廃旅館への招待
舞い込んだ依頼。
いつものように引き受ける彼。
そして、私にもお声がかかる。
窓の外から差し込む眩しい日差し。
遠く響く蝉の声。
今日も夏真っ盛りの景色。
私は涼しい室内で椅子に腰かけ、棒アイスをかじりながら
窓の外を眺めていた。
今日も私は沖山さんの部屋に上がり込んでいる。
いつも通り家計簿のお手伝いを済ませて、私がお土産に
買ってきたアイスを2人で食べているところだ。
「お前最近、俺のバイトが休みの日はいつも来てるよな」
沖山さんが言う。
「他に友達とかいないのか?」
「友達とは他の日にちゃんと遊んだりしてますよ?
あ、この間、真壁さんとも会いました」
「おう、元気だったか?」
「はい。すっごい日焼けしてました」
「日焼けか」
「はい、真壁さんバスケ部なんで、
トレーニングとかでよく外走ってるみたいです」
「この暑い中、よくやるな…」
沖山さんは苦笑する。
「ですよね、私も思います」
私も苦笑する。
今年も夏はいつも通りに過ぎていく。
そして私達学生は、いつも通りに夏休みを浪費するのだ。
「あーあ、夏休み、もう一ヶ月ほしいな…」
そんな事を考えていると。
ブー ブー ブー
急に沖山さんの携帯が鳴った。
沖山さんは携帯を手に取り画面を見る。
「…なんだ?前園のじいさんからだな」
「電話ですか?」
「ああ。ちょっと話してくる」
沖山さんは隣の部屋に行って電話を始めた。
私は食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に入れると、
エアコンの下に移動して、Tシャツの胸元をパタパタと
あおぎながら何となく考える。
確かに最近、沖山さんのバイトがお休みの日を狙っては
ここに来てばかりいる。
その度に家計簿をつけてあげているとはいえ、
沖山さんも一人で休みたい日もあるかもしれない。
さすがに迷惑かけているだろうか。
「うーん…」
どうなんだろう。
「どうした?」
「うわぁ!」
急に後ろから声が聞こえ、私は驚き振り返った。
パタパタしていた胸元も慌てて整える。
「お電話終わったんですか?」
「ああ。何か、今から寺に来れないかってさ。
仕事の相談らしい。ちょっと行ってくる」
「あ、そうなんですね」
「お前も来るか?」
「え?あれ…いいんですか?」
「まあな」
沖山さんの言葉に私は少し驚いた。
今までなら、邪魔だからついてくるな、としか
言わなかったはずなのに。
少し嬉しくなった。
「はい、行きます!」
…
「…というわけで、君にこの依頼をお願いしたいんだ」
前園さんはにこにこ顔で、目の前に座る沖山さんに言った。
私達は今、お寺の事務室で前園さんと机を挟んで
向き合っている。
そして前園さんの横には、綺麗な、でも気の強そうな
女の人が1人、自信に満ちた笑顔で座っている。
ウェーブのかかった肩までの金髪。
ブラウスと、膝下までの落ち着いた色のスカート。
前園さんのお寺には全く似合わない、美人さん。
前園さんによると、この女の人の名前は新津ありささん。
隣町の不動産屋さんだ。
聞くと、町の片隅にある元旅館の大きな土地を、
今度新津さんの不動産屋で管理する事になったそうだ。
そこに建っている旅館の廃墟を取り壊して、
別の用途に使いたいと思っているらしい。
だが下見に行った解体業者が廃墟内で複数の幽霊に遭遇し、
逃げ帰ってきたという。
業者からは、あんなものがいるんじゃ作業は無理だ、
と言われてしまったそうだ。
そこで新津さんは、自分でも改めて一度内部の確認に
行こうとしているらしい。
だが、念のため幽霊に対処できる人を連れて行きたいと
思っている。
そうして前園さんに相談に来た、というのが、
今回の流れだった。
前園さんは沖山さんに言う。
「私みたいな年寄りが行くより、君が行ってくれたほうが
適任だと思うんだ。頼めるかい?」
「あー、つまり」
沖山さんが面倒くさそうな顔で頭をかきながら言う。
「廃墟調査のボディガードをしろ、と」
「そうだ。こんな事、沖山くんにしか頼めなくてね」
沖山さんはため息をつきながらも、新津さんを見て言う。
「…わかった。引き受ける。
ただし、現地に着いたら変に動き回らずに言う事は
聞いてくれよ?廃墟みたいな所に留まってるような奴は
地縛霊でも何でも、タチが悪いのが多いんだ」
「さあ、それは私が決めることしょ?」
新津さん、さらっと沖山さんの言葉をつっぱねる。
「っ!?」
固まる沖山さん。
「依頼人は私なんだから、あなたが言う事を聞きなさいよ。
お客様第一でしょ?」
「こいつ…何様…」
「はは。まあまあ、落ち着いて。
沖山くん、頼んでいいかい?」
顔を引きつらせる沖山さん。
その沖山さんを笑顔でなだめる前園さん。
そして、上から目線で自信満々な新津さん。
(わあ、厄介そうな構図…)
多分、沖山さんこういう女の人嫌いだと思う。
沖山さんは握りこぶしを震わせる。
でも、すぐ冷静さを取り戻して深呼吸した。
「…仕方ないな」
そう呟き、前園さんにうなづいた。
その様子を見て、新津さんはにっこりと笑う。
「決まりね。よろしくねボディガードさん。
早速だけど、今日これから行けるかしら」
「今日かよ」
沖山さんが驚いた声をあげる。
「時間がないのよ。お礼は弾むから、ね」
「おいおい…」
「近くに私の車が停めてあるから、それで行くわ。
時間は片道30分くらいかしらね」
「…」
沖山さんが、見事に飲まれている。
うん、きっと沖山さん、この人のこと嫌いだし苦手だ。
「はは。では決まりだね。頼むよ沖山くん」
前園さんは笑顔で席を立ち、奥の部屋に入っていった。
沖山さんは、心の底からだるそうな顔で固まっている。
「沖山さん、大丈夫ですか?」
私が声をかけると、沖山さんはふと私を見る。
そして、私の顔をじっと見た後、言う。
「お前も来るか?」
「へ?あ…」
さっきと同じ。いつもなら例えこちらが行くと言っても
ついてくるなと突っぱねられていたはず。
嬉しくなる。
同時に、危険な事には変わりなく、遊び半分なんかでは
ダメなんだとも理解した。
きっと沖山さんはこの間の私の話、
よくないものを自分で乗り越えられるようになりたい、
という話を聞いた上で同行させてくれようとしているのだ。
「はい、行きます!」
私は答えた。




