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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第三章「白い子犬」

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第31話 足をやった

第31話です。


少しずつ扱える道具は増えてきましたが、どれもまだ粗末なものばかりです。


慣れてきた頃だからこそ、油断すると痛い目を見ることもあります。

朝から、白いやつは倒木の近くにいた。


 昨日と同じように小さな寝床へ入るわけではなく、その少し横へ伏せている。


「そこ好きだな」


 声をかけると、白い耳がこちらへ向いた。


 右の前脚を見る。


 まだ完全に普通の歩き方へ戻ったわけではないが、以前ほど露骨に庇ってはいない。


「傷、どうなってる?」


 近付いて見ようとはしない。


 必要があれば、向こうからまた触らせてくれるだろう。


 今のところ布も残っているし、無理に外そうとしている様子もない。


「まあ、もう少し様子見か」


 俺は焚き火へ枝を足し、その日の作業を考えた。


 水はあとで汲めばいい。


 薪も昨日集めた分が残っている。


「今日は棚かな」


 屋根の下に作った簡単な棚を見る。


 最初は石片や植物繊維を置けるだけで十分だったが、物が増えるにつれて少し手狭になってきた。


 魚の骨。


 使いやすい形の石片。


 細く裂いた植物繊維。


 予備の蔓。


 小さな樹皮。


「増やしたいな」


 棚そのものを大きくするか、もう一つ横へ作るか。


「横に増やす方が楽か」


 今あるものへ無理に継ぎ足して全部崩すより、隣へ同じような低い台を作った方が失敗しても被害が少ない。


「よし」


 材料置き場から枝を選ぶ。


 細すぎれば物を乗せた時に曲がり、太すぎると加工が大変になる。


 何本か手に取って比べ、その中からなるべく真っすぐなものを選んだ。


「これと……これ」


 長さは揃っていない。


 石斧で調整するしかない。


 地面へ枝を横たえ、切りたい場所へ石斧を当てる。


 ごっ。


「…………」


 刃が少し食い込む。


 もう一度。


 ごっ。


 以前よりは、どこへ当てれば木が削れるのか分かるようになってきた。


「慣れたな」


 最初に若木一本を倒した時は、どこを叩いても思うように刃が入らず、ただ疲れていた。


 今は少なくとも、同じ場所へ何度か当てられる。


「まあ、斧が良くなったわけじゃないけど」


 石の刃。


 木の柄。


 植物で作った紐。


 どれも自分で作ったものだ。


 便利ではある。


 でも。


「…………」


 一度手を止め、石斧を見る。


 刃を固定している部分が、少し緩んでいた。


「あぶな」


 使う前に気付けてよかった。


 植物繊維を締め直す。


 水で湿らせ、結び目を確認してから、もう一度軽く振ってみる。


「これなら」


 再び木へ。


 ごっ。


 今度は少し深く入った。


「よし」


 何度か繰り返し、枝を短くする。


 完全に切断するというより、周囲から削って細くして最後に折る。


「相変わらず力技だな」


 枝を両手で持つ。


「っ……」


 ぐっと曲げると、削った部分から折れた。


「一本」


 次。


 さらに一本。


 同じように長さを合わせていく。


 作業の途中、白いやつを見る。


「…………」


 寝ている。


「平和だな」


 少し笑う。


 俺が木を叩く音にも、随分慣れたらしい。


 最初の頃なら石斧を振るたび森の奥へ消えていたかもしれない。


「…………」


 もう一本。


 今度の枝は少し太かった。


「これ、脚にするにはちょうどいいんだけど」


 太い分、切るのに時間がかかる。


 それでも使えそうなので、石斧を当てた。


 ごっ。


「…………」


 浅い。


 角度を変える。


 ごっ。


 少し削れる。


「ここ」


 もう一度。


 その時だった。


 石の刃が木の表面を滑った。


「っ!」


 思った場所へ食い込まず、斧が横へ抜ける。


 反射的に身体を引いた。


 その拍子に、足元へ置いていた別の太い枝を踵で踏んだ。


「うわっ」


 体勢が崩れる。


 手に持っていた枝を離す。


 ごとっ。


「痛っ!」


 落とした枝の太い方が、右足の甲へまともに当たった。


「っ……!」


 その場へしゃがみ込む。


「痛い痛い痛い……」


 石斧は少し離れた地面へ落ちている。


「危な……」


 もし石の刃の方を足へ落としていたら。


「…………」


 考えたくない。


 しばらく右足を押さえたまま動かない。


「やったな、これ」


 恐る恐る足を動かす。


 指。


「動く」


 足首。


「大丈夫」


 強くひねった感じはない。


「折れては……ないよな?」


 枝が当たったところ。


 履いている靴は、この世界へ来た時から使っているものだ。


 脱いで確認する。


「…………」


 足の甲が赤くなっている。


 端の方には、枝の表面で擦ったらしい浅い傷もあった。


「腫れるかな」


 押す。


「痛っ」


 当然痛い。


「押すなよ」


 自分に言う。


 立てるか。


 近くの倒木へ手をつき、ゆっくり身体を持ち上げる。


「…………」


 右足へ体重をかける。


「っ」


 痛い。


 でも。


「歩ける」


 一歩。


「…………」


 二歩。


「無理はしない方がいいな」


 命に関わる怪我ではない。


 森の中を走れと言われたら無理だが、拠点の中を歩くくらいならできる。


「今日は水、一回で済ませたいな」


 そう思ったところで。


 視線を感じた。


「…………」


 白いやつが起きていた。


 さっきまで丸くなっていたはずなのに、身体を起こしてこちらを見ている。


「起こした?」


 耳が前を向いている。


 俺が一歩動く。


「っ……」


 右足を庇う。


「…………」


 白いやつの視線が、足へ下がったような気がした。


「何?」


 もちろん答えない。


「…………」


 また一歩。


 白いやつはその場を動かず、俺を見ている。


「そんな見る?」


 石斧を拾おうと屈む。


「…………」


 今度は白いやつが立ち上がった。


「ん?」


 近付いてはこない。


 でも、さっきより少し身体が前へ出ている。


「大丈夫だって」


 そう言うと、白い耳がぴくりと動いた。


「…………」


 俺は一度止まる。


「今、反応した?」


 以前から、俺が話すと耳が動くことはあった。


 単純に音へ反応しているだけだと思っている。


「まあ、そりゃ聞こえるか」


 気にせず、石斧を拾う。


 刃を見る。


「…………」


 少しずれている。


「これも原因だな」


 完全に外れたわけではない。


 でも、木へ当たった時に刃が少し動いた。


 そのせいで狙った方向から滑ったのかもしれない。


「道具に慣れてきたからって、道具が良くなったわけじゃないんだよな」


 最初は一振りごとに怖がっていた。


 今は扱いに慣れた分、確認が雑になっていたかもしれない。


「…………」


 足を見る。


「俺もか」


 この身体になってから。


 よく歩ける。


 木を切れる。


 重いものも運べる。


 毎日作業しても、前世のようにすぐ身体がついてこなくなることはない。


「丈夫になったからって、怪我しないわけじゃないんだよな」


 当たり前だ。


「元気なのと無敵なのは違うか」


 むしろ今まで大きな怪我をしていない方が運が良かった。


 石を割る。


 木を切る。


 火を扱う。


 知らない森を歩く。


「危ないことばっかりしてるな、俺」


 少し笑う。


「いや、笑い事じゃないか」


 足の傷を見る。


 浅い擦り傷。


 昨日、白いやつへやったのと同じように、まず水で洗う。


「俺の分まで布使うの嫌だな」


 大きな傷ではない。


 汚れを落とすだけで十分そうだ。


 水を少し使い、傷口へ流す。


「冷たっ」


 染みる。


「…………」


 白いやつを見る。


 まだ見ている。


「お前もこんな感じだった?」


 右前脚の布。


 俺の右足。


「お揃いとか全然嬉しくないな」


 白いやつの耳が動く。


「…………」


 俺は足を軽く拭き、靴を履き直した。


 今日は森の中を余計に歩かない。


「水だけ取って、あとはここ」


 湧き水までは行かなければならない。


「…………」


 今ある水。


 容器を見る。


「足りるか?」


 飲む分。


 傷を洗った分。


 夜まで。


「微妙だな」


 仕方ない。


「一回だけ行く」


 石斧は持つ。


 杖も。


「今日は杖、本当に杖だな」


 右足へ負担をかけすぎないよう、いつもより杖へ体重を預ける。


 一歩。


 もう一歩。


「…………」


 後ろ。


 白いやつも歩き出した。


「来るの?」


 昨日から、水汲みの時についてくることはあった。


「今日はゆっくりだからな」


 俺が歩く。


 白いやつも一定の距離を保ってついてくる。


 いつもより遅い俺を追い越すことはない。


「…………」


 少し進む。


 右足が痛む。


「やっぱ、地味に痛い」


 止まる。


「…………」


 白いやつも止まった。


「お前まで止まらなくていいよ」


 また歩く。


 数分後、もう一度休む。


「…………」


 白いやつも、少し離れたところで止まる。


「何なの?」


 偶然だろうか。


「…………」


 俺が右足を動かす。


 白いやつの顔が、そちらへ向いたように見える。


「見てる?」


 試しに。


「大丈夫だって」


 少し笑って言う。


 白い耳がぴくりと動いた。


「本当にそれよく動くな」


 返事の代わりみたいで、少し面白い。


「行くぞ」


 湧き水まで、普段より随分時間がかかった。


 水を汲み。


「帰り、重いんだよな」


 樹皮の容器を両手で持つと杖が使いづらい。


「…………」


 考える。


「今日は少なめにするか」


 一杯にせず、普段より水を減らす。


「足悪化させるよりいい」


 一度で大量に運ぶ必要はない。


 今日一日を越せればいい。


 白いやつは水場の少し下で、自分で水を飲んでいた。


「そこは楽でいいな」


 容器、いらないもんな。


「…………」


 白いやつが顔を上げる。


「俺も四つ足なら運ぶの楽……いや、違うか」


 何を言っているんだろう。


「帰ろう」


 ゆっくり。


 いつもより慎重に戻る。


 途中で足を休めるたび、白いやつも少し先で止まった。


「…………」


 偶然。


 たぶん。


「でも」


 俺が歩き出すまで待っているようにも見える。


「まさかな」


 空き地へ着く。


「ただいま」


 水を置く。


「疲れた」


 いつもなら、このあと薪を集めたり、別の作業を始めたりする。


 今日は。


「座る」


 焚き火のそば。


 足を伸ばす。


「…………」


 白いやつも戻ってきた。


 倒木の近く。


 いつもの場所へ伏せる。


「お前も休憩?」


 今日はもう棚を作るのはやめる。


 途中まで切った枝も、そのままでいい。


「明日できるし」


 足の痛みが引けば。


「…………」


 屋根を見る。


 棚。


 材料。


 作りかけ。


「昔なら」


 無理をして続けたかもしれない。


 体調がいい日に、できるだけやっておきたい。


 そんな考えがどこかにあった。


「今は明日があると思えるんだよな」


 明日。


 その次。


 ここにいる。


「なら、今日全部やる必要ないか」


 火へ枝を一本足す。


「…………」


 白いやつを見る。


 向こうもこちらを見ていた。


「まだ見てる」


 さっきから何度も。


「…………」


 足を動かす。


「痛っ」


 顔が歪む。


 白いやつが、身体を少し起こした。


「…………」


「本当に大丈夫だって」


 今度は、少しはっきり言う。


「打っただけ。たぶん」


 白い耳が動く。


「俺の方は歩けるし」


 その右前脚を見る。


「お前ほどじゃない」


 白いやつは、しばらく俺を見ていた。


「…………」


 それから。


 少しだけ身体を下ろす。


「納得した?」


 そんなわけないか。


 俺は笑って火へ視線を戻した。


 午後は、ほとんど座って過ごした。


 植物繊維なら、歩かなくても作れる。


「こういう時、棚作ったの正解だな」


 手を伸ばせば石片も繊維もある。


 裂く。


 撚る。


 つなぐ。


 いつもよりゆっくり作業する。


 途中、白いやつが森へ少し入っていった。


「あれ?」


 そのまま帰るのかと思ったが、しばらくするとまた姿を見せた。


「戻った」


 何をしていたのかは分からない。


 白いやつは空き地の端へ戻ると、また俺を見る。


「…………」


「俺、そんなに変?」


 普段。


 動いている。


 今日は。


 ほとんど座っている。


「それが気になるのかな」


 少し離れたところから。


 何度も。


 こちらを確認している。


「…………」


 昨日までなら。


 俺の方が白いやつの傷を気にしていた。


 今日は。


「逆?」


 そんなふうに考えそうになる。


「いやいや」


 まだ。


 そこまで。


「…………」


 白いやつが、俺をどう思っているのか。


 分からない。


 魚をくれるやつ。


 水を置くやつ。


 傷を触ったやつ。


 火のそばにいる変な生き物。


「それくらいかもしれない」


 でも。


 少なくとも。


「俺がいつもと違うのは分かってる?」


 白い耳が、また動いた。


「…………」


 偶然。


「たぶん」


 夕方。


 足の甲は少し腫れていた。


「やっぱ腫れたか」


 朝より痛む気もする。


「今日は本当に動かない」


 水はある。


 薪もある。


 食べ物も少し。


「準備してて良かった」


 以前のように、その日使う分をその日集めるだけだったなら。


 足を痛めた状態で薪を探し。


 水を汲み。


 食べ物を探さなければならなかった。


「暮らす場所作った意味、こういう時にもあるんだな」


 薪置き場から一本取る。


 棚から道具を取る。


 水も手の届くところにある。


「便利」


 地味だけど。


 本当に。


「…………」


 火が少し大きくなる。


 白いやつは、今日はいつもより長く拠点に残っていた。


 森へ帰る時間になっても、すぐには立たない。


「お前も今日はいるの?」


 白いやつはこちらを見る。


「…………」


 俺は足を伸ばしたまま、火へ手をかざす。


「大丈夫だから」


 もう一度。


 言う。


「明日には、たぶんもう少し歩けるよ」


 白い耳がぴくりと動いた。


「…………」


 分かっているわけではない。


 そう思う。


 それでも。


 今日は何度も。


 俺が動くたび。


 止まるたび。


 白いやつの視線が向いていた。


「…………」


 少しだけ。


 嬉しい。


「心配してるとかだったら」


 そこまで言って。


「いや」


 笑う。


「都合よく考えすぎか」


 白いやつは何も言わず、倒木のそばで伏せている。


 俺も火の前から動かない。


 昨日までなら。


 白いやつの方が怪我をしていて。


 俺がその歩き方を気にしていた。


 今日は。


 俺が足を痛め。


 白いやつが何度もこちらを見ている。


「…………」


 理由は。


 分からない。


 でも。


 少なくとも。


 俺がいつもと違うことには。


 気付いているらしい。


「大丈夫」


 もう一度だけ。


 静かに言った。


 白い耳が。


 また。


 小さく動いた。

第31話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


主人公の身体は前世より健康ですが、怪我をしなくなったわけではありません。


石と木を中心に作った粗末な道具は便利になった一方、緩みや滑りなどの危険も残っています。


慣れてきた時ほど、道具の確認は大切です。

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