↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/15

お金もお水も枯渇気味

頭を抱え、悩み苦しむ彼。

些細な計算ミスに気づいた時にはもう遅く、

それが全てを一からに戻し、彼の心を砕いた。


コーラ。

ポテトチップス。

値引き品のお惣菜。

…

トイレットペーパー。

コーラ。

お醤油。

…

また、コーラ。


私は家計簿をつけている。沖山さんの部屋で。


…


最近私はよく沖山さんの部屋に来ている。

悪い霊の対処法などを聞いたり、雑談したり。

先日遭ったような悪いものに対して自分でも少しは

対処できるように、色々教わりたいと思ったためだ。


今日も放課後に沖山さんの所に来たのだが、

彼は椅子に座り、ペンを握りしめながら頭を抱えていた。

目の前のテーブルには、開かれた家計簿。

「何してるんです?」

「…家計簿を書いてるんだ」

「まあ、それはそうみたいですね」

のぞいてみると、小学生のメモみたいな乱雑な字で

ごちゃごちゃと書かれているのが見える。

「沖山さん、字、ヘタですね…」

「黙ってろ。それは認めるが、今の問題はそれじゃない」

「何か問題があるんですか?」

「金額が合わない」


家計簿。家のお金の出入りを記録しておくもの。

最初にお金をいくら持ってて、どんな買い物をして、

あとどのくらい残っているのかを書いておく。

書き込む内容は使っている家計簿の書式により様々で、

沖山さんの使っているものは細かく何を買ったかまで

書き込むタイプのようだ。

アプリでも色々出てるからそれでやればいいのに、

沖山さんは頑張って紙の家計簿を使っていた。

案の定、計算がうまくいかず頭を悩ませているらしい。


沖山さんが金額が合わないと言いながら指さしたのは、

今月半ば時点での、手元に残っている金額の欄だった。

なぜか残金がマイナスになっている。

残りのレシートを見る限り、この後も何度か買い物を

しているはず。なのに、途中で手持ちのお金が尽きて

しまっている事になる。

ちなみに沖山さんは全て現金支払い。

クレジットカードや電子決済は使っていないようだ。

普通に買い物している限り、お財布のお金が

マイナスになるなんてあり得ないはずなんだけど。


(…あれ?)

「沖山さん、多分ここで間違ってますよ?」

私は計算ミスを見つけて指さす。

なぜか同じ金額を2回引き算している場所があった。

「なんでこの買い物の分、2度引いちゃってるんですか?」

「…あ」

沖山さんが停止する。

何でもない、ただの凡ミス。問題は一瞬で解決した。

でもよりによってミスしていたのは、月初に1万円近く

買い込んだ一番最初の買い物分だった。

つまりこのページの計算は出だしから間違えている。

そこから先の計算、早い話が全部一からやりなおしだ。

「ふうううっ…」

沖山さんは顔を両手で覆い、背もたれに体を預け天を仰ぐ。

数秒、そのまま動かない。

(この沖山さんは初めて見るな…)

これはおそらく、先ほど私がここを訪れるより前から

相当な時間、この家計簿と戦っていたのだろう。

心がしなってへし折れているようだ。


「あー、やっぱり俺には無理だ。こんな細かい作業」

「まあ、なんか苦手そうですよね。こういうの。

 でも意外です。家計簿なんかつけてるなんて」

「毎月給料前が苦しくてな…

 前に前園のじいさんに愚痴ってたら、

 まず家計簿でもつけて無駄を調べろって言うんだよ。」

(なるほど、前園さんに言われて始めたのか…)

「でもダメだ。俺には性に合わない。

 …それに、これで数百円の無駄遣いを見つけて

 それが何になるんだ」

沖山さんは文句を言いながら席を立ち、

ため息をつきながらキッチンに歩いていった。

私は沖山さんが座っていたその椅子に腰掛け、

開かれたままの家計簿を見てみる。

すると、他にも小さな計算間違いがいくつかある。

字はやっぱりヘタ。

計算も苦手な様子。

沖山さんにとって家計簿をつけるのは、

なかやか辛い作業なのかもしれない。

私は放り出されていたペンを持つと、見つけた間違いを

順番に修正しながら、計算しなおしていく。


少ししてキッチンから沖山さんが戻ってきた。

その手には2人分の緑茶。

「ほら、飲めよ」

「ありがとうございます」

「大体さ、その家計簿に二時間以上かけて悩むなら、

 その分働いたほうがいいだろ、どう考えても」

(…二時間苦戦してたのか、この人)

少し同情した。

「でも沖山さん、頑張って続けて慣れていけば

 そんなに時間かからなくなると思いますよ?

 大変なのは最初だけですって。

 はい、これ書きなおしておきました」

沖山さんは家計簿をのぞき込む。

「…まじか」

「まじです」

沖山さんの顔には、私が簡単に修正してしまった事への

驚きの表情と、自分が苦戦した二時間の価値に対する

複雑な感情が浮かんでいる。

「お前、こういうの得意なのか?」

「全然。でもこういうのは、メモも文字も綺麗に書いて

 落ち着いて計算したほうがいいですよ?」

実際私は大したことをしていない。多分小学生でもできる。

でも沖山さんはその修正された家計簿を見つめて、

黙って考え込む。

そして、テーブルの上に散らかっていた残りのレシートを

おもむろに私に差し出し、言った。

「頼んだ」

「…はい?」


…


こうして私は今、沖山さんの家計簿をつけているのだ。

沖山さんはソファでのんびり、というか相当疲れたのかぐったりしている。

(…まあ、別に良いんだけど)

程なくして、今日までの家計簿は無事完成した。

沖山さんは家計簿の為に忘れずレシートは受け取って集めてくれていたので、ある程度はきれいにまとまった。

自販機などで買い物したと思われる数百円分はレシートが

ないので、これは誤差として判断するしかない。


「終わりましたよ」

「悪い、助かる」

沖山さんは家計簿を見て。満足そうだ。

「で、これで何がわかるんだ?」

「無駄遣いしてないかとか、お金の残り具合とかですかね。

 沖山さん、コーラ買いすぎじゃないですか?」

「それは必要経費だ。欠かせない」

「そうですか…

 まあいずれにしても、一度だけで終わらせちゃったら

 意味ないですから、ちゃんと続けないとダメですよ?」

「まじかよ…これを続けるのか」

「まじです。頑張って下さいね?

 もし行き詰まったら私も手伝いますから」

すると、沖山さんは何か思いついたように

私の事をじっと見る。

「…そうだ」

「なんですか?」

「お前がうちに来る時に、その日までの分を

 まとめて書いてくれるってのはどうだ」

「…それ、もう自分で書く気が無いじゃないですか」

「かわりに毎回、悪霊の対処グッズをくれてやる」

私はため息をついた。

でも、私自身は家計簿をつけるのは別に嫌ではない。

それにこれも沖山さんの人となりを知る一環かもしれない。

仕方ない。乗ってあげることにした。

「…わかりました。

 そしたら、買い物した時にはレシートは忘れず貰って

 おくようにして下さいね?」

「おう、わかった」

沖山さんは機嫌良く答える。

なんか妙な約束をしてしまった気がする。


「じゃあ今日の分としてお礼をやらなきゃな」

沖山さんは隣の部屋から、小さな瓶を持ってきた。

「あ、これ、この間のお水」

「前に言った通り、お前も霊感がある。

 いつぞやの影みたいにまた変な奴と目が合って

 狙われる事だってあるかもしれない。

 だからこれ持っとけ。

 何かあったらひとまずはこれを浴びせて逃げてこい。

 弱いやつならこれだけでなんとかなるし、

 まあ…あの地下通路にいたような奴だったら諦めろ」

「わかりました。じゃあその水かけてみてやばそうな時は

 沖山さんの家まで全力で逃げてきますね?」

「…まあそれでもいい。

 ただ、バイト先には来るなよ」

悪霊を引き連れてスーパーに駆け込むのは

確かに大騒ぎになりそうだ。


私は瓶を自分の鞄にしまう。

「でも沖山さん、お寺とかお坊さんとか嫌いだって

 聞きましたけど、こういうのは使ってるんですね」

この間の沖山さんの話では、これは山のお寺のお坊さんが

念仏をあげた湧き水だという。

沖山さんがあまり信用してなさそうなものだと思う。

「ある程度効果があるのは事実だからな。

 使えるものは何でも使うさ。

 …まあ、これもけっこう便利だしな」

使えるものは何でも使う。それはきっと、沖山さんが過去に

一人で悪霊と戦った時の教訓なんだろう。

なりふり構わず色々なものを試したという、その頃の。

好き嫌いに左右されず、考え方は効率的なんだろうか。


「そういや、この水ももう残り少なくなってきたし、

 また取りにいかないとな…」

「どっかに取りに行くんですか?」

「当たり前だろ。水道水じゃないんだ。

 いつも頼んでる霊山の寺にお願いしておいて、

 自分で取りに行くんだよ。

 いつもはもう少し在庫がもつんだが、ここのところ

 やたら消費したからな。

 …お前らの件で」

沖山さんは私をにらみながら言う。

私は気にしない。それより気になるのは。

「その霊山ってどこなんです?遠いんですか?」

興味津々の私に、沖山さんは何か察して嫌そうな顔をする。

「片道3時間半だ。

 朝早くから行って重たい水を受け取って帰ってくる。

 …大変だから、興味本位でついてこないほうがいい」

「大変なんですね。じゃあ、人手がいりますよね?」

「…だめだ。ついてくるな」

「えー…」

「車なんか無いから、電車移動だぞ。移動費もかかる」

「そのくらい自分で出しますよ。

 何かあればお手伝いしますし、一緒にお水運びますから。

 ね?一緒に連れていって下さいよ」

沖山さんは面倒くさそうな、諦めたような顔をする。

「…わかった。じゃあ来週の土曜にでも行くぞ。

 親にもちゃんと行き先言って、許可もらっておけよ」

「やった!ありがとうございます」


…そんなやりとりをしていると。


ウホッ!ウホッ!


ウホッウホホッ!


私の鞄の中からスマホのアラームが鳴る。

そういえば、また話し込んだりして帰りが遅くならないよう

アラームを設定してたんだった。

画面を見ると、17時。

ゴリラがコミカルにドラミングしている。


ウホッウホ… ピコンッ!

止める。

「沖山さん、私今日はそろそろ帰りますね」

「待て。何だ今の」

沖山さんは奇怪なものを見る目で聞いてくる。

「アラームです。ほら」

スマホを出してゴリラアラームの画面を見せてあげる。

「ゴリラ…」

「かわいいですよね、これ。

 あ、速度も変えられるんですよ?」

私は設定画面でゴリラの挙動を変更してみせる。

高速ドラミングにすると、

デモ画面のゴリラが2倍速で胸を叩いている。

「かわいいでしょ?」

「…いや、キモい」


死んだ魚のような目で、画面を眺める沖山さん。

…この可愛さがわからないとは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。