3 気付いていく〝主人公〟
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彼は生まれるよりも前から、ずっと一族の怨念を背負わされてきた。
苦々しく思うこともあったが、仕方ないと飲み込むこともできた。
彼にとっては、それらがあまりにも日常だったから。
一族の者、親類一同は、皆が口を揃えてルインダールの再興、マーヴェイン家への恨み辛みを発するが、中でも、彼の祖母と父が持つルインダールへの想いは特に強かった。妄執と言えるほどに。
ルインダール家とは、遠縁ながらも懇意にしていた間柄だったというブランデール子爵家が、路頭に迷いそうになっていた当時の元・ルインダール家の者を世襲での使用人として召し抱えてくれてたのだが……彼の祖母と父は、厚遇と言ってもいい今の状況すらも嘆く。嘆くという体で不平不満を平気で撒き散らす。
ルインダールの名を背負い、貴族として暮らしたこともない癖に、自分たちは貴種の血を持つ貴族なのだと……虚飾に塗れた、お飾りの誇りを抱えて生きる者たちだった。
自身の一族の、家族の異常性に幼き頃から気付いていた彼――カイトは、徐々にブランデール家への忠誠を深めていった。オーブ使いとしての資質があきらかになり、従士候補として扱われる頃には、傾倒していると言えるほどに。
それは恩を仇で返すような一族の罪滅ぼしだったのか、それとも、自分は一族の他の者たちとは違うという反骨心だったのか……あるいは、一族の呪縛から逃れるためには、ブランデール家への忠誠が手っ取り早かった故なのか。
今となっては、カイトにも当初の動機は分からない。
だが、従士としてヘルメイス魔導学院へと赴いた頃には、はっきりと自覚していた。
フェリシア・ブランデール。
彼にとっての太陽。麗しき御令嬢。彼女を主として仰ぐ忠誠と敬愛が、カイトの中には確かにあった。
『――カイト。マーヴェイン家への恨みは分かるけれど、学院に在籍する間に大きく動くのは控えましょう。ただでさえ、私の〈戦乙女〉や、婚約者であるダグラス殿の〝うつけ〟具合が悪目立ちしている』
――違う。違った。どんな理由があるのかは分からないけれど……。
『カイト! どうしてダグラス殿に決闘を申し出たりしたのッ!? ――わ、私のことを公衆の面前で侮辱したから? ……その気持ちを嬉しいけれど、彼が私の婚約者であるのは公然たる事実よ。その程度の侮辱であれば飲み込むべきだわ。それに、彼がオーブ任せの二流魔導士であろうと、それでも従士であるカイトに勝てる相手ではないのよ?』
――確かにその通りでした。俺は……勝たせてもらっただけ。今になって振り返れば、フェリシア様に向けた下卑た言動についても……どうだったのか。
『まったくもってしぶといやつだ。流石に飽いてきたんだが……ふむ、どうだ平民。次の一振りが俺に届けば、貴様の勝ちにしてやってもいいぞ? ――ただし! 届かなければ俺の勝ちだ! その上で、望外な条件の対価として、その右目と右腕を支払ってもらう! さぁッ!? どうする平民!!』
――決闘の勝敗についてのあの条件。冷静に振り返れば意味が分からない。歯向かって来る平民をいたぶるためだけに、わざわざ己の敗北を天秤に乗せる?
あり得ない。少なくとも、ヘルメイス魔導学院に集う貴族子弟に、そのような享楽的な破滅願望を持つ人物はいない。学院に入り込む前に、実家である貴族家にて弾かれるのがオチだ。
『カイトッ!! 貴方の勝利よッ!!』
――俺はあの時、確かに彼の魔法障壁を斬った。だが、今さらにして思う。いかに〈四精〉の扱いが不得手だったとはいえ、本当に無銘の下級オーブが通用したのだろうか?
『ああッ! 見て!! ダグラス殿の手の平に傷があるわッ!! やはりカイトの剣は間違いなく届いていたのよッ!!』
――届いていたのではなく、届かせてもらっただけだったのでは?
――魔法障壁が弾けるという衝撃の中で、俺の剣が彼の手の平を掠めた?
――もしそうなら、あの皮一枚だけを斬ったかのような綺麗な傷は?
――あの時の俺の剣撃は、そこまで正確な軌跡を描いていただだろうか?
「――い。おい、カイト!」
ばしりと肩を小突かれる。
「あ……わ、悪い」
はっとして、カイトの意識は今の時間へ、現実へと戻ってくる。
「しっかりしてくれ。聞き取りの途中でぼーっとするなよ。――それで? 現場には、ダグラス・マーヴェインとその従士がいたと?」
「あ、あぁ。ダグラス様は、賊たちの始末についての〝見届け人〟だと名乗っていた」
廃村での思いがけない再会と衝突の末、カイトは自身の未熟さを噛みしめながら、遠征演習の拠点――ファルベの街へと戻って来ていた。
ファルベは街道が交差するそれなりの規模の街であり、壁に囲われた、いわゆる城郭都市のような造りになっている。
当然のように、夜間は城門が閉じられ出入りを禁止されるため、夜通し街道を進んだカイトは、街の少し手前に設けられた、開門中に街へ入れなかった者らの待機場となる宿場にて朝を待ち、開門と同時に街へ入り、演習の拠点となる邸宅へと辿り着いた。
その邸宅は、この度の遠征演習に協力している、エレネス男爵家が持つ、平民用に偽装されたゲストハウスの一つだ。
「あと、『ファルベの街に戻る』と言ってはいたが、開門を待つ宿場にダグラス様たちの姿はなかった。もしかすると、別の城門前で待機していたのかも知れないが……あの廃村から街道に沿ってファルベへと戻るなら、西門へと辿り着くはず」
カイトからすれば、もし、間を置かずに再度顔を合わせるとなれば――どうにも居た堪れないと思いつつも、宿場にてダグラスたちの姿を探したのだが……再会はなかった。
旅の者や行商人、護衛をつけた商隊など……宿場からすれば、特筆することもない〝いつもの者ら〟がたむろするのみ。どちらかと言えば、単独で軽装というカイトの方こそが少々浮いた異物というだけ。
「なるほどな。ファルベの街へ戻るというのが虚言だったか、あるいは閉門中にも街に出入りできるほどの後ろ盾があるのか……」
カイトから報告を受けるのは、黒髪に黒目で、少年の面差しを残しつつも、どこか獰猛さを持つ同年代の男――マーカス。
この度の遠征演習において、〝従士役〟としてカイトと組む相棒ではあるが、その実態はミリオスの隠された私兵だ。
そのような来歴があるマーカスだが、カイトにとっては、学院では数少ない気安い友でもある。
「なぁマーカス。ダグラス様たちは一体誰の命で動いていたんだろうか? 学院の遠征がお膳立てされた場だというのは知っていたが……そもそも、今回の俺への〝単独での作戦参加〟という指示もおかしかっただろ?」
「ん? まぁおかしいのはおかしいが……カイトや俺への指示については、学院側のくだらない嫌がらせに過ぎないと思うぞ? 流石にダグラス様たちの関与はないだろうさ」
カイトの疑問をあっさり流すマーカス。学院の嫌がらせだと言ってのける。そこに大仰な陰謀の匂いはないと。
「確か……ダグラス様は、サリーア・レイ=バルボアナ嬢の客分従士に収まっていたはずだ。学院を除籍となったのもそのためだと聞いている」
すでに一年以上前の話。ダグラスがヘルメイス魔導学院を除籍となったのは、決闘騒ぎで平民に敗れて無様を晒し、その事実がサリーア嬢の癇に障ったからだと噂されたものだ。
マーカスは噂以上の情報を掴んでいたが、当時は『あぁそうなのか』というだけ。彼の主であるミリオスも、サリーアの差配やダグラスの処遇をことさらに気に掛ける風でもなかった。
「ダグラス様が客分従士……? つまり、彼に命じたのはサリーア様なのか?」
カイトには混乱がある。彼が知っていたダグラス・マーヴェインという男は、相手が大貴族の令嬢と言えど、他家の客分従士になるなど考えられない性分――のはずだった。
しかし、つい昨夜にまみえたダグラス・マーヴェインは、あきらかに律せられた〝兵〟。
口頭でのやり取りは理知的で平静ながらも、いざ戦いとなると、まるで凶気が解き放たれたかのようだった。
そして――強い。
希少な上級オーブ頼りで、自堕落で傲慢なマーヴェイン家の〝うつけ〟。
カイトの持つ彼の人物像とはまるで違っていた。
「まぁそう考えるのが妥当だろうな。もちろん、今もまだ、サリーア様の客分従士であればの話だが……」
「……」
決闘騒ぎの後、ダグラスが学院を除籍となったのはもう一年以上も前の話。もともとのダグラスを噂でしか知らないマーカスからすれば、それは単純に時間経過だけの話だ。
だが、カイトからすれば違う。
「(サリーア様の客分従士になり、たった一年ほどであそこまで人が変わるだろうか? ――そんなはずはない。やはりかつてのマーヴェイン家の〝うつけ〟という姿は、周囲にそう思わせるための擬態……? 一体なんのために?)」
雨上がりの廃村にて対峙したダグラス・マーヴェイン。
彼は強化の魔法しか使っていなかった。それでも、カイトはまるでなにもできなかった。させてもらえなかった。
賊たちを一蹴したところでどうだというのか。
〈四精〉のオーブやその魔法は間違いなく強力だ。まだまだカイトも未熟ではあるが、上級魔導士を名乗れる下限くらいにはいる。
だが、ダグラスには、魔法を有用な形で使わせてもらえなかった。
フェリシアの〝従士〟であることに拘っていたにもかかわらず、カイトは近接戦闘での振る舞いも無様というしかなかった。ダグラスの踏み込みからの組み付きに対して、碌に反応できないという体たらく。
「……マーカス。今回の件、ジニス教官にはどう報告すればいいだろうか?」
どうしても意識はダグラス・マーヴェインへと向いてしまうが……カイトは現実的な次を考える。
「気は進まないが、流石に誤魔化すわけにもいかないだろう。ただ、こちらから連絡をしても無視されるだけだし、教官の接触を待ってからでいいだろう。今日の昼間、エレネス男爵家側の者らと廃村の検分に行くらしいからな。どうせ嫌がらせのように、直前になってから俺たちにも同道するようにと指示があるだろうさ」
この度の遠征演習については、班分けをしたと言いながらも、こうしてマーカスとカイトだけが、エレネス男爵家が主導する〝賊の殲滅作戦〟とやらに組み込まれていた。しかも、細々とした指示については、エレネス家からではなく指導教官であるジニスから受け取るという仕組み。
もとより平民の従士でしかなかったカイトが、魔導士として演習に参加するのを学院はよろしく思っていないのだとか。
そして、ジニス教官は、そんな魔導学院の方針に逆らうような人物ではないときた。
指導教官でありながら別行動を取り、いちいち連絡が滞る。指示が遅れる。
カイトとマーカスはそんな扱いを受けていた。
「……ならマーカス。ジニス教官が接触してくるまでの空いた時間で、ミリオス様に向けて、ダグラス様やサリーア様を調べてもらうように依頼はできるか?」
「ん? まぁ俺もミリオス様には定期報告があるからな。この度の件も報告させてもらうつもりだったさ。そうすりゃ、カイトがわざわざ頼まなくても、ダグラス様について調べてくださるだろう。バルボアナ家ってのは、ミリオス様からすれば緩やかに敵対している派閥の一つだしな」
まだ否定派も多いが、なんだかんだと言いつつ、上級魔導士として遇されつつあるカイトだが、当然に彼に独自の情報網などない。
特に貴族子弟が絡む調べ物ともなれば、それが可能な者に頼むという方法しかない。そうして頼むことができるだけ、恵まれた環境だと言えるが。
「敵対している派閥?」
「まぁな。まだその辺りについて、カイトが知らないのも無理はないが……ゆくゆくはお前も知らないじゃ済まされなくなるだろうさ」
「……」
ミリオスとフェリシアは、あまり詳細を語らないが……流石にカイトも薄らと感じるものはある。
リナニア王国は、盤石な一枚岩というわけじゃない。
各貴族家にもそれぞれに思惑がある。時に利益を優先するためであったり、本来の志なり王家への忠誠なりだったり、あるいは望まぬ不利益を回避するための、苦渋の決断という場合とてある。
表に裏にと勢力争いをしていた貴族家たちが、徐々に纏まりつつある。大きな二つの派閥に別れつつある。
「なぁマーカス。ミリオス様が仰っていたリナニアの混迷というのは……近いのか?」
「……あぁ。おそらくな。水面下ではかなり進んでいるだろう。現王家派と反王家派。どちらつかずで中立を気取る陣営もあるようだが……そういう連中は徐々にどちらかの派閥に飲まれているんだとさ。着々と《《準備》》は進んでいるようだぜ?」
「……そうか」
バルボアナ家は、中立派の最大手となる派閥を率いていたが……ここ数年で、徐々に反王家派に舵を切りつつあるのだとか。
カイト自身は、リナニア王国を割る派閥には興味がない。だが、敬愛するフェリシアは、どうしようもなく現王家派として立場が固定されてしまっている。
そうなれば、彼女の従士であることを強く望むカイトも、現王家派として微力を尽くす所存。
フェリシア・ブランデールの従士たるカイト。
サリーア・レイ=バルボアナの客分従士となったダグラス。
まだ詳細は分からない。カイトが知る由もない。
だが……
「(……なんだ? この胸騒ぎは……なにか、こう……点と点が繋がっていくような……? 俺は……ダグラス・マーヴェインと……戦わなければならない? この感覚はなんだ……?)」
それは〝リナニア戦記〟の導きなのか、それとも、まるで別人となったダグラスに敗れたが故の興奮による幻想なのか。
まだ彼には分からない。誰にも分かりはしない。
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