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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
5 邂逅

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2 思いがけない衝突

 ◆◆◆



 雨が上がった。まだところどころに雲が居座っているが、分厚い雨雲は散り、月が顔を覗かせている。


 そこはとある廃村。


 ぬかるんだ地面の一部が大きく抉れ、そこらに獣人の死体が転がっている以外は、特に特徴もない場所だ。


「……ふむ。確実に死んでいるな」


 分厚いローブコートを着込んだ、ずんぐり体型の男が――ダグラス・マーヴェインその人が、事切れた獣人らを検分していた。


 今、彼が屈んで確認しているのは、大柄な熊系獣人の男――の上半身。


 僅かではあったが、少し前にダグラスが対峙したことのある獣人戦士だ。


 驚いた様な表情が張り付いたまま、得物である斧槍を握ったままに死んでいる。


「確かな武技を持っていたが……〝魔法〟の存在か……」


 ダグラスとて、一撃で相手の心を折ってしまうほどの差を見せつけはしたが……それでも、今のこの結果に、どこか無常なる思いが込み上げてくる。


 オーブを使える者と使えない者との残酷なまでの差が、ふと胸を過ぎる。


 そんな感傷にも似た思いを抱えつつも、ダグラスは抜かりなく、ぬかるみの中から石を拾い上げる。備える。


「……ダグラス様。こちらの検分は終わりました」


 分厚いローブコートを纏いながらも、すらりとした細身であるのが分かる。従士カティが、ぬかるんだ地面を極力揺らさぬようにと歩いて来る。戻って来た。


「そうか。どうやら、ここにいた『獣人解放同盟』の残党は、皆が死んだようだな」


 ダグラスとカティは、名目上与えられた〝見届け人〟としての役目を全うしている。必要のない役目ではあったが、サリーアからの直々の命とあれば、断れるはずもない。


 彼女は、ダグラスたちが従士カイトから距離を取ろうとしながらも、その動向に着目していることを看破していた。つまるところ、この度の命令はある種の嫌がらせのようなもの。『いつまでも好き勝手できると思うなよ?』という、サリーアからの直接的で熱烈なるメッセージだ。


「――さて、こちらの役目はこれで終わりだ。俺たちはファルべの街へと引き上げる。従士カイトよ、貴公も学院の演習の途中であろう。拠点へと戻るがいい」


 学院の支給品である薄手のローブを纏った赤毛の少年――従士カイトに声を掛けるダグラス。


 本当は家屋に隠れ潜んでやり過ごすはずであり、ばれてしまっては仕方がないとばかりに姿を晒したが、別に今の従士カイトと歓談するような仲でもない。できればとっとと撤収したいところ。特にカティはそう願っている。


「……ダグラス様、〝見届け人〟と仰っていましたが、一体それは誰からの命なのでしょうか?」


 猜疑(さいぎ)に満ちた目を向けながら、呟くように問うカイト。


 学院の遠征演習としてこの場にいる、自分の任務を見届けるというなら納得もいくが……賊の最期を見届けるとはこれいかに。ここに賊がいると把握していた、その経緯はいかに――というところ。


 もとより、ダグラス・マーヴェインという人物に好印象などないカイトからすれば、彼を怪しむのは当然とも言える。


「ふっ。悪いが明かすことはできん。別に口止めされているわけでもないが、ベラベラと喋っていいモノでもないだろうさ」


 すぐ横にいる従士から『余計なことを喋るな』という圧を感じつつ、ダグラスはカイトの質問に応じる。応じられないと。


「俺は――()()()()()()()()()()()()()()()だと……この地を治めるエレネス男爵家の家令からそのように聞いています。つまり、俺の立場からすれば、ダグラス様たちも賊の残党であると判断せざるを得ないのですが?」


〈四精〉の属性剣こそ顕現させていないが、カイトは未だに臨戦態勢のまま。薄らと魔力を身に纏ったままだ。


 学院の演習とはいえ、彼に与えられた任務は賊の殲滅作戦の一端を担うというもの。


 担当を任された地においては、事前の作戦情報に則って動くことになっている。


「ん? どうにも堅苦しいやつだな……事前の情報と現場の状況が違うなど、そう珍しくもないだろうに」


 一方のダグラスは意に介さない。臨戦態勢のカイトを前にしても、賊の一味であると疑われても。


 それくらい分かるだろうにと、楽観的に構えていた。


 しかし、彼はここで一つ見落としている。


 遺跡資源を巡る、バールライラ山中の泥臭い実戦を経たダグラスと、学院というある種の()()で、上級魔導士として切磋琢磨するカイトとでは、すでに見えている世界がかなり違う。


 そのことに思い至れないまま。


「カティ、引き上げるぞ」


「承知いたしました。一応、検分した者らの特徴などは書き記していますが……」


「……お前も妙なところで生真面目だな。まぁ報告するだけはしておくか。どうせ嫌がらせのような任務だ。詳細など求められないだろうがな」


 カティを生真面目と評しながらも、サリーアからの嫌がらせに過ぎないこの度の任務を、見張りがあるわけでもないのに完遂するダグラスも、任務に対する姿勢はそれなり以上に真面目と言える。


 なにはともあれ、任務を終えたとなれば、ダグラスとカティはさっさと引き上げに掛かる。あとは夜通し街道を行き、ファルべの街へと帰るだけだ。


「……お待ちを、ダグラス様。この廃村にいる以上、俺はあなたの身を(あらた)めねばなりません」


 ごく自然に帰途につこうとする二人に対して、カイトは静かに待ったを掛ける。


 任務に生真面目な者はここにもいた。というより、この場には生真面目な者しかいなかったとも言える。


「はぁ? どうした従士カイト。ふざけているのか?」


「……」


 臨戦態勢を、過度な緊張を解かないカイトを見やり、ダグラスではなくカティの方が先に察する。彼は本気だと。その瞳にありありと見えた。強い強い()()()が。


「あー……ダグラス様。従士カイト殿は、どうやら本気のようですよ?」


 ダグラスとカティの二人にとって間が悪かったのは、この遠征演習こそが、カイトにとっては事実上()()()()の実戦だったということ。


 つまりは不必要な(りき)みにより、諸々が前のめりになってしまっている。本来は良くも悪くもではあるが、この度は悪い面が強く出てしまっている様子。


「まったく……俺たちを本気で疑っているのか? 普通に考えて、俺たちに手を出せば後々面倒になると分かるだろうに……」


 硬い表情を崩さず、任務に頑なに拘るカイトを前に、呆れたように吐き出すダグラス。


「――ダグラス様に従士カティ殿。身の検めについて、ご協力を願います」


 力みの抜けないカイトは、周囲を照らす意味と示威を込めてか、静かに火の属性剣を顕現させる。


 煌々と周囲を照らしながら宙に浮かぶ剣。その切っ先はダグラスたちへと向けられている。


〝魔導士〟として、それが決定的な悪手であると気付かないまま。


「ふぅ……出しましたね」


「そうだな。魔法による示威行為を受けてしまった」


 ダグラスとカティは、カイトの行為の不味さを知る。どこかで二人は、従士カイトは〝リナニア戦記〟の主人公なのだからと、その人物像をかなり高く見積もっていたのだが……それが過大な評価だったと、思わぬところで知る羽目になった。


「ふむ。従士カイトよ。俺たちは貴公が望む身の検めに付き合うくらいはするが……具体的にどうするつもりなのだ?」


「……?」


 ダグラスが語る言葉の意味が、カイトにはなかなか浸透しない。


「どのような立場で学院の演習に臨んだのかは知らんが……現に今、貴公は〝一人〟だ。魔導士には従士が付き従うのが通例であり、実戦の場であれば鉄則。魔導士は周囲を警戒しつつ後ろに控え、従士が前に出て雑事を担うのが一般的だろう。さて、俺たちの身の検めは一体誰が行うのだ? 一人しか場におらぬ貴公が直々に? 魔法を出して脅しつつ、せっせと俺たちを検分するのか? ――ふん、馬鹿馬鹿しい」


「……ッ!」


 任務の場に不審な人物がいた。不審人物がいかに身分のある相手であっても、身の検めを求めること自体は、確かにそこまでおかしいわけでもない。


 だが、それは相手側を上回る人手があればこそ。せめて同数であるのが最低条件だ。そんなことも分からない。気付けないのが、従士カイトの実像。


「不測の事態に遭遇したなら、とっとと撤収して指示を仰ぐのがあるべき姿だ。にもかかわらず、貴公は魔法による示威行為に出た。従士にせよ魔導士にせよ、短絡的な上に見通しが甘過ぎる。もし、二対一でも勝てると踏んだなら、悠長に力を見せびらかすよりも、さっさと相手を殺すか、せめて行動不能にするべきだな」


「……」


 至極真っ当なダメ出し。実戦の場において、あまりに()()()()な立ち回りを見せるカイトに対し、ダグラスはいっそ憐れみの眼差しを向けてしまう。


「ふぅ……カティよ。参考までに聞くが、〝原作〟での〝主人公殿〟は、こうも無様な振る舞いをしていたのか?」


「えぇと、確か……遠征演習においては、はじめて人を害したことにより、苦悩する場面が少々描かれていたように思います。おそらく、従士カイト殿にしても、今回の演習が()()()()だったのではないでしょうか?」


 ダグラスの問いに、事前に確認していた〝主人公カイトの遠征演習〟についてを語るカティ。


『獣人解放同盟』の残党を、圧倒的とも言える力で一方的に葬り去った〝カイト〟が、自らの力に、〈四精〉のオーブに畏れを抱くという場面が〝リナニア戦記〟にはある。


 学院はオーブ使いが当たり前という環境であり、魔導士としてはまだまだ未熟だった〝カイト〟。


 そんな彼が、演習で非オーブ使いと対峙した時……そこにある隔絶した差を実感する。


 魔法を顕現し、軽く意思を乗せただけで、獣人の賊はあっという間にモノへと変じてしまう。


 武器を手に殺気を纏って向かって来る賊が、なにをすることもできずに死ぬという現実を、〝カイト〟が身を以て知るというイベントだ。


 廃村での戦闘を終えたカイトも、まさに今、身の内で同じ経過を辿っている最中とも言える。そこに鉢合わせたダグラスたちの方こそ、無粋なお邪魔虫なのかも知れない。


「と、とにかく! 俺はあなたたちの身を検めねばならない……ッ!」


 ダグラスからの指摘がまともであるのを承知の上で、それでもなお、『廃村にいる者は皆が賊』という事前情報に拘るカイト。その滑稽さについて、多少の自覚はあれども止まれない。


 初の実戦を経て、気が昂って前のめりになったまま。


「――阿呆(あほう)が。〈四精〉の扱いはそこそこ上手いようだが、従士としても魔導士としても二流以下だな」


「ま、まぁまぁダグラス様……まだ第一部の半ばですし……」


 呆れと苛立ちを込めて吐き捨てるダグラスと、よく分からない擁護をするカティ。


 いきり立つ従士カイトの警告を無視して、主従でやり取りをする。当然にカイトとしてはそれが面白いはずもない。


「二人とも動かないでもらおう! 次に勝手に動けば容赦はしないッ!」


 火の属性剣が三本ほど増える。カイトからすれば、分かり易く『もし勝手に動けば……』という脅しなのだが、その行為自体が、ダグラスたちからすれば子供の癇癪のようなもの。まさに児戯にも等しいというやつだ。


「……本当に阿呆だな」


 心底から呆れたような声と共に、ローブコートに隠されていたダグラスの手元が揺れる。


「ぅッ!?」


 次の瞬間。カイトの眼前には、泥に塗れた拳大の石。


 咄嗟に反応して石は避けたが、泥の飛沫を受けたことで、彼は視線を切ってしまった。


「く……ッ!!」


 すぐに視線を戻すも、ダグラスとカティはもう元の位置にはいない。いるはずもない。


 次にカイトの瞳に写ったのは、凶悪なる笑みを浮かべ、すでに間合いの内側にいる〝オーク〟の姿。


 がつりと右手首に強い衝撃。


「なッ!?」


 金色の腕輪として具現化している〈四精〉ごと手首を掴まれた――と、認識すると同時に、次は身体ごと思い切り振り回される。


 首にも衝撃。もう片方の手が伸び、急所である首も圧迫されてしまう。


 あっという間に、従士カイトは首と手首を掴まれ、微妙な宙吊り状態へ。


 ちなみに、彼の背中ごしには、顕現した属性剣が切っ先を向けて停止している。


 ダグラスは術者を確保し、その際、疑似的な自律反応を見せた属性剣に対して、確保した術者を盾にすることで動きを止めた。


 魔法にも人質が効いたわけだ。


 もともとは、具現化している金色の腕輪を手首ごと砕き、一時的に〈四精〉の魔法を停止させるつもりだったのだが、思いの外に属性剣の反応が早かったため、急遽第二案を採用した形だ。


 もっとも、それらのダグラスの動きについて、従士カイトはまるで反応できなかった。自身が生み出した魔法が、自律的に術者を守ろうとしたことすら、未だに把握できていない。


「ぅぐ……ッ……! な、なにを……ッ!?」


「ん? この期に及んでどうした? 貴公が先に動いたんだろ? 魔法によって威を示した以上、反抗されても文句は言えん。魔導士の不文律だろうに……」


 従士による護りがないまま、ダグラスが投じた石にすら即応できない魔法を見せびらかしたカイト。


 その行為は、相手がオーブ使いであればあまりにも無意味だ。いや、無意味なだけならまだいい。実情として、相手に反撃の口実を与えてしまう危険がある。殺されても文句は言えない。


 まさに今がそうだ。


 首を掴まれたまま、軽々と宙吊りにされるカイト。


 遅ればせながら、自由になる左手で、首を絞めつけているダグラスの手首を掴むが――まるで岩を掴んでいるかのようでびくともしない。


 ひしひしと感じている。


 いかに強化の魔法で身を鎧おうとも、ダグラスが本気を出せば、自身の首の骨を折る程度は造作もないだろうと。


 そして、今のこの状況からでは、挽回のためにどのような魔法を使おうとも、首がへし折られる方が圧倒的に早いという事実にもだ。


「ぐ……ぅ……ッ……!」


 状況は詰んでいる。


 しかし、ここに至る立ち回りの一つを見直すだけで、今のこの状況を回避することができたはず。


 カイトにもその自覚があるだけに、どうしようもない焦りが込み上げてくる。


「――ふん。くだらん」


 が、カイトにとって幸運だったのは、ダグラスはこの場で彼をどうこうするつもりなどなかったということ。


「ッ!?」


 軽く放り投げるようにしつつ、ダグラスはあっさり主人公殿を解放してみせる。


 そしてそのまま、放り投げられるままに尻もちをつくカイト。彼の中では、混乱と疑問が乱舞していた。


「ぐ……ごほ……ごほ、な、なぜ……に……?」


 未だに〈四精〉による属性剣は宙に浮いたまま。術者であるカイトが仕掛ければ、即座にダグラスを貫ける間合いだ。


「……ぅッ!?」


 だが、ようやくカイトにも、周囲を見渡す余裕が戻って来る。ほんの僅かではあるが。


 彼が尻もちをついて座り込んだすぐ後方。すでに短槍を顕現した従士が、自然体のままに構えている。


 下手な動きを見せれば、貫かれるのはカイトの方だ。


 命の危険という意味では、先ほどと状況はさほど変わっていなかった。


「――さて、従士カイトよ。今一度言う。俺たちはファルベの街へと撤収する。貴公も拠点へと戻られよ」


 淡々と事務的に告げるダグラス。もはやカイトになど付き合っていられないという思いが強い。


「……くッ! し、しかし! それでも、貴殿らが不審であることに変わりはない!」


「――ふん。俺たちを不審に思うなら、なおのこと現場での対処に拘らず、上役の指示を仰ぐべきだったな。現場を知る者が死ねば、その現場の情報そのものが失われてしまうのだから」


 異論の余地がない、何度目かの正論。


「くそ……ッ!」


 終わりだ。


 流石にカイトも理解した。頭では理解していた。項垂れるようにしながらも、ぬかるみの残る地面を拳で叩く。自分の不甲斐なさへの八つ当たりが出てしまう。


「ではな。せいぜい精進するがいい」

 

 ようやく状況の理解が身に沁みわたったのを確認し、ダグラスは()()に背を向ける。帰途につく。


 そんな主の姿を見て、従士たるカティもだ。短槍を消して、てくてくと追従する。


 月明かりが照らす廃村には、初の実戦、魔法による敵の排除を経験しながらも、魔導士としても従士としても、ただただ己の狭量さと未熟さを思い知らされた、赤毛の少年が残されるのみ。



 ◆◆◆

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