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『魔法の使えない転生者、忌地の森をひらく』  作者: 森野余白
第一部「森に居場所を作る」第一章「森で目覚めて」

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第12話 ここで暮らしてみよう

第一章、最終話となります。


何も持たず森で目覚めた主人公。


水を探し、火を起こし、雨を越え、石斧を作り、少しずつ森を知ってきました。


成功したものだけではありません。


失敗したものも含めて、ここまで自分の手で積み上げてきたものを振り返ります。

翌朝。


 目は覚めていた。


 それでも、もう少しだけそのまま寝転がっていた。


 頭上には巨大な倒木があり、その下へ組んだ枝と樹皮の粗末な屋根の隙間から、朝日が細長く差し込んでいる。


 鳥の声。


 遠くから聞こえる、まだ正体を知らない生き物の鳴き声。


 そして。


 ぱちっ。


 近くの焚き火から、小さな音がした。


「……朝か」


 身体を起こす。


「っ……」


 腰が少し重い。


「この寝床、そろそろ本気で何とかしたいな」


 葉と枝を敷いただけ。


 最初の夜に比べればかなりましになったが、快適と呼ぶには程遠い。


 立ち上がり、大きく身体を伸ばす。


「…………」


 肩。


 腰。


 脚。


 腕。


「ちゃんと動く」


 当たり前のことなのに、何度確かめても少し嬉しい。


 ここ数日、かなり身体を使った。


 森を歩き、石を叩き、火を起こし、雨の中で屋根を直した。


 石斧を作って木を切り、草を抜き、昨日は粘土まで捏ねた。


「前だったら、絶対寝込んでたな」


 今だって疲れる。


 筋肉も痛くなる。


 それでも、一晩眠ればかなり回復する。


「ありがたい身体だよな」


 自分の手を見る。


 土で汚れ、掌も最初に目覚めた頃より少し硬くなっている気がした。


「何でこうなったのかは、相変わらず分からないけど」


 なぜ若返ったのか。


 なぜこの森にいるのか。


 ここがどこなのか。


 何一つ分かっていない。


「まあ、今分からなくてもいいか」


 分からないことを考え続けても答えは出ない。


 それより。


「腹減った」


 まずは朝飯だ。


 相変わらず食生活は豊かとは程遠い。


 食べられそうだと分かった橙色の実を少し口にする。


「魚食いたいな」


 昨日の池を思い出す。


「捕まえる道具からだけど」


 やりたいことが一つ増えれば、必要なものもまた増える。


「…………」


 何となく、空き地を見渡した。


 今日はいつもより、少しゆっくり見てみたくなった。


 最初の日。


 ここには本当に何もなかった。


 巨大な倒木。


 岩場。


 草。


 木。


 ただの森だった。


「でも今は……」


 倒木の下。


「寝床」


 葉と枝。


 雨のあとに追加した樹皮。


 まだ雨漏りはするし、身体を伸ばして眠れるほど広くもない。


 それでも、夜を越せる場所にはなった。


「焚き火」


 石で囲んだ火床。


 最初は火を起こすだけであれほど苦労した。


 今では、毎日ここに火がある。


「薪」


 拾ってきた枝。


 それだけではない。


 自分で切った木から取った枝も混ざっている。


「石斧」


 手に取る。


「ぼろいな」


 刃は欠け、石を固定している蔓も何度か巻き直した。


 それでも。


「木一本、切ったんだよな」


 あれだけ時間はかかった。


 でも、切れた。


 そして、その近く。


「…………」


 昨日作った。


「器だったもの」


 ひび割れた粘土の器。


「見事に失敗」


 手に取る。


 底には、しっかり亀裂が入っている。


 焼くところまでさえ辿り着かなかった。


「水入れたら漏れるな」


 役には立たない。


 でも。


「捨てるのも違う気がする」


 次に何を変えるか考えられる。


 厚みを揃える。


 もっとゆっくり乾かす。


 粘土そのものも、もう少し調べる。


「失敗したから分かることもある」


 石斧の時も同じだった。


「失敗作まで増えたな」


 言って、少し笑う。


 でも。


 失敗できるものが増えたということは、何も持っていなかった最初の日とは全く違う。


「地図もある」


 地面に描いた粗い線を見る。


 空き地。


 水源。


 危険な獣道。


 そして池。


「最初はここだけだったのに」


 空き地を示す丸。


 その外に何があるのか、最初は全く知らなかった。


 今だって、知らない場所の方が圧倒的に多い。


 それでも。


「ちょっと広がった」


 俺が知っている範囲。


 俺の世界が。


 ほんの少しだけ。


「…………」


 地図の中にある空き地を見る。


「ここ」


 少し前。


 ここを当面の拠点にすると決めた。


 水が近い。


 日当たりがいい。


 材料もある。


 だから、しばらく使う。


 あの時は、それだけだった。


「でも最近は……」


 森へ出る。


 探索をする。


 水を飲みに行く。


 そして戻ってくる。


 木々の間から倒木が見え、焚き火の煙が見える。


 すると。


「ほっとするんだよな」


 誰もいない。


 誰も待っていない。


 返事だってない。


 それなのに。


「帰ってきたって思う」


 不思議だった。


 ほんの数日前まで、名前すらないただの空き地だったのに。


 ゆっくり歩く。


 屋根を見る。


「もっと良くしたい」


 広くしたい。


 雨漏りも減らしたい。


 焚き火を見る。


「雨でも消えないようにしたい」


 薪。


「濡れない置き場も欲しい」


 水。


「運べる器」


 池。


「魚」


 森。


「もっと食べられるもの」


 石斧。


「もっと使いやすい道具」


 さらに。


「獣への対策」


 そして。


「紐」


 考えるほど増えていく。


「多すぎるだろ」


 思わず笑った。


 最初の日は、水を見つけるだけで必死だった。


 今は、欲しいものがこんなにある。


「贅沢になったな」


 でも、嫌ではない。


 むしろ。


「どれからやろう」


 そう考えるのが少し楽しかった。


「一個ずつ」


 何度言ったか、もう分からない。


 でも結局、それしかない。


 一つできる。


 すると次が見える。


 試す。


 失敗する。


 考える。


 やり直す。


 また一つできる。


「…………」


 倒木へ腰掛ける。


 前世のことを、少しだけ思い出した。


「やりたいことは、結構あったんだよな」


 旅行。


 山。


 キャンプ。


 自然の中を歩くこと。


 自分の手で何かを作ること。


 でも、やりたいかどうかより先に考えることがあった。


 できるか。


 身体がもつか。


 途中で動けなくならないか。


 誰かに迷惑をかけないか。


「そればっかりだったな」


 仕方がなかった。


 そういう身体だったのだから。


「でも今は」


 足を見る。


「歩ける」


 手を見る。


「持てる」


 腕を見る。


「木も切った」


 雨の中でも動けた。


 失敗しても、もう一度やれる。


「全部、自分でやったんだよな」


 上手くできたわけではない。


「石斧は飛んでったし」


 少し笑う。


「屋根も漏れた」


 ひび割れた器を見る。


「これも割れた」


 何一つ格好よくはない。


 それでも。


「楽しいんだよな」


 ぽつりと漏れた。


 それが、一番正直な気持ちだった。


 もちろん、不安がなくなったわけではない。


 森には、俺の手より大きな足跡を残す何かがいる。


 青緑色の草が何なのかも分からない。


 食料も安定していない。


 季節がどう変わるのかも、冬があるのかも知らない。


 そして。


 まだ、人間を一人も見つけていない。


「いつかは探さないとな」


 人。


 村。


 町。


 森の外。


 この世界。


 全部知りたい。


 でも。


「今すぐじゃなくてもいい」


 なぜか、そう思えた。


 ここには。


 帰る場所ができた。


「だったら」


 もっと、ここを暮らしやすくしたい。


「屋根」


「道具」


「食料」


「魚」


「器」


 そして。


「家」


 自然と少し笑った。


「ちゃんとした家」


 雨が漏れない。


 身体を伸ばして眠れる。


 火を安全に使える。


 食べ物や道具を置いておける。


「畑とかも……」


 そこまで考えて。


「いや、早い早い」


 自分で止める。


 食べられる植物だって、まだほとんど分からない。


 でも、想像するだけなら自由だ。


 今は何もない空き地に、小さな家。


 その隣に、何かを育てる場所。


 道具。


 食料。


 少しずつ増えていく、暮らすためのもの。


「……開拓」


 ふと、その言葉が浮かんだ。


「大げさか」


 見渡す。


 寝床。


 焚き火。


 石斧。


 ひび割れた器。


 落書きみたいな地図。


「全然大げさだな」


 思わず笑う。


 でも。


 最初は本当に何もなかった。


 そこへ、一つ。


 また一つ。


 自分の手で増やしている。


「…………」


 胸の中で、今まで曖昧だったものが少しずつ形になっていく。


「ここで暮らしてみよう」


 声に出した。


「…………」


 不思議なくらい、すんなり入ってきた。


 仕方がないから。


 ではない。


 他に行く場所がないから。


 だけでもない。


「俺が、ここで暮らしてみたい」


 もう一度口にする。


「……うん」


 悪くない。


「よし」


 立ち上がる。


「今日も何かやるか」


 何か一つ。


 昨日より少しだけ進める。


「まずは……紐かな」


 池の魚。


 石斧。


 寝床。


 何かを縛るにも、吊るすにも、紐は必要になる。


「結局、何するにしても欲しいな」


 決まりだ。


 石斧を手に取り、材料になりそうな植物を探そうと森の縁へ向かう。


 ――その時。


「ん?」


 足が止まった。


「…………」


 何となく。


 視線を感じた気がした。


 振り返る。


 倒木。


 焚き火。


 寝床。


 木。


 草。


「誰もいないよな」


 当然だ。


「鳥?」


 それとも、小さな動物かもしれない。


「まあ、この森なら何かいるか」


 しばらく周囲を見る。


 何も動かない。


「気のせいかな」


 もう一度、森へ向き直る。


「今日は紐」


 今できることから。


 一個ずつ。


 そうして、俺は森へ歩いていった。


 だから、気付かなかった。


 空き地から少し離れた、大きな木の根元。


 葉が重なった茂みの奥に、小さな白いものがいることに。


 白い身体は少し細く、柔らかな毛のところどころに土がついている。


 淡い色の瞳だけが、茂みの向こうから空き地を見つめていた。


 焚き火。


 寝床。


 切られた木。


 積まれた枝。


 その全部を、不思議そうに眺めている。


 そして、森へ入っていく一人の人間の背中を、最後まで目で追っていた。


 しばらくして、その姿が完全に木々の向こうへ消える。


 すると、小さな白いものはほんの少しだけ茂みから顔を出した。


 でも、空き地へは入らない。


 まだ遠くから眺めているだけだった。


 何もなかった森の空き地に、一人の人間が現れた。


 水を探し、火を灯し、雨を越え、道具を作った。


 一本の木を切り、森を歩き、何度も失敗しながら、それでも次のことを始めようとしている。


 そして今日、その人間はここで暮らすと決めた。


 まだ名もない場所。


 誰も知らない場所。


 けれど、この小さな空き地から始まる開拓の日々は、今ようやく最初の一歩を踏み出したばかりだった。


 第一章 森で目覚めて 了

第12話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


これにて、第一章「森で目覚めて」は完結です。


何も持たず森で目覚めた主人公は、水を見つけ、火を起こし、食べ物を探し、初めての雨を経験しました。


石斧作りでは何度も失敗しながら、それでも一本の木を切ることに成功。


人の道かと思って進んだ先では巨大な足跡を見つけ、無理に先へ進まず引き返しました。


拠点の整備では謎の青緑色の草に違和感を覚え、別方向への探索では池、魚、葦のような植物、粘土を発見。


そして初めて作った粘土器は、焼く前の乾燥段階でひび割れてしまいました。


まだ家はありません。


畑もありません。


まともな道具も、粗末な石斧くらいです。


それでも、「生き延びるために仕方なくいる場所」だった空き地は、少しずつ「自分で暮らしてみたい場所」へ変わりました。


そして最後に、遠くから主人公を見つめていた小さな白い存在。


一人だけだった森での暮らしにも、これから少しずつ変化が訪れます。


第一章を最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


第二章もよろしくお願いいたします。

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