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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
4 隷属と反抗

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11 流れの中にいる者たち

 ◆◆◆



 リナニア王国における最高峰の魔導研究機関であり、同時に、数年を掛けて貴族子弟らの()()()を行う舞台でもある、ヘルメイス魔導学院。


 とは言え、貴族子弟のほとんどは事前の評定通りであり、ある意味では予定調和の茶番のようなもの。


 研究・教育の場でありながらも、事前の評定を覆す者というのは……良くも悪くも〝異物〟として扱われる。ヘルメイス魔導学院というより、それはリナニアの貴族社会の意向として。


 そして、突出した異物の周りには、なぜか似たような異物が集うというのも、長きヘルメイス魔導学院の歴史の中で繰り返されて来た習いなのだとか。


「フェリシア様。遠征演習についてですが……本当によろしいのでしょうか?」


 くすんだ赤毛の少年――従士カイトが、己の主に問い掛けている。


 学院の敷地内。美しく整えられた庭園を臨む、回廊の途中に設けられた東屋での一幕。


「くどいわよ、カイト。すでに学院側の意向は示された。私たちに従わぬという選択肢はないわ」


 陽光に煌めく長い金髪を風に流しながら、麗しきブランデール子爵令嬢――フェリシアが応じる。


 問答の主題は、学院より履修が義務付けられている、遠征演習についてだ。


 内容としては、貴族子弟とその従士に、国境付近の紛争地帯での警邏(けいら)や、交易路を荒らす賊退治などで実戦経験を積ませるというもの。


 ただ、実戦経験とは言いつつも、実状は〝魔法で敵を殺す〟という一連の経験を積ませるのが狙いと言われている。場合によっては、演習という名目で、罪人の処刑を学院生にさせることすらある。


「しかし……どうして俺とフェリシア様の演習地が別なのですか? この差配はあきらかにおかしいでしょう。俺はフェリシア様の従士なんですよ?」


 いつもなら、カイトは従士として(わきま)えている。主であるフェリシアの言に反論したりしないのだが……この度は違う。


 主従でありながら、遠征演習の場所が分かれたのだ。


 フェリシアには、西方交易路に出没するようになった組織的な賊についての調()()()()が与えられ、従士であるカイトには、中央から南方に掛けての交易路に出没する賊の()()()()への参加が命じられた。


「おいおい、カイト。学院を含め、リナニアの貴族社会が陰湿なのは分かってるだろ? あと、別に嫌がらせだけじゃなく、学院はお前を〝魔導士〟として扱う気のようだしな」


 主従のやり取りに横槍を入れるのは、暗めの金髪を持ち、軽薄そうな雰囲気を纏う男――ミリオス。


 まるで駄々を捏ねるように、ここで言っても仕方がない文句を垂れるカイトに、軽く苦言を呈する。


「ミリオス殿の言う通りよ、カイト。望む形ではないかも知れないけれど、あなたは学院に認められつつある――ううん、これまでの積み重ねによって、学院はカイトを無視できなくなっている。今は下手に反発するんじゃなくて、粛々と結果を積み上げ続けるべきよ。私の心配なんかをするよりもね」


「……」


 主であるフェリシアも、重ねてカイトを諭す。もはやカイトは一介の従士ではなく、周囲から上級魔導士として遇されつつある。


 今の状況は、没落したルインダール家の再興を望むカイトにとっても望ましいことだ――それが彼の本心であれば。


「……しかし、あまりにもこの〝流れ〟は早過ぎます。俺はフェリシア様にお仕えし、いずれ永年の奉公の褒美として、ブランデール家から()()にルインダールの名を頂くことを想定していました。父や祖母のように、正式なリナニア貴族としての復権など……俺は望んでいません」


 カイトは、幼い頃から一族の悲願を聞かされてきた。いや、それこそ生まれる前から、一族の怨み辛みを背負わされていたと言っても過言ではない。


 マーヴェイン家が主導する謀略に嵌められ、ルインダール家は没落した。王国貴族としての廃爵処分であり、当主や直系となる後継らは皆が毒杯を賜るという重い処分だったと言われている。


 しかしながら、廃爵ともなれば、その詳細は王国の秘匿記録にしか残されない。


 リナニアの貴族社会において、〝ルインダール〟の名は公的に消されている上、時間の経過もあって、当時を知る客観的な関係者もすでにいない。


 民衆は当然として、貴族家の者であっても、当時の詳細な情報を得る術は限られている。遠縁にあたるブランデール家にも、すでにルインダール家の痕跡は僅かにしか残されていないほど。


 そもそも、秘匿記録にしか残さないというのは、王国が調べることを禁じているに等しい。


 カイトが知るのは、ルインダール家の生き残りが語り継ぐ、呪詛に塗れた物語のみ。


 オーブの適性がそうさせたのか、当人の純然たる性質がそうだったのかは分からないが、カイトはそれなり以上に聡明だった。


 だからこそ、成長するに従い、父母をはじめとした一族の者らの語りが、必ずしも正しいわけじゃないと理解するに至る。


 廃爵ともなれば、ルインダール側にも落ち度なり後ろ暗いナニかなりがあったのだろうと。


 だとすれば、リナニア王国において、正式な貴族としての復権など叶うはずがないとも。


「カイト。確かに、かつてのルインダール家を()()するというのは現実的じゃない。でも、私の従士ではなく、一人の魔導士として軍属となり、軍の中で功績が認められれば……()()()〝ルインダール〟として爵位を賜るのは、荒唐無稽な夢物語ではないわ」


 ルインダール再興の現実的な着地点はそこだとフェリシアは語る。


「ですが、俺は貴族になりたいわけでは……一介の従士として、これからもフェリシア様にお仕えできればそれで……」


 ただ、当のカイトは煮え切らない。


 正直なところ、ルインダールの恩讐に囚われた、父や祖母のようになりたくないという思いの方が強い。また、フェリシア以外の貴族子弟との交流が増えるにつれ、貴族であることの不自由さを嫌でも知ってしまう。


四精(エレメント)〉のオーブをマーヴェインから取り返したという事実をもって、彼の中にあるルインダールの呪詛の物語は幕を閉じつつあった。


 今のカイトは、没落した一族の慰めのためではなく、敬愛するフェリシアと共に生きられるなら……という思いが強い。そこで満足してしまっている。


「ふぅ……なら言い方を変えましょう。カイト、私の従士として、私を支えるために力をつけなさい」


 煮え切らない従士に、主たるフェリシアは命ずる。力をつけろと。


「フェリシア様のために……?」


「ええ。私という個人は、どの家の誰と婚姻しようとも、〈戦乙女(ブリュンヒルド)〉と共に王家に仕える身……〈戦乙女〉を下賜(かし)された幼きあの日、私の生涯の役割は確定したのよ。もちろん、今のカイトの忠誠と献身は重々承知しているけれど、この先も私に仕えるというなら――悪いけど〝一介の従士〟ごときでは足りないのよ」


「……」


 彼女は気付いている。この先、リナニア王国が荒れることに。


 彼女は覚悟している。この先、なにがあろうとも、王家側に立ち続けなければならない自身の立場を。


 翡翠のような美しき瞳にて、フェリシアはちらりとミリオスを見やる。促す。


「そうだカイト。お前がフェリシア嬢の従士として仕えたい、仕え続けたいというなら、お前自身が力をつける必要がある。〈四精〉のオーブだけで満足している場合じゃない」


「ミリオス様……?」


 学院の庭園回廊に設けられた東屋。そこまでの広さはないが、数人が滞在しても狭さを感じさせない。少なくとも、今、ここに五つの人影があるが手狭ではない。しかし、カイトはミリオスから発せられる、奇妙な圧迫感を感じていた。


「従士にして魔導士たるカイト。〈戦乙女〉の契約者であるフェリシア嬢は、生涯を通じて王家リーンゼアルと共にある。扱いとしては、王家の近衛親衛隊と同等とも言える。そのような御令嬢を、ただの従士が支えられるとでも?」


「……」


 いつもの軽薄さは消え失せ、どこか(おごそ)かな気配を纏いつつ、ミリオスはカイトに問う。自明の理であり、はじめから答えを求めない問いだ。


「――カイト。お前も当然気付いていただろうが、これまで俺が名乗っていたビーリルという家名は偽りのものだ。リナニア王国において、ビーリル伯爵家は実在するが、()の家にミリオスという名の者はいない。あくまで書類上の処理に過ぎない」


「……ミリオス様、それは俺などに語ってよろしいのでしょうか?」


 もちろんカイトも気付いていた。ミリオスが家名通りの人物ではないことを。そもそも直属の従士を引き連れず、ふらふらと一人で行動するミリオスを、学院の誰も気にしないという時点で、彼が異質な上位者であることは明白。


 そして、学院の貴族子弟の誰もが、彼の正体を探ること自体を恐れている風だった。


 話題に出さない。彼の名を口にしない。触れ得ざる上位者。


 片方の目と耳を塞ぎ、皆がミリオスをいない者として扱っている。


「あぁ、この際だからカイトには改めて明かそう。俺の名は〝ミリオス・ロア=リーンゼアル〟。リナニア王国において、王位継承権のない秘匿された予備の王族だ」


 皮手袋をしたままではあるが、左手の平を胸の辺りに軽く掲げるミリオス。それはリナニア貴族社会で、王家の者だけに許された簡易的な礼式。


 同時に、フェリシアとミリオスの後ろに控えていた二人が、さっとその場で片膝をつくようにして(ひざまず)く。


 二拍以上の遅れを取りつつ、はっとなったカイトも、その場で跪き、慌てて頭を垂れる。


 場が一時止まった。


 庭園内を気持ちよく吹く風が、沈黙に包まれた東屋を、草木の香りとともに爽やかに抜けていく。


 風の抜けた後、秘れし王子が場の沈黙を破る。


「――ははは。律儀な面々だな。もういいさ、楽にしてくれ」


 ミリオスが纏っていた王気(おうき)とでも言えそうな、厳かな空気が霧散する。いつもの軽薄な印象が戻って来る。


 真の名を名乗ったミリオスに、一糸乱れぬ様で滑らかに跪いたフェリシアたちだったが、彼の言葉を聞き、まるで何事もなかったかのように、これまたあっさりと立ち上がる。


 今回もカイトは出遅れた。〝え?〟っという疑問符を浮かべながら、おずおずと立ち上がる。


 主たるフェリシアを見れば、いつも通りでどうということもない顔。流石にカイトも少々の混乱を覚えてしまう。


「え……っと……ミ、ミリオス様は……いえ、ここは殿下とお呼びするべきでしょうか?」


「はは。いつも通りで構わない。むしろ、人前で殿下などと呼ばないでくれ。学院には分かってるやつも多いが、一応、俺の存在は秘匿されている(てい)になってるからな」


「は、はい、承知いたしました、ミリオス様」


 軽く笑い飛ばすミリオス。カイト以外はすでにいつも通りだ。


「……カイト。私は生涯を王家に仕えると言ったけれど、実務的には、おそらくミリオス様のお(そば)に仕えることになる。継承権のない秘匿された王族の御方は、代々が戦場に立つのがリーンゼアル王家の習わしよ」


「戦場に……立つ?」


「ええ。そして、その戦場というのは、決して表立った舞台だけとは限らない」


 フェリシアは語る。己の運命を。ミリオスの征く道を。それは〝リナニア戦記〟においてのシナリオ(正道)だ。


「カイト。俺はお前のことも買っている。もっと力をつけるんだ。そうでなければ、この先のリナニアの混迷を乗り切れないぞ?」


 軽薄な気配を取り戻しながらも、ミリオスの語る言葉はその口調とは裏腹に重い。


「この先に待つ、リナニアの混迷とは……?」


 カイトも薄々は感じていた。学院の中での噂話や実際の被害状況などで、リナニア王国内の各地で治安の乱れが発生している。直近では、バウフマン領での変事が最たるものだ。


「――すでにリナニアという器は(いびつ)に軋み、悲鳴を上げている。それを見て見ぬ振りをしてきたのは、他でもない王家リーンゼアルだ。(はなは)だ不本意ではあるが、俺は王族の末端として、リーンゼアルの欺瞞と怠慢の責を取らねばならない。――ま、運悪くそういう時代に王族として生まれてしまったわけだな」


「……」


 カイトの疑問に直接応じないまま、ミリオスは語る。


 これは〝リナニア戦記〟の主人公にとっての一つの転機となるイベント。


 もう一介の従士ではいられないと自覚する場面。


 彼ら彼女らは、()調()に流れに飲まれつつある。



 ◆◆◆

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