8 元・婚約者との面談
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「おぅ、これはこれはフリント殿。こうして生身で会うのは久方ぶりとなりましょうか」
模擬戦とその感想戦を終えたダグラスが、フリントの下へのしのしと歩いてきたのは、それなりに時間が経過した後だった。
大剣を振り回しながらも、ダグラスはフリントが来訪していたのに気付いていたが……特に急ぐ用事でもあるまいと、敢えて放置していた次第。
実際のところ、確かにフリントの本来の用件は急ぐようなものではなかったが……彼からすれば、ダグラスに問い質したい事柄が増えていた。
「……そうですね。こうして面と向かって会うのは半年ぶりほどかと。ダグラス様に至っては、どうやら色々とご壮健なようでなによりです」
普段は穏やかで丁寧な物腰のフリントではあったが、今は少々言葉に棘が交ざっている。
せっかく、主たるサリーアの恩情にて、穏便に陣営から抜ける段取りが整えたというのに、一体なにをやっているのか。無駄に目立つような真似はするなというところ。
「ふっ。そう怖い顔をせんでくれ。暇潰しという意味合いの方が大きいのは確かだが、俺にも多少の考えがあったのでな」
流石のダグラスも、フリントから責められても仕方がないという自覚くらいはある。
なにしろ、この度の『ミリオス・ビーリルやその取り巻きの調査』というのは、フリントからの指示という体裁を取っているのだ。
指示にない、無駄に目立つ行動をするなというのは、至極真っ当な思いだ。指示を出した側からすれば。
「……そうですか。では、ダグラス様のその考えとやらを、是非にお聞かせ願いたいものです」
言葉の棘がぴりりとした緊張を場に生むが、ダグラスはどこ吹く風。それでも、まずは相手の言い分を聞くという冷静さがフリントにはあった。
「なぁに、この下級部門において、所属する派閥の括りなど無視して、いっそ皆と派手に関われば、いちいち一つ一つの付き合いに注目されぬかと思ってな。それに、派閥なり各貴族家なりの思惑があれど、ここに集う者らが、これからのリナニアを担っていく人材であるのに変わりはないだろう? 俺は一足先に実際の戦場を知ったからな。その経験を皆に伝え、今から備えておくというのは……ごくごく僅かではあるが、王国の利となるだろうさ」
「……」
思いの外にまともな回答。また、この先のリナニアで〝戦〟が起こるのをダグラスが確信していることを、フリントは改めて知る。
「それらしいことを仰っていますが、結局のところ〝おとなしく待つ〟ことができなかっただけでは?」
納得しそうだったフリントをよそに、カティが呆れたように口を挟む。
「だから、暇潰しが理由の大半だと先に言っただろうが。ふん、これからのリナニアの〝混迷〟など、所詮はくだらない権力争いでしかない。末端の者がどのように振る舞おうと別に構わないだろ? ――という思いはどうしてもあるさ」
「……ッ!」
ぴくりとフリントが反応する。それは彼にとっては聞き捨てならぬ言い様。フリント自身ではなく、主たるサリーアの立場を思えばこそ。
〝くだらない権力争い〟
決してそれだけで済ませられぬ事情がある。リナニア王国を二分するには十分な背景がある。積み重ねて来た諸々がある。
「くくく。フリント殿よ、気を悪くしただろうか?」
「……いえ。しかしながら、ダグラス様にそのようなお考えがあることは、サリーア様にもしかと報告させていただきます」
「あぁ。よろしく頼む。だが、同時に覚えておいてもらおう。サリーア様にしろ、例のミリオス・ビーリルにしろ、なんならバウフマン領のローネル公にしても……どのような大義を掲げようが、いざ〝戦〟となれば、真っ先に死ぬのは末端の兵たちだ。次に民衆が巻き添え喰らう。〝戦〟をはじめた者どもはなかなか死なん。死ぬとしてもかなり後だろう。そして、末端の兵たちが戦う相手は出自を同じくするリナニアの兵――くく、本当にくだらないな」
「……」
ダグラスは嗤う。しかしながら、その瞳に模擬戦の時のような楽しげな色はない。ただただ、射るようにフリントを貫くのみ。
「少々踏み込み過ぎです、ダグラス様。それこそ、末端の我々が口を挟むべきではありません。――そうは思いませんか? フリント殿」
無遠慮な主を窘めるという体ながら、カティもちくりと棘を出す。
フリントにしても、あくまでサリーアの従士という末端でしかない。大局を動かす者でない以上、ダグラスの無礼の当事者ではないのだ。
「……なるほど。ダグラス様とカティ殿のお考えはよく分かりました。それでは、こちらの用件に移ってもよろしいでしょうか?」
表面上は涼しい顔のままにフリントは流す。しかしながら、今、この瞬間、ダグラスとカティの扱いが決まった。完全にサリーア陣営から切り離された。
表向きには、客分従士という立場を残したままに。
「ああ、そちらの用件を聞こうか」
これまでとは違い、そこには明確な一線が引かれた。それでも、フリントは表向きは変わらぬ様子で、そもそもの用件を切り出す。
「……サリーア様に伺いを立てるという形で、客分従士たるダグラス様への面会の申し出がありました」
わざわざ従士に対しての面会という稀有な状況で、相手側は律儀に主たるサリーアに許可を求めたとのこと。
「ほう? その相手とは?」
「フェリシア・ブランデール子爵令嬢です」
◆◆◆
フェリシア・ブランデール子爵令嬢。
彼女には背負う物が多い。
まずはブランデール子爵家の者としての責務。
幼い頃からいかんなく才覚を発揮し、類稀なるオーブへの適性を示したことにより、彼女がブランデール子爵家を継ぐことは早々に決まった。
同時に、その稀なる才によって、フェリシアは王家の目にも留まる。
そして、王家が秘蔵する、契約者を選ぶという特級オーブ〈戦乙女〉に適合した。してしまった。
彼女は『王家の守護者』という責務も背負う。
それは、フェリシアにとって必ずしも善きことではなかった。
他家からのやっかみ、嫉妬、政治的な立ち位置の固定……などなどにより、特に突出したナニかがなかった、ある意味では平凡なブランデール家は翻弄され、どうしようもなく困窮してしまう。他家の支援を必要とするほどに。
王家の守護者はフェリシア個人の責務であり、王家側も他の貴族家からの圧もあり、ブランデール家へのあからさまな支援はできなかった。
結局のところ、ブランデール家は支援と引き換えに、マーヴェイン家にフェリシアを差し出すことになる。
フェリシアとダグラスが婚約していた背景がこれだ。
もっとも、マーヴェイン家としては、出来損ないのダグラスではなく、いずれは二男に嫡子の座とフェリシアとの婚約を引き継がせるつもりだったようだが。
また、婚約関係にはあったが、フェリシアとダグラスは完全に政略であり、ヘルメイス魔導学院に赴くまでの間、二人が顔を合わせたのは数えるほど。
顔合わせにしても、形式的な挨拶に終始し、お互いに特別な情が生じるほどではなかった。
学院に在籍する頃には、ダグラスはマーヴェイン家の〝うつけ〟として悪名が先に立ち、魔導士としても未熟。〈四精〉のオーブ任せの二流魔導士などと囁かれていたものだ。
平民の従士や使用人は平気で見下し、傲慢で不遜な態度を取るものの、貴族子弟の中でも序列が上の者には媚びへつらう。
鍛錬や講義には無関心で怠惰。
なにかと〈四精〉の契約者に選ばれたことを吹聴する。
そんな人物像が、ダグラス・マーヴェインを形作っていた。
婚約関係にはあったが、特に密に接触することもなかったフェリシアは、そんなダグラスしか知らなかった。いや、彼女はダグラス個人に興味などなく、特に知ろうともしなかったというべきか。
フェリシアが直に知っているのは、従士カイトとの決闘での振る舞い。
噂通りの人物という印象しかなかった。
こうして再び対面するまでは。
「改めてですが……ずいぶんとお久しぶりですね。ダグラス・マーヴェイン殿」
学院がブランデール家にと用意した宿舎。その応接間にて、フェリシアはダグラスと相対していた。再会というには、あまりにも変わってしまった印象と共に。
「ふっ。フェリシア殿に置かれましては、御壮健であられたようでなによりかと。しかしながら、俺と貴女との間には、〝久しぶり〟と挨拶を交わせるほどの交流はなかったと存じますがね、くくく」
すでに形式的な挨拶を終え、お互いにソファに腰掛けていた。それぞれの従士も後ろに控えている。
「確かに仰る通りですね。今思えば、あまりにも幼いと言わざるを得ませんが……私は、政略での婚約者殿との交流を望んでいませんでした」
翡翠の宝玉のような瞳を真っ直ぐにダグラスへと向け、フェリシアは当時の自身の心情を吐露する。
「ふっ。確かにリナニア貴族しては未熟な振る舞いでしょうが……まぁ一人の御令嬢としては、実家への支援と引き換えにする婚約に嫌気が差し、その婚約相手を遠ざけたいというのは当然の心境かと……」
射貫くような視線を浴びても、ダグラスは平然としたもの。用意されたティーカップを口に運びながら、一般論を語るのみ。
ただ、フェリシアからすれば、その一般論を語る姿にこそ違和感を抱く。自分が知るダグラス・マーヴェインの姿からは乖離した姿だ。
従士であるカイトから報告は受けていたが……まるで〝ダグラス・マーヴェイン〟という人物が二人いるかのような錯覚に陥る。
そもそも見た目からして違う。学院に在籍した頃のダグラスには、顔面に恐ろしげな剣傷などなかった。その眼光も、ごく自然に鋭利さを含んでいる。
立ち振る舞いもあきらかに違う。今もソファにもたれ掛かりくつろいでいるように見えるが、その重心は前にある。即座に動けるように。隙なく構えているのと同然。
とても以前のダグラスと同じ人物だと思えない。佇まいからして違う。
「――単刀直入にお聞きしましょう。ダグラス殿、貴方はどうして〝うつけ〟のふりを?」
どちらかと言えば、フェリシアも貴族的な持って回ったやり方を好まない。さっさと本題へと移る。
「くくく。確かに〝うつけ〟云々については、誇張して振る舞っていた部分もあります。しかしながら、俺が魔導士として二流以下なのはただの事実。どうにも俺は、強化系以外の魔法を上手く扱えないようでね」
元・婚約者殿の率直さを気にせず合わせながらも、ダグラスは微妙に論点をずらす。流石に『〝リナニア戦記〟の通りに動いていた』などと言い出すつもりはない。
「――つまり、ダグラス殿は〝魔導士〟を辞めるために? 〈四精〉のオーブを手放したのも?」
フェリシアの理解は正答ではないが、あながち間違いでもない。ダグラスは彼女の言にそのまま乗る。
「話が早くて助かりますな。フェリシア殿の言う通りです。俺は魔導士を辞めるため、ひいてはリナニアの貴族社会から降りたかったんですよ。ふっ。どうにも性が合わなくてね」
「……私には分かりません。望みがそれであれば、わざわざ〝うつけ〟のふりをする必要はなかったのでは?」
「そこは見解の相違というやつですな。失礼ながら、フェリシア殿はマーヴェイン家の内情までは知らない。実のところ、俺は幼い頃から見限られていましてね。嫡子を外されることは決まっていたんですよ。ついでに言えば、フェリシア殿の婚約者という立場も、弟のオルガに引き継がれる予定でした。だからこそ、マーヴェイン家としても、俺が〝うつけ〟である方が都合がよかった。あくまで俺は、マーヴェイン家の意向に従っていただけですよ。貴殿と同じようにね、くくく」
にたりと悪辣な笑みを浮かべながらダグラスは語る。むしろ、〝うつけ〟を演じるのは、後々のマーヴェイン家の利益に沿うものだったと。政略での婚約に嫌気が差していた、どこぞの御令嬢と同じだと。
「――そうですか。立て続けにこちらからの質問ばかりで恐縮なのですが……では、カイトとの決闘については?」
フェリシアの後ろに控える、従士カイトがわずかに反応する。彼にとっては、一番に知りたかったことだ。
「そこの従士カイトが、廃爵となったルインダール家の者であるのは事前に知っていましたからな。〈四精〉を手放すには丁度よかっただけのこと。それに、従士カイトから賜った下級オーブは俺の手に馴染んでいましてな。今では勝手に〈無銘〉と名付けて愛用させてもらっていますよ」
「ッ!?」
ルインダールの名をこともなげに口にしたダグラスに、思わずカイトは、分かり易く反応してしまう。
「ル、ルインダールの名を知っていたッ!? それは一体……」
「カイト。控えなさい。伺いも立てずに、ダグラス殿に直接話し掛けるとは何事ですか?」
貴族的な持って回ったやり方を好まないとしても、フェリシアは紛れもなく貴族家の御令嬢。
客人であるダグラスに対し、自身の従士が無礼を働くのを見過ごすわけにはいかない。
嫡子を外されたと言えど、ダグラスがマーヴェイン家の者であるのに違いはなく、その上、今はサリーア・レイ=バルボアナ嬢の客分従士という立場。
下手をすればマーヴェイン家とサリーア、それぞれから責められてもおかしくない。
「ぅ……ッ! も、申し訳ございません。ご無礼をお許しください」
謝罪と共に深々と頭を下げるカイト。自身の軽挙妄動が、フェリシアにとっての害になると即座に察した。
「私からも謝罪を。この度はまことに申し訳ございません」
「ふっ。別に気にしておりません。そもそも、従士カイトが気になるのも当然のことでしょう。――先ほども言いましたが、俺はマーヴェイン家で幼い頃に見限られ、実のところ〝いない者〟として扱われていました。そして、一時期はマーヴェイン家をめちゃくちゃにしてやろうと考え、違法な取引、怪しい金の動きなどを調べ上げ、しかるべき機会、しかるべき機関に告発してやろうかと考えたものです」
フェリシアたちの謝罪を軽く受け入れ、ダグラスはそれらしいストーリーを紡ぐ。真実を虚構で包む。
「結局のところ実行に移せなかったのですが、その時、マーヴェイン家に恨みを持つ者らのことも調べたんですよ。ルインダールの名はそこで知り、さらに、ブランデール家が当時の生き残りを受け入れていたらしいということもね」
「……」
嘘だ。まったくのデタラメではないが、流石に冷遇されていたダグラスが、本家の古い記録を覗き見ることはできない。できなかった。
あくまで彼が自力で調べられたのは、〈四精〉のオーブが、もともとは敵対していた貴族家の守護オーブだったという記録くらいだ。しかも、敵対していた貴族家の名すら消されていた。
ブランデールがルインダールの生き残りを受け入れたなどについては、あくまでカティから聞いた〝原作〟の情報をそれらしく口にしているだけ。
「――では、あの決闘は本当に〈四精〉を手放すために?」
「ええ。俺は〝平民従士に負けた恥さらし〟としてしばらく過ごしたあと、そのままマーヴェイン家を出奔するつもりでした。ひょんなことから、サリーア様の客分従士に収まることになりましたが……ふっ。人生というのは、なにが起こるか分かりませんな」
そう言いながら、カップに残ってる茶を飲み干すダグラス。他に聞きたいことがあればどうぞとばかりに、悠々と構えている。
「(すべてが嘘ではないけれど、詳らかに真実を語っている風でもない……?)」
フェリシアとて、ダグラスの言い分をそのまま信じているわけでもない。なにかしらの思惑の下に動いている気配がある。
「――ダグラス殿。結局のところ、貴殿はどうしたいのですか? どうして再び学院に?」
駆け引きなどなし。フェリシアはただただ真っ直ぐに問い掛ける。
そんな元・婚約者の姿を目の当たりにし、ダグラスは笑みを浮かべる。悪辣な笑みではなく、ただただ笑う。
「ぐはははは! フェリシア殿はどうにも実直なお人柄のようだ! どうせなら、貴殿とはもう少し話をしておくべきでしたな!」
「ふふ。私はそれを誉め言葉として受け取りましょう」
負けじとフェリシアも笑う。微笑む。
彼女からすれば、ダグラスの目的自体は不明ながらも、こうして面談の場に出て来たということは、フェリシアに対して、なにかしらの取引を求めているのだと当たりを付けていた。
「くくく。では、質問への回答ついでに、次はこちらからの要望を素直に言わせてもらっても?」
「ええ、どうぞ。私にできることなら応じましょう」
あっさりと言ってのけるフェリシア。
〝私にできることならする〟
本来そのフレーズは、なにを要求されても『できない』と断るための、リナニア貴族の定型文だ。
しかしながら、この度のフェリシアは、本当に言葉通りの意味で発しているのだろうと、ダグラスは内心で笑う。その率直さに敬意を表しながら、要望を口にする。
「――実のところ、サリーア様の陣営を抜ける前提で『ミリオス・ビーリル伯爵子息とその取り巻きについて調査しろ』と命じられておりましてな。フェリシア殿には、ミリオス殿への取り次ぎを願いたいのだ」
フェリシアは微動だにしない。
すでに上級部門においては、ミリオスの正体はいわば公然の秘密であり、リーンゼアル王家に連なるやんごとなき御方であるのは、すでにそれなりに知られている。少なくとも、大貴族バルボアナ家の御令嬢であれば知っていて当然。
「ミリオス殿への取り次ぎですか。知らぬ相手でもありませんし、ダグラス殿が面会を求めている程度の伝言なら別に構いませんが……調査対象者に対して、調査を命じられたと言いながら近付くのはどうなのでしょうか? 普通に断られるとは思いませんか?」
ごく当たり前の話。『お前を調査しろと命じられたから面会を求めたい』というのは、あまりにもあまりだ。潔いと言えば聞こえはいいが、普通に考えて馬鹿丸出しだろう。
「ふっ。まぁ確かに。ならば、ミリオス殿下への伝言の際に左手の……『大罪の左手』の調子はいかがでしょうか? ――という一文を加えていただきたい」
「ッ!?」
実直なる元・婚約者殿は思わず反応してしまう。ただ、後ろで控えている従士カイトには疑問符が浮かぶ。
まだ彼は知らない。その存在すら。そして、実のところフェリシアとて、その本当の意味などは聞かされてはいない。
『大罪の左手』
それは〝リナニア戦記〟の根幹となるギミックにして、リーンゼアル王家の積み上げて来た罪の象徴。
少なくとも〝原作〟においては、第一部の半ばで出て来るキーワードではない。
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