1 巡り合わせ
◆◆◆
悪役貴族とその従士は、〝リナニア戦記〟における、〝序盤で退場する悪役キャラ〟という役割を全うした後、マーヴェイン家の縛りから脱するために他の貴族家の協力を求めた。
上手く行かなければ出奔して姿を消すつもりだったが、まずは〝原作の流れ〟を知り得る立場を望んだ。
流石に大貴族たるサリーア・レイ=バルボアナ嬢に興味を持たれ、その傘下に収まることになったのは想定外だったが……。
『私的な客分とはいえ、大貴族の御令嬢の後ろ盾を得られた』
『マーヴェイン家やヘルメイス魔導学院から文句を付けられても問題ない』
『サリーア嬢の情報網をもってすれば、原作の流れを追える』
『なにより、主人公たちと距離を置くことができる』
結果だけを見れば、そう悪い話でもない。
ただし、サリーア嬢が〝原作〟に登場するキャラでなければ――主人公の前に立ち塞がる〝敵〟でなければ。
当初より、カティはサリーア陣営につくことに漠然とした不安を抱いていた。
しかしながら……
『まぁ〝サリーア〟は、第二部におけるシナリオ上のボスだし……』
と、むしろ不安を感じるのは当たり前だろうと飲み込んでもいた。
後にカティは、ソレが間違いだったと気付くのだが……時すでに遅しというところ。
「サリーア様直々に?」
それはダグラス分隊が指示通りに、ヴァイスを引き連れて領都オーセルを出立し、貸切の馬車で街道を行き、当座の目的地であるファルべの街へと到着した時のこと。やれやれと一息ついていた時だ。
『ええ。分隊に対してではなく、ダグラス様個人にお伝えしたいことがあると……』
〈死霊〉に魔法によって映し出された従士フリントが告げる。ダグラスたちが、ファルべの街へと到着した旨の報告をした際、フリントから新たな指示が出た。ダグラス個人へと。
「ふむ。では場所を変えるとしようか」
「……なにもダグラス様が動かずとも、我々が隣の部屋へと移ります。宿は丸ごとの貸切りですし、特に問題はないでしょう」
ナチュラルに動こうとするダグラスに対し、呆れたようにブレイクが発する。雇い主たるサリーア直々にともなれば、もたもたして待たせるわけにもいかないが、一応、ダグラスも彼らからすれば上位者には違いない。
意を受けたウィルとジュリアも、てきぱきと撤収する段取り。本命の荷物であるヴァイスも、彼の懇願にて保護することになったギリアムも、空気を読んでさっさと部屋を出て行く。
あっという間に、幻影のフリントの前にはダグラスとカティのみ。
主のみと言われるような場合、従士はあくまで主の影として数には入らない。今回、カティの同席は特に問題ない。
『申し訳ございません。実のところ、ダグラス様個人にというより、あのロルカンの子に聞かせたくなかったと言いましょうか……』
部屋の状況を確認し、改めて幻影のフリントが言葉を紡ぐ。
「ん? ギリアムに聞かせたくない? ――『獣人解放同盟』絡みであろうか?」
ダグラスとカティには強い違和感。サリーアやフリントが、わざわざ獣人の子の心情に配慮する――あまつさえ、それを理由に人払いまでさせるなどと……通常ではあまり考えにくい。
『ふふ。その通りさ。もうすでにある程度の予想は付いてるだろうけど……』
鈴を転がすような声。
突如として、フリントのすぐ横に新たな幻影が現れる。豪奢な椅子にもたれ掛かり足を組む、あからさまな上位者。麗しき御令嬢。
新雪のような真白い真白い髪に、見る者を虜とする妖しい宝石のような紅い紅い瞳。
目鼻立ちは整っているのものの、その口元は、いたずらを仕掛ける幼子のような笑みが浮かぶ。
他でもない、サリーア・レイ=バルボアナその人だ。
「これはこれはサリーア様。ご機嫌は麗しいようで……」
ダグラスは、幻影のサリーアを相手に半歩ほど身を引きながら、軽く胸に手を当てながら頭を下げる。貴族式の――下位者から上位者への簡易な礼法だ。その後ろでは、従士であるカティが深々と頭を下げてつつ沈黙を保っている。
『ふふふ。ダグラス殿は相変わらずだね。ごくごく自然にボクに頭を下げる。まるで頓着がない』
サリーアの笑みが深くなる。一年ほど前にダグラスを客分従士とした時から、彼女のその紅い瞳は、変わらずに彼への興味を湛えている。
貴族家の嫡子でありながら、あっさりとその立場を捨てて他家の者の従士となり、主と定めた他家の令嬢に平気で跪いて見せる。
その上で、主であるサリーアに対して、義理はあれども忠義はないという徹底ぶり。
命じられれば、躊躇わずに実行へと移し任を全うするため、与えられた立場に対する責務と責任感は間違いなくある。
ただし、いざとなれば躊躇なく義理を捨て、主の下を去るのも辞さないというのがダグラスの姿勢。
リナニアの貴族社会においては、あきらかに異質なる存在。否が応でも、サリーアも興味を惹かれるというもの。
「ふっ。俺なんぞはただの小者。サリーア様が気に掛けるほどの者ではありませんよ」
『ふふ。まぁそういうことにしておくとしようか』
謙遜するダグラスと鷹揚に受け取るサリーア。それは、もはや定型となったやり取り。
『さて、さっそく本題なんだけれど……ダグラス殿も気付いているように、ボクは獣人解放同盟を操っていたオスカール商会やさる貴族家と色々と話をするに至ってね』
薄く笑みを浮かべながら、サリーアは本題へと移行する。彼女の単刀直入さも、ある意味ではリナニア貴族らしくはない。
「つまり、サリーア様なりバルボアナ家なりは、その商会や貴族家と今後は協力体制を取ると?」
分かり切った、ただの確認のための問い。ただし、その解像度については、サリーアとダグラスで明確に差がある。
今の時点で、サリーア陣営はバウフマン辺境伯に加え、『獣人解放同盟』の黒幕連中という――いわば王家に弓引く者たちとの接触を強めている。
ダグラスとカティは、その〝結果〟を知っている。
『まぁね。端的に言えばその通りさ。バルボアナ家は連中をそれなりに使えると判断した。ま、ボク個人としては、あまり関与したく類の連中ではあるけどね』
「なるほど」
もちろん、今のサリーアにダグラスたちの内心の全てが見えるはずもない。なんらかの隠しごとがあるのは承知しているが、まさか擬似的な未来視があるとまでは、流石に思い至れない。
『――でだ。ダグラス殿にわざわざ伝えるまでもないことなんだけれど……ボクらの関与がなくとも、獣人解放同盟の残党たちは、元々近い内に処分される予定だったらしくてね。その処分について、あちこちと取引があったようだ』
「処分の取引ですか?」
処分、取引。そう聞いてダグラスが思い浮かべるのは、直接的に関与したルイたちの姿。結局のところ、あの時、すでに彼らは袋小路にいたという事実が判明したわけだ。
『あぁ。ヴァイス殿が保護したロルカンの子――例の実験体を仇だと言っていただろう? 流石にその場に立ち会わせるような真似はできないが……一応、知らせておこうかと思ってね』
それが分からない。大貴族たるサリーア嬢が、なぜにギリアムの仇などに、ルイの処分などを気に掛けるのか。流石にカティは顔には出さないが、ダグラスの方はあからさまに訝しむ。
「――お恥ずかしながら、浅学な俺はサリーア様の意図を計りかねております。連中の処分が、黒幕連中の元々の計画にあったからどうだと? 仇を望むギリアムの立ち会いも許されないなら……今の時点で、俺がその情報を知る意味はないのでは?」
これが『始末が終わった』というなら分かる。仇が死んだと伝えられる。もちろん、ギリアムのことをそこまで気に掛けるという疑問は残るが。
『元々の計画だった』『近々始末する』『ギリアムの立ち会いは不可』……それらを事前に知らされる意図が分からない。
『ふふ、すまないね。少し思わせぶりだった。ギリアム――と言ったかな? 悪いけど、ボクは彼の仇に強い興味はないよ。ダグラス殿に知らせる情報があってね。そのついでさ』
「俺に?」
『あぁ。君たちが捕らえた獣人解放同盟の残党たちは、元々ファルべの街から少し行った廃村で訓練に使われる予定だったそうだ。――ヘルメイス魔導学院の遠征演習のね』
「学院の遠征演習……」
ここで繋がる。ごく僅か、ぴくりとカティが反応する。ダグラスも思い当たる。
〝リナニア戦記〟のシナリオの一幕。
ビームス伯爵家とオスカール商会が中心となり、『獣人解放同盟』なる者らを組織した。
名にあるように、〝獣人の解放〟を謳って街道沿いにて商隊の襲撃などを繰り返していたという。
シナリオでは、黒幕連中に手が回り、『獣人解放同盟』の残党を始末するという場面が描かれたが……具体的に、ビームス伯爵家やオスカール商会がどのような扱いとなったかは描かれていない。〝リナニア戦記〟で明かされたのは、舞台設定としての情報だけ。
ダグラスとカティは、〝リナニア戦記〟においては、〝ルイ〟という獣人が、主人公カイトの遠征演習の敵として始末されると知っていた。
だからこそ、ルイを生かしたままでオスカール商会へと引き渡したのだが……まさか、ここまで流れが〝早い〟とは思っていなかった。
「ふむ……学院の遠征演習では、魔法によって実際に人を殺す経験を積ませるのが主たる目的だと聞いたことがありますが?」
『その認識で間違いないよ。つまり、君たちが捕らえた獣人たちは、学院生の訓練の素材として扱われる。――で、こうしてダグラス殿にわざわざ伝えているのは――例の従士カイトが、獣人解放同盟の残党狩りという名目で、演習班に組み込まれているってわけさ』
いたずらっ子のような笑みでありながらも、どこか妖艶な薫りを纏うサリーア。
確かにダグラスは、サリーアの客分従士となる際に取引を願った。情報を知りたいと。
だが、その対象者は、あくまで元・婚約者であるフェリシア・ブランデール嬢についてだ。
主人公カイトを気に掛けていることは、サリーアには一応は伏せていた。
「くくく。どうやらサリーア様には、俺なんぞの思惑などお見通しのようですな」
『過分な評価だね。ボクは君の――いや、君たちの思惑について、そのすべてをまだ見通せない。君たちがなにを知り、なにを思い、なにを求めているのか……できるなら、詳らかに語って欲しいと願っているよ、ふふふ』
お互いに笑う。凶相で悪辣な笑みと妖艶さを纏う薄い笑み。
「(うーん……やっぱりダグラス様も〝悪役貴族キャラ〟だなぁ。前々から気になってたけど、いちいち笑顔が意味深で怖いし……子供相手なら泣くね、きっと。あ、子供相手というなら、サリーア様の笑顔も怖いと言えば怖いか。端正な美人の目が笑ってない笑顔はちょっとなぁ……)」
表向きは無表情を保ちながら、微妙にどうでもいいことを思い浮かべてせっせと現実逃避に耽るカティ。
これまでの経験を含め、どうにもサリーアのような〝原作の悪役キャラ(上位)〟との会談は胃に悪い。いちいち勘が鋭い上に、こちらの意図を思わぬところから拾って突き付けて来る。
決定的な状況となるまではダグラスを矢面に立たせ、自分は知らぬフリに徹するとカティは決め込む。能動的な〝知らぬが仏〟か。
『ま、君らが従士カイトを気にしているのは分かり易かった。なにしろ、例の決闘……マーヴェイン家を出奔するにしても、もともと〝うつけ〟を演じていた君が、別に平民出身の従士相手に無様に敗北する必要もない。さらに、その後のダグラス殿の働きを思えば、あの時の従士カイトとの決闘など児戯のようなものだっただろ? 極めつけは、従士カイトが〈四精〉の契約者として、魔導士としてそれなりに振る舞えるようになっていることだ。仕組みは分からないが、おそらく君らは知っていたんだ。従士カイトが〈四精〉の契約者となり得ることを。周りに不自然さを感じさせずに、彼に〈四精〉のオーブを譲渡することが……例の決闘の目的だったんだろう?』
サリーアも調べている。ダグラスたちの動きを。客分従士となった後は当然として、そうなった経緯についてもだ。
リナニア王国そのものへの薄らとした憎しみ、特にマーヴェイン家への怨み辛みはあるだろうが、ダグラスは決してそれだけで動いていない。
その動きには意図がある。
サリーアは、彼が元・婚約者を気に掛けているのではなく、決闘騒ぎの従士カイトにこそ意識を向けているのだと考えた。
「くくく。まぁ――当たらずとも遠からずではありますが……サリーア様の御慧眼には、このダグラス、心底から感服いたしましたとお伝えしておきましょうか」
『ふふ。どうにも食えないやつだね、君は』
「ふははは、それはサリーア様こそでしょうぞ」
『ふふ、あははは』
「ふはははは」
悪役貴族キャラ同士が、圧のある笑顔を交わし合う様を眺めながら、カティは思う。この先の流れを。
「(……ふぅ。この流れだと、従士カイトとのニアミスは避けられないか……ええと、遠征演習のイベントってどんな風だったかな? あーあ、結局はこの〝嫌な予感〟を引きずるってことかぁ……)」
大貴族の御令嬢の客分従士たるダグラスに、その彼の従士であるカティ。
〝この任務が終わったら……〟
残念ながら、二人がサリーア陣営を円満に去るという選択肢はすでに消えていた模様。
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