけだ。


 出演していた人も、たぶん何度も練習していた。


 道具だってちゃんと選んでいただろう。


 一方で俺は。


 森の中から拾ってきた適当な木。


 火起こし経験ゼロ。


「そりゃ無理か」


 いや。


 無理と決めるのは早い。


 一度立ち上がり、肩を回す。


 身体そのものはまだ動く。


 手は痛いけれど、腕が上がらないほど疲れてはいない。


 以前なら。


 これだけ作業をした時点で、今日はもう終わりだった。


 身体が重くなって。


 頭がぼんやりして。


 休んでもなかなか戻らない。


 でも今は違う。


「休めば、またできるんだよな」


 それだけで、少し気持ちが戻ってきた。


 倒木へ腰掛ける。


 水源で濡らした布――と言いたいところだが、そんな便利なものはない。


 着ている服の袖で額の汗を拭った。


「さて……」


 もう一度、考える。


 火を起こす方法は一つじゃない。


 木を擦る。


 石を打ち合わせる。


 弓のような道具を使う方法もあった。


「弓ぎり式……だったか?」


 確か、紐を木の棒へ巻き付けて、弓のように前後へ動かす方法。


 手だけで回すより楽だったはずだ。


 問題は。


「紐がない」


 服を裂くか?


 一瞬考えた。


「いや……やめとこう」


 今着ている服は一組だけだ。


 夜の気温もまだ分からない。


 貴重な服を火起こしのために破るのは、さすがに怖い。


「蔓……とか?」


 周囲を見る。


 木々に絡みついている細い植物はいくつかある。


 使えるかもしれない。


「試してみるか」


 立ち上がる。


 こういう時。


 失敗しても別の方法を試せる。


 それだけで妙に楽しい。


 少し森へ入り、細長い蔓を探した。


 適当に一本を選び、引っ張る。


「硬っ」


 思ったより丈夫だ。


 何度か捻って、ようやく切れた。


 長さもそれなりにある。


「これなら……」


 空き地へ戻る。


 少し曲がった枝を一本。


 その両端へ蔓を結ぶ。


「……こんな感じだったよな」


 かなり不格好だ。


 でも、弓のような形にはなった。


 木の棒へ蔓を一周させる。


 下に木片を置く。


 上から棒を押さえるものが必要だったので、手頃な平たい石を使った。


「よし」


 弓を前後させる。


 棒が回る。


「お」


 さっきよりいい。


 明らかに楽だ。


「これだ……!」


 前後。


 前後。


 前後。


 次第に木の接触部分が黒くなっていく。


「きたか?」


 さらに動かす。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


「……煙?」


 白いものが上がった。


「おおっ!」


 思わず動きを止めそうになる。


「いや、止めるな!」


 自分に言い聞かせ、さらに弓を動かした。


 煙が増える。


 焦げた匂い。


「いける……いけるぞ!」


 昔テレビの前で何度も見た光景。


 今度は、自分の手元で起きている。


 十分に熱が溜まったと思ったところで、そっと木を外した。


 削れた木屑の中。


 黒くなった小さな塊。


「火種……だよな?」


 赤い。


 ほんのわずかに。


 俺は事前に集めておいた枯れ草へ、慎重に移した。


「ここから……」


 両手で包む。


 息を吹きかける。


「ふー……」


 煙。


「ふー……」


 もっと。


「ふぅー……!」


 煙が増えた。


 枯れ草の中が赤くなる。


「来い……!」


 さらに息を吹き込む。


 次の瞬間。


 ぼっ。


「うわっ!」


 小さな炎が上がった。


 驚いて枯れ草を落としかける。


「危なっ……!」


 慌てて地面へ置く。


 すぐそばに用意しておいた細い枝を乗せる。


 一本。


 二本。


 三本。


 炎が枝へ移る。


「…………」


 火。


 本物の火だ。


「……ついた」


 思わず座り込んだ。


「ついた……!」


 たったそれだけなのに。


 どうしようもなく嬉しい。


 手は痛い。


 腕も疲れた。


 何度失敗したか分からない。


 でも。


 俺が起こした火だ。


 ライターでもない。


 ガスコンロでもない。


 自分で拾った木と草。


 自分の手で作った道具。


 それだけで。


「……すげぇ」


 また同じ言葉が出た。


 俺には、他に表現する言葉がなかった。


 炎の向こうで、空が少しずつ橙色へ変わり始めている。


「まずい」


 感動している場合じゃない。


 火はついた。


 でも、これを消したらまた最初からだ。


「薪……もっといるな」


 急いで空き地周辺から枝を集める。


 細いもの。


 中くらい。


 少し太いもの。


 知識だけはある。


 いきなり太い木を乗せれば火が消える。


 だから少しずつ。


 炎が安定するまで育てる。


 何度か枝を追加しながら。


「……こんなもんか?」


 小さい。


 キャンプ場の立派な焚き火とは比べものにならない。


 でも、十分だ。


 近くへ手を伸ばす。


 暖かい。


「火って、こんなに安心するんだな」


 森の中で。


 家もない。


 食べ物もない。


 飲み水だって、まだ確保できていない。


 それでも。


 目の前に火がある。


 ただそれだけで、少しだけここが自分の場所になったような気がした。


「……あとは水か」


 火があるなら。


 次は、どうにか水を煮沸したい。


 でもやっぱり。


「容器がないんだよなぁ」


 炎を見ながら考える。


 木をくり抜く?


 時間がかかる。


 大きな葉で器を作る?


 火にかけられない。


 石を熱して水へ入れる方法なら、容器自体は木や葉でもいけるはず。


「うーん……」


 明日。


 また探すしかない。


 今日は、もう暗くなる。


「まずは夜を越さないとな」


 火のそばから離れすぎない範囲で、倒木の根元を見る。


 昨日――いや。


 目が覚めてから時間の感覚が曖昧だ。


 とにかく今夜。


 ここで眠るしかない。


 大きな倒木。


 その根が土ごと持ち上がり、地面との間に小さなくぼみができている。


「寝るだけなら……何とかなるか」


 枝。


 葉。


 草。


 雨まで降ったら終わりそうだが。


 今の俺にできる範囲で整えるしかない。


 そう思った時だった。


「…………ん?」


 森の奥。


 何かが動いた。


 気がした。


 俺は動きを止める。


 耳を澄ませる。


 風。


 木の葉。


 火がぱちぱちとはぜる音。


 それ以外は――。


「…………」


 何も聞こえない。


「気のせいか?」


 ここは森だ。


 動物の一匹や二匹いて当然だろう。


 むしろ今まで何にも出会わなかった方がおかしい。


 そう考えながら。


 焚き火へ枝を追加した。


 ぱちっ。


 小さな火の粉が飛ぶ。


 その光の届かない場所。


 木々の奥で。


 一対の小さな瞳が、じっとこちらを見つめていた。


 だが。


 今の俺が、その存在に気付くことはなかった。

第三話を読んでいただき、ありがとうございます。


ようやく火を確保できました。


知識は持っていても、実際には思うようにいかない。


そんな失敗も含めて、一歩ずつ森での生活を作っていきます。


次話は「最初の夜」。


火の明かりだけを頼りに、森で初めての夜を迎えます。

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