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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第三章「白い子犬」

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第34話 一緒に歩く

第34話です。


少しずつ同じ場所で過ごすようになった白いやつ。


今回は、拠点の外でも距離が変わり始めます。

朝。


 目を覚まして最初に右足を動かしてみる。


「……お」


 昨日まで残っていた鈍い痛みが、かなり軽くなっていた。


 地面へ足をつき、ゆっくり体重をかける。


「これなら普通に歩けそうだな」


 少し違和感はある。


 でも、杖代わりの枝へ体重を預けなくても歩ける程度には戻っている。


「丈夫な身体ってありがたいなぁ」


 前世の自分なら、ちょっとした怪我でも必要以上に気にしていた気がする。


 もちろん、この身体だって怪我をしないわけではない。


 一昨日それを嫌というほど思い知ったばかりだ。


「調子乗らないようにしないとな」


 外へ出る。


 火を確認し、残っていた薪を一本足す。


 倒木の近くでは、白いやつがすでに起きていた。


「おはよう」


 白い耳がこちらへ向く。


 右前脚を見る。


 巻いた布はかなり汚れていた。


「それも、そろそろ外した方がいいかな」


 傷そのものは前よりずっと良さそうだ。


 歩き方にも、ほとんど違和感がない。


「あとで見せてくれたらな」


 俺が近付くと、白いやつは逃げることなく立ち上がった。


「……まあ、それは後でいいか」


 まずは朝の仕事だ。


 水。


 火。


 食べられるもの。


 昨日は肉を食べられたが、毎日白いやつが獲物を持ってくるわけではない。


 むしろ、それを当てにする方がおかしい。


「今日は少し採りに行くか」


 保存している木の実も残っている。


 それでも、食べられる草や木の実が見つかるうちに、周囲をもう少し見ておきたい。


 足の調子も確かめたい。


 石片と簡単な入れ物を持つ。


「遠くまでは行かないけど」


 独り言を言いながら森の方へ歩き出した。


 数歩進む。


 後ろから小さな音がした。


「ん?」


 振り返る。


 白いやつが立っている。


「…………」


 俺を見る。


「来る?」


 何となく聞いてみる。


 白いやつは答えない。


 ただ、俺が歩き出すと。


 ついてきた。


「お」


 少し前なら、拠点の外で同じ方向へ歩く時も、もっと後ろだった。


 俺が止まれば止まり。


 進めば進む。


 それでも、一定の距離を空けていた。


 今日は。


「近くない?」


 横を見る。


 白いやつは俺の真横ではない。


 少し斜め後ろ。


 でも、数メートルしか離れていない。


 俺が向きを変えると、少し遅れて同じ方へ曲がる。


「…………」


 何だろう。


「散歩みたいだな」


 言ってから。


「いや、違うか」


 飼っているわけじゃない。


 首輪もない。


 俺が連れているわけでもない。


 白いやつが勝手についてきているだけだ。


「まあ、好きにしたらいいけど」


 森へ入る。


 昨日まで足を庇っていたせいか、最初のうちは少し慎重になった。


 一歩ずつ地面を確かめる。


「大丈夫そうだな」


 痛みはほとんどない。


 それでも無理には速く歩かない。


 白いやつは俺より少し前へ出たり、横へ移ったりしながら進んでいる。


 ずっと後ろをついてくるわけではない。


 何かの匂いを嗅ぐために茂みへ寄ることもある。


「自由だな」


 当たり前か。


 もともと森で生きているやつだ。


 俺より、この辺りの歩き方はずっと慣れている。


「俺の方がついてってるみたいだ」


 少し笑う。


 しばらく歩くと、見覚えのある場所へ出た。


「この辺、前にも来たな」


 低い草。


 細い木。


 少し先には、以前確認した獣道もある。


 今日はそこへ深く入らない。


 大きな獣の痕跡を見つけた場所へ、わざわざ足を運ぶ必要はない。


「食べられるものだけ探そう」


 足元を見る。


 見覚えのある葉。


「これは大丈夫なやつ」


 何度か食べている草を少し摘む。


 根こそぎにはしない。


 同じ場所で採り続ければ、そのうちなくなる。


「こっちにもあるな」


 少し移動する。


 白いやつもついてくる。


 俺がしゃがめば止まり。


 立ち上がれば、また歩き出す。


「…………」


 やっぱり。


「一緒に歩いてるな」


 不思議な感じがした。


 これまで俺が森へ入る時は、基本的に一人だった。


 近くに白いやつの気配があったとしても、それは木々の奥から見られているだけだった。


 今は違う。


 何となく横を見れば。


 いる。


「慣れたなぁ、お前」


 白いやつがこちらを見る。


「最初なんて、目が合っただけで逃げそうだったのに」


 もちろん俺だって、あの頃はこいつが何なのか分からなかった。


 今も分かっているわけではないけど。


「…………」


 少なくとも。


「近くにいても、そんなに怖くない」


 たぶん。


 向こうも少しくらいは同じように思っているのだろう。


 そうじゃなければ、わざわざこんな距離を歩かない。


 さらに少し進む。


 低い茂みの向こうに、見慣れない葉があった。


「ん?」


 足を止める。


 濃い緑色。


 葉の縁が少し波打っている。


 その根元近くには、小さな丸い実のようなものがいくつか付いていた。


「これ、初めて見るな」


 近付く。


 白いやつも止まった。


「食べられるかな」


 もちろん、すぐ口には入れない。


 まず形。


 匂い。


 虫が食べた跡があるか。


 周りに同じ植物があるか。


 いつものように確認しようと、もう一歩踏み出した。


 その時。


「ん?」


 服の裾が後ろへ引かれた。


「……何?」


 振り返る。


 白いやつが、俺の服の端を軽く咥えている。


「…………」


「どうした?」


 白いやつはすぐに口を離した。


 そして、俺と植物の方を交互に見る。


「…………」


 何だ?


 もう一度植物を見る。


 近付こうとすると。


「ワフ」


 短い声。


「え?」


 白いやつが俺の前へ少し出た。


 植物との間に完全に立ち塞がるわけではない。


 でも、明らかにそちらを気にしている。


「こっちはダメ?」


 聞いてみる。


 白いやつは植物へ鼻を近付けなかった。


 むしろ少し距離を取っている。


「…………」


 偶然?


 俺が変な方向へ行こうとしたから止めただけ?


「でも」


 もう一度手を伸ばしかける。


「ワフ」


 また鳴いた。


「…………」


 やめた方がいいのか。


 少なくとも、わざわざ試す理由はない。


「じゃあ、やめとく」


 手を引く。


 白いやつはそれ以上鳴かなかった。


「…………」


 妙だな。


 この森で生きてきたなら、食べられるものと危ないものを俺より知っていてもおかしくない。


「もしかして、お前これ知ってる?」


 白いやつがこちらを見る。


「…………」


「まあ、聞いても答えられないか」


 植物から離れる。


 ただ。


「覚えとこう」


 形だけは頭に入れておく。


 濃い緑。


 波打った葉。


 根元の丸い実。


「近付かないやつ」


 そう決めた。


 少し先へ進む。


「でも、何が駄目なんだろうな」


 毒?


 匂い?


 それとも、この近くに別の危険がある?


 分からない。


 白いやつが止めたからといって、植物そのものが毒だと決めつけるのも早い。


「……確認できないなら触らない。今はそれでいいか」


 知識がない時に無理をする必要はない。


 さらに森を歩く。


 白いやつは再び俺の数メートル横を歩き始めた。


 しばらくすると、今度は向こうが足を止めた。


「ん?」


 地面を見ている。


「何かある?」


 近付く。


 落ち葉の上に、小さな赤い実が落ちていた。


「これは……」


 見上げる。


 枝にもいくつか付いている。


 前に見つけた木の実とは違う。


「また知らないやつだな」


 白いやつを見る。


「これもダメ?」


 返事はない。


 白いやつは赤い実へ近付き、匂いを嗅いだ。


「お」


 今度は嫌がらない。


「食べるの?」


 期待して見る。


 でも。


 白いやつは匂いを嗅いだだけで、そのまま離れた。


「……食べないのか」


 安全なのか、危険なのか。


「分からん」


 白いやつが食べないから毒。


 というわけではない。


 単に好きじゃないかもしれない。


 腹が空いていないだけかもしれない。


「万能じゃないな」


 少し安心した。


 もし何でも知っていて、俺を全部正しい方向へ導いてくれるなら、それはそれで不自然だ。


 白いやつは森で生きている。


 でも、まだ小さい。


 狩りだって、きっと何でも簡単にできるわけじゃない。


「昨日の獲物も、苦労したかもしれないしな」


 俺は赤い実には手を出さなかった。


「これも保留」


 食べられるかどうか分からないものを、無理に増やす必要はない。


 さらに進む。


 少し開けた場所で、低い木の葉を見ていると。


「…………」


 葉の裏に、妙な虫がいた。


「うわ」


 思わず顔を近付けるのをやめた。


 指くらいの長さ。


 黒っぽい身体に、黄色い筋。


 背中には細い毛のようなものがびっしり生えている。


「触りたくない見た目してるな」


 白いやつも近くまで来た。


 虫を見る。


「これ知ってる?」


 鼻を近付けるかと思ったが。


 白いやつは一歩下がった。


「…………」


「それは分かりやすい」


 俺も下がる。


「触らない」


 毒虫かどうかは知らない。


 でも、触って確かめる必要もない。


「森、知らないもの多すぎるな」


 食べ物だけじゃない。


 植物。


 虫。


 獣。


 全部。


 前世の知識が役に立つこともある。


 でも、それだけで判断していたら危ない。


「…………」


 横を見る。


 白いやつは何事もなかったように歩き出している。


「少しくらい頼ってもいいのかな」


 言ってから、すぐに首を振る。


「いや、全部はダメだな」


 こいつが知っていること。


 俺が知っていること。


 どちらも完全じゃない。


 俺だって、火や道具のことなら白いやつより知っている。


 白いやつは、森の匂いや食べ物、危ないものを俺より知っているかもしれない。


「お互い、分かるところだけって感じか」


 白いやつが振り返る。


「…………」


「何でもない」


 採れた草と木の実を確認する。


 今日は十分だ。


「そろそろ帰るか」


 方向を変える。


 白いやつも立ち止まり。


 俺が歩き出すと、そのまま同じ方へ向きを変えた。


「…………」


 やっぱりついてくる。


 帰り道。


 俺が少し速く歩けば、白いやつも歩調を変える。


 足元が悪いところで俺がゆっくりになれば、向こうも少し先で待つ。


「お前、先に帰っててもいいんだぞ」


 白い耳が動く。


 そのまま歩く。


「…………」


「まあ、いいけど」


 森を抜ける。


 空き地が見えてきた。


 倒木。


 屋根。


 薪。


 火の残る場所。


 俺の作ったものが少しずつ視界へ入ってくる。


「戻った」


 つい口にする。


 白いやつも俺から少し離れた場所で森を抜けた。


「…………」


 同じところから帰ってきた。


 ただそれだけなのに。


 少し前とは違って見える。


 俺が森へ行って。


 白いやつがついてきた。


 危なそうなものがあれば、俺を止めた。


 分からないものは、二人とも避けた。


 そして。


 同じ場所へ戻ってきた。


「一緒に歩くのも、悪くないな」


 白いやつを見る。


 白い耳がぴくりと動いた。


「…………」


 意味は分かっていないだろう。


 それでも。


 白いやつはそのまま倒木の近くへ向かい、いつもの場所へ伏せた。


 俺も採ってきたものを置き、火の様子を確認する。


 同じ場所で。


 それぞれ好きなことをする。


「…………」


 いつの間にか。


 それが少しずつ、普通になり始めていた。

第34話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


森に慣れている白いやつでも、何でも分かるわけではありません。


今回は危なそうなものを避ける判断材料が一つ増えただけで、未知の植物や虫の正体まで分かったわけではない、という段階です。

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