熱の記憶
そこに残った怨念。
果たしてそれは何に縛られているのか。
私達は、街の記憶をたぐり寄せる。
土曜日の昼前。
私と真壁さんは図書館にいた。
広い天井。涼しい空気。柱や棚の木の色が心地よい。
静かで快適な館内。
私達は壁際に並ぶ検索用パソコンの席に横並びで座り、
それぞれ画面とにらめっこしている。
沖山さんに言われた通り、私達はあの駅で以前に何か
事件や事故が無かったかを調べていた。
しかし、新聞記事のデータベースを探してみるも、
なかなかそれらしいものは見当たらない。
全国紙、地方紙とも、何も見当たらず。
念のため地域の歴史資料なども見たのだが、
それらしいものは無かった。
駅が建つ前の事も調べたが、ただの原っぱだったようだ。
「それらしいもの、何も無いね…
海野さんは何か見つけた?」
真壁さんがこちらを見る。
「ううん、こっちもダメ」
「だよね。今回の事に関連ある出来事どころか、
あの駅でちょっとした事件も事故も全然起きてないし。
平和すぎるよ」
「それはそれでいい事だけどね。
…でも困ったな、過去の新聞とか検索すれば
すぐになんか見つかると思ったのに」
私もパソコン画面から目を離し、思い切り伸びをする。
「ちょっと海野さん、お腹見えてるよ」
「うぇっ?」
慌てて隠す。
真壁さんは小さく笑うと、画面に視線を戻して言う。
「もしかしたら、駅だけで検索してもでてこないのかな。
この地域とか、もっと広い規模で検索するとか?」
確かに、駅の名前、路線名で検索してもヒットした記事は
ほとんどなく、あったとしても地域のイベントや、
改修工事とかの記事くらいだ。
「そっか、駅が主役の出来事じゃない可能性もあるね。
でもそうなると…」
(漠然としすぎて、
何調べたらいいかわからなくなるな…)
あっさり行き詰まる。
「あ、そういえば真壁さん、
腕についてたあとはもう消えた?」
「うん、おかげさまで。ほら」
真壁さんが袖をまくる。
真っ白な綺麗な肌。あの手のあとは欠片も残っていない。
「良かった。綺麗になってる」
私は安心した。
すると真壁さんは自分の腕を見ながら、
ふと何か思いついたような顔をする。
「…ねえ海野さん、あの時私の腕についてた手のあとって、
火傷みたいになってたよね」
「あ、そうだね。
なんていうか…ただれたような感じだった」
「その地下通路で見た人影の事、
私、オレンジ色してたって話したじゃない?
それさ、今考えたら…」
「うん」
「つまりさ…」
「何、早く言ってよ」
真壁さんはちょっとひきつった顔で言う。
「その…
体が燃えてたのかなー、なんて…」
「え…」
寒気がした。
思わず鳥肌が立つ。
「いやいや、怖いこと言わないでよ」
「でもあの時の人影、オレンジ色に少しゆらゆらしてた
気がするんだよね。
燃えたまま走ってた、って考えたら、
なんかそうっぽい気もするんだよ」
なんだか一気に怖くなった。
つまり、あの場所で燃えたまま死んだ人が
いるという事だろうか。
「じゃあ…火事とかかな」
「うん、調べてみよう」
私達はもう一度画面に向かう。
私はあの駅を含めた近隣の町名で、
火事に関する記事を検索した。
ボヤなどの記事もあるため、複数の記事がヒットする。
しかし、いまいちそれっぽいものはない。
「んー…真壁さん、どう?
何にも出てこない気がするけど」
「うん、こっちも出てこなかった」
「火事ではないのかな…事故とか?」
「ちょっと待ってね?
今、ちょっと検索の仕方変えてみてるんだけどさ。
んーっと…
………あ」
「何?なんかあった?」
その「「あ」」に少しビクッとしながらも、
真壁さんの画面をのぞき込む。
真壁さんは、焼死、という言葉で検索していた。
なかなか強烈な言葉選びだ。
でも、これが功を奏したらしい。
「この記事…
…
うん、なんか、それっぽいの見つけた…」
私もその記事を読む。
「貴金属店強盗、ガソリンかぶり焼死…?」
それはこの街で起こったある強盗事件の記事だった。
この地域の地方紙の記事で、
事件の経緯、関係者への取材内容など
当時の様子が詳細に取り上げられている。
…
20年ほど前のある日。時刻は23時過ぎ。
駅近くの貴金属店で強盗事件があった。
犯人の男は窃盗や強盗の常習犯で、
その日も慣れた手つきで防犯センサー等を遮断し、
閉店後の店舗に侵入。
店内で高額商品を鞄に詰め込んでいた。
だが、偶然店に戻ってきた店主と鉢合わせる。
男は店主を殺そうとする。だが、逃げられてしまう。
通報される事を予想してか、男も現場から逃走を試みた。
しかしドアを蹴り開けて表に出たところを、
ちょうど巡回していた警察官に目撃される。
男は逃げ、それを見た警察官は追跡しながら
無線で応援を呼んだ。
複数の警察官に追い詰められた男は
近くにあった駅の入口に逃げ込み改札を乗り越え
ホームに駆け下りる。
ホームの端でいよいよ警察官に追いつかれそうになると
男はホームの壁に作られた倉庫のドアを開け、
中にあったものを次々に警察官に投げつけ始めた。
掃除用具、工具、台車…
力任せに投げつけていく。
そして犯人が次に持ち上げたのは、
発電機用に置いていたガソリン缶。
だが持ち上げた際に蓋が外れ、男はガソリンを頭から
浴びてしまう。
そして、それは真横にあった電気配線にもかかり、引火。
犯人は瞬く間に火だるまになり、
狂ったように叫び声をあげてもがき、走り回る。
横にあった地下通路の階段を転げ落ち、
通路を向かいの端まで走ったところで、力尽きて倒れた。
火は警察官や駅員により消し止められたが、
その時犯人は既に絶命していた。
…
記事を読み終わり、私と真壁さんはしばらく無言だった。
やがて真壁さんが口を開く。
「この犯人が、あのオレンジの人影…?
火だるまになって走ってた姿だった…って事かな」
「あの通路を人が燃えながら走ってた、って状況に合うの、
多分この記事しかないね」
駅で起こった事件を調べても、近隣の火事を調べても
出てこなかったわけだ。
これは貴金属店で起こった強盗事件。
結果として犯人が近くの駅の地下通路で焼け死んだ、
というだけ。駅の名前も記事では伏せてあった。
私達は備え付けのプリンターで記事を印刷すると、
沖山さんの元に向かった。
…
「…というわけで、おそらくこの強盗事件が原因なんじゃ
ないかと思うんです」
私は沖山さんに言う。
「たぶん間違いないんじゃないかと思います。
他にはそれっぽいものはまったく無かったですし。
あ、ちなみにこの記事見つけてくれたのは真壁さんです」
真壁さんは少し照れて頭をかく。
「沖山さん。約束通り、さっそくこの霊を何とかしに…」
「待て。ひとまず待て」
沖山さんが私の言葉を止める。その目はとても不機嫌そう。
両手に持った洗剤も重そうだ。
「お前、今俺が何をしてるかはわかってるか?」
「…棚に台所洗剤ならべてますね」
「そう、バイト中だ。見ればわかるよな?
あと店の迷惑だからバイト中に邪魔しに来るなって
この間も言ったよな?」
ここはうちの町内にあるスーパー。沖山さんのバイト先。
図書館で強盗事件の記事を見つけた午後のこと。
私と真壁さんはその足で沖山さんに会いにきた。
今日はバイトだと知っていたので、直接ここに来たのだ。
売り場に商品補充をしているところだった沖山さん。
従業員用の緑色のエプロン姿がやっぱりかわいい。
両手に持った洗剤のボトルには、頑固な油汚れもこれ一本、
と書いてある。頼もしい。
「えーっと…
でね、沖山さん。
約束通り、さっそくこの霊を何とかしに…」
「お前、わざとやってるだろ」
「はい、すみません…」
謝る。
「でも、沖山さんとの約束通りちゃんと見つけましたよ。
一致しそうなもの、ほら」
印刷した記事を見せる。
「強盗事件ってお前…
…
…まあ、なんか、これっぽいな」
「でしょ?」
「そうだな…時間的にも、この強盗が死んだ時間と、
真壁さんが人影を見た時間も概ね合ってる。
この時間というのも、その人影に遭遇する引き金に
なってるのかもな」
沖山さんは少し悩み、やがてため息をついて言う。
「…仕方ないな。
わかった。今晩俺がその現場に確認に行ってやる。
明日結果を教えてやるから、お前らは帰って待ってろ」
沖山さんは印刷した記事を私の手からむしり取ると、
ポケットに入れた。
「え、ダメですよ。私も行きます」
「危ないからだめだ。そもそもお前らが出歩いていいような
時間じゃない」
「いえ、行きます。沖山さんだけに任せられません」
「責任感があるのはわかった。
でもいいからあとは俺に任せろ。
危ない場所に行くんだ。連れてはいけない」
沖山さんは私の肩をぽんと叩く。
あとは任せろといった表情で。
でも、そうじゃない。
「いえ、私が行かなかったら、
沖山さんも行かないかもしれないじゃないですか。
見張ってなくちゃ」
「は?」
沖山さんが面倒くさがりなのは知っている。
助けてもらった身でこんな事言うのも気が引けるが、
目の前で誰かがピンチに陥っている等の状況でない限り、
沖山さんが本当に動くかどうか私はちょっとまだ
信用していない。
「頑張って調べたんですから、
約束通りやってもらわなきゃ」
私の言葉に、真壁さんも笑いながら頷く。
「俺を頼ってるのか、信用してないのか、
どっちなんだお前は」
とても不機嫌そうな顔で私を睨む沖山さんに、
私は満面の笑みを返してみせた。




