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訪問

私は助かった。でも色々納得できないまま。

だから聞きに行く。

あの人の持つ、理由や考えを。

シンプルで落ち着いた雰囲気のアパート。二階の端の部屋。

そのドアの前に、私はいた。


あのお寺での出来事から数日後の金曜日。

私は前園さんに、沖山さんの予定と住所を教えてもらい、

沖山さんのお休みの日に合わせてお礼を言いに来た。

アパートの場所は、本当にお寺の三件先だった。


ちなみに今日は平日なので、私はさっきまで学校だった。

授業が終わってから直接来ようと思っていたが、

この暑さに加え今日は体育の授業もあったので

流石に汗のにおいがしないか気になり、

一度家に帰ってシャワーを浴びて着替えてきた。

結果、現在時刻は16時。

持ってきたお礼のお菓子の紙袋を握りしめ、

少し緊張しながらドア横のインターホンを押す。


ピンポーン


待つ。

数秒後、スピーカーから声が聞こえた。

「はい」

だるそうな、眠そうな、なんとも言えない声。

「あの、海野です。前園さんのお寺で助けていただいた…」

「ああ…ちょっと待っててくれ」

カチッ、とスピーカーが切れる音がした。

…また寝てたのかな。

そのまま待つ。


外は相変わらず暑く、

道路のアスファルトが揺らめいて見えていた。


待っていると、ドアの向こうから足音が聞こえてくる。

ガチャッ

ドアが開くと、そこに沖山さんがいた。

先日とは違うVネックのTシャツ。

下は、多分先日と同じジーパン。

そして…この間とまったく同じ寝癖がついている。

「え…あ、それ、もしかして…

 寝癖じゃなくて髪型…?」

「寝癖だ」

不機嫌そうに返事が返ってきた。

「ですよね、あはは…」

「いいから早く入れ」

沖山さんは私を室内に迎え入れてくれた。


廊下を抜けて、リビングに通される。

入ると、室内は綺麗に整っていた。

中央のテーブルセット、壁側の棚。窓にかかるカーテン。

テレビの前に設置されたソファとローテーブル。

黒を基調として、綺麗に揃えられている。

そして部屋の端にはスタンド型のフロアライト。

本人の印象と、だいぶ違う空間。

「…意外」

私がつぶやくと、沖山さんはこちらを見る。

「何がだ?」

「私、もっと汚い部屋想像してました」

「…お前、けっこう失礼だな」

「すみません…でも、家具がおしゃれだなって」

「全部ディスカウント品だ。

 ほら、そこ座れ」

私は案内されるままソファに座った。


沖山さんはキッチンから冷たい緑茶を運んで来てくれた。

「暑かったろ」

「ありがとうございます」

確かに暑かった。

家からは歩いてほんの10分程度の距離ではあったが

もう全身溶けそうだった。

緑茶を飲み、エアコンの風に当たって、体が冷めてくる。

「前園のじいさんからお前が今日来るってのは聞いてた。

 で、何の用だ?」

沖山さんはテーブルの椅子に腰掛け、こちらを向く。

「あ、えっと…まずは、お礼です。

 この間は、助けていただきありがとうございました。

 あの時はちゃんとしたお礼も言えなくて…」

私は立ち上がり、頭を下げた。

「そんなもん気にするな。ほら、座れよ」

「あ、はい」

うながされ、座る。

あ、じゃなくて。お菓子渡さなきゃ。

もう一度立つ。

「すみません、忘れてました。

 これお菓子です。どうぞ」

「お、おう」

沖山さんは困惑しながらお菓子を受け取る。

絶妙に噛み合わないやり取り。

…私のせいか。まあいいや。


「で、それ以外に何か用があるのか?

 じいさんが話聞いてやれって言ってたぞ」

沖山さんがこちらを見る。

用があるなら早く言え、という雰囲気だ。

「あ、はい。

 えっと…なんて言ったらいいか分かんないんですけど」

「何だそりゃ」

「えっと…

 私、沖山さんの事が気になるんです」

私が言うと、沖山さんが愕然として言う。

「…嘘だろ、惚れたのか」

「違います」

否定する。

「今回、私あの影を見てしまって本当に怖かった。

 最初に見た時もですけど、学校やお寺で見た時、

 本当に私、狙われてるんだって思って」

私の言葉を、沖山さんは黙って聞く。

「これまでの人生で一番怖かった。

 だから、助けてくれた事には本当に感謝してます。

 でも沖山さん、不機嫌そうな態度しか見せないし、

 でもちゃんと助けてくれたし、

 そのくせお金ほとんど取らないし。

 どんなつもりで、どんな気持ちで助けてくれたのか、

 沖山さんがどんな人なのか気になったんです」

なかなか言葉にしづらい。

私が感じた、納得のいかなさ。

「私は私が助けてもらった道理が知りたいんです。

 このまま、はい無事終わりましたって言われても、

 何か納得いかなくて」

助けてくれた相手に、あなたは何を考えて私を助けたのか、

なんて聞くのは失礼かもしれない。

でも私は自分がどんな人に、

どんな理由で助けられたのか知っておきたかった。

「なるほどな。納得いかない、か…

 頑固だな、お前」

沖山さんはため息を漏らす。

「ちなみに私、前園さんにも沖山さんの事少し聞きました。

 昔大変な目に遭われた事も、自分で乗り越えた事も。

 でも、それだけじゃわかんなくて…」

「おいおいおい…

 じいさんそんな事話したのかよ…」

沖山さんは呆れた顔で頭を抱えた。


「わかった。

 で?どんな話を聞いたら納得できるんだ?

 俺がなんで依頼受けたかを知りたいのか?」

「あ、はい。まずはそれが気になるかも」

「お前、変なやつだな」

変わり者を見るような目をしながら、沖山さんが言う。

「俺がこういう依頼を受けるのは、

 まあ、ほとんどじいさんの頼みで仕方なくだ。

 俺だってじいさんには世話になったからな」

少し考えて、沖山さんは続ける。

「でもな、じいさんの頼みかどうかは別にして。

 …俺は気に入らないんだ。

 あの黒い奴みたいなどうしょうもないもんのせいで

 お前みたいに大変な思いしてるやつがいる事が。

 だからぶちのめしてやろうと思った。それだけだ」

彼は、不快そうに言う。

あの影のような、よくないものに心から怒ってるような。


…でもその直後には、少し優しい顔をして、言う。

「だから、お前は何も気にする必要はない。

 うまい具合に助かっただけだ。

 納得したか?」


わかった。

この人の行動の根っこには、やっぱり昔の体験がある。

悪い霊に狙われて、きっとひどい目に遭って、

助けてくれる手段を持つ人もなくて、絶望した経験。

そして彼の中で動いている思いは二つ。


一つは、怒り。

沖山さんはその時、心の底からブチ切れたんだ。

悪霊を殴り倒す奇行に走るほど。

だからああいうよくないものを見た時、それで誰かが

怖い目に遭っていると知った時、不愉快なんだ。

それであんなに面倒くさがりながらも依頼を受けるし、

お金の為にやってる訳じゃないから、

代金も最低限の形式的な額しか取らない。


もう一つは、優しさ。

自分と同じような思いを他の誰かにさせないように、

自分が引き受けようとしてる。

前園さんの電話なんて無視出来たし、すぐに来てほしい、

なんていうお願いに応える義務もなかったはず。

でも、かけつけた。

影を倒してくれた時…

あの時の私がどんな顔をしてたか自分ではわからないけど、

沖山さんはすぐに私に声をかけてくれた。

「「良かったな、終わったぞ」」

あの時の声はちょっとだけ優しかった気がする。

あれは、私の事を気にかけてくれた言葉に思える。


…なんだ、いい人なんだな。


同時に、過去の彼の事を可哀想に思った。

もし私に家族もいなくて、

誰に相談してもあの影が消えなくて、

毎日毎日あの目を見て、あの声を聞き続けて、

そんなことになっていたら…

私なら耐えられなくて諦めてしまったかもしれない。


「おい、聞いてるか」

沖山さんの声に我に返る

「あ、はい。

 あの…沖山さん、良い人なんですね」

「あ?」

沖山さんはなぜか嫌そうな顔をした。

照れてるとかでなくて、

単純に褒められるのが好きじゃないのかも知れない。

「沖山さんは良い人。私は良い人に助けてもらった。

 だから私はお菓子を持ってお礼を言いに来た。

 ひとまずはそれで納得してみます」

「…なんか、やめろその感じ」

やっぱり嫌そう。

その顔に、私は思わず笑った。


「…で?それでもう満足か?」

「はい、ちょっと沖山さんの事知れた気がします」

「やっぱり変なやつだな。

 何であんな目に遭ったのか、あれが何だったのか、

 そういうの聞かれるかと思ってたんだがな」

「え、わかるんですか?」

私は身を乗り出す。

「なんとなくな」

「教えてください」

あの時沖山さんがやってきてすぐに退治してしまったから、

結局わからずじまいかと思っていた。

私はさらに身を乗り出す。

「落ち着けよ。まったく…」

沖山さんは窓の外に広がる街並みを眺めながら、

面白くなさそうに話し始める。


「あれはな、悪い感情の塊みたいなもんだ。

 人の多い街にはけっこういる。

 嫌な思いしたりすると、誰でもイライラするだろ?

 人の多いところではそういうよくない感情が溜まって、

 それらを食ってああいう奴らが湧くんだよ」

まるで虫が湧くのと同じように言う。

「あいつらは悪い感情を食って増え続けるんだ。

 普段はそういう感情が溜まるような所に巣食ってる。

 最初に見たのはあのでかい橋の下だったんだよな?」

「はい…

 あ、悪い感情…信号待ち?」

「多分それだろうな」

最初に見たのは交差点につながる橋の橋脚部分。

真上の橋は、渋滞でいつもドライバーがイライラしてる。

そんな感情を、あの橋脚の下で食べていたのか。

「で、普段はそんなところでフラフラしてる奴らだが、

 自分を見て怖がるやつの感情が好物で、狙った相手に

 執拗についていこうとする。

 少しずつお前に近づいて、怖がる感情を膨らませて、

 最後にはお前ごと食おうとしてた。そんなとこだろうな」

「食べる…私を?」

「そうだ。お前を食おうとしてたんだ。

 よかったな、あのまま頭かじられないで」

沖山さんは私の頭を手でガジガジひっかく。

「…やめて下さいよ。

 てか、私なんか食べても美味しくないのに」

「いや、きっと美味いんだろ。

 こういう時、霊感あるやつはやたらと狙われる。

 あいつらにとってご馳走なんだろ」

「霊感?」

私は首をかしげる。

「私霊感なんかないですけど」

「いや、あるだろ。

 でなけりゃあいつをそもそも見ることもできない。

 見て怖がる事もないから狙われてすらいなかったはずだ。

 これまでお化けとか幽霊とか、見たことないのか?」

「いえ、全然…」

「無自覚かよ…

 とにかく、お前にはそれなりにそういう感覚があるんだ。

 だからあれを見れたし、その結果狙われた」

「へえ…」

そういうもんなのか。自分では全然わからない。

「それって、私に何か特別な力があるって事でしょうか」

「見ちゃいけないもんが見える不憫な体質ってだけだ。

 損してるだけだな」

「うわぁ…」

思わず本気で嫌な声が出る。

私の反応に沖山さんは少し笑った。

「まあ、俺と同じだ。生まれつき貧乏くじ引いたんだよ」

「でもそしたら私、またあの影みたいなものが

 見てしまう事もあるんでしょうか」

「ああ、それはあるかもな」

沖山さんはあっさり言うけど、私はその言葉に

不安が膨らみ、表情が引きつる。

今度またいつあれを見るかもわからないなんて。

「急に暗い顔になったな。

 大丈夫、今度また、おばけの対処法でも教えてやるから」

「対処法?」

「ああ。だから落ち込むな。

 見えちまうもんは仕方ないだろ」

沖山さんは私が持ってきた菓子折りの箱を開けて、

私の前に置いた。

「ほら、とりあえず一緒に食おう」


それからは、他愛のない話をした。

沖山さんがスーパーで週5日のバイトをしている事、

コーラが好きな事、

私が帰宅部な事、

好きな小説がある事、

ゆっくり話して、気づけば18時。

ベランダにつながる大きな窓の向こうには、真っ赤な夕陽。


「綺麗に夕焼けになってますね」

私は空を眺めながら言う。

「この街は特に夕焼けが赤いよな」

「そうなんですか?」

「他の街にもたまに行くが、ここまでの夕焼けは

 他ではあまり見ないな」

沖山さんも、空を眺める。

「そうなんだ…夕焼けなんて街によって違うものなのかな」

「周りの地形とか山の位置とか、色々あるみたいだぞ」

なんとなく、二人で少しの間夕焼けを眺めた。

この街の一日の終わりを教えてくれる、綺麗な陽の赤色。



「さて、私そろそろ帰らないと」

少し伸びをしてから、立ち上がる。

「そうだな、あまり長居すると暗くなる」

「またあんなの見たら嫌ですし」

「大丈夫だ、この近所では普段はほとんど奴らは見ない。

 じいさんの寺のおかげかもな」

二人で玄関に向かう。

私は玄関に腰を下ろし靴を履いた。

「また来ます。今度はおばけの対処法ってのも

 教えて下さいね?」

私は笑顔で言うと、立ち上がり玄関のドアを開けた。


モワッ


夏の夕方の、温まった空気が流れ込んでくる。

「…あっつ」

「…暑いな、早く出てドア閉めろ」

「うわ、ひど…」

私は外に出て、沖山さんの方を振り向く。

改めて、頭を下げた。

「今日はありがとうございました」

「ああ、気をつけて帰れよ」

少しだけ優しい笑顔を浮かべて、沖山さんは手を振る。

やっぱり、いい人かも。


建物の下に降りて、私は自宅に向かって歩き始めた。

空も街も、夕焼けで真っ赤に照らされていた。


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