11 エンディングへの道(裏)
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遠くから目を凝らして見れば、四つ足の獣しか通らぬような場所のところどころに小さな黒い点が見える。
近付いて見てみれば、それはごつごつとした岩肌が露出する山の斜面にて、防寒と雨除けのためにか厚手のローブコートを着込んだ一団。降りしきる雨の中でじっと待機していた。
よくよく見れば、険しい斜面ながらも、所々にあるくぼみを利用して天幕も設営されており、簡易的ではあるがまるで前線基地のよう。
また、待機する一団の個々に目をやれば、ローブコートの下は戦装束だ。それも紛争地の民兵や賊崩れとは違い、正式なリナニア王国式の軍装――胸元には、リーンゼアル王家を象徴する双頭の鷹の意匠が刺繍されている。
怪しげな一団であるのは間違いないが、つまりところ、彼らは紛れもなく正規兵ということ。
「――それにしても、動きがありませんね……」
〝乙女〟が声を発する。それは目の前にある状況を確認するだけであり、ようは暇つぶしのようなもの。
「ふっ。このまま動きがないなら、それに越したことはないんだがな」
ローブコートを目深に被った一団にあって、一際ずんぐりとした〝オーク〟が応じる。
とある主従。この度、彼らは任務として一団を――現王家派の部隊を率いていた。
「しかし、たとえ〝原作〟に描写がなくとも――このままなにもなしとはならんだろうな」
ダグラスがぼやく。自身の言を自身で否定する。
残念ながらというべきか、シナリオ通りで読み易いというべきか……リナニア王国の状況は、〝原作〟の流れから大きく逸脱してはいない。
〝主人公〟が学院で過ごす間にも、戦の火種は、着々とあちらこちらにばら撒かれている。
その内の一つが、まさにこれから燃え上がろうかという現場にダグラスたちはいる。
「おそらくは。ただ、私が知る限りでは……現王家派と反王家派の武力衝突が種明かし的に明かされるのは、第二部の中盤からです。それまでは、あくまで正体不明の賊の討伐であったり、禁止薬物を流入するマルバ系の商家への調査、汚職に塗れた貴族家が追い詰められた末に起こした自暴自棄な反乱、地方領主の悪政に対する民衆蜂起……などなどが、学院卒業後に軍属となった〝カイト〟や〝フェリシア〟の任務と描かれていました。しかしながら、ダグラス様が仰るように、第一部の最中にギルギアス王国との国境沿いでごたごたがあった――なんていう〝事件〟は描かれていませんでしたけどね」
リナニア領土の北西に位置するギルギアス王国。
〝原作〟においては、第三部にて本格的に姿を現わす敵国という扱いなのだが……そもそも、リナニアとはこれまでも戦と和合を繰り返しているという敵国という背景設定のある国だ。
ダグラスとカティが生きる現実のリナニア王国においては、『まだ第一部の途中なのに……』という不可解な縛りなどはなく、ギルギアスとの国境沿いで揉め事があったとしても、特段におかしくはない。
おかしくはないが故に……ギルギアスと目と鼻の先である、さる街道を睥睨するようにダグラスたちの部隊は展開しているというわけだ。
他でもないミリオスの命にて。
「しかし……まぁ、なんだ。サリーア様の客分従士として南方のバールライラへ赴いたかと思えば、派閥を鞍替えし、次はミリオス様の命にて西方ギルギアスの国境沿い――か。当初思い描いていた《《観劇》》よりも慌ただしく、いささか舞台との距離が近い気もするな」
「当初の思いと違うと言われましても……どうであれ、その時々でダグラス様が望んだことに違いはありません。ま、これもひとえに〝巡り合わせ〟というものでしょう」
カティはここぞとばかりに、ダグラスが使ってきた言葉を返す。
「ふっ。〝巡り合わせ〟――か。そう言われてしまえば、俺としては反論の余地もないな、くくく」
カイトとの模擬戦を終えた後、ダグラスはミリオスと巡り合った。そうなるべく動いてはいたが、今の状況を予測していたわけでもない。
また、カティとて〝原作〟で描かれていない、各陣営の思惑などまでは分かりはしない。
彼女が知るのは、あくまでも〝リナニア戦記〟のシナリオ上のあれこれ。
ミリオスの……ひいてはリーンゼアル王家の秘密を、現王家派と反王家派が対立する、そもそもの原因を知るだけ。
「――もとはと言えば、ミリオス様に〈無銘〉の特性を明かしてしまったのが不味かったかと思いますけど?」
「だが、そのおかげで〝ミリオス陣営〟につくことができただろ?」
雨風が吹き付ける山の斜面で待機しつつ、雑談に興じる主従の直下には、とても十全に保守整備が成されているとは言えない道がある。
山間を通る、公にはされていない道。リナニアとギルギアスが国境を接する付近ということもあり、本来の検問所や整備された街道はこのような辺鄙な場所にはない。
ここは不法に両国を行き来するための道。いわば闇街道とでも言えるもの。
たとえ国同士が相争っていても、国境付近に住む者らにも生活がある。この獣道を広げただけのようなか細い街道を少し北上した先には、リナニア王国に属する小さな村落があるのだが……そこはギルギアスから運ばれて来た密輸品とリナニア側が用意した品の交換所。闇貿易の拠点。
ただし、その規模はささやかであり、普段は誰も気に留めもしない。官憲たちもわざわざ摘発したりはしない。あくまでちょっとした嗜好品――ギルギアス産の地酒とリナニアの煙草を交換する程度のやり取りでしかなかった。少なくともこれまでは。
そんな闇貿易の拠点へ通じる道を、ダグラスたちは何日も前から潜伏した上で見張っている。
つまるところ、現状はすでに〝異常事態〟。これまでのように、取引を見逃すわけにはいかない事態にあるというわけだ。
「――ふぅ。本当に来てしまったか……」
雑談の切り上げ時。
苦々しくぼやくダグラス。任務を命じられた時点でこうなることは想定していたが、それでもどこかで、彼は違う結果を期待していた模様。
「以前にダグラス様が仰っていたように……この流れは、私たちの存在に関係ないんだと思います。今のリナニアは〝原作〟の流れを大きく外さずに流れていますし、今回の作戦にしても、ミリオス様をはじめとした現王家派は、事前に情報を掴んでいたからこそでしょう」
少し前までとは、役割が入れ替わっている。
ダグラスは想定していた。
自分たちが生きるリナニア王国が、カティの語る〝リナニア戦記〟の通りになるとすれば、一部の計画はかなり前から着々と練られていたはずだと。
逆算して考えれば、十年単位で事が動いていると見越していた。
だからこそ、〝原作〟の流れを知っているだけの個人がどう動こうと、大筋に変わりなどないだろうと斜に構えていた。かつてのダグラスが、どこか他人事のように感じていたのは確かだ。
当時と比べると、今は少し心境に変化がある。
「ギルギアス王国と内通する痴れ者の討伐か。戦が起こるのは必定――いや、もうすでに戦ははじまっているということか……」
兵として戦場を経験した上で、もう一度〝リナニア戦記〟の流れを振り返ると……ダグラスは、改めて『くだらない』という思いが込み上げてくる。
リーンゼアル王家と他の貴族家とのごたごたに、どうして末端の兵や民衆が巻き添えになるのか。
もう今は、他人事のように――冷笑的に状況を嗤うことができない。
権力者たちの身勝手に対して忸怩たる思いが募る。
それらを知りながら、なにもして来なかった自分に対しても。
どうせなら、派閥の有力者同士が戦戯(※戦を模した盤上遊戯)などで決着を付ければいいだろうにと……そんな夢想までしてしまう。考えてしまう。
国内での争いにて兵たちが血を流す。
つまりは同胞を殺すという事実から、ダグラスは目を逸らして深く考えて来なかった。
「――ダグラス様。それでも、この流れの行き着く先は〝平和な国〟です。物語が終わったあと、リナニアは平穏な時代を迎えるはずです。もし、これ以上舞台を観るのが嫌だというなら……いっそのこと逃げますか?」
淡々とした口調ながらも、今のカティは真剣だ。普段のようにダグラスを若干小馬鹿にしたような思いはない。主たる彼が『逃げる』と言えば、即座にそれに付き従うつもりだ。〝反則技〟を使用してでも。
「ふっ。ここで泣き言を吐いて逃げたところでな。リナニアの情勢について無関心を決め込んできたのは紛れもなく俺の選択……それに、同胞殺しも今さらだ」
ダグラスたちの直下。雨の中、秘密の道を行く馬車連れの小集団がいた。
数日にわたって潜伏しながら、待ち詫びていた標的。
一見すると、辺鄙な村落を巡る行商隊だが、もちろん擬装だ。
その実態は、周辺を統治するヤーズ男爵家からの使い。この先の村落にて、ギルギアスの使者を迎えるための一行。
この度、ダグラスたちに与えられた任務は、ヤーズ男爵家の使いを確認次第、始末しろというもの。
確認というのは、あくまでこの道を通るか通らないかだけ。通る者は〝クロ〟という厳しい判定だが、逆に言えば、すでに確信するに至る証拠を掴んでいるということ。
「――さて。では行くか。あの馬車連れたちはヤーズ男爵家の使いだと確認した」
囁くような号令に従い、斜面で待機していた者たちが動き出す。
密やかに、それでいて素早く滑るように斜面を駆け下りて行く。
その様子から、皆がオーブ使いの強兵であるのが見て取れるというもの。
そして、先頭は大剣を担いだ〝オーク〟。
◆◆◆
ある日突然、一つの村が消えた。
無関係な者にとっては、本当にどうでもよい出来事でしかないのだが、これまではお目こぼしを受けていたという、ギルギアス王国と非正規の取引を行っていた小さな小さな秘密の集落だそうだ。
いきなり封鎖された。村落へ向かう道ごと封鎖されることになった。
大規模な土砂崩れにより、広範囲にわたって物理的に道が塞がってしまったから――と、言われているが、実際に現地をその目で確認した者はいない。
真偽不明。真相は闇の中。
領主であるヤーズ男爵家にしても、この一件については、固く口を閉ざしたのだという。
◆◆◆
場面は移ろう。
ごく控えめに魔導灯が灯されているだけの薄暗い部屋の中。
淡い灯りに照らされた四つの人影が同じ方向へと伸びている。傍から見れば、あまりにもあからさま。まさに秘密の会合という雰囲気を醸し出していた。
「――やはりヤーズ家にはギルギアスの息が掛かっていたか」
一通りの報告を受けた後に、上位者たるミリオスが口を開く。
「はい。今回の件で、ヤーズ家当主ジョアン様は白旗を上げました。今後は虚心なく王家に忠義を捧げると……」
「はは。今さら虚心なくと言われてもな」
ミリオスは、腹心であるマーカスからの報告を鼻で笑う。
ヤーズ男爵家の動きは、典型的な小者貴族のそれ。
リナニアという器の中で目先の利益に飛びつき、都合が良い方へとなびくだけ。
大局観などは持ち合わせておらず、自らの行為が売国奴、背信者であるという重い覚悟すらないときた。
そんな者が語る〝虚心なき忠義〟など、吹けば飛ぶような軽さしかない。
「……しかしながら殿下。これからは、ヤーズ男爵のような者の力も必要となります」
今回の件は、ミリオス側が、ギルギアスと内通していたヤーズ男爵家に釘を刺したという形だ。
そもそもの話、もっと以前から例の村落での闇取引は行われていたのだが、ここ数年で、どうもリナニア王国の各所に、ギルギアス王国からと思しき人や物の流入が目立つようになり……その動きを辿った結果として、ヤーズ男爵家が窓口であるのを突き止めた次第。
もちろん、ヤーズ男爵家にしても、所詮は小さな出入り口の一つに過ぎない。
「確かにな。このリナニアという、穴だらけの不格好な器を延命するのが俺の役目だ。使えるモノはなんでも使わんとな。いちいち協力者を選り好みするほどの余力もない」
どうしようもない前提を確認するように、呆れを込めてミリオスは吐き出す。
その姿は、拭いきれない疲れを纏っているかのよう。
「――さて、こんな情けない状況の〝現王家派〟の実働部隊を見て、貴公はどう思う?」
ミリオスは視線を投げる。まさに密談相手であり、実働部隊の一部を担う兵に対して。
「ふむ。どう思うと言われましても返答に窮しますな。ただ、これが仮に相手側――〝反王家派〟に属していたとしても、問題の質が違うだけで、頭を悩ませるという状況は同じかと」
映し出された影にすら厚みがある人物――ダグラスが応じる。返答に窮すると言うわりには、その口調は淡々としたもの。
「ほぅ? 詳しく聞きたいものだな。サリーア嬢の従士だった貴公から見て、問題の質が違うとは?」
「詳しく語れるほど各陣営、派閥の内情を知る訳ではありませんが……今、水面下で行われている現王家派と反王家派の争いというのは、ギルギアス王国からの横槍を含めても――結局のところ〝ただの権力争い〟に過ぎぬかと……」
ダグラスの姿勢は変わらない。むしろ、ミリオス側からの踏み絵……試験的に出された任務を経てより強く思う。
〝リナニア戦記〟にしても、現実のリナニアでの争乱にしても、当事者だけが大仰に騒いでいるだけで、所詮は利権を巡る権力争いに過ぎぬと。
そう断じる。
ただ、この度は規模が少々大きくなりそうだというだけ。
「……」
そんなダグラスの態度は、わざわざ当事者の一人――実働部隊の指揮を執る秘されし王子に面と向かって発する姿勢は、当然のことながら、王子に付き従う者の反感を買う。買わないでか。
底冷えがするほどに、ダグラスを見やるマーカスの視線は冷たい。
「――はは。まぁ続けてくれ」
そんな忠臣の姿に苦笑しつつ、ミリオスは先を促す。
「ギルギアス王国の後ろ盾もあってか、確かに勢いや仕掛けの周到さは〝反王家派〟に分があるやも知れませんが……権力争いという視点で状況を観れば、それぞれが己の利益のために動く分、反王家派の方が足並みは乱れやすいかと……大きな括りで言えば同じ派閥ではあるものの、少なくともサリーア様は、バウフマン大公のやり方には否定的でしたな。現にバウフマン領では、マルバ都市同盟との関係性が悪化し、さらに王家を批判したこともあってか、他領からの物流にも滞りがあると聞きます」
同じ派閥であっても、利害が完全に一致しているわけでもない。利害が相反すれば――対立へと傾くのは自明の理。
実例として、若干浪漫主義的な面のあるサリーアからすれば、自作自演の変事を利用し、強硬に事を進めて派閥内で優位に立とうとするローネル・バウフマンのようなやり方は好まない。
また、そんなバウフマン公と足並みを揃えるため、諸々を譲歩して見せる実家であるバルボアナ家のやり方もだ。
ダグラスが知り得る範囲だけでも、すでに反王家派の心情的な足並みは乱れている。
「なるほど。確かに〝ただの権力争い〟という視点で見れば……反王家派の内情は、まぁリナニアの貴族社会においての〝足の引っ張り合い〟という捉え方ができるかも知れんな。ははは」
ダグラスの言に一定の理解を示すミリオス。ただ、それでも彼の重責に変わりはない。悲壮なる決意を含め、秘されし王子は戦場を征かねばならない。
「……ミリオス殿下。俺なんぞが口を挟めぬと承知の上で、あえて進言してもよろしいでしょうか?」
「ん? ……あぁいいだろう。この度の貴公からの進言については、その内容がどうであれ、こちらからとやかく言わぬと約束しよう」
思わずぴくりとしてしまうマーカスだったが、彼がダグラスの言に具体的な反応を示す前に、ミリオスは先回りで許可を出す。どのような内容であれ物騒な手段に訴えないと。身の安全を確保すると。
「(あー……なんか嫌な予感がする。〝原作〟の流れには極力干渉しないはずだったのになぁ……サリーア様にしろミリオス様にしろ、ダグラス様はやたらと〝ボス系キャラ〟と縁を結ぶから……)」
ただ、今のこの場においては、ミリオスの忠臣たるマーカスではなく、どちらかと言えば置き物に徹していたカティの方がやきもきしていたりする。
途中退場がほぼほぼ確定しているサリーア・レイ=バルボアナの陣営を抜け、エンディングへ辿り着くだろう主人公陣営に付く。
その判断自体はまぁいい。
カティからすれば、カイトやフェリシアと和解し、なんとなくの知人ポジションくらいで主人公陣営に収まれば……などと考えていたのだが、ダグラスは主人公や元婚約者を飛び越え、主人公陣営の首魁にして、シナリオ上のラスボスの懐へと飛び込むという一手を打った。
当人曰く『どうせ派閥や組織に属するなら、末端のままだと使い潰されやすいだろ?』とのことだが、カティは微妙に納得できていない。
結果としてはまだマシな方だったが、サリーアの従士となり、バールライラの戦場に放り込まれた点はわりと根に持っている。
サリーア当人にではなく、彼女の提案に嬉々として飛びついたダグラスに対して。『いたいけな乙女を戦地送りに巻き込みやがって』というところ。
「ありがとうございます。では、遠慮なくミリオス殿下にお伝えいたしますが……あくまでも、この矮小なるダグラスの妄言だと前置きをしておきましょう」
「……」
どこか面白がるように、鷹揚に構えているミリオス。
「……」
主が認めている以上、状況を見守らざるを得ない冷たい目をした忠臣マーカス。
「(うーん。〝原作〟の〝マーカス〟は、もっとこう……〝主人公〟の悪友的なキャラだったと思うけど……実際には、まさにミリオス王子の側近って感じだなぁ)」
あと、内心で現実逃避に勤しむ不良従士のカティ。
三者三様にて、ダグラスの進言とやらを待つ。
そして――
◆◆◆
結果として、ダグラスとカティは正式にミリオス陣営へと組み込まれることになる。
そう。今度は主人公側に立つ。
悪役貴族キャラと転生従士の〝平和の国〟への旅は続く。
その立場を変え、役名がないまま再度舞台へと上がりながらも――彼らの観劇は続いていく。
◆◆◆
※諸事情により、今作はここで打ち切ります。すみません。




