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変な人

私はこの街で、驚いて、恐怖して、

そしてあの人に出会った。

おばけでも。怪異でも。

ただ面倒くさそうに捌いてしまうあの変な人に。

「それは、良くないね」

私の話を聞いて、

その人はうつむき、そうつぶやいた。


学校の校庭に影を見た翌日。

私は学校を休み、近所にあるお寺に来ていた。

目の前にいるのは住職の前園さん。

80歳近いおじいさんだ。

ここは500年以上前からあるという古いお寺で、

昔から近所の子供達が集まる遊び場にもなっている。

私も小さい頃、よく友達と境内で遊ばせてもらった。

前園さんとはその頃からの知り合いだ。

まさかこのお寺に、こんなすがるような気持ちで

来ることになるなんて思ってもみなかった。


前園さんは私が知っている人の中で、

こうした話を真面目に聞いてくれそうな唯一の大人だった。

実際、先ほど私がここを訪れた時もすぐに何か察して

この本堂に通してくれた。

お寺に来るまでの間も怖くてたまらなかったけど、

本堂の仏様の前に来ると不思議と安心できた。


私は前園さんに、あの影について全て話した。


「話を聞いた限り、たちの悪い悪霊みたいなものに

 つきまとわれているみたいだね」

前園さんは難しそうな顔で、眉間にしわを寄せる。

「あの…追っ払ったりは出来ませんか?」

藁にもすがる思いで聞いてみる。

しかし前園さんはため息をついて言った。

「厄除けなんかは出来るけど。

 でもそれでその影を何とかできるかは何とも言えないよ。

 もちろん、やれるだけのことはやるけどね」

「そうですか…」

「…不安だよねえ」

「はい…」


少しの沈黙。


私は多分泣きそうな顔をしていたと思う。

前園さんも考え込む。

少しして、前園さんは口を開いた。

「もしよければ…

 一人、この状況を何とかできそうなのがいるんだ。

 めちゃくちゃな問題児だけど、実績はある。

 正直私は、この事はそいつに頼むのが一番だと思う。

 会ってみてくれるかい?」

「実績って、なんのですか?」

「悪霊退治」

「悪霊退治…?」

思わず聞き返した。

小説のように、術や結界等で悪霊を退治する専門家でも

いるのだろうか。実際にそんな事をできる人がいるのか。

「沖山って男なんだけどね。

 寺の人間でも、神職の人間でもない。

 あまりいい性格でもないんだが、

 悪い霊相手に戦わせたらこれが優秀なんだ。

 本当は私みたいな立場の者が堂々と紹介できるような

 人間ではないんだろうけど。

 手っ取り早いんだよね。あいつのやり方は」

「…」

「美風ちゃんが嫌でなければ、ぜひ会ってみないかい?」


少し悩んだ。

前園さんが問題児というなら、きっと変な人なんだろう。

私の脳裏には、法衣を着て術を唱えながら悪霊を

封印していく陰陽師のような人物像が浮かんでいた。

そんな人、確かにあまり近づきたくないかもしれない。

でも前園さんはその上で紹介しようとしている。

早く何とかしないといけない、そのためには

その人の力を借りるべき、と考えているんだろう。

ありがたかった。

でも、いきなり相談に来た私の話を聞いただけで

他の人にまで協力を求めようとするなんて、

やけにすんなり信じてくれたな、とも感じた。


「お願いします」

私は丁寧に頭を下げた。

前園さんはほほえむ。

「わかった。じゃあ早速電話してくるよ。

 すぐに来てもらおう」

「え、今日?今からですか?」

「そう。今から。少し待っててね。

 あとね…

 私が戻るまで、絶対に本堂から出ちゃいけないよ?」

前園さんは穏やかな顔で私に言い聞かせるように言った。

そして、境内の隅、敷地の横にある細道を指さした。


私はそれを見て絶句した。


あの影が、境内の柵にへばりつくようにうごめいていた。

今までよりずっと近くに見えるその影は、

今にも境内に上がってきそうだ。

「やだ…」

「大丈夫。

 ここから出なければしばらくは大丈夫だよ。

 ただ、あまり見ないようにしておきなさい」

引きつった顔で動けない私の背を軽くなでてくれると、

前園さんは隣の部屋に入って電話をかけはじめた。


前園さんはきっと先ほどの私の話を聞きながら、

もうあの影が視界に入っていたのだろう。

だから前園さんはすぐに動くことにした。

そういう事だったのか。


私はあの影を見ないように、正面の仏像に向かって

一生懸命手を合わせた。


どうか助けてください。


とにかく意識を集中して、あの影を見ないように、

前園さんの電話が終わるまでの時間を耐える。


ギ…ギギギ…


あの声がすぐ後ろで聞こえた気がした。思わず振り返る。

影は相変わらず先ほどの場所にいた。

だが、二つの目が私を見ており、目が合ってしまった。


ギッギギギギギギギギ!

ギギギギギギギギギギギギギギ!


金属音のような笑い声が頭の中に響き渡る。

恐怖で耳鳴りがする。

涙が出て、足に力が入らなくなる。

私はその場にへたり込んだ。

もう嫌だ。私はもう、逃げられないのかも知れない。


不気味な目がこちらを見ながら笑う。


ギギギギギ!

ギギギギギギギギギギ!

ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ…


ふと、視界が遮られる。


見上げると、前園さんがいた。

私の目の前を手のひらで覆って、目線を遮ってくれていた。

「ごめんね、おまたせ。怖い思いをさせた。

 …なるほど、これは見た目以上に厄介みたいだね」

前園さんは先ほどと変わらない穏やかな声で、

しかし、これまで見たことのないような険しい目つきで

影を睨みつけていた。

「沖山くんが3分ほどで来てくれるから、もう大丈夫だよ」


3分。

3分だけ待てば…

…3分?


「…え、3分?」

思っていたよりずっと早い。私は思わず聞き返した。

カップ麺じゃないんだから。

「彼は三件先のアパートに住んでるんだよ。

 今日はバイトが無くて家にいたらしい。運が良かったね」

「バイト…?」

思い描いていた陰陽師には似ても似つかぬ単語。

「バイト中だったら、

 急いで呼び出しても20分はかかるからね。

 お仕事先のスーパーにも迷惑かけちゃうし」

前園さんは穏やかに淡々と話す。


アパート住まい…

スーパーでバイト…


勝手に想像していた陰陽師のような想像図は今、

エプロン姿でスーパーのレジ打ちをする、

悪霊退治とはほど遠い姿に変わっていた。


「あの前園さん、その人、本当に大丈…」

「いいかい?

 あの影の目を絶対見ないようにしなさい?」

「あ、はい…

 …

 で、その悪霊退治の人って、本当に…」

「笑い声も気にしてはだめだ。

 こちらが不安になって隙を見せた所に、

 入り込もうとしている」

「あ、はい…」

前園さんは私がこれ以上あの影にのまれないよう、

真剣に話しかけてくれる。

おかげで中々割り込みづらい。


あの影が目の前まで迫っているという不安、

数分後に駆けつけるというレジ打ち陰陽師に対する不安、

私の頭は二つの心配で揺れ動いていた。


影とのにらみ合いが1、2分過ぎた頃、

お寺の前に30代くらいの、一人の男性がやってきた。

リュックを片手に、Tシャツ、ジーパン、サンダル。

短髪の黒髪にはけっこうな寝癖がついている。

寝起きで不機嫌なのか、生まれつきなのか、目つきも悪い。


私はすぐに前園さんに言う。すがるように。

「前園さん違いますよね?

 あの人じゃないですよね!?」

「おお!沖山くん、待ってたよ!こっちだ」

「うぉ…」

思わず喉からいつも出さないような声が出た。

前園さんはその男性に手を振って手招きした。

男性は前園さんを見ると、ズカズカと境内に入り、

本堂に上がってくる。

その途中、男性は一度だけ、

面倒そうにちらっとあの影に視線を向けた気がする。


「じいさん、すぐ来いとはまた無茶言ってくれるな。

 こっちの都合考えてないのかよ」

「まあまあ、どうせ昼寝してたんだろ?いいじゃないか。

 さて、今回困ってるのはこの子なんだよ」

「こいつねえ」

男性は私の顔をのぞき込んでくる。

「何とか助けてやってほしいんだ。

 実はこの子が困っているのは…」

「あれか」

男性はあの影の方を見て、ため息をついた。

明らかにやる気がなさそう。

「美風ちゃん、こちらが沖山くん。

 さっき話した悪霊退治の人ね」

「はい…」

改めてその男性、沖山さんを見る。

やっぱりただ目つきの悪いフリーターにしか見えない。

「お前、高校生か。

 なんであんなもんにつきまとわれてるんだ?」

「…わからないです。

 一昨日学校帰りに見かけてしまって」

「ふーん」

沖山さんはじろじろと私を見る。

「せっかくの休みだったのに…面倒くさいな」

態度悪い。

沖山さんは、今度は視線を影に移して観察し始めた。

「あの、本当にあれを何とかできるんですか?

 助けてくれるんですか?」

「まあ、前園のじいさんの頼みだ、やってやるよ」


沖山さんはリュックを床にドカッと置いた。

中を覗いて少し考えながら、小さな瓶を二本取り出すと、

それだけを手にして影に近づいていった。

柵越しにまた影をまじまじと観察する。

そして、瓶の蓋をあけ…

バシャッ

中の水をいきなり影にぶちまけた。

ギギャアアアアアア!

影から悲鳴が轟く。顔を押さえもがき苦しむ影。

その声に私は身をすくめた。

沖山さんはそれを、腕を組んだままじっと観察している。

やがて影が身体を起こす。

目からは憎悪の念が噴き出していた。

その視線は、私ではなく沖山さんに移っていた。

怒らせてしまった、と私は思った。

影は憎しみを込めた目で柵を乗り越え沖山さんに向かう。

沖山さんは動じず、一歩も動かない。

影があと数歩の距離まで近づいた時、

バシャッ

沖山さんはもう一つの瓶をあけて、

再び中身を影にぶちまけた。

また影が凄まじい悲鳴をあげる。

のたうち回る影を見ながら、沖山さんはつぶやいた。

「だめだな、あんま効いてねえや」

不満そうにそう漏らすと、影に背を向け本堂に戻ってくる。

そして置いてあったリュックの中をごそごそと探り始めた。


その後ろで、影が憤怒の形相で体を起こす。

怒り狂った感情が噴き出しているような、吊り上がった目。

影は沖山さんに向かってすごい勢いで飛びかかってきた。

「ひっ!」

私は恐怖に声をあげる。


バン!


沖山さんは振り向きざまに影に向かって何かを放った。

その何かは影に勢いよくめり込む。

影は悶絶して足を止めた。

見ると、縄に繋がれた手のひら大の白い石。

沖山さんは縄を手繰り寄せ、その石を手元に握りなおした。

もがく影を見下ろしながら。


(石が…当たったの?あの煙みたいな影に?)

私はその様子を見ながら状況が理解出来ないでいた。

石は、山にいけばごろごろと落ちてそうな、

普通の形のただの石に見える。

縄もぐるぐるに巻き付けて縛ってあるだけ。

手作り感満載。

なおも体勢を立てなおし、揺らめいて迫ってくる影。

沖山さんは容赦なく石を投げつける。

バン!

再び影に当たり、よろけさせる。

沖山さんは石を振り回し続け、

飛びかかってくる影を何度もなぎ倒していく。

影は怒り狂いながらも繰り返し石を叩きつけられ、

次第に弱ってきているように見えた。

沖山さんは一際大きく縄を振り回す。そして、

「ふん!」

思いきり石を影に叩きつけた。


パァァァン!


これまでとは違う、高い破裂音が影から響く。

影の輪郭が、ガラスのようにひび割れて見えた。

時間が止まったような静寂が数秒続き、

影はそのまま消えていった。



私が何も言えずにそのまま立ち尽くしていると、

沖山さんがこちらに戻ってきた。

「良かったな、終わったぞ」

私の頭を軽くポンポンと叩く。

「じいさん、終わりだ」

「うん、お疲れ様。急に呼んで悪かったね」

「こんな暑い日に呼びつけんなよ…」

沖山さんは相変わらず、ぶつくさと文句を言う。

「あ、あの!」

私はやっと声を出す。

「どうなったんですか…」

「美風ちゃん、無事終わった。安心しなさい」

前園さんが優しく言う。


一方の沖山さんは、そんな私の様子を気にもとめていない。

「じいさん、支払いはあんたからか?

 その子に払わせるか?」

「いやいや、私からの依頼としておこう。私が払うよ」

支払い…?助けてくれた代金…

そうだ。彼は私を助けるために来て、悪霊退治をした。

お金…かかるんだ。

私は急に頭が動いた。

「私が助けてもらったんです。私が払います!」

二人の間に割って入る。

助けてもらったくせに、支払いを前園さんに押し付けて、

自分はただ見てるだけなんてわけにはいかない。

こういった時の報酬が何十万なのか、何百万なのか。

命を助けてもらった相場なんてわからない。

一体いくらになるのだろう。

少しなら預金もあるけど、きっとそんなんじゃ足りない。

でも助けてもらったのは間違いない。

だから私が払う。


私はまっすぐに沖山さんを見た。

「時間かかるかもしれないけど…

 バイトでも何でもして、払います!」

「わかった、じゃあお前が払うんだな」

沖山さんが言う。

そして、私に向きなおって続けた。

「今日暑いから、出張代1500円で。

 あと霊水二本空けたから、150円が二本で300円。

 てことで1800円だ」

「…1800円?」

あっけにとられた私を見て、前園さんが吹き出す。

「美風ちゃん、大金がかかるかとでも思ったかい?

 言っただろう、彼は寺や神社の人間ではない。

 そういう高いお金は取らないよ。」

それだけで、助けてもらった価値が違うのだろうか。

すると、沖山さんは面白くなさそうな顔で言う。

「この程度の事で高い金取るつもりなんてねえよ」

その沖山さんの物言いに、前園さんは目を細めて笑った。


私は、お財布からお金を出して沖山さんに手渡した。

「じゃあこれおつりな。

 そしたらじいさん、俺は帰るぞ」

沖山さんはお金をしまうと、荷物をまとめ始めた。

私はどうにも納得いかなかった。

一昨日からのこの3日間、こんなに怖い目に遭った。

死ぬのかもしれないとすら思った。

沖山さんは私をその危機から救ってくれた。

その対価が、私が一昨日買った小説、2、3冊分だなんて。



沖山さんが帰ったあと、私は前園さんに聞いた。

「沖山さんって結局、何なんですか?

 霊能者とかそういう感じの人ですか?」

前園さんは腕を組んで、聞き返してきた。

「気になるかい」

「はい。

 こういうのってもっとお金かかるかと思いました。

 あのままだったら私まずかったかもしれないのに。」

「彼はまあ、そういう人間なんだよ」

「そういう人間、って、どういうですか?」

「気になるかい」

「はい」

「美風ちゃんも意外と頑固だね」

前園さんは笑った。

「じゃあ彼の事、少し教えてあげよう」

前園さんは、沖山さんについて教えてくれた。


沖山正己。

彼は小さい時から身寄りがなく、前園さんの知り合いが

開いている施設で育った人だという。

その頃から色々な霊を見たり、その影響を受けたりする、

いわゆる霊感があったそうだ。異常なほど強く。

彼はちょうど私と同じ高校生の頃、悪い霊に狙われて、

かなり危ない目に遭ったらしい。前園さんや施設の方も

何とか彼を助けようとしたが、上手くいかず。

彼は神社や教会にも助けを求めたらしいが、除霊や祈祷に

お金をかけても、その霊をどうにもできなかったらしい。

日々強くなる霊障に、彼はついに決意した。

もう誰も頼らない。

殺されるくらいならこっちがやってやる、と。

その時の剣幕は凄まじいものだったらしい。

彼は御神木や霊山などを巡り、効果のありそうなものを

片っ端から探して回ったそうだ。

何をすれば霊を退けられるのか。

何をすれば霊を倒せるのか。

霊山に神聖な水を取りに行き、石を取りに行き。

数珠を揃え、十字架を揃え。

そして毎日のように起こる霊障や姿を見せ始めた悪霊に、

手当たり次第に試したらしい。

その結果、彼は特別な魔除けをしてもらった霊山の石で殴りかかるのが自分にできる最善の策だと突き止めた。

それが先ほどの、縄のついた白い石。

彼はついにある夜、とりついていた悪霊を一人で

返り討ちにしたのだという。


壮絶な話。

そういうよくない物の怖さを思い知ったばかりの私には、

その時の沖山さんの覚悟がどんなものか想像ができた。

「だからね、彼は宗教的なものはまったく信じていない。

 何なら嫌ってるくらいだよ。

 私個人の事は知り合いとして付き合ってくれているが、

 僧という職も、寺という場所も、彼は大嫌いなんだ。

 僧としての私は、彼を救えなかったからね」

前園さんは困ったような顔で空を仰ぐ。

「彼は自分と同じような目に遭っている人がいれば、

 手を差し伸べる。

 ただこうした仕事は厄介事にも巻き込まれるからね。

 あくまで仕事として、必ず報酬を取るようにしなさい、

 と私は彼に言っているんだ。

 でも彼は必要以上の金を絶対に取らない。

 どうだい、少し、人となりがわかっただろう」

私はその話を聞いて、不思議な気持ちになっていた。

沖山さんという人間。

面倒くさそうな態度であの影を倒してくれたその裏に、

そんな思いや経験を抱えていたなんて。


私は前園さんに言った。

「あの、私今度改めて沖山さんに会いたいです。

 会って、お礼を言って、それからもっとあの人の事を

 聞いてみたい」

前園さんは意外そうな顔をして、また微笑んだ。

「美風ちゃんは頑固だし、物好きだねえ」


物好き。確かにそうかもしれない。

あの変な人に、私はすっかり興味を持っていかれていた。


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