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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第二章「生きる場所を作る」

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第21話 道具を置く場所

第21話です。


道具や材料が増えてきたことで、今度は置き場所が必要になってきました。


今回は、拠点の中を少しだけ整理します。

「……ない」


 朝。


 屋根の下でしゃがみ込みながら、俺はもう一度周囲を見回した。


「どこ置いた?」


 探しているのは、小さな石片だった。


 魚を捌く時や、植物の繊維を裂く時に使っているもの。


 石斧ほど目立たないが、細かい作業ではかなり使う。


 昨日。


 確かに使った。


「ここだった気がするんだけど」


 寝床の横。


 ない。


 樹皮の水容器の近く。


 ない。


 石斧を立てかけている倒木の脇。


「……ないな」


 少し離れた場所を見る。


 乾いた薪。


 濡れた薪。


 池から持ち帰った葦に似た植物。


 細く裂いた繊維。


 使えそうだから残している魚の骨。


 蔓。


 樹皮。


「ごちゃごちゃしすぎだろ」


 自分で置いたのだから誰にも文句は言えない。


 最初は。


 本当に何もなかった。


 道具と呼べるものもなく、拾った石や枝をその場で使うだけだった。


 だから。


「置き場所なんて考える必要なかったんだよな」


 今は違う。


 石斧。


 石片。


 樹皮の水容器。


 ひび割れた粘土の失敗作。


 植物繊維。


 蔓。


 魚の骨。


 薪。


 使える木材。


 樹皮。


「増えたな……」


 悪いことではない。


 むしろ。


 増えてほしかった。


 でも。


「使いたい時に見つからないなら意味ないな」


 地面へ手をつき、寝床の奥を覗く。


「あ」


 あった。


「こんなところに」


 乾いた葉の下へ半分隠れている。


「昨日ここで作業して、そのまま置いたのか」


 拾い上げる。


 失くしてはいなかった。


「よかった」


 とはいえ。


 次も見つかるとは限らない。


 小さな石片なんて、土や落ち葉の中へ紛れれば簡単に分からなくなる。


「決めよう」


 石片を手に立ち上がる。


「道具を置く場所」


 ここ。


 そう決めた場所へ戻せばいい。


「……どこがいい?」


 屋根の下を見る。


 寝床。


 樹皮の水容器。


 乾いた薪の一部。


 昨日まで雨の日に使っていた作業場所。


「狭くなってきたな」


 屋根を広げた時は随分余裕ができたと思った。


 でも物が増えれば、空いた場所はすぐ埋まる。


「寝るところに全部置くのは違うよな」


 夜中。


 寝返りを打って石斧へ手をぶつける。


「痛そう」


 刃に使っている石も鋭い。


 安全のためにも、寝床とは少し離した方がいい。


「かといって屋根の外だと濡れる」


 石そのものなら多少濡れても問題ないかもしれないが、木の柄や蔓、植物繊維はそうもいかない。


「ここかな」


 屋根の下。


 寝床からは少し離れた端。


 倒木の幹の近く。


「地面に直接置かないようにしたいな」


 雨の日。


 屋根の下でも端の方は湿る。


 泥もつく。


「棚?」


 言葉が出る。


「作れるのか?」


 棚。


 前世なら。


 板があって。


 釘やネジがあって。


 それを固定する。


「板もないし、釘もない」


 でも。


 何も立派な家具を作る必要はない。


「地面から浮けばいい」


 それだけなら。


「枝でいける?」


 材料置き場へ向かう。


 以前切った若木から取った枝。


 真っすぐに近いものを何本か選ぶ。


「これと」


 少し太めの枝。


「これ」


 長さを合わせたい。


「石斧あるの便利だな」


 以前なら落ちている枝の長さに合わせて使うしかなかった。


 今は。


 ごっ。


 何度か石斧を当てる。


「相変わらず切れ味は悪いけど」


 細い枝なら、若木を倒した時ほど時間はかからない。


 一本。


 二本。


「四本くらい?」


 地面へ並べる。


「脚」


 その上へ横向きに枝を渡す。


「…………」


 一歩離れる。


「ベンチ?」


 まだ置いただけだ。


 手で押せば当然崩れる。


「固定しないと」


 植物繊維。


 ここ数日試してきたものを使う。


 葦に似た茎を細く裂き、水で少し湿らせてから撚り合わせる。


「まだ太さばらばらだな」


 引っ張る。


「でも、このくらいなら」


 重い物を吊るすわけではない。


 枝同士を動きにくくするだけ。


 脚に使う枝と、横へ渡した枝を交差させる。


「こう?」


 繊維を巻く。


 一周。


 二周。


 何度も巻く。


 最後に結ぶ。


「…………」


 手を離す。


「お」


 ずれない。


「一個」


 残りも同じように固定する。


「…………」


 しばらくして。


「できた?」


 地面から俺の膝よりずっと低いところに、枝を並べただけの台ができた。


 棚というより。


「すのこ?」


 それに近い。


 四本の脚。


 その上に何本かの枝。


「まあ、名前は何でもいい」


 重要なのは。


「物が置けるか」


 まず石片。


 一つ。


 置く。


「大丈夫」


 次に魚の骨。


 軽い。


 問題なし。


 植物繊維。


「これは当然」


 石斧。


「…………」


 置こうとして。


「いや」


 止める。


「重いな」


 今の台へ石斧を置く。


 枝が少し沈む。


「怖い」


 すぐ取る。


「これは立てかけた方がいいな」


 重いものまで全部乗せようとしなくていい。


「軽い道具用」


 役割を決める。


 石片。


 骨。


 繊維。


 細い蔓。


「細かいもの」


 それなら十分だ。


「石斧は……」


 倒木を見る。


「ここに専用の場所作るか」


 今までも倒木へ立てかけていた。


 ただ。


 毎回位置が違う。


「固定できればいい」


 倒木の根元近くに、短い枝を二本地面へ打ち込む。


 その間へ石斧の柄を差し込む。


「…………」


 手を離す。


「お」


 立っている。


「これだけでいいじゃん」


 斧立て。


 と言うには簡単すぎる。


「でも、置き場所だ」


 使ったらここ。


「覚えやすい」


 一歩離れる。


 低い台。


 その横に石斧。


「ちょっと工房っぽい」


 口にして。


「いや」


 見直す。


「言いすぎたな」


 ただ枝を組んだだけだ。


 工房と呼んだら、前世で職人をしていた人に怒られそうだ。


「でも」


 少し嬉しい。


 今まで物は。


 空いているところへ置いていた。


 今日は。


 置くための場所を作った。


「次」


 視線が薪へ向く。


 乾いた薪と濡れた薪。


 一応、石を境界にして分けている。


「これもどうにかしたいな」


 特に乾いた薪。


 屋根の下へ置いているため、かなり場所を使っている。


「火の近くにあった方がいいけど」


 近すぎれば危ない。


「濡れない」


「燃えない」


「邪魔にならない」


 三つ。


「難しいな」


 屋根の端。


 焚き火からは少し離れたところ。


「ここ?」


 地面を見る。


 昨日の雨でもほとんど濡れていない。


「良さそう」


 ただ。


「地面にそのまま積むと湿るよな」


 これも浮かせたい。


「また台?」


 さっきより頑丈なものが必要だ。


「重いからな」


 薪を何本も乗せる。


 細い脚では無理そうだ。


 倒した若木の中から太い部分を探す。


「これ」


 太めの木を二本。


 地面へ平行に置く。


「脚なし」


 その上へ薪を乗せる。


「…………」


 地面から少しだけ浮いている。


「これでいいんじゃないか?」


 あまりに簡単だった。


「棚を作ったあとだから、余計に簡単に見えるな」


 試しに乾いた薪を移していく。


 一本。


 また一本。


「結構ある」


 最初の頃は、落ちている枝を毎日少しずつ拾っていた。


 木を切れるようになってからは、細い枝をまとめて手に入れられるようになった。


「増えたな」


 薪を重ねる。


 ただ積みすぎると崩れそうだ。


「横に止めるもの」


 短い枝を地面へ二本刺す。


 反対側にも二本。


「これで?」


 薪を間へ積む。


「お」


 横へ転がりにくい。


「薪置き場」


 今度は。


「これは言っていいな」


 かなり単純だが。


 用途は明確だ。


「乾いた薪はここ」


 濡れたものは、日当たりのいい場所。


「乾いたら移す」


 分かりやすい。


「…………」


 空き地を見る。


 ほんの少し。


「広くなった?」


 実際に空き地の面積が増えたわけではない。


 物がまとまっただけ。


 なのに。


「そう見えるな」


 屋根の下も。


 散らばっていた石片や繊維を台へ移したことで、作業する場所が空いた。


「これなら雨の日もやりやすい」


 寝床。


 作業場所。


 道具。


 水。


 薪。


「…………」


 一つずつ。


「場所が決まってきた」


 今までは。


 拠点。


 一言で全部まとめていた。


 でも。


 今は。


「寝る場所」


「作る場所」


「置く場所」


「火を使う場所」


 同じ空き地の中でも、役割が少しずつ分かれてきている。


「家って、こういうところからなのかな」


 まだ家ではない。


 壁もない。


 床もない。


「でも生活する場所ではある」


 少し満足して。


「…………」


 腹が鳴った。


「はいはい」


 橙色の実を取りに行く。


 食べながら、作った台を見る。


「食べ物置く場所も欲しいな」


 すぐ増えた。


「今はほとんど保存できるものないけど」


 橙色の実。


 もし魚を干したり燻したりできるようになれば。


「食料置き場」


 動物に取られない場所。


 雨に濡れない場所。


「…………」


 先日の小さな足跡を思い出した。


「そういえば」


 昨日の朝。


 雨上がりの空き地に残っていた、小さな四本足の跡。


 白い毛も落ちていた。


「今日は?」


 橙色の実を食べ終えると、空き地の端へ向かった。


 足跡を見つけた辺り。


「…………」


 昨日の跡はまだ少し残っている。


 ただし。


「新しいのは……」


 地面を見る。


「ないな」


 少なくとも、はっきり分かるものはない。


「昨日だけ?」


 偶然通った。


 それだけの可能性もある。


「…………」


 森を見る。


 何もいない。


「まあ、いいか」


 追うつもりはない。


 来なければ来ないで問題ない。


「それより」


 空き地へ戻る。


「作業場所」


 せっかく道具の置き場を作った。


 だったら。


「ここで作業するって決めるか」


 屋根の下。


 寝床から少し離れたところへ腰を下ろす。


 低い道具台が手の届く位置にある。


「石片」


 取る。


「繊維」


 取る。


「骨」


 取る。


「便利」


 当たり前なのに。


「すごく便利」


 今までは。


 作業を始めるたび。


「あれどこだ」


 探す。


 見つける。


 また別のものを探す。


「小さいことだけど、時間食うんだよな」


 植物繊維を一本取る。


 裂く。


 撚る。


 途中へ新しい繊維を重ねる。


「ここ」


 何度も失敗しているつなぎ目。


「最初から重ねる長さを増やしたら?」


 試す。


 二本の繊維を長めに重ねる。


 その状態で撚る。


「…………」


 できた。


 引っ張る。


「お」


 切れない。


「前より強い?」


 もう少し。


「っ……」


 切れた。


「まあ、万能ではないか」


 でも。


 以前よりは少し丈夫だ。


「進歩」


 道具台へ置く。


「…………」


 置いてから。


「こうやって戻すんだよな」


 自分に言い聞かせる。


「使ったら戻す」


 石片も。


 台へ。


「これ忘れたら意味ないからな」


 しばらく作業する。


 植物繊維。


 骨。


 石片。


「…………」


 楽だった。


 手を伸ばせば必要なものがある。


 終われば同じ場所へ戻す。


「こんなことで作業しやすくなるんだな」


 前世の机。


 引き出し。


 棚。


 道具箱。


「全部、理由あったんだな」


 何気なく使っていたもの。


 今なら少し分かる。


「物を置く場所って大事だ」


 午後。


 さらに小さな改良を加えることにした。


 道具台へ。


「縁」


 石片が転がり落ちないよう、細い枝を端へ固定する。


「これで」


 台を少し傾ける。


「落ちない」


 反対側にも。


「…………」


 何となく。


「棚っぽくなった」


 最初より少しだけ。


「もう一段?」


 欲が出る。


「いや」


 止める。


「今日はこれで十分」


 欲張って壊すより。


 まず使ってみる。


「必要なら後で増やす」


 最近。


 そう考えられるようになってきた。


 最初から完璧を目指さない。


 使う。


 困る。


 直す。


「その方が楽だな」


 作ったばかりの物を眺める。


 低い棚。


 石斧の置き場。


 薪置き場。


「…………」


 本当に小さい変化だ。


 屋根を作った時のように、大きく景色が変わったわけではない。


 木を一本倒した時のような達成感もない。


 それでも。


「暮らしやすくなった」


 はっきり分かる。


「こういうのも開拓なんだろうな」


 大きな建物を建てることだけではない。


 道具を使いやすい場所に置く。


 濡らしたくない薪を守る。


 作業できる場所を作る。


「地味だな」


 笑う。


「でも、嫌いじゃない」


 夕方。


 焚き火へ薪を一本足す。


「…………」


 その薪を取るために。


 前までなら、地面の山を探していた。


 今日は。


 薪置き場へ行く。


 一本取る。


 戻る。


「…………」


 思わず笑ってしまう。


「便利」


 たった数歩。


 たったそれだけ。


 でも。


「こういうの積み重なったら、かなり違うんだろうな」


 水もそうだった。


 水を運べるようになる前は、飲むたび水源へ歩いていた。


 屋根もそう。


 雨が降るたび、火と寝床を守るだけで一日が終わっていた。


 今は。


 水がある。


 雨の日でも作業できる。


 道具も探さずに使える。


「…………」


 空き地を見る。


 自分がここへ来た頃。


 本当に。


 何もなかった。


 今。


 屋根。


 寝床。


 焚き火。


 樹皮の水容器。


 薪置き場。


 道具台。


 石斧。


 作業場所。


「少しずつ増えてる」


 そして。


 その一つ一つに。


「俺が使う場所がある」


 妙な感覚だった。


 物が増えただけではない。


 空き地の中に。


 生活の形ができ始めている。


「…………」


 その時。


 森の端。


 かさ。


 小さな音がした。


「ん?」


 顔を上げる。


「…………」


 暗くなり始めた木々の間。


 動くものは見えない。


「また?」


 立ち上がらない。


 石斧にも手を伸ばさない。


 ただ。


 その方向を見る。


「…………」


 葉が一枚。


 ゆっくり揺れている。


 風?


「…………」


 それだけだった。


「何だろうな」


 先日見つけた。


 小さな足跡。


 白い毛。


 少し頭へ浮かぶ。


「まあいいか」


 追わない。


 呼ばない。


 餌も置かない。


 今まで通り。


「俺は俺のことやる」


 焚き火へ向き直る。


 ぱち。


 炎が少し大きくなる。


 その向こう。


 今日整えた小さな拠点が見える。


「よし」


 使った石片は。


「棚」


 戻す。


 石斧は。


「ここ」


 決めた場所へ立てる。


 残った植物繊維も。


「棚」


「…………」


 少しだけ。


 気分がいい。


「明日の俺、絶対楽だぞ」


 誰に言うでもなく呟いた。


 水を運ぶ。


 屋根を作る。


 魚を捕る。


 そういう目立つ変化だけではない。


 物を置く場所を決める。


 そんな小さなことでも。


 ここは。


 昨日より少し。


 暮らすための場所へ変わっていた。

第21話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


物が増えると、置き場所そのものが生活の道具になります。


棚や薪置き場もまだ粗末ですが、拠点の中に少しずつ役割の違う場所が生まれています。

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