7 満喫する〝オーク〟
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ヘルメイス魔導学院の下級部門。
もともとは正規の部門ではなく、暇を持て余して問題を起こす従士たちを一纏めにし、自主的に鍛錬できるよう学院側が場所を貸したのがはじまりだった。
今となっては、貴族家の派閥同士が、それぞれの従士や使用人を通じて情報交換をするという、公然の秘密的な社交場と化しているが……学院の姿勢は変わらない。
あくまで場所を開放しているだけ。積極的な関与はしない。
つまるところ、この部門に正規の魔導士はおらず、履修する課程もないということ。
訓練場も開放されているにはいるが、下は固められた剥き出しの土であり、特に仕切りのない広場でしかない。
この下級部門という場において、本気で鍛錬に取り組む者たちは多くなかった。
これまでは。
「ぐはははッ! その程度の踏み込みで俺の剣を掻い潜れると思うなよッ!!」
今は広場に人だかりができている。
その中央には、身の丈に迫るほどの武骨な大剣を手にした人物がいた。
凶相のままに笑う。
「ぐぅ……も、もう一度だッ! もう一度願いたいッ!」
笑う〝オーク〟に相対しているのは、荒い息で片膝をついた男。
剥き出しの片手剣を手にしていることから、二人が模擬戦を行っていたのは明々白々。
周囲の人だかりはその見物人という構図だ。
「ふははははッ! その意気やよし! どこからでも掛かってくるがいい! なんなら、強化以外の魔法を使っても構わんぞッ!!」
「ッ!? そ、その言葉ァッ! 後悔しますぞッ!」
お互いが武器を用いての白兵戦闘の模擬戦。
従士同士の演習としてはごく当たり前の内容ではあるのだが……下級部門に集う従士たちは、あくまで名目上であることが多く、その実態は各貴族家の密偵のような立場の者らであり、単純な白兵戦よりも、魔法を主体とした戦闘を得意とする者も多い。
案の定、挑む側である荒い息の男――リオーズの瞳が妖しく光る。
魔力の凝集。
まさに〝これから魔法を使います〟という分かり易い前兆だ。
リオーズはソレを隠さずに晒す。本来なら隠せるのに。隠すのが当然なのに。
「くくく。ずいぶんと律儀な性分のようだ。戦場での作法としては、本来であれば下の下でしかないが……俺は嫌いじゃないぞ! ふははははッ!」
得手とする魔法使用の解禁に対して、リオーズは即座に応じた。ただし、今から使うという合図込みで。
その心意気に、大剣を担いだ〝オーク〟――ダグラスは笑う。馬鹿なやつだと。そして、そんな律儀な馬鹿の方が好きなのだと。
次の瞬間。
轟音と共に訓練場の一部が裂ける。まさにダグラスの足下から、魔力によって制御された土の塊が、槍のような鋭さをもって突き出てくる。
だが、〝事前予告〟されたこともあり、当のダグラスはあっさりと土の槍を――リオーズの魔法を躱わす。
「ハァァッッ!!」
もちろんリオーズにしても、躱されることを前提として即座に追撃の魔法を放つ。仕掛ける。
術者を起点として、訓練場の地が裂けながらダグラスへと向かう。
「おおッ!? あいつ、本当に使ったぞ!」
「下がれ! 巻き添えを喰らうぞ!」
「さて、ダグラス様はどうでるのやら……?」
周囲で見ていた者たちも、思わずどよめきながら距離を取るほど。
「地属性魔法か! ふはははッ! 望むところよ!」
凶相のままに応じるダグラス。大剣を担ぎながら彼は駆ける。魔法を避ける。
もはや誰も止めない。周囲の見物人たちも、目の前で繰り広げられる魔法ありきの模擬戦を見守る姿勢。どこか熱狂に似た空気すらある。
「こ、これは……? 一体どういうことなのでしょう?」
ただ、これまでの下級部門の雰囲気を知る者からすれば、あきらかな異常事態だ。
声の主――サリーア直属の従士たるフリントは、事情を知っていそうな相手に問い掛ける。
まさに今、目の前で、嬉々として模擬戦を行っている者の従士に。
「……ふぅ。私からは、見ての通りですと言うしかありません」
くたびれて枯れたような、どこか遠い目をしたままにカティは応じる。目の前の光景が、決して彼女の望んだ状況でないのは一目瞭然。
「み、見ての通りと言われても……模擬戦の相手はリオーズ殿ですか?」
フリントからすれば訳が分からない。なにしろリオーズというのは、バルボアナ家が認定した正規の従士だ。サリーアの学院行きと同時に下級部門に配され、他家との情報交換、折衝などの任を帯びていた。ようするに〝身内〟だ。
「フリント殿。気付きませんか? リオーズ殿は、以前にダグラス様とひと悶着あったでしょう? 彼はその当時のやり直しを望んだわけです」
そう。リオーズという男はダグラスと面識があった。この下級部門の訓練場にて。ダグラスがサリーアの客分従士となった際のきっかけ。
平民との決闘に敗れ、下級部門で剣術ごっこをする貴族子弟を試すという名目で、三人の従士がダグラスに接触した。リオーズはその内の一人。
模擬戦という体ながらも、大剣の腹で打たれ、なにもできずに終わった。腰の剣を抜くこともできず、魔法を使う間すらなかった。
「当時のやり直し……ですか? リオーズ殿が?」
当時の状況を思い出したフリントだが、疑問は未だに解消されない。
サリーア直属の彼は、バルボアナ家が承認した正規の従士らと密に連携しているわけでもないが、リオーズという男が、平民ながらも世襲でバルボアナ家に仕える一族の出であり、いわばコネ採用枠なことくらいは知っている。
名家たるバルボアナの従士と言えど、リオーズがそれに相応しい実力があるかと問われれば、皆が微妙な顔をするほどには、忖度の結果を享受する側であり、特権階級意識の抜けぬボンボンだった。
「ええ。リオーズ殿とて、はじめからそれを望んでいたわけでもないのでしょうが――どうにも我が主の悪癖が出まして……」
「悪癖……?」
カティとダグラスは話し合った。
その結果、この先しばらくは下級部門でおとなしくしておき、〝主人公側〟からの接触を待つとなったわけだ。
なにしろ、カティは知っている。ミリオス・ビーリルなる人物が、すでに主人公側にいることを。隠された王族として、フェリシアの真の主として、学院でも動きはじめていることを。
ダグラスが〝うつけ〟を演じていたとカイトが気付き、そのダグラスが学院に戻ってきたとなれば……なんらかの接触があるはずだと踏んだ。
だから、ここはおとなしく待ってればいい。
しかしながら、カティとダグラスの間には、〝おとなしく待つ〟という言葉の意味について齟齬があった。決定的に。
『机上のやり取りばかりで鈍っている者はいないか!? 暇を持て余している者はいないか!?』
下級部門の訓練場にて、開口一番にダグラスは問うた。その場にいた者たちが、決して無視できぬ声量で。
『俺はダグラス・マーヴェインだ! 今はサリーア・レイ=バルボアナ嬢の客分従士であり、再び学院に戻ってきた! いつまたいなくなるかは分からんが、しばらくはここで鍛錬をする! 模擬戦を望むなら受けるぞッ!』
当然のように耳目を集める。
それでも、はじめは誰もダグラスの言葉を本気にする者などいなかった。
かつての〝うつけ〟ではなくとも、別の意味で奇行に走るようになっただけ。そんな風に遠巻きに見て嗤うだけだった。
「それがどうしてこのようなことに?」
フリントからすれば当然の疑問。思わず、カティの説明の途中で口を挟んでしまう。
目の前の訓練場では、リオーズが繰り出す地属性の魔法を、ダグラスが次々に躱し続けている。鈍重そうな見た目に反し、その動きは機敏であり、まだ息も切れていない。悪辣な笑みを浮かべ、どこか楽しそうでもあった。
「ふぅ……あくまで私の個人的な想像ですが、このヘルメイス魔導学院の下級部門というのは、確かに各貴族家の密偵たちが集う場ではあるものの……学院に属する貴族子弟の従士という建前によってなのか、比較的若い人材が集められているのでしょう?」
ため息交じりにそんなことを語るカティ。ちらりとフリントを見やる。
「え、ええ。確かにそのような傾向はあります。熟達した老練な者らの活動の場というよりは、若い人材たちの顔合わせの場という意味合いもあると聞いています」
「――だからでしょう。ようするに、下級部門の人たちはダグラス様に引っ張られたのです。おそらく、皆がそれなりに暇を持て余していたというのもあるのでしょうが……」
「引っ張られた?」
下級部門でたむろする者らに宣言したあと、ダグラスは有言実行とばかりに、周りの目も気にせずに訓練場のど真ん中に陣取り、鍛錬を開始した。
以前のように、一つ一つの動きを確認するような地味なものではなく、分かり易く大剣を振り回した。
やっていることは基礎的な素振りに違いはないが、実戦さながらの裂帛の気合と共に、本気で剣を振るったのだ。
大気すらも裂くほどの鋭さで。訓練場の地に足がめり込むほどの踏み込みで。遠目に見やる者たちにすら、怖気を生むほどの殺気を込めて。凶相のままに嗤いながら。
カティが言うように、暇を持て余しているのも悪かったのだろう。
周囲の者たちの多くは、ダグラスの演武を見てしまった。目が離せなくなってしまった。
「――で、次の日には、最初の一人がダグラス様に模擬戦を申し出ていました。おそらく、最初は本当にちょっとした好奇心だったのでしょうが……」
「次々にダグラス様に挑むようになった?」
こくりと頷くカティ。
「ダグラス様は、模擬戦が終わった後の相手に色々と助言などもしておりました。相手の至らなかった部分の指摘にはじまり、あの時このように動けばよかったなどの振り返り、自身の扱う強化の魔法のコツであったり、次の動作を踏まえた上での身体の使い方なども。実のところ、マーヴェインの訓練所では当たり前のやり取りだったので……ダグラス様はその延長という認識なのでしょうが、他の者らは、教練のようなそれらの指摘も新鮮だったようです」
考えれば当然のこと。本来、教練というのは教える側も教わる側も、共に自身の手の内を晒す行為とも言えるため、他家の者から手解きを受ける機会などそうそうない。
金品のやり取りや契約などもないままにというのはなおさらだ。
カティが言うように、ダグラスとしてはかつての訓練所の延長という程度の認識。次の模擬戦の際、もっとひりついたやり取りができればいいという……ある意味で邪な願望はあったかも知れないが。
「そして、今のリオーズ殿に至るというわけです。おそらく彼も、他の者らの熱気に当てられてのことでしょう。あと、ダグラス様は本当に頓着してませんからね。この模擬戦はあくまで訓練であり、個人の感情や各貴族家の思惑などはまるで考慮してませんから。そういう態度も、他の方々には目新しく映ったのではないでしょうか?」
「……」
今に至る流れとカティの考えを聞いた上で、フリントは改めて思う。
『なんでそうなるのだ?』――と。彼の疑問は解消されないまま。
「くッ!? ちょこまかとッ!!」
「ふははは! 魔力の流れが読み易いな! 隠蔽が荒いぞッ!」
カティとフリントが語らう間も、模擬戦は続ている。
リオーズが放つ魔法を軽々と躱し、その筋を読んだダグラスが、まさに攻勢に転じようかというところ。
「隠蔽もだが、単純に速度と厚みが足りんなッ!」
「くッ! なめるなァッ!!」
指摘を受けつつも、リオーズは手を緩めない。が、彼の魔法は土の塊を地から突き出させるというモノ。どうしても地が割れるという予備動作があるため、相手に読まれ易く、また、複数箇所からの攻撃という厚みもない。術者の練度がまだまだ足りていない。
今すぐ練度を上げるというのは不可能。
なら、どのように補うか。
「むッ! その意気やよしッ!!」
リオーズは自身の魔法発動の後、魔法を躱すダグラスに向かって素早く踏み込む。斬り付ける。
魔法攻撃の厚みが足りぬなら、自らで補えばいいとばかりに。
刃同士が、ぎやりという鈍い音と共にすれ違う。体勢を崩しながらも、ダグラスは迫る片手剣を大剣で捌いて見せる。
「だが!! 距離という優位性を捨てるのは早計だったなッ!!」
片手剣による剣撃。それが防がれたなら、即座に魔法による攻撃を見舞う。リオーズはそう組み立てていたが、ダグラスは易々とそれをさせない。敵の嫌がることをするのは初歩の初歩。
崩れた体勢のまま、ダグラスは大剣を放り投げる。リオーズに向けて。
「ッ!?」
投擲というほどの勢いはない。直撃しても、殺傷に至るほどの威力があるわけでもない。
しかし、咄嗟のことでリオーズは迷ってしまった。迷いがあるまま、放り投げられた大剣を体ごと避けるという一手を選ぶ。
当然、攻撃の手が止まってしまう。ならば、次もそのままダグラスの番だ。
「ふッ!」
「ぐぶぅッ!?」
中途半端に大剣を躱してしまったリオーズを追うダグラス。その拳が腹にめり込む。
リオーズは腹に拳が打ち込まれた瞬間、異様な浮遊感を味わう羽目に。ほんの僅かな空中遊泳を強制される。
強化の魔法を全力で纏っていたため、意識までは刈り取られはしなかったが……空中遊泳の後、訓練場の地に打ち付けられて転がり――次に視界が安定した時。
リオーズの目には足が見えた。吹き飛んだ自分を追い掛けてきた〝オーク〟の。
見下ろすように仁王立ちしている。放り投げたはずの大剣も、すでに肩に担いでいる。
「どうだ? まだ続けるか?」
「――い、いえ。私の負けです」
あっさりと負けを認めるリオーズ。
特権意識の強かったこれまでとは違い、彼は負けを口にすることに抵抗がなくなっていた。模擬戦の勝ち負けなど、実戦での生き死にに比べればどうということもないと学んだから。他でもない、目の前の〝オーク〟に教えられた。
「……決着のようですね」
「はい」
人だかりの後ろから模擬戦を見物していたフリントとカティが零す。
離れていたからこそ、二人にはよく見えた。
これまでの下級部門にはなかった、その場を包む熱気のようなものが。
「おぉ! 見たか今の! 流石に追い足が早い! ぬかりがないな!」
「しかし、今のダグラス様の一手はどうだろうか? 実際の戦場では、必ずしも一対一というわけでもない。得物を手放すのは……」
「いや、その後にすぐに大剣を再顕現していただろ? あそこまでオーブの出し入れが早いなら、十分に使える手だと思うぞ」
「リオーズ殿の思い切りも悪くなかったな。あと少しだけ、ダグラス様の体勢が崩れた瞬間に合わせられていれば……」
「途中で指摘があったように、リオーズ殿の魔法には、速度と密度に改善点があるな」
「しかし、知識としては知っていたが、地属性の魔法というのは利便性が高いようだ。戦闘以外にも色々と使える手があるだろう」
いつの間にか見物人たちの間でも、先ほどの一戦についての感想戦のようなやり取りが繰り広げられている。
カティが言外に、この状況を見てどうだとフリントへ視線を送る。
フリントは改めて思う。
『一体、皆はどうしてしまったのだ』――と。
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