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世の中にあふれるもの

私達の周りには、目に見えないものもたくさん潜んでいる。

日常的にそれらは居て、それも含めての、この世界。


山奥のお食事処。食事を終えた私達は、お会計を済ませて

お店を後にした。

威勢のいい店員さんが笑顔で見送ってくれる。

こちらも、笑顔で会釈する。


少し歩いて、お店からちょっと離れた辺りで

私は口を開いた。

「ご飯、すごい量でしたね」

「…ああ、おかげで少し時間使っちまったな。

 うっぶ…」


先程のお店、値段もそこそこ安く、味も本当に美味しくて、

その点は本当に満足だった。

だが、量はやばかった。

私が頼んだキノコそば定食は、普段行くようなお店なら

2食分くらいはありそうな量だった。

私は半分くらい食べたところでもうお腹いっぱいで、

申し訳ないがそばを半分程残してしまった。

そして、沖山さんが頼んだ天ぷらコロッケソースカツ丼は

通常の丼の数倍は入りそうな大きな器に、揚げ物が所狭しと

並んでいる化け物だった。

そもそも天ぷらとコロッケとソースカツをなぜ一つの丼に

まとめたのか、そして男の人はなぜそんなガッツリした

ものに引かれ注文してしまうのか。全くわからない。

しかも沖山さんは、その化け物丼を食べきったのである。


「大丈夫ですか?」

「…ああ、少し苦しいが、歩けば消化できそうだ。

 さすがに俺まで残したら、店にも食材にも悪いからな」

「すみません…」

「いや、お前もだいぶ頑張っただろ」

沖山さんは私の頭をぽん、となでる。

吐きそうな顔で。

お願いだから今目の前で吐かないでほしい。

「そういえば、この後はどうするんですか?」

「ここの霊山に寺の事務所がある。

 そこまで行くぞ」

「山登りですか」

「いや、登りはしない。少し坂道はあるけどな。

 事務所があるのは山の入り口辺りだ。」

沖山さんは歩き始める。私もその後に続いた。


しばらく進むと、霊山と呼ばれるその山が

徐々に目の前に近づく。

厳かな雰囲気。

これはきっと、ここがそういう山だと聞いていたから

そう感じただけかもしれない。山自体は普通の山だ。

でも緑に覆われた姿は周囲の自然含めとても綺麗で神秘的。

情景が完璧で、その景色全体が圧倒的だった。

私は昔の人の考えや歴史の事はよくわからないけど、

この山に何かを感じ、霊山として信仰してきた気持ちは

何となくわかった。


道の先に、平屋で瓦屋根の建物が見えてくる。

「あれが事務所ですか?」

「そうだ。寺自体は山の上にあるが、事務所はここにある。

 寺まで登ってるのは、修行した坊さん達だけだな」

「そうですよね、もし事務所も山の上だったら

 郵便屋さんとか自販機の補充する人とか大変ですもんね」

「…視点が少し独特だな。

 まあ事情はそれだけじゃないけどな」

お寺にも、色々事情があるようだ。

「お水はあそこでもらえるんですか?」

「ああ、先に電話してお願いしてある。

 山の湧き水に念仏あげた物を、あそこの事務所に

 降ろしてくれてるはずだ」

「そんな事もしてくれるんですね」

「普通はしないだろうな。昔からの馴染みなのと、それこそ

 前園のじいさんの知り合いってのが大きいかもな」

「へえ」

前園さん、もしかして偉い人なんだろうか。


事務所に着く。

沖山さんはガラス戸のドアをノックし、ガラガラっと開く。

「こんにちは」

挨拶しながら中に入る。私も後に続いた。

中は普通の事務室のようになっている。

脇には建物奥に続く廊下が伸びており、静かな雰囲気だ。

「おお沖山くん。いらっしゃい」

ワイシャツ姿の初老の男性が出てきてくれる。

「今日も暑かったろ。大丈夫だったかい?」

「佐久間さんお久しぶりです。

 暑さは、まあ大丈夫でしたよ。

 それよりもさっき食った昼飯で腹がやばいです」

「ははっ、食べ過ぎたのか?」

沖山さんと、佐久間さんと呼ばれた男性は親しそうに話す。

さすが昔からの馴染みだ。

「そちらのお嬢さんは?」

「ああ、無理やりついてきた近所のガキです」

「ええっ!ガ…ガキ…」

あまりの言われよう。

「…まあ、俺の知り合いです。

 ほらお前、挨拶しろ。ここをまとめてる佐久間さんだ」

「あ、こんにちは」

私は頭を下げる。

佐久間さんは優しく微笑んでくれた。

「沖山くんにこんな若い知り合いなんて、意外だな」

「前園さんの知り合いなんすよ。あとこいつも変なもんが

 見える体質なんで、面倒見てるんです」

「ああ、なるほど」

佐久間さんは頷いた。

「入りなさい。少し休むといい」

私達は奥に案内された。


通されたのは、宿泊に使うような広い何もない和室。

部屋の隅には畳んだ布団がいくつか積まれている。

そして部屋の壁際に大きなリュックが1つ置かれていた。

カバーの隙間から、お水の入っているであろう大きな

ポリ容器が2つ入れてあるのが見える。

1つ10リットルはありそうな大きい容器だ。

「沖山くん、これお水ね。いつものリュックに入れてある。

 このまま持って行きなさい」

「ありがとうございます。

 あ、これお礼です。お納め下さい」

沖山さんは佐久間さんに封筒を渡し、お辞儀する。

なんか作法が変なとこはあるけど、丁寧にやりとりしてる。

礼儀正しい、珍しい沖山さん。

「あと佐久間さん、すみません、

 ちょっと荷物ここに置いといてもらって

 一度少し森を見てきてもいいですか?」

「ああ、いいよ。ゆっくりしてくるといい」

「ありがとうございます」

そして沖山さんはくるりと私の方を向いた。

「行くぞ」

「どこにですか?」

「森だ」


…


沖山さんに連れられて事務所の裏手に出ると、

藪に囲まれた細い道があった。私達はその道を進んでいく。

道は山の斜面に沿って広がる大きな森に入っていく。

木々と野草が生い茂り、所々に木漏れ日がある。

少し進んだだけで、周りの景色はもう360度すべてが

森に覆われてしまった。


人里の気配などまったくない、静かで落ち着いた森の中。

沖山さんは少し開けた場所に出ると、足を止めた。

「この辺りでいいか」

「あの、沖山さん、どうするんですか?」

「お前、この辺を見て何がいるかわかるか?」

「え、何かって…動物とか、鳥?」

沖山さんの意図がわからず私は首を傾げた。

「そうじゃなくて、霊的なやつだ」

「うぇっ!?」

ぎょっとして辺りを見回す。

何かいるのだろうか。でも、何もいない気がする。

「…特に何もいないですけど」

「なんだ、見えないか」

「見えないですよ…なにがいるんですか…?」

何かいる前提で話す沖山さんの物言いに、

私は思わず後退りして辺りを凝視する。

そういう怖がらせ方は勘弁してほしい。

改めて周囲を観察する。

風に揺れる茂みの奥や、地面から飛び出た木の根の隙間。

私の脳裏に浮かぶのはあの時の黒い影。

視界の中で何か黒いものがうごめいていたりしないか、

注意深く見回す。


すると、沖山さんが呆れたようなため息をつく。

「お前、大丈夫だから一度肩の力抜け。

 じゃあ、例えば…あそこ見てみろ」

沖山さんが指さしたのは、木の枝が少し隙間を開け

日が差し込んでいる場所。

じっと見ていると、薄く白い、丸っこい影が見えた。

「…あれ、なんかいる」

それは確かに、動物などではなく霊的な何かだった。

でも、不思議と怖くない。

その白い影はまるではしゃぐようにぴょんと跳ね、

辺りに小さくつむじ風のようなものを残し、消えた。

「うぉ!」

私は驚き、思わず変な声が出る。

そして気づいた。

それは沖山さんが指さした一点だけではなく、

辺りの地面を歩いたり、木の枝の上にぶら下がったり、

色んな所に現れては消えている。

「え!いる!何あれ」

一つ見えてしまうと、次々に視界に入ってくる。

静かだと思っていた森の中が、途端に賑やかに感じる。

この森の中、至る所に現れては消えるそれ。

忙しなさも感じつつ、どこか幻想的でもあった。


しばらく、森の中を生き来するその白い影を眺めていた。

沖山さんも黙って見ている。

「沖山さん、これ、何ですか…?」

「色んな思いや感情が集まってきて固まった

 思念の塊みたいなもんだ」

「感情…塊…え、じゃああの黒い影と同じじゃないですか」

あの黒い影も、人間のイライラとか嫌な感情の塊なんだと

言ってた気がする。

「似たようなもんだな。でも、全然違うぞ」

沖山さんは足元を走り抜けた白い影を眺めながら言う。

「ここの森はな、こういう感情の塊が昔から多く

 集まってるんだ。

 ここが霊山で多くの人が信仰してきたからなのか、

 もともとこいつらみたいなもんが集まる何かがあって

 それから霊山なんて呼ばれるようになったのかは

 知らんけどな。」

沖山さんは一呼吸置いて、続ける。

「思いや感情は悪いものだけじゃない。

 昔から多くの人達が祈ったり願ったりしてきた

 純粋な感情だって、こうして形になって世の中に

 あふれてるんだ」

「確かに、これは見てて怖くないです」

「だろ?悪い感情なんて、世の中の一握りだ。

 こういうおめでたいやつらもたくさんいて、

 俺らはそういうもんに囲まれて生きてる。

 …目立たないが、俺らの街にだってこいつらはいるぞ」

「え、そうなんですか?」

「この森みたいにはっきり見えるような場所は

 なかなかないけどな」

そして、沖山さんは私の顔をちらりと見る。

「まあ…だから、見えるもの全部に怖がって

 不安に思う事なんてまったくない。

 いつもの景色の中に、こういうやつらも山ほどいるんだ。

 だから気にするな。一握りの悪い影なんかのせいで

 怯えて過ごすな」

「沖山さん…

 さっきの私の言葉気にしてくれてたんですか?」

「まあな」

「そうですか…」

キノコそばが食べたくて私の事見てた訳じゃなかったんだ。

「ありがとうございます。なんか元気出ました。

 変に怖がらずに今まで通り過ごしますね。」

「そうか」

「やっぱり優しいですね。いつもぶっきらぼうなくせに

 こういう時はやっぱりちゃんと気にかけてくれる」

「あ…?」

褒めると嫌そうな顔をする。いつもの沖山さんだ。

「…元気になったならもう戻るぞ。

 あの水、抱えて帰らないとならんしな」

「はい!」

私達は、来た道を引き返した。


…


その後、私達は帰路についた。

帰りの電車の中で、私はふと思った事を沖山さんに話す。

「あの、今更なんですけど…

 この水って、いっその事郵送とかで送ってもらうのは

 ダメだったんですか?

 さっき山からは降ろしてくれてたわけですし」

「ダメだ。せめて自分であの山を拝みに行くくらいは

 しないとありがたみがわからん。

 宅配で送ってもらっただけじゃ、

 それはもうただ仕入れるだけの水だろ」


もっともらしい事を言いながら、変なこだわりを見せる。

この人はお寺や神聖なものを信じているのかいないのか、

いまいちわからない。


ただ、何にでも敬意を払う人なんだな、という事は

何となく感じ取れた。



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