10 納得
◆◆◆
ヘルメイス魔導学院にある、下級部門の訓練場での決闘もどき。
「な……ッ……!?」
一瞬、なにが起きたのかを理解できなかった。
周囲で観戦していた者たちも、当事者であるカイトでさえ。
気付けば、大剣があっさり振り抜かれている。今は地に触れるか触れないかというところでぴたりと止まっている。
激しい衝突にて、ばちりばちりと魔力が弾けながら、つい先ほどまで拮抗してたはずなのに……
どういうわけか、いとも容易く魔法障壁は寸断された。ダグラスの〝一振り〟にて斬られた。
いきなり静止してしまった戦いに、周りの者たちにも疑問符が飛び交う。
「な、なんだ? 今のは……?」
「魔法障壁を……展開していた魔法を無理矢理斬ったのか?」
「カイト殿の魔法は……散らされた? 魔力ごと失われた?」
ざわざわと騒ぎ出す観衆たち。遠目から見ていた者らも、一体なにが起きたのかが理解できないまま。
「……さて、魔導士たるカイトよ。これで気が済んだか?」
結果だけを見れば、〝再演〟と言えなくもないが、その内容はいささか違う。
かつてのカイトが行ったように、魔法障壁を正面から力尽くで打ち破ったという印象はない。
ただ静かな一振りだった。まるでその場の音すらも斬ったかのように。
「あ……な、なにが……? い、一体、なにをしたんだ……?」
結果はあきらかであるものの、カイトにも意味が分からない。まるで手応えがなかった。障壁が斬り裂かれる際、魔法を強制的に、力尽くで散らされるような圧などはまるで感じなかった。
その太刀筋に着目してたはずなのに見えなかった。ダグラスの振るった剣の軌跡すら。
「くくく。基礎的な鍛錬についてならともかく、俺がわざわざ手の内を晒すとでも?」
これでこの決闘もどきも終わりだとばかりに、後ろに一歩引きつつ、大剣を担ぎ直すダグラス。馬鹿な質問をしたカイトに、ごく当たり前の回答を返す。
「あ……」
呆気に取られていたカイトだったが、意識が場に戻って来るにつれ、込み上げてくるのは羞恥。
なにをどうやって、魔法障壁をあんなにも静かに斬ったのか。
対峙したカイトに分からない以上、それは初見殺しの一手であり、ダグラスの切り札となり得る手。
教えてくれと言われて、はい分かりましたと教えるはずもない。
あまりにも愚かな問いを発してしまったと、カイトは己の浅はかさを恥じる。
だからこそ、彼は気付けない。
ダグラスが当たり前の返事をしたことこそが、〝切り札を使った〟と公言しているに等しいと。
「ふぅ……貴公がフェリシア殿の助力まで得て、なぜにこのような場を設けたのかは知らんが……もういいだろ? 約束通り、例の御方との面談を調整してもらおうか」
名目上、ミリオス側がダグラスの実力を見たいと所望したという体になっているが、今回の再演を望んだのがカイト自身であるのは明白。
ダグラスとしては、気が済んだなら、次はこちらの要望を通せというだけ。
「しょ、承知いたしました。この度の件については、後日改めて……」
「――わざわざ改める必要はないさ」
決して大きくはないが、場に沁みわたるような声。皆が気付く。
フェリシアともう一人の伴を引き連れて、訓練場に踏み込んで来る者の姿があった。
「あ……ッ! ミ、ミリオス様……」
他でもない、例の御方当人のお出ましだ。
いつの間にか観戦者の中に紛れ込んでいた模様。というより、はじめからこのような手はずだったのか。
「おい……あの御方は……」
「止めろ。みだりに見るな。あと、迂闊なことを口にせん方がいい」
「――だな」
皆もその姿に気付くが、それなりに弁えている者らを中心に、皆が気付かないフリに徹する。
この場にいる者らの多くは平民ではあるが、従士としてリナニアの貴族社会に属しているため、重々承知している。
『興味のままに行動しても碌な結果にはならない』のを。
知らぬ者は脱落していくだけのこと。カティの前世からすれば、まさに〝好奇心猫を殺す〟というやつだ。
「……これはこれは。御姿は知りませんでしたが、貴台がミリオス・ビーリル殿のようですな。改めまして、俺の名はダグラス・マーヴェインと申します。さる御方から、貴台のことを調べるように仰せ付かり、面会を求めていた次第です」
担いでいた大剣を地に突き立て、胸に片手を添えつつ、半歩下がりながら恭しく頭を下げるダグラス。いっそわざとらしいほどに。
リナニアの貴族社会において、それは目上の相手に対する簡易的な礼法の一つなのだが……衆人環視の今の場においては、あまりにもあからさまな態度だ。
「俺がミリオス・ビーリルで間違いない。――はは。報告は受けていたが、どうやらダグラス殿は報告以上に愉快な人物のようだ」
笑みを浮かべながらも、ミリオスの瞳には鋭い光がある。
ミリオスがリーンゼアル王家の縁者であるのは、すでに学院では秘密でもなんでもない。たとえ事情を知らぬ者であっても、それなりに目端の利く者であれば、場の雰囲気だけで察するものがある。
その上で、皆が知らぬフリをするのが暗黙の了解なのだが、ダグラスは敢えて分かり易いほどに周囲に匂わせる。白々しいほどに。
「ミリオス殿からそのような評価を受けるのは、末代までの誉れというものでしょう」
ここまでわざとらしくされると、流石に周囲も反応に困ろうというもの。
「ダグラス殿。お約束通り、ミリオス殿への伝言は伝えさせていただきましたが……まさか、この場で会談をするおつもりではないでしょうね?」
立場上、口を挟み易いフェリシアが苦言を呈する。薄らと剣呑な空気を纏う。
暗黙の了解というのは、皆がルールを守るから成り立つもの。一人がルールを破ることで、これまでの慣例が通じなくなるのであれば……その一人は排除されて然るべきだ。
「まさか。もちろん、人目がない場での会談を望みますよ」
白々しくダグラスは言ってのける。
「(あー……もしかして、ダグラス様が他の者たちを巻き込んだのはこのため? 敢えて目撃者を募った? 私たちがミリオス陣営に始末された際に疑いが向くように?)」
少し距離を置きやり取りを見守っていたカティはふと思う。
流石にカイトとの決闘もどきを予見してたはずもないだろうが、ダグラスがここに来て積極的に他の者らと交流していたのは、目撃者という予防線を張っていたのではないかと。
サリーアにしろミリオスにしろ、やろうと思えば、ダグラスとカティを闇に葬ろうと刺客を放つくらいはできる。その一手が実を結ぶかは別にして。
「(サリーア様もミリオス様も……いわば正真正銘、ど真ん中のリナニア貴族に違いはない。ダグラス様曰くの『リナニア貴族には他者からの評価が気になって仕方のない小者気質がある』というなら、都合が悪いから消した・消そうとしたというのが、あからさまに露見するのは避けたい? ――そう考えれば、少しは理に適っている……かも?)」
ただ、同時にカティは思う。
『いや、ダグラス様のことだから、単に待つのが暇だから鍛錬したかっただけかも知れない』――とも。
◆◆◆
「単刀直入に聞く。ダグラス・マーヴェイン。貴公はいかにして俺の〝左手〟のことを知った? 色々と小細工を弄していたようだが……返答によっては、俺は貴公を始末せねばならない」
人払いをした場での会談――ではあるが、ダグラスとカティが連れられて行ったのは、一度足を踏み入れたことのある、フェリシア・ブランデールに当てられた宿舎だった。
事前に邸宅内の人払いも済んでいたようで、すでに使用人らの気配はない。
玄関を潜り、扉が閉ざされた直後のこと。
ダグラスとカティは、邸宅の玄関ホールにて、いきなり問いをぶつけられた。
他でもない、ミリオス・ロア=リーンゼアル直々に。
つまり、貴族式のそれらしいやり取り、常識的な儀礼などのすべてを飛び越えた――正真正銘の〝単刀直入〟だ。
「ふっ……ミリオス殿下。こちらとて、考えなしに〝左手〟のことを口にしたわけでもありません。当然の結果として、口封じとして始末されるのも考慮に入れておりますよ」
上位者から詰問されても、ダグラスに揺らぎはない。想定していたことだ。
今、この場には、ミリオスの後ろに影のように控えるマーカスがおり、玄関扉の前に――つまり、ダグラスとカティの後ろには、フェリシアとカイトが立ち塞がるように配されている。
数にすれば、ミリオスを含めても四人でしかないが……全員が上級部門に属する魔導士。
いかに白兵戦を得手としたところで、ダグラスとカティが力尽くで場を切り抜けることは不可能。少なくとも〝反則技〟を使わねばどうにもならない。
が、そもそも、ダグラスとカティは力尽くなど望んでいなかった。
「ほぅ? 考慮していたということは……俺と〝交渉〟でもするつもりだったのか? 残念だがこの件に関して、俺が――王家が〝交渉〟に応じることはないぞ?」
学院で過ごすミリオスは、飄々としてどこか軽薄な印象を周囲に振り撒いていたが、今は違う。
その瞳には、上位者としての冷たく鋭い光が宿る。纏う気配も、まさに王家の者のそれ。
言葉に分かり易い裏などない。彼が口にするのはただの事実。
「(お、王子様やお姫様は異世界転生モノのテンプレだけど……ふ、普通に怖い。ダグラス様やフェリシア様とも全然違うし……本当にやんごとなき生まれと育ちって感じ。いや、もしかすると、なんらかのオーブ特性みたいなモノかも知れないけど……)」
王侯貴族とは縁遠い生まれのカティは、必死に無表情を装いながらも、ミリオスの纏う〝上位者〟の気配に少々当てられてしまう。
いざとなれば〝反則技〟を使うのもやぶさかではないと備えていたが……その時にまともに動けないかも知れないという危機感が彼女の脳裏を過ぎる。ミリオスに吞まれている自覚がありありとある。術中に嵌まってしまった可能性も。
「いえ、この件について、ミリオス殿下は俺を無視できぬでしょう。すでに殿下もお気付きかも知れませんが……俺にはその〝左手〟に宿るオーブは通じません。また、リーンゼアル王家への忠誠などもありませんな。そもそも、俺はリナニアの貴族社会から否定された〝要らない子〟ですからね」
それでもダグラスは物怖じしない。ミリオスから発せられる異様なる圧などどこ吹く風。平然と上位者に物申す。
「……ほぅ?」
それが不敬であるのを承知の上で、ダグラスは真っ直ぐにミリオスと目を合わせる。視線を重ねる。
ダグラスの瞳に怒りや憎しみという強い感情はない。穏やかに凪いでおり、ただただ、静かなる憐憫だけがそこにある。
「……不愉快だな。貴公ごときが俺を憐れむのか?」
「ええ。俺はミリオス殿下の在り方に哀しみを覚えます。この先に起こる混迷の〝原因〟についても、まことにくだらないと断じましょう」
「「……」」
場の温度が下がる。ミリオスの纏う空気とは別に、マーカスとフェリシアが静かな怒気が発する。ダグラスの不敬が、見逃せない一線の手前付近に来ている。
「……これが最後だ、ダグラス・マーヴェイン。貴公はどのようにして俺の〝左手〟のことを知った?」
最後通牒。
次に口を開いた時、その答えにミリオスが納得しなければ……終わり。
流石にダグラスも慎重に言葉を選ぶ。そんな素振りを見せる。
「……」
しばしの沈黙。
マーカスとフェリシアはすでに臨戦態勢。オーブを起動し、薄らと魔力が場に漏れ出ているほど。
「(フェリシア様とマーカスがここまで猛るとは……ミリオス様の〝左手〟の秘密とは一体何なんだ? こうも堂々と貴族子弟を始末すると脅せるほどの……?)」
詳しい事情を知らぬカイトも、主フェリシアに習ってオーブを起動しているが……こちらはまだ抑え気味。主や友の怒りの理由を知らないが故に、二人が少々先走っているようにも感じていた。
「(うーん……これは流石にちょっと不味い? そろそろ〝反則技〟を――〈天探女〉を準備した方が――)」
場の空気に耐えられず、焦りを覚えたカティが自らのチートを起動するかしないかという間際。
ダグラスが沈黙を破る。
「……ミリオス殿下。落ちこぼれたとはいえ、俺もリナニア貴族の末席に属する身。リーンゼアル王家に、王位継承権のない隠された王子王女がいるのは承知しています。その多くが軍務に就くということも」
まずは前提を口にする。〝ロア〟の名を継ぐ、隠された王族たちの存在について。
軍務にて華々しい活躍を見せたとしても、〝ロア〟の名を持つ者らは公然の秘密扱いで、正式な王族として扱われることはない。仮の家名を背負って生きる。死んだ後も同じくだ。
誰が該当者だったかというのは、同じ時代を生きた者らにはあきらかだが、公の記録には残されないため、すでに数代前の事情すら風化してしまっている。
その辺りはリナニアの貴族社会では常識の範疇。ダグラスとて知っていた。
「隠されたままとなっている王家の御方たちの中には、生涯にわたって一部の肌を露出しなかったという逸話を持つ方々もいるそうですね――今のミリオス様のように」
ダグラスはミリオスの左手にちらりと視線を落とす。そこには黒い皮手袋。
「――続けるがいい」
当事者である上位者が促す。
「ミリオス殿下のように黒い皮手袋だったり、頭巾で顔を隠したり、眼帯に帽子、耳当てに首巻き、あとは包帯を肩や足に巻きつけていた御方もいると聞いています。これらは、もし突発的に亡くなった際に、隠された王族だと示すための目印や符丁なのだという噂話を聞いたことがあります」
体の一部を隠すという目印。その隠し方や隠す物、部位などを利用した符丁。
軍務に就くことが多いなら、突発的に死ぬことも想定されているという論調から生まれた噂だ。
これが平民の兵などであれば、入れ墨を目印にすることもあるが、貴族子弟の間では入れ墨は忌避されている。隠されているとはいえ、王族ならなおのことだ。
「ふむ。その噂話がどうだと?」
どことなくミリオスの気配が緩む。ダグラスの語りが、事の核心に迫っているのを理解したからこそ。
「俺はサリーア様の客分従士として任に就く中で……『獣人に魔法を使わせる』という手法を研究していた者らの存在を知りましたし、実際に魔法を使う獣人にも会いました」
「……ッ!」
びくりとカイトが反応する。
『魔法を使う獣人』は彼も見た。殺した。例の遠征演習の廃村にて。
ただ、今の彼には、その話がミリオスにどう繋がるかが分からない。人族と獣人の悍ましき継ぎ接ぎについて、カイトはまだ知らない。
人族と獣人の間でソレが可能であるなら――。
「――さて、殿下。俺の口から、この場で、これ以上の説明を望まれますか?」
ミリオスは察した。左手を軽く握り込みつつ、静かに目を瞑る。
ダグラス・マーヴェインは、王家の秘密に近しい情報を持っていると。
「……いや、結構だ。貴公が俺の〝左手〟に目星を付けた理由は分かった。その他の事情については――サリーア・レイ=バルボアナから得たか?」
ゆっくりと瞳を開きながら、補完する質問を投げる秘されし王子。
「……申し訳ございません。あくまで建前ではありますが、俺の立場は未だにサリーア様の客分従士にございます。いかに殿下が相手であっても、我が主を不利にするような情報は口にできませぬ」
慇懃無礼に断りを入れるダグラス。傍から見れば、それはミリオスの言を肯定しているに等しい態度だ。
「あぁ、そうだったな。今の質問は忘れてくれ」
貴族的なやり取りに慣れたミリオスも、当然にそう解釈する。
誤認。齟齬。歪曲。偽装。言外の意。
ダグラスは〝リナニア戦記〟という反則を明かさないままに、今の彼が知り得る情報とブラフを駆使し、ミリオスの納得を引き寄せて見せた。
結局のところ、人は誰しも、自身の常識と願望によって見えるモノが変わって来るということなのかも知れない。
「(うーん……もしかすると、ダグラス様は前線で大剣を振り回すよりも、こういう裏側での駆け引きとかの方が向いているんじゃ……?)」
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