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山に広がる緑の中

そこには、かつての記憶だけを残した

大きな旅館が建っていた

昼下がり。

車の窓の外には、いつも通りの街並みが流れていく。


沖山さんと私は、新津さんの運転する車に乗り

依頼の目的地である廃旅館へと向かっていた。

ハンドルを握ったまま、新津さんは後部座席に並んで座る

私達をミラーで見ながら言った。

「ねえ、沖山くん…であってたかしら、あなた。

 その女の子、連れてきて大丈夫だったの?」

その女の子、というのはもちろん私だろう。

「こいつは大丈夫だ。

 …それより、現場の旅館はどんな場所なんだ?

 変なもんが住みつくような、いわくつきの場所なのか?」

「いいえ。旅館の資料を見た限りでは、特に何か事件が

 あったわけでも、人が亡くなったりした訳でもないわ」

新津さんは、運転しながら答える。

「潰れた時に経営者が首つった、とかないだろうな」

「個人経営じゃなくて、企業が運営していた旅館よ。

 潰れたからって首つるような人も居なかったはずね」

「そうか…

 ちなみにその幽霊は、業者全員が見たのか?」

「業者は数人で下見していたみたいだけど、

 はっきり見たのは1人だけみたい。

 ただ、他の人も急に自分に向かって物が倒れてきたり

 追いかけてくる足音が聞こえたりして、

 ただ事じゃないってのは気づいたらしいわ。

 ちなみにその1人ってのは、霊感ある人らしいわよ?」

なるほど。つまり霊感がある人がいなければ姿は見えず、

でも向こうはお構いなしに追い回してくる、と。

「厄介そうだな」

沖山さんは小さくつぶやく。


「まあ、行ってみなくちゃわからないでしょ。

 だから調査に行くのよ」

新津さんはため息まじりに言う。

沖山さんは、ふと思い出したように再び口を開いた。

「あんた、さっきの話だけどな。

 本当に霊がいるなら建物の中は危ないかもしれない。

 ちゃんと向こうに着いたら…」

「あんたじゃないわよ。新津ありさって名前があるわ」

「…」

新津さんが不機嫌そうに沖山さんの言葉を遮った。

沖山さんは一度黙る。

「ほら、新津さん、って呼びなさい?依頼人よ?」

「…」

「ほら、どうしたの?」

「おい、新津」

「…呼び捨てとは言い度胸ね」

大人げないケンカをするのは止めてほしい。


「呼び方にこだわってる場合じゃないんでな。

 いいか、向こうに着いたら勝手な行動はするなよ?

 たかが幽霊騒ぎ、なんて考えは捨てろよ?」

「思ってないわよそんな事」

新津さんが言う。

「不動産業はね、色々経験するのよ。

 私はそういうのが危ないって事くらいわかってる。

 だからこそ一人では来なかった」

「…」

意外だった。新津さん、そういうものは笑い飛ばして

信じないようなタイプの人かと思っていた。

「新津さんもお化けとか見た事あるんですか?」

私は聞いてみた。

「無いわね、一度も。

 でも世の中には、そういうのがいるって事はわかるわ。

 説明のつかない事が起こってる物件なんてよくあるもの」

新津さんはカラカラと笑う。

なるほど、直接見えなくても色々な形で霊の存在を信じる人がいるのか。

「あなた、名前は?」

「はい、海野美風です」

「美風ちゃんね。あなたは幽霊とか見た事あるの?」

「…私もそういうの見える体質でして…」

「そう…大変でしょ、そういうの」

「あはは、まあ、はい…」

新津さんは、バックミラー越しに私を見て、

少しだけ優しく目を細めた。

「なんかあったら私に相談しなさいよ。

 女同士仲良くしましょう。

 あ、私の事もありさって呼んでいいわよ?」

「はい。ありがとうございます」

優しい人かも。そう思っていると…

「おい、ありさ」

沖山さんが思い切り呼び捨てにする。

「あんたには言ってないわよ!」

私は思わず吹き出した。


…


しばらく進むと、次第に車は山沿いの道に入っていく。

緑が生い茂る山。

やがて、道の真横に山の斜面が見えてきた。

「さ、もう少しね。

 ここから道が悪くなるからつかまってて。覚悟はいい?」

「はい。ありささん、お願いします」

(…ん?覚悟?)

思わず返事をしたが、何の覚悟だろうか。

すると、ありささんが急にハンドルを切る。

ガコンッ

車が急に曲がり、草に覆われた獣道のような場所に突っ込んだ。

「…え」

私と沖山さんの声が重なった。

そして。

ガゴッ ガゴガゴガゴッ

「…っひゃあ!」

「…っおい!ちゃんと運転しろ!どこ走ってんだ!」

「言ったでしょ、道が悪いのよ」

「ここ本当に道か!?」

「ここが一番の近道なの。

 ほら、しゃべると舌噛むわよ?」

「ひゃあ!」


…


「着いたわよ」

車が止まり、ありささんが後ろの座席を振り返る。

「…あんた達何やってるの?」

シートベルトや座席にしがみついてうずくまる私達を見て、ありささんが怪訝な顔をする。

「…着いたんですね、よかった…」

「お前な…俺達を殺す気か…」

私と沖山さんは、調査の前からもうぐったりしていた。


ありささんは車を建物の前に停める。

旅館は思ったより立派だった。

建物は2階建ての和風のお屋敷。客室のある棟や大浴場の建物などが横並びにつながっていて、前面には駐車場。

敷地内には雑草が生え、建物も薄汚れてはいたが、

ガラス窓やその中に見える内装もきれいなまま残っている。


私達は車から降りる。

ありささんは鍵を出し、建物正面のガラスドアを解錠する。

「さ、入って?」

そう言うと、スタスタと入っていった。

続いて私達も入る。

そこはきれいなロビーになっていた。

和風ながらモダンな作りで、吹き抜けの天窓からは

太陽の光が差し込んで来ている。

高そうな木を彫り込んだ装飾、大浴場への案内板。

営業していた頃はきっと良い雰囲気の旅館だったんだろう。

「けっこうきれいに残ってるんですね。

 なんかもっと荒れた廃墟のイメージ持ってました」

「正面から見た部分はこんなものよ。でも、ほら」

ありささんがロビーの奥を指さす。

通路の奥や、中庭の反対側の棟などを見ると、ところどころ内装がはげたり、板がめくれたりしている。

「あー、荒れてますね」

「ケガしないようにね。

 さすがに屋根が崩れる事は無いと思うけど」

「ほんとですか?」

「さあ、崩れる事もあるかもね」

からかうようにニヤリと笑う。

「さて、沖山くん、どうなの?ここに本当に何かいそう?」

「…」

沖山さんは黙ったまま。

一階の奥、客室や大浴場のある方の通路をじっと見ている。

「その様子だと、何かいるみたいね」

ありささんはため息をつく。

「…俺は少し見て回ってくる。お前達はここにいろ」

「沖山さん、何かいたんですか?」

「あの通路の奥、何かいた。すぐに引っ込んだけどな」

沖山さんは通路の奥から視線を外さずに言う。

「いいな、じっとしてろよ?」

そう言うと、沖山さんは通路の奥に歩いていく。

その後ろ姿が、通路の角を曲がっていった。


沖山さんが見えなくなると。

「さて、じゃあ私達も行きましょうか」

そう言うと、ありささんはロビーに作られた大きな階段に

向かって歩き出す。

「へ?ありささん、私達はここで…

 ちょっと、ありささん!?」

ありささんは構わず階段を登っていく。

沖山さんの言うことなど守る気まったく無しの様子。

「あー、もー…」

私はありささんの後を追った。


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