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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
4 隷属と反抗

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12 流されながらも、その行く先を見る者

 ◆◆◆



「――それでは、確かにお預かりいたしました」


 人通りの少ない路地にて、身なりのよい中年男性が、人好きのする笑顔を張り付けたままに頭を下げている。


 それはある意味で、()()()の一場面だ。


「こちらはここまでが〝上〟からの指示なのだが……あの者が、この先どのような扱いになるかを聞いても?」


 顔面に剣傷の痕がありありと残る、ずんぐり体型の男――ダグラスが口を開く。取引相手に対して。


「……申し訳ございませんが、私どもも、所詮は〝上〟からの指示で動いている身。先についてを知らされておりません。また、仮に知っていても語れる立場にはございません。これ以上はご容赦いただければ……」


 笑顔を張り付けたまま、器用にも困ったような表情を追加して見せながら、オスカール商会のヨルネスと名乗る男が頭を下げる。


「ふっ……まぁそう言わざるを得ないだろうな。すまない、別に貴公を困らせたいわけじゃない。後はこちらの〝上〟にでも聞くとするさ」


 素直に引き下がる。ダグラスも答えが聞けると期待していたわけでもない。


 オスカール商会というのは、まさに『獣人解放同盟』を後援していた組織の一つであり、バウフマン領を中心とした、南方交易路で活動していたルイたちに直接指示を出していた側だ。


 ダグラスたちは、フリントを通じて指示を受けた。


『捕らえたルイという獣人については、オスカール商会へ引き渡して下さい』


 つまるところ、()()がバタバタとしている間に()同士で話が付いたということ。


 バウフマン領の変の主導者であるローネル・バウフマン公にしても、『獣人解放同盟』を操っていた後援者にしても、どのような取引があったのかは不明ながら、バルボアナ家は手打ちにした。


 その詳細は現場のダグラスらの知るところではないが――状況から見て、なんらかの協定なり協力関係が築かれたと見るのが妥当。


「貴族様の兵士殿と卑しい商売人では立場が違いまするが、上の指示に翻弄されるというのは、組織に仕える身としては似たようなものかと……おっと、あくまでここだけの話ということでお願いしますよ?」


 腰を低くしたままに人懐っこい笑顔を浮かべ、ヨルネスは人差し指を口の前で立てる。


「くく。まぁ組織の末端というのは、どこであっても同じような扱いだな。では、後はそちら側に任せる。もう下手な詮索などしないさ」


 ダグラスは目の前にいるヨルネスが、末端どころかオスカール商会でそれなり以上の立場であるのを看破しているが、いかにも悪辣そうな、ニタリとした笑みを浮かべつつ話を合わせている。


 当然、相手側のヨルネスも、ダグラスの知らぬフリには気付いていた。


 お互いが知らぬ存ぜぬを通すのは、ある意味では身を守るための処世術と言える。今の状況でオスカール商会を(つつ)いたところで、碌な結果にしかならないのをダグラスは理解していた。また、ヨルネスもそうならぬようにと振る舞う。


「それでは兵士殿。私どもはこれにて失礼いたしまする」


「ああ。この件に関連したことで、貴公らと再び会わぬようにと願う」


 軽く挨拶を交わし、ヨルネスは馬車へ乗り込み商会へと帰って行く。幌付きの荷台には、二人の見張りと、簀巻き状態で意識を失い、ただの荷物と化したルイが転がされている。


 こうして、生きた状態でルイは『獣人解放同盟』の後援組織へと引き渡された。返却されたというべきか。


 ヴァイスの捜索を、当人を保護するという形で終えたダグラス。


 そして、フリントから新たに与えられた指示は、ルイをオスカール商会へと引き渡し、その後、バルボアナ家の協力者がいるファルベという街までヴァイスを連れて行けというもの。


 その経緯や詳細について、フリントの口から明されることはなかった。


「――あのルイという獣人は、この先どうなるのでしょう……?」


 ルイの引き渡しに影のように同道していた、従士カティがそっと呟く。


「ふん。〝筋書き〟の通りであれば、間を置かず主人公に『獣人解放同盟』の残党として始末されるのだろう?」


 従士の望む答えを知りながらも、ダグラスは敢えて外した答えを――直接的な〝リナニア戦記〟の流れを口にする。


「ふぅ……ダグラス様は、相変わらず乙女心というものがお分かりにならないようですね」


「……おい、なにが乙女心だ。あの獣人が〝筋書き〟通りの末路を辿るのを願っているのも、お前の本心には違いないだろうが」


「確かにその通りですが――私はサリーア様が、着々と〝原作の流れ〟に飲まれつつあるのが気に掛かります」


 カティの懸念。その本命はそちら。


 今のところリナニア王国の情勢は、〝リナニア戦記〟のシナリオ通りに推移している。少なくとも、カティが知り得る範囲ではそうなっていた。


 しかしながら、〝原作〟との微妙なニアミスが続いているのも気になるところではある。


死者たちの王女(ヘカテー)〉のサリーア・バルボアナ伯爵令嬢に、〈死霊(ケール)〉の従士フリント。


 シリウス改めて仮面のサンドラ。


 そして、魔法を使う獣人のルイ。


 重要度の違いはあれど、皆が〝リナニア戦記〟に登場するキャラだ。


 ダグラスとカティが、自ら選んだ選択にもかかわらず、どうにも原作キャラとの遭遇率が高いように思われる。


 そもそもは、〝原作〟から一歩引いた立ち位置で、主人公カイトの動向を見守るという目論見だったのに、サリーアの客分従士として、私兵として、バウフマン領にいるわけだ。


 カティからすれば、なんらかの作為を感じてしまう。


「サリーア様やフリント殿が、〝平和な国(えんでぃんぐ)〟に辿り着かないのは分かっていたことだろ?」


「ええ。確かにそうなのですが……今の私の心配は、彼女らの命運そのものではなくて、我々がこのままサリーア様の陣営に属していることの是非です」


「ん? いや、もとより抜ける前提だろ? 今さらなにを言い出す?」


 少々噛み合わない主従。


 暗雲が立ち上りつつあるリナニア王国の情勢について、ダグラスは特に気にしていないが、カティは正直なところ、自身の読みが甘かったと痛感していたりする。


「――ダグラス様。〝リナニア戦記〟のシナリオとしては、第一部のこの時点でバウフマン領の変や獣人解放同盟の内情などは明かされていませんでした。しかしながら、私たちはがっつりと内情を知る側として立ち回っています。私は少々舐めていました。考えれば当たり前だったのですが……〝リナニア戦記〟のシナリオに至るには、もっと以前から、もっと根深いところで、各陣営がしのぎを削って暗闘を繰り広げていた事実が当然にあったのだと――今さらながらに気付かされました」


〝リナニア戦記〟という、模範解答らしき記憶(モノ)を持っている。


 だが、カティが知るのは、あくまで主人公カイトに焦点を当てた、エンタメ作品としてのシナリオだ。


 ゲーム上で明かされる情勢については知っているが、そこに至る経緯や各陣営の思惑、関係者たちの細かい動きなどは当然に分からない。


 今回の『獣人解放同盟』についてもだ。


〝ルイ〟という魔法を使う獣人キャラが、(おぞ)ましい人体実験の被験者であるのは知っていたが、彼がどのような来歴を持つ人物なのか、ゲームに登場するまでの間、彼がどこでどう過ごしていたかなど分かるはずもない。


 まさか、自分たちが任務のついでに彼を捕らえ、あまつさえ生かしたままで『獣人解放同盟』の黒幕らに引き渡すなど……流石に想定していなかった。


「……ふん。本当に今さらだな。この先、〝原作〟では現王家の打倒を願う者らが決起するのだろう? 当然、ずっと前から動いていたことだろうさ。少なくとも、俺たちが〝原作〟がどうの、〝悪役貴族キャラ〟がどうのと騒ぎはじめる前から、着々と準備が為されていたのは間違いない。あと、その準備の中で、利害や思想の対立などにより、他陣営と揉めるのも十分にあり得る話だ」


 一方のダグラスは想定していた。各陣営がすでにそれなり以上に()()()()()()()を。


 そうでなければ、〝リナニア戦記〟の第二部などはじまらない。王家打倒の内乱を起こすとなれば、それ相応の準備が要るのは当たり前だ。衝動的な思い付きでない限り。


「では、サリーア様やバルボアナ家が、他陣営と離合したりすることも、ダグラス様は想定されていたのですか?」


「当然だ。現にサリーア陣営は、バウフマン家や『獣人解放同盟』の後援たるオスカール商会、その黒幕たる貴族家とも話を付けているはず。どういう協議があったかまでは分からんが、サリーア様は着々と〝原作〟に至る道を歩んでいるんだろうさ」


「……」


 求められる才がなかったというだけで、ダグラスとて貴族家で生まれ育った身だ。それなり以上の教育も受けてきた。


 貴族家が表立って動く際は、その裏にもナニかが潜んでいる――そんな視点や思考が染みついている。


 幼き日にカティから〝リナニア戦記〟の話を聞かされた時から、ぼんやりとではあるが、その辺りについて彼は認識していた。


「ふっ。まぁカティの中に不安があるなら、この度のヴァイス殿の護送を終え、学院に戻った時点でサリーア様の下を去るか? 俺としては別にどちらでも構わんぞ」


「……できればそうしたいですね。このままサリーア様の下で動くことに対して、どうにも〝嫌な予感〟がしてなりません」


 アイリーン・バウフマンに逃げられた時と同じだ。胸の内でモヤモヤが膨れていくばかり。カティは今の状況について、得体の知れない危機感を覚えている。


 その一方で、どこか冷静さも保っていた。


 自身がある日突然、超能力的なナニかに目覚めたなどとは思っていない。


 もしかすると、この得体の知れない危機感こそが、〝世界の修正力的なナニか〟ではないかと――カティは自身の感覚をも(いぶか)しんでいる。


 ただし、結局のところどうにもならなかったりするが……。






 ◆◆◆






 空は雲に遮られて薄暗い。


 雨粒が地を這う下々の者らを濡らす。どしゃ降りというわけではないが、用事がないなら、わざわざ出歩こうとは思わない程度には降っていた。


 もっとも、その村に外出するような村人はいない。いなくなって久しい。近隣の村と併合する形で、計画的に放棄された廃村だ。解体されないままになっている家も所々に残されているが、すでに金目の物や食料などは引き上げられている。


 そこはファルベという街から、少し街道を外れた場所に位置する元・農村であり、廃村となった後は、各地を荒らす賊が根城とするにはうってつけの場所――という()()が付与されていた。


 そう。それはただの設定。この廃村が賊の根城として使われた事実などない。


 疫病などの忌避的な理由での放棄ならともかく、計画的な移住によって廃村となった場所は、次の扱いを含めて当然領主の管理下に置かれている。賊どもが寄り着こうものなら、早急に排除されるだけだ。


 ただ、この廃村は色々と都合が良かった。


 だからこそ選ばれた。


 ヘルメイス魔導学院の遠征演習の地に。


『獣人解放同盟』の残党を始末する()()に。


「人族がッ!! オーブ(魔法)がなければなにもできない癖にィィッッ!!」


 獣人の戦士が――いや、()の残党が吼える。雨粒を弾きながら、踏み込む。


 自分たちを始末するために用意された、処刑人たる人族に向かって。


「……ッ!」


 ただ、獣人の命を乗せた踏み込みは到底届かない。


 人族の少年が後方へと引きながら、獣人に向けて、軽く手を振るようにした瞬間。


「ぐぶぅ……ッ……!!」


 吠えていた獣人の胸が貫かれる。硬く締まった土にて形作られた剣によって。


 彼の決死の踏み込みの勢いも消失し、賊の残党たる獣人は、そのまま後方へひっくり返るようにして(たお)れたのだが――彼は最後の力を振り絞り、自身の胸を貫いた土の剣を……人族の魔法に覆い被さるようにして絶命する。


 地・水・火・風の四つの属性からなる、四つの魔法剣を操る人族。


 賊の残党たる獣人たちは、それぞれが己の命を使い、処刑人の魔法を抱え込むようにして果てた。


 火の剣は、大柄な獣人を貫き、その身を焼きながらもそこに突き立ったまま。雨粒に負けず、薄暗い周囲を煌々と照らしている。


 水の剣は、小柄な獣人二人が、その首を刎ねられながらも、抑え込んだ。大量の水がその場に残されている。


 風の剣は、獣人戦士が、その身を八つ裂きにされながらも家屋に突っ込み、その残骸と共に埋もれさせた。


 そして、今、土の剣を抱え込んで斃れた獣人が一人。


 魔法さえ封じれば、魔法がなければ人族など……そんな怨念にも似た想いを胸に、獣人たちは処刑人たるオーブ使いと相対していた。


 自分たちに、もはや先などないと分かった上で、獣人らはせめて処刑人を道連れにするという仄暗い願いを共有し、粛々と実行に移す。


「……俺が先に仕掛けよう。あとは任せた」


 生き残りの獣人はもはや二人だけ。その内の一人……巨躯を誇る熊系獣人の男が、巨大な斧槍(ハルバード)を構えながら前へ出る。もう一人の生き残りにあとを託して。


「……」


 分厚い雲に覆われた曇天に加え、すでに日も沈みつつある。獣人らの命を散らす魔法の灯火だけが、廃村の広場を照らす。まるで闇に閉ざされるのを防いでいるかのように。


 その魔法を顕現させるのは処刑人。


 獣人らと相対する赤毛の少年――カイトは、しとしとと降り注ぐ雨に打たれながら、相手の動きを待っている。いっそ無防備に。


四精(エレメント)〉の魔法によって生み出された属性剣は、今や彼の手元にはない。


 にもかかわらず、彼は落ち着いており、ただただ向かって来る獣人を静かに見つめている。その瞳の海に浮かぶのは、諸々が混じり合った哀しみに似た色か。


「人族のオーブ使いよ。いざ……参る――ッ!!」


 斧槍を上段に構えたまま、獣人の男は一気に踏み込む。ぬかるみつつある地をどすどすと蹴って駆ける。その先が袋小路であるのを承知で。


「オオォォッッ!!」


 振りかぶった斧槍を、全身の筋肉を収縮させて叩き付けるようにして振り下ろす。小さき人族に向けて。


 次の瞬間。


 勢いよく斧槍を叩き付けた巨躯の獣人の姿が消えた。


 いや、正確に言えば、彼の()()()()はある。とてつもない勢いで踏み込んだだろう足が、地にめり込むようにしてその場に残っている。


「……」


 生き残ったもう一人の獣人の目には、本来であれば巨躯の獣人の影に隠れてしまうはずのカイトの姿が見える。


 彼は右手を振るった姿勢で止まっている。まるで見えない剣を左から右へと振り抜いたような姿勢だ。


 場が止まった。雨の音だけが止まない。


 だが、それなりの間を置いてから、否が応でも場は動き出す。


 どちゃりという音が響く。かなりの重量物が、雨でぬかるんだ廃村の広場に落ちた。


 それは変わり果てた巨躯の獣人の姿。断ち切られた上半身だ。


「……悪いが俺の魔法は、別に各属性ごとに一本ずつしか出せないというわけじゃない」


 静かにカイトは語る。それを語る相手は生き残った獣人なのか、それとも、先ほど斬り捨てた巨躯の獣人に向けてなのか。


 彼の手には握られていた。雨の中で特に視認しにくくなっているが、〈四精〉の魔法によって生み出された属性剣が。


 極々薄い刃を形作る水の剣が、確かにカイトの手に収まっていた。


「……ただの一振りで……くく、やはり、オーブ使いはバケモノか……オーブに、女神の恩寵に選ばれただけのくせに……ッ……!」


 最後の一人となった狼系獣人が――右腕の指先から肘辺りまでを覆う金属製の手甲をした男が、憎々しげに吐き捨てる。


「……はじめに投降しろと言ったはずだ。向かって来るなら、こちらとて容赦はできない」


「くくく……もはや俺たちに戻る場所などない……ッ……!」


 どこか自暴自棄的な匂いを醸し出しながら、獣人の男は右手に握った剣を構える。


「……もう止めろ。せめておとなしく(ばく)につけ。このまま抵抗したところで死ぬだけだ。お前らの嫌いな人族の魔法によってな」


 苦味を覚えながらも、カイトは周囲に魔法を展開する。顕現させる。


 当初は四本しか出していなかった属性剣が、今や数十本――いや、百に届くか超えるほどある。大量の魔力光によって、闇に浸蝕されつつあった廃村が一気に照らされる。


 威圧であり示威行為。〝魔導士〟としての本気――の片鱗程度を見せつける。


 やろうと思えば、カイトは問答無用で、一方的に、有無を言わさず、獣人らを蹂躙することもできたのだ。


 それをしなかったのは彼の甘さなのだが、獣人たちからすれば、それは傲慢以外の何物でもない。『お前らなどいつでも殺せる』と突き付けられただけ。


「く……くく……はは……これが……人族の……ほ、本物の魔導士の……力か……」


 最後の一人となった男――ルイには分かる。目の前の人族の男が、まだまだ本気ではないことが。


 顕現した魔法剣の一つ一つが、ルイを葬る程度は造作もない。それこそ、この人族の男一人で、小規模な街なら短時間で廃墟にしてしまえるほどの力がある。


 生半可に魔法が使えるから、オーブを扱えるからこそ、ルイにはそれが分かってしまう。


『素質だけのただのオーブ使いを〝兵士〟とするならば、リナニア王国において認められた従士は〝兵器〟と言えよう。そして、本物の上級魔導士というのは……そうだな、いわば〝人知を超えた災害〟のようなモノだ』


 かつて、自らに人族の腕を移植した、狂気に満ちた魔導研究者がそんなことを言っていたのを、ルイはふと思い出す。今になって、当時の研究者が言っていた意味を、その身を以て理解した。


「……舐めるなよ、人族が……ッ……!」


 だが、それでもルイは止まらない。止まれない。彼はここで死ぬ。目の前の魔導士に惨たらしく殺される。そういう()()を、他でもないオスカール商会に与えられ……今ここにいるのだ。


 相手が投降を呼びかけようとも、応じたところで殺されるだけのこと。だからこそ、彼は死出の手向けにと吠え猛る。牙を剥く。


「ガァァァッッッ!!」


 駆ける。踏み込む。まともに使える()()()()()を全開にして。


「なッ!?」


 それはカイトからすれば、いきなり獣人の姿が消えたに等しい。先ほどの巨躯の獣人の踏み込みとは雲泥の差。相手が魔法を使えるという予備知識は彼になかった。


「――――ォォッ!」


 声すら置き去りにする勢いでルイは駆けた。周囲に浮遊する魔法剣を避けながら。その右手に握りしめた剣を憎き人族に突き立てるために。


「くッ!!」


 だが、それだけ。ルイが一矢報いることはない。カイトの血は一滴たりとも失われない。


「ァガァッ!?」


 意表を突かれはしても、カイトとて強化の魔法くらいは纏っている。ルイの姿を捉えるくらいはできる。


 となれば、あとは向かって来る敵を討つだけ。そう思考するだけ。


 それだけで、周囲に浮かんでいた魔法剣が彼の意に感応する。敵を串刺しにする。


 まず、土の属性剣が、駆けていたルイの腹を貫いた。そして、その動きが鈍ると同時に、次は火の属性剣が彼の足を焼き斬る。


「うァッ!?」


 痛みすら知覚する間もなくルイの両足は蒸発した。勢いのままにぬかるんだ地に突っ伏す。


 終わりだ。


「あ……ぐッ!? ガッ! ゴ……ッ! ぐぶ……ッ……!」


 一本でも過剰と言える魔法剣が数本、倒れたルイをさらに縫い付ける。貫く。斬り刻む。焼く。殺す。殺した。


 魔法によって強化された感覚を以てしても、ルイは自らの死を知覚できなかっただろう。


 それはまさにあっという間のできごと。


「く、くそ……ッ! ――鎮まれ〈四精〉!」


 右手首に巻かれた金色の腕輪を咄嗟に押さえ込む。


 正面から不意を突かれたカイトの驚きに、〈四精〉が過剰に反応してしまった。


 結果として、彼が意図的な魔法の制御を取り戻した時には、すでにルイの遺体は()()()()。最終的に火の魔法剣の効力によって消失――〝燃える〟を通り超えて蒸発していた。


 その場には、属性剣によって抉られた広場が残されるだけ。


「……くッ! 一瞬とはいえ、〈四精〉の制御を失うなんて……なんたる未熟だ……ッ!」


 即座に、周囲に展開していた魔法剣を消すカイト。示威行為とはいえど、少々やり過ぎた。それを痛感させられた。


 上級オーブは、その取扱いを一つ間違えるだけで惨事を生む。暴走など以ての外。


 オーブの恩恵は人族に力をもたらしたが、その力の取り扱いを間違え、とんでもない悲劇を生んだ事例など、リナニア王国の歴史の中だけでも掃いて捨てるほどにあるのだ。


 上級魔導士の大前提は、オーブの制御を決して間違えないこと。


 カイトは己の未熟を恥じる。


 そして、魔法を一気に消失させたことにより、当然のように周囲を照らしてた魔力の灯火も消える。


 当たり前の自然現象として、処刑場として選ばれた廃村は闇の侵食を許す。


「……ん?」


 だが、彼は未熟だった故に気付くことになる。


 ほんの僅か。


 カイトの魔法が消えてから、ほんの僅かな差で()()()()が消えた。それは極々小さい灯りであり、差もないに等しいほどだった。


 カイトの魔力光に重ねるようにして、隠されていた灯り。


「――誰だ? 巧妙に気配を消しているようだが……そこにいるのは分かっている――出て来い」


 改めて一本の魔法剣――火の属性剣を顕現させるカイト。一度意識を向けてしまえば気付く。完全に捕捉した。何者かが廃村の家屋に隠れ潜んでいる。


「今すぐに出て来い。――もう警告はしないぞ?」


 ことさらにゆっくりと、顕現した火の属性剣の切っ先をそちらへと向ける。応答がなければ……という分かり易い()()


「――待て。こちらは貴公に敵対する意思はない」


 隠れ潜んでいた者も流石に観念したのか、声を発する。応答する。


「ゆっくりと出て来るんだ。下手な真似はするな」


 そう言いながら、カイトは新たに風の属性剣が顕現させる。が、それはあくまでパフォーマンスとしてだ。


 相手の言葉をそのまま信じるわけではないが、少なくとも声の主には殺気や敵意はないと判断した。


 カイトが剣を向ける家屋の扉が、ぎいぎいと軋む音を立てながらゆっくりと開いていく。


 開いた扉。そこには二つの人影が立っていた。


 旅装としての厚めのローブコートを着込んでおり、雨を避けるためなのかフードも被っているのが見て取れる。


 二つの人影は、そのどちらもがローブコートの上からでも特徴的な体型をしていた。


 一つは、すらりとした細身でありながらも、女性的な丸みも見られた。


 一つは、横幅があり、どうやら厚みもあるすんぐりとした体型だと分かる。


「――何者だ? 他にもいるのか?」


 まずは当たり障りのない問答。当然にカイトも周囲の気配を探っているが、家屋からでてきた二つの人影以外の気配を掴めていない。


「いや。ここにいるのは俺たちだけだ。先に言えば、俺たちは()()()()としてここへ遣わされていただけであり、貴公に――()()()()()に干渉する気はなかった」


 落ち着いた声色にて、フードの男は自分たちの役割を告げる。


「ッ! ……なぜ俺の名を? 見届け人というのは――ヘルメイス魔導学院の関係者か?」


 カイトの警戒度が上がる。まさか相手の口から自身の名が出て来るとは思っていなかった。


「くく。まぁ学院の関係者と言えば関係者ではあるが……この度の見届け人というのは、貴公ではなく『獣人解放同盟』の者らの始末についてだ」


 軽く笑いながらフードの男は応じる。カイトではなく、獣人たちの最期を見届けていたのだと。


「……この者たちの? どういうことだ?」


 いつの間にか雨が止んでいる。分厚く空を覆っていた雲も流れていき、薄く割れる。


 雲間からの覗く月明かりが廃村をそっと照らす。闇に溶けるようなフードの二人も。


 月明かりに撫でられると同時に、ずんぐり体型の男は、被っていたフードを後ろへと戻す。その顔を晒す。


 鋭い眼光。頬を裂くように残る剣傷の痕。薄く笑う口元は獣染みた印象を覚える。


「……?」


 どこかで見覚えのある顔。だが、カイトはまだピンと来ない。彼の中で覚えのある顔の相とは、かなり違ってしまっている。


「――ふっ。久しぶりだな、従士カイトよ。どうやら貴公は、俺なんぞよりも〈四精〉の扱いが巧みなようだ。くくく――」


 ニタリとした笑みを、凶相を浮かべる。言葉自体は本心からのものであろうと、その悪辣な笑みを前にすれば、なにかよからぬ含みがあるようにしか見えない。


 カイトも流石に思い当たる。


「ッ! ダ、ダグラス・マーヴェインかッ!? な、なぜにあなたがここに……!?」


 その者はルインダールが恩讐を向けるマーヴェイン家の者であり、敬愛するフェリシアの元・婚約者殿。


 そして、〈四精〉の元・契約者でもあり――舞台を下りた〝悪役貴族キャラ〟。


 どういうわけか、流れに流されるままに流れ、筋書きにない流れに乗ってしまった者。



 ◆◆◆

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