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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
5 邂逅

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9 決闘……再演

 ◆◆◆



 元・婚約者殿との、特に色気のない事務的な面談が終わった後、ダグラスは相変わらず下級部門にいた。


 訓練場にて大剣を振っている。以前と少し違うのはその位置取り。訓練場のど真ん中ではなく、隅っこの方でだ。


 なにしろ、真ん中付近は別の者たちが、魔法ありきの模擬戦に興じており、周囲には人だかりができている。


 ダグラスがはじめた〝本気〟の模擬戦は、暇を持て余していた下級部門の従士たちには惹かれるモノがあった模様。今となっては、模擬戦や鍛錬に精を出す者らも少なくない。


「――それにしても、盛況なようですね」


 素振りをするダグラスの傍らで、人だかりに目を向けたカティが、さも嫌そうにぼやく。彼女は今の下級部門の状況を歓迎していない模様。


「ふっ。まぁそう言うな。当座の目的だった、ミリオス一派への接触は果たせただろう?」


 大剣――〈無銘(ナナシ)〉を振り回しながら、涼しい顔でダグラスは応じる。


「ええ。しかし、なにもせずにただ待っているだけでも、フェリシア様からの誘いはあったかと思いますが? わざわざ下級部門の連中を焚き付ける必要がありましたか? はぁ……〝牧場〟を思い出して、微妙に嫌なんですけど?」


 カティが悪し様に語るマーヴェインの〝牧場〟。オーブに適性がある孤児などを買い集め、売り物として出荷するために育てるという悪名高き訓練所。


「ふっ。そうは言うが、お前だって訓練所での生活は嫌いじゃなかっただろ?」


 ただ、その環境自体は、悪名ほどに悪くなかったりする。


 まず、衣食住が保証されている。


〝商品〟となるための訓練には、教養や礼儀作法の座学まであり、それぞれで厳しい水準を求められるが、休息日もきちんと定められていた。


 もちろん、訓練の中で落ちこぼれる者も多いが、その者らとて、オーブ使いの才を持つことに変わりはない。


 落ちこぼれた者らは正規商品でないものの、商家などの平民の富裕層に(おろ)される。


 買い手によってその先が左右されてしまうが、劣悪な環境で酷使するような買い手をマーヴェインは相手にしない。


 売る相手は慎重に吟味する。それはあくまでブランドを維持するという理由からだが、結果的に商品たちの身も守られているというわけだ。


 訓練所に連れらて来られ、しばらくするとカティも思ったものだ。


『あ、この世界基準だと、普通の平民なんかより全然マシかも……』――と。


「まぁ幸か不幸か……〝カティ()〟は訓練や座学がそこまで苦になりませんでしたからね。全体を振り返れば、確かに悪くなかったとは思いますが……しごかれていた当時を思い出すのは普通に嫌です」


「くく。贅沢なやつだな。あのしごきがあったからこそ、こうして生き長らえているとも言えるだろうに……」


 なんだかんだと言いながらも、カティは訓練所の生活に馴染んでいた。時には死にそうなほどの大怪我を負ったりしながらも。ただ、それを素直に口にすると、何故か負けた気になるだけだ。気難しい乙女心か。


「知らないんですか? 清らかな乙女というのは、過去を振り返るのが苦手なんですよ?」


「平気で短槍を振り回すやつの、どこに清らかな乙女要素があるんだか……というかなんだその特性は? 清らかな乙女というのはあれか? 空想上の異種族かなにかか?」


 主従のいつも通りのやり取り。ただ、会話の中で乙女云々が出て来るのは、実のところ二人の間では、〝この話は一先ず終わり〟という幕引きの合図のように機能していたりする。


「さ、ダグラス様。そんなどうでもいい話は捨て置いて……お客人ですよ」


 訓練場の端で素振りをするダグラスに近付いてくる者たちがいた。それは見知った顔であり、少し前までは、悪役貴族キャラとその従士という立場から、接触そのものを忌避していた者たち。


「……ふん。そのようだな。まったく、《《あいつ》》は一体、なにに拘っているのやら……」


 ダグラスはぼやく。彼からすれば、正直なところ相手の心情なり狙いなりがいまいちよく分からないまま。


 粛々と近付いてくるのは、他でもない〝主人公(従士カイト)〟と〝ヒロイン(フェリシア)〟。


 今となっては、下級部門の訓練場などに立ち入る必要のない二人。当然に、他の者らも少々騒めく。


「お、おい……! あれは……!?」


「止めとけ。あからさまに見るな」


「……ここは知らぬふりが妥当だろうさ」


「ふん……おい、それよりも模擬戦の方が佳境だぞ?」


 ただ、そこは下級部門の従士兼密偵見習いたち。敢えて素知らぬ顔のまま、訓練場の真ん中で繰り広げられている模擬戦の方へと視線を向ける者も多かった。


「――従士の方に告げる。俺の名はカイト。フェリシア・ブランデール様の従士だ。主命により、ダグラス・マーヴェイン様にお目通りを願いたい」


 今さら感はあるが、それは従士に対して主への取り次ぎを求める定型の呼び掛け。


「――ダグラス・マーヴェイン様の従士たる、このカティめが応じましょう。貴殿の目通りの用件は、ここで明かすことができるものでしょうか?」


 もはや茶番のようではあるが、カティも従士として定型にて応じる。お互いの主である、フェリシアとダグラスの前で。


「是だ。この度の主命は特に秘匿するものに非ず。この場にてダグラス様への用件を述べさせてもらうが、従士カティ殿はどうか?」


「こちらも是です。我が主ダグラス様は、この場で用件を聞くことを望まれていましょう」


 訓練場の真ん中付近では、相変わらず魔法が飛び交う模擬戦の最中だ。観戦のための人だかりもそのままではあるが、皆はカイトとカティのやり取りにこそ注目している。


 フェリシア・ブランデール嬢からダグラスへの用件とは一体なんだと、周囲の者らは神経を尖らせていた。


 密やかに注目を集めていることを承知の上で、フェリシアが後ろで見守る中、従士カイトは本題を口にする。


「我が主フェリシア様は、先日にダグラス様が願った事項について〝責任をもって取り次ぐ〟と仰せです」


 それらはすでに決まっていたこと。わざわざ後日に、従士を介して報告してくるほどでもない。


「それは善き報せです。我が主もお喜びになることでしょう」


 定型で応じながら、カティも疑問には思っている。相手側の思惑が読めない。今さら《《そんなこと》》をしてなんになるのかと訝しんでいる。


「――ただし、フェリシア様からは一つ条件があると伺っております」


「従士カイト。貴殿の主フェリシア様が、礼を失する御方でないのは承知しています。ですが、その条件とやら次第では、我が主に対する侮辱と捉えますが……いかが?」


 問答が収束していく。はじめから定められていた答えへと。すでに提示された条件へと。


「ダグラス様を侮辱する気などあるはずもなし。しかしながら、先日我が主に取り次ぎを願った御方は、まずはダグラス様の力が見たいと所望されております。つきましては、到底力不足ながらも……この従士カイトめと手合わせを願いたいのです。これが我が主フェリシア様からの――ひいては、取り次ぎ先の御方からの条件にございます」


 そんな口上を述べ、深々と頭を下げるカイト。


 ようするに、『ミリオス様に取り次ぐ前にもう一度俺と戦え』というだけのこと。





 ◆◆◆





 下級部門の訓練場。広場の真ん中。


 かなりの距離を置いて対峙する二人がいる。


 この度は、二人を囲んでの人だかりはない。観戦者たちは、訓練場の端へと追いやられている。


 なにしろ、平民従士ながらも、すでにカイトは上級魔導士だ。魔法ありきの模擬戦となれば、至近に立てば普通に巻き添えを喰らう。あっさりと大惨事を引き起こしかねない。


 そもそも、上級魔導士の魔法というモノは、お互いの姿が視認できるような距離で放つ代物じゃない。


 原作の〝リナニア戦記〟においては、画面内に敵味方のユニットが入り交じるSRPGという形式上、お互いが視認できる距離で戦ってはいたが……設定上では、上級魔導士の魔法というのは、迫る敵《《軍》》に、遠方から痛撃を与えるためのもの。


 個人ではなく、あくまで軍を対象とした戦術魔法という扱いだ。


 少なくとも《《現実》》のリナニアでは、そのように魔導技術が発展してきた。


 だからこそ、ダグラスも事前に言ったものだ。


『従士カイト。貴公が先の廃村でのやり取りを挽回しようとしているなら、このような模擬戦は無意味だぞ? 開始の合図ではじまるような戦いであれば、〈四精〉を扱う貴公に手も足も出ん。それこそ、距離を置いて例の魔法剣を射出するだけで、俺はなにもできずに敗北するだろう。――結果は見えている』


 冷静に考えれば当たり前の話でしかない。確かに術者の実力による差はあるが……その実力を覆すほど、オーブによる格差もまた大きいのだ。


四精(エレメント)〉と〈無銘(ナナシ)〉。


 稀少な上級オーブと下級オーブとの差は、術者の実力のみで覆せるような差ではない。まさに格が違うのだから。


 しかし、カイトにはカイトの言い分もあった。


『俺は……もう一度、ダグラス様と戦わねばならぬと感じています。それこそ、もし戦場にて、ダグラス様が魔導士と相対した場合はどのように対処なされるのか……それをご教示願いたいのです』


 その言い分が、ダグラスにはまったく理解できないものだとしても。


『分からんやつだな。戦場での魔導士への対処など、不意打ちか逃げるかの二択だ。それこそ、あの廃村で俺がやったのはただの不意打ちでしかない。それに、訓練場のような遮蔽物のない広場で、魔導士と従士が単独で戦う状況などそうないだろうに……』


 どういうわけか、至極真っ当なダグラスの言い分は通らない。


 カイトとダグラスで手合わせを行う。それ自体は決定事項だった。


〝それで気が済むなら……〟と、半ばなげやりになったダグラス側が飲んだ形だ。


 遮蔽物のない広場で相対する二人。


「――さて、従士カイトよ。お望み通りの手合わせだ。好きにはじめるがいい」


 どこかつまらぬそうに発するダグラス。いや、間違いなく彼からすればつまらない。


 なにしろ、距離的には、いかに全力で踏み込んでも数秒は掛かるほど離れている。つまり、遠距離攻撃の手がある〈四精〉のカイトからすれば、その数秒で属性剣を顕現し、射出すればそれで終わる。


「……」


 対するカイトは無言のまま。だらりとした自然体で佇むのみ。


 その様子を固唾を飲んで見守る観戦者たちではあったが……


「以前の決闘騒ぎ再びというところだが……この状況では、いかにダグラス様でもどうにもなるまい」


「ダグラス様の口ぶりでは、カイト殿が申し出たようだが……こんな模擬戦になんの意味があるのやら」


「流石に上級魔導士の魔法ともなれば……な」


 下級部門に属する者らは、ここ数日でダグラスの強さを知ったが――それはあくまでも〝従士〟としての範疇。上級魔導士を相手に単独でどうこうできるとは流石に思っていない。むしろ、ダグラスやカティと同じく、このような手合わせを望んだカイトの意図が読めない。


 なんならこの模擬戦を利用し、訓練中の事故に見せ掛けてダグラスを亡き者にしようとしている――と、言われた方が納得できるほど。


 妙な緊張感が周囲を包む中、動きのないままにしばしの時だけが過ぎる。


「(廃村での《《演習》》を見る限り、カイトは周囲を埋め尽くすほどに魔法剣を出せるようだが……さてな)」


 どうあっても間に合わないと踏んで、自らが動くよりも相手の動きを――初手を待つダグラス。もっとも、その初手で決着がつくだろうと、自嘲気味に構えている。


 誰も彼もが、カイトの動きを、魔法の発動を待っていた。


 ――にもかかわらず、その発動の瞬間を誰も認識できなかった。


「むッ!?」


 対峙していたダグラスでさえも。


 いつの間にカイトの姿が消えている。視認できなくなっている。


「ぬぉッ!!」


 微かな音。空気の流れ。鋼の匂い。殺気。そんなものを瞬時に察し、ダグラスは本能的に大剣を振るう。


「ぐ……ッ!」


 鈍い金属音が響く。剣と剣が打ち合い、静かな魔法が解ける。再び姿を現わす。


 カイトは風と水の魔法を複合させ、薄い膜を張るようにして姿を消して接近していた。魔法剣ではなく、腰に備えていた剣を抜いて斬り掛かっていた。


 流石にダグラスも驚く。意識の間隙を突かれた。まさか、魔導士(カイト)の方から白兵戦を仕掛けて来るとは思っていなかった。


「(――どうであれ、間合いに入って来るなら容赦はせんッ!!)」


 切り替えるダグラス。想定してなかろうが、相手が飛び込んで来たなら捉えるまで。思い切り剣を振るうまで。


 再び消えようとする魔導士を逃すまいと、その姿を追うように大剣が迫る。


「ぐぅッ!?」


 中途半端な体勢で大剣を迎える羽目になったカイトの片手剣は、金属音と共に弾かれる。使用者に断りもなく、あっさりと手元から旅立ってしまう。


「(もらったッ!)」


 当然に見逃さない。


 ダグラスはさらに一歩を踏み込みながら、返す形で大剣をカイトへと叩き付ける。


 あくまで模擬戦の範疇での加減はあったが、どうあっても躱せない機を狙った本気の一撃。


 それが誘われたモノだと気付けないまま。


「ぅッ!?」


 閃光と共にばちりと魔力が弾ける。脳天まで抜けていくかのような、痺れるほどの衝撃がダグラスの身を襲う。


 カイトを捉えたはずの大剣が、その軌跡が強制的に止められた。


〈四精〉の魔法障壁によって。


「ぐぅぅッッ!?」


 大剣を防ぐだけに留まらず、障壁から漏れ出た魔力はばちばちと弾け、鞭のようにダグラスの身を打つ。


 直観的にに脳裏に浮かぶ。その意図は分からないままだが、この状況こそがカイトの望んだモノだと――ダグラスは悟る。


 かつての決闘――その決着前の場面と同じ状況。再演。ただし、悪役貴族キャラと主人公の役どころだけが逆。


「(……くッ! さぁ、ダグラス・マーヴェイン! 俺の――〈四精〉の障壁を斬れるものなら斬って見せろッ!!)」


「(この……ォッ! あ、あの時の場面を再現してなにがしたいのだ!? こいつはッ!!)」


 具現化した〈四精〉――金色の腕輪――を装着した右手を掲げながら、障壁の圧を強めるカイト。なんなら、このまま大剣を押し返し、障壁によってダグラスを吹き飛ばす心算。


 一方、いつの間にか相手の目論み通りに動かされてしまったことに少々の苛立ちを抱きながら、ダグラスは大剣ごと踏ん張る。踏み止まる。


 かつての場面の再現ではあるが、〈四精〉のオーブの出力は当時よりも強く、激しい。ダグラスが使った障壁魔法よりも、あきらかに精度は上だ。


 だが、そんな状況こそが、ふつふつとダグラスの反骨心に火を付ける。焚き付ける。


「ぐぅ……くく……ぐははははッ! 舐めるなよ! 従士カイトッ! 再演を望むならば! 障壁を叩き斬られるのも覚悟の上だろうなァァッッ!!」


「ッ!?」


 広がろうとする障壁の圧が止まる。他でもなく、大剣に押し返されている。


 障壁に阻まれた大剣の切っ先が僅かに下がる。


 ダグラスの足が地にめり込みながら、徐々に体全体が前へと傾く。


 カイトの右手首がびりりと痺れる。〈四精〉のオーブが微かに悲鳴を上げている。


「や、やれるものならやってみるがいいッ!! 俺の扱う〈四精〉は別格だッ!!」


「くく! ほざいたなァッ!? その言葉をよくよく覚えておくんだなッ!」


〈四精〉の精度や出力が当時より上なのは確実。


 だが、当時のカイトが扱っていたのと比べれば、大剣――〈無銘ナナシ〉の方こそ()が違う。


 その()()を、今のダグラスこそが十全に引き出せている。扱えている。


「はははッ! こんな目立つところで()()()()をするつもり気はなかったのだがなァッ!!」


 凶相のままに嗤う〝オーク〟。


〈無銘〉を握る手に力を込める。


 ふと、カイトと目が合う。


 大剣が振り抜かれる。


「な……ッ……!?」


 次の瞬間。


 これまでの拮抗が嘘のよう。


 裂帛の気勢とは裏腹に、ごくごく静かに。


〈四精〉の障壁が斬れた。



 ◆◆◆

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