第15話 石を焼く
水を運べるようになった次は、その水を加熱する方法を試します。
知識はあっても、実際にやるのは初めてです。
朝。
焚き火の前で、俺は手のひらほどの石を一つ見つめていた。
「……焼くっていうか、熱するんだけど」
言い直したところで、石は何も答えない。
昨日作った樹皮の容器には、朝のうちに汲んできた水が入っている。
底から少しずつ滲んではいるが、今すぐ空になるほどではない。
「これを火にかけるのは無理」
樹皮だ。
水が入っている部分は燃えにくいかもしれないが、縁や蔓まで安全だとは思えない。
何より、一つしかない容器をいきなり駄目にしたくなかった。
「だから石」
前世で見たサバイバルの映像では、火で熱した石を水へ入れて温度を上げていた。
鍋がなくても水を沸かせる。
理屈は分かる。
「やったことはない」
いつものことだ。
「……で、どの石?」
そこからだった。
焚き火の周りにはいくらでも石がある。
丸いもの。
角張ったもの。
表面がざらついたもの。
妙に重いもの。
「何でもいいわけじゃない、よな」
水を含んだ石を急に熱すると割れることがある。
そんな話を見た記憶はある。
ただ、どの石なら絶対安全なのかまでは覚えていない。
「川の中の石は避ける、とかだった気がする」
ここは湧き水のそばではない。
それでも、雨に濡れて内部へ水が入っている可能性はある。
「乾いてそうなやつ」
日当たりのいい場所から、表面が乾き、ひびの少ない石をいくつか選ぶ。
その中から一つを焚き火の端へ置いた。
「いきなり真ん中は怖いな」
まずは火の近く。
少し温める。
しばらくして枝で転がし、別の面も熱する。
「これ、どのくらいでいいんだ?」
答えはない。
手で触って確かめるわけにもいかない。
火ばさみもない。
生木の枝を二本使い、挟むように持ち上げる練習をする。
「落としたら終わるな」
樹皮の容器へ落とせば、底を破るかもしれない。
慎重に。
石をもう少し火へ近づける。
ぱち。
薪が爆ぜる。
「…………」
さらに少し待った時だった。
パキッ。
「危なっ……!」
反射的に身体を引いた。
火の中で石にひびが入り、小さな欠片が横へ飛んだ。
「うわ」
顔には当たらなかった。
腕にも傷はない。
それを確認してから、割れた石を見る。
「やっぱりあるんだ」
知識では知っていた。
でも、目の前で割れると怖さが全然違う。
「適当に選ぶの駄目だな」
最初の一個で成功しなかったことに、妙に納得する。
火を少し弱め、選んだ石をもう一度見直した。
表面に細かなひびがあるものは外す。
軽く叩いて脆そうなものも避ける。
雨が直接当たりにくい岩場の上で乾いていた、比較的詰まった感じの石を選ぶ。
「これなら……たぶん」
たぶん、でしかない。
今の俺に鑑定能力などない。
「離れて熱する」
さっきより火の中心から外す。
急に温度を上げないよう、時々転がす。
その間に別の石も二つ、少し離れた場所で温め始める。
「一個で沸くとは思えないしな」
樹皮の容器の水へ指先を入れる。
冷たい。
「よし」
十分時間を置いた一つ目の石を、生木の枝で慎重に挟む。
重い。
手が震える。
「落とすなよ」
自分へ言い聞かせる。
水面ぎりぎりまで持っていき、ゆっくり入れる。
じゅっ。
「おっ」
小さな音とともに、水面から湯気が上がった。
石の周りに細かな泡が出る。
「いける」
ただ、一つではすぐ静かになった。
水へ指を入れず、容器の外側へ触れる。
「少し温かい?」
まだ沸騰には遠い。
石を一本の枝で転がし、端へ寄せる。
次の石を火から出す。
「二個目」
今度もゆっくり。
じゅうっ。
湯気が増える。
「おお」
嬉しくなる。
でも油断はしない。
熱した石を入れるたび、樹皮の底や継ぎ目も確認する。
直接火へかけてはいないが、熱で変形しないとは限らない。
「まだ大丈夫」
三つ目。
少し温度が下がった石は、枝で取り出して焚き火の脇へ戻す。
入れる。
出す。
また熱する。
「面倒だな」
鍋なら火へ置いて待てばいい。
それだけのことが、今はできない。
「でも、できないより全然いい」
何度目かの交換のあと、水面の様子が変わった。
石の周りだけではない。
容器の底や縁近くからも、小さな泡が上がり始める。
「…………」
湯気が顔へ当たる。
熱い。
「これ」
さらに一つ、十分に熱した石を入れる。
ぐら、と水面が揺れた。
細かな泡が次々に上がる。
「……沸いた」
思わず声が漏れた。
大鍋がぐつぐつ煮えるような派手さはない。
でも、明らかに冷たい水ではない。
湯気が上がり、水全体が熱くなっている。
「本当にできるんだな」
嬉しい。
ただし、すぐ飲めるわけではない。
「熱いから待つ」
石を全部取り出す。
樹皮の容器も確認する。
内側の一部が少し色を変えているが、穴は開いていない。
「何回もやったら傷みそうだな」
これも消耗品だ。
それでいい。
また作ればいい。
水が冷めるまでの間、割れた最初の石を眺める。
「一回失敗して良かったかも」
もし何も考えず、もっと大きな石を火の中心で一気に熱していたら。
顔の近くで割れていたかもしれない。
「知ってるだけじゃ駄目だな」
石が割れる可能性を知っていた。
でも、どの石をどう熱するかはやってみなければ分からなかった。
少しずつ温める。
離れて作業する。
ひびのある石は避ける。
一度に全部を任せない。
「次からは、もうちょっとマシにできる」
やがて水が飲める温度まで下がった。
少量を口へ含む。
「…………」
味そのものが変わったわけではない。
でも。
「拠点で沸かした水だ」
その事実が妙に嬉しかった。
昨日、水を運べるようになった。
今日は、鍋がなくても加熱する方法を一つ覚えた。
「次は何だ」
そう考えた瞬間。
腹が鳴った。
「……はい」
分かりやすい。
池には魚がいる。
見つけただけで、まだ一匹も食べていない。
「水の次は飯か」
終わらない。
でも、それが少し楽しい。
俺は空になりかけた樹皮の容器を見てから、池の方向へ視線を向けた。
第15話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
濡れた石や内部に水分を含んだ石は、加熱すると割れることがあります。
知識をそのまま使うのではなく、この森で使える形へ少しずつ確かめていきます。




