第24話 残しておく
第24話です。
拠点の近くへ来ているらしい、小さな白い存在。
追わず、呼ばず、距離を保ったまま様子を見ます。
翌日。
朝一番に見た平たい石の上には、何も残っていなかった。
「食ったのか」
昨日置いたのは、本当に少しだけの橙色の実だ。
近くの土には、小さな足跡がある。
「同じやつっぽいな」
断定はできない。
でも、形も大きさも似ている。
「…………」
森を見る。
姿はない。
「まあ、いいか」
俺はそれ以上探さなかった。
食べ物を置けば必ず来るとも思わない。
大量に与えるつもりもない。
自分の食料だって余裕があるわけではない。
「残せる時だけだな」
その日は何も置かない。
次の日、橙色の実を食べた時に、昨日と同じくらいだけ平たい石へ残した。
その時も、俺が見ている間は何も来なかった。
水を汲みに出て戻ると、なくなっていた。
さらに次の日は置かない。
その次の日、またほんの少しだけ残す。
なくなる日もあれば、しばらくそのままの日もあった。
「毎回来るわけじゃないか」
それでいい。
何日か続けるうちに、足跡だけが少しずつ空き地の内側へ近付いていた。
「徹底してるな」
俺がいる時は近付かない。
少し安心する。
少なくとも、今すぐ襲ってくるような生き物ではなさそうだ。
「向こうも怖いのか」
そう考えると、妙に納得できた。
森の中で突然現れた人間。
火を使う。
木を切る。
同じ場所へ何日もいる。
「そりゃ警戒するよな」
俺だって、獣道の先に大きな足跡を見つけた時はすぐ戻った。
知らないものへ距離を取るのは、たぶん同じだ。
「だったら待つ」
そのくらいでいい。
昼過ぎ。
俺は屋根の横で、細い枝を同じくらいの長さへ揃えていた。
簡易棚を少しだけ広げるためだ。
石斧で大まかに切り、石片で出っ張りを削る。
「…………」
途中で手が止まった。
何か。
見られている気がした。
「…………」
顔を上げる。
森の端。
木の幹と低い茂みの間。
そこにいた。
「…………」
白い。
今度は一瞬ではない。
四本足の、小さな生き物。
犬。
あるいは狼。
子犬と呼ぶには少し大きいが、成犬ほどではない。
全身は白を基調にしていて、耳の先と背の一部に淡い銀灰色が混じっている。
身体は少し細い。
「……犬?」
思わず声が出た。
白い生き物の身体が、わずかに固くなる。
「あ」
逃げる。
そう思った。
だから動かない。
立ち上がらない。
手も伸ばさない。
「…………」
目が合う。
黒っぽい瞳が、まっすぐこちらを見ている。
耳がこちらを向き、鼻先が少し動く。
「本当にいたんだな」
小さく言う。
近付かない。
呼ばない。
ただ座ったまま見る。
向こうも動かない。
数秒。
もっと長かったかもしれない。
森の音だけが続く。
「…………」
白い生き物が、一歩だけ後ろへ下がった。
俺は動かない。
もう一歩。
そのまま身体の向きを変える。
「じゃあな」
何となく口から出た。
返事はない。
白い身体は茂みの向こうへ入り、すぐ見えなくなった。
「…………」
しばらく、その場所を見ていた。
「犬、っぽいな」
断定はできない。
この世界に前世と同じ犬がいるかも分からない。
狼に近い何かかもしれない。
「でも」
思っていたより小さい。
そして、思っていたより白い。
「白い毛、あいつか」
今まで拾った毛。
小さな足跡。
食べ物がなくなったこと。
全部が一本につながったような気がした。
「追わなくて良かったな」
もし足跡を辿っていたら、もっと警戒させていたかもしれない。
午後。
俺はいつも通り作業を続けた。
森の端を気にしすぎないようにする。
でも。
「…………」
時々見る。
「いない」
また作業。
「…………」
見る。
「いない」
「俺、気にしすぎ」
自分で笑う。
夕方。
橙色の実を一つ食べる。
少しだけ残った欠片を見て、平たい石へ置くか迷う。
「今日は、いいか」
結局、そのまま自分で食べた。
姿を見せたからといって、ご褒美のように食べ物を出すのも違う気がする。
「来るなら、食べ物がなくても来るだろ」
向こうが何を目的にしているのかは分からない。
だからこそ、食べ物だけで引き寄せ続けたくはなかった。
夜。
焚き火へ枝を足す。
森の端を見る。
何もいない。
「明日は来るかな」
口にしてから、苦笑した。
「また来る前提になってるな」
来なくてもいい。
来てもいい。
向こうが決めればいい。
俺は屋根の下へ戻り、目を閉じた。
少なくとも今日。
足跡と白い毛だけだった存在に、初めて姿ができた。
白い、小さな犬のような何か。
まだ、そのくらいの距離で十分だった。
第24話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
白い存在は、主人公が作った拠点の近くまで来るようになりました。
ただし、まだ人間そのものには強く警戒しています。




