9 魔法を持つ者同士の差
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場面は変わる。
富裕層の多いオーセルの街の北区。そこに似つかわしくない連中が、ぞろぞろと広い路地を行く。二人掛かりで、中に人が入っているだろう麻袋を運んでもいる。
あきらかに不審な集団ではあるが、オーセルの北区では特に問題にはならない。
暗黙の了解だ。
火の粉が飛んで来ない限り我関せず。他家の問題に首を突っ込んだりしない。治安維持の警邏隊についても、往来で騒いだりしない限り――邸宅の敷地内で騒ぎが起ころうとも、早急に駆け付けたりしない。
「ルイ、直接オスカール商会に接触して本当に大丈夫なのか?」
早足程度に抑えながら行く中で、一人の獣人が問い掛ける。
「はん、大丈夫なわけないだろうが。だが、屋敷に襲撃を掛けられた以上、すでに俺たちの背景も知られているはず。元々このヴァイスの身柄を求めたのはオスカールの連中だ。後は連中たちで勝手にしろってところだ」
ルイとて分かっている。すでに『獣人解放同盟』の後援者たちの素性もバレていると。
もやは『不必要に接触しない』という事前の取り決めを律儀に守る必要もない。また、すでに〝敵に捕捉されている〟のにも気付いている。
その上で、追手も北区で揉め事を起こしたくはないはずだと想定した。いきなり襲撃を仕掛けてくることはないと。
もちろん、ただの追い掛けっこで済むなどとは思っていない。
「――警戒しておけ。おそらく、中央区の裏路地に入った時点で仕掛けてくるはずだ」
「あぁ」
「分かってるさ」
流石に北区以外では、怪しげな荷物を運んでいるとなれば目立つため、人目を避けて動く必要がある。
領都オーセルであっても、北区以外では路地まで綺麗に整備されているわけでもない。スラム地区ほどではないにしろ、街中の裏路地となれば、後ろ暗い輩がたむろする一種の無法地帯だ。余所者にとっては特に。
追手が仕掛けて来るならそこ。
ルイはそう考えていた。
「ッ!?」
人通りが極端に少ない北区の路地、ルイたちの前方にぽつんと人影が現れる。
あきらかに棒状の得物を構えているシルエット。
「くそ! ここでかッ!?」
「ルイ! ど、どうする!?」
人族を嫌悪しながらも、人族の街のルールに従い、人族と同じような思考で逃げようとした自由なる獣ども。あっけなく意表を突かれる。
「狼狽えるなッ! 後ろも警戒しろ! 相手は見えてるやつだけじゃないはずだッ!!」
いかに上役から用意された立場とはいえ、『獣人解放同盟』の一部隊を切り盛りしてきたルイは、用兵についても実地でそれなりに学んできた。不意を突かれても、基本を疎かにしない姿勢は、ある意味では立派と言える。
あくまで『素人の割にはよく頑張ったね』という類でしかないが。
「ぐァッ!?」
「あぐ……ッ!?」
荷物を抱えていた二人が、突如として崩れ落ちる。そして、襲撃を受けたと認識した時点で、すでに荷物は彼らの手元にはない。
「なんだとッ!?」
振り向いたルイが見たのは、麻袋を担いだ人影。しかも、すでに少し距離がある。
あっさりとヴァイスを奪われてしまう。
仕掛けとしては目新しくもない。前方に現れた者が注意を引き、その間に別の者が、目的の物を奪還するという――ありきたりな手法。
警戒する獣人たちを、単にごり押しですり抜けた。気付かれる前に終わらせただけ。
結局はランガと同じであり、ようするにどこかで舐めていたのだ。生粋のオーブ使いがどのような連中であるのかを、彼らは知らぬまま、今まで運良くやって来れただけ。
「――えー……我々の任務はヴァイスの身柄を保護することです。それが為された今、特に貴公らと争う必要はこちらにはありません。ここはおとなしく引いてもらえませんか?」
囮として先に姿を見せていたカティが、ルイたちに発する。襲撃を仕掛けておきながら、えらく身勝手な言い分ではあったが。
「くッ! な、舐めやがってッ!」
「ル、ルイ! どうする!? どっちに仕掛ける!?」
浮足立つ小集団。ルイを含めて七名いたが、その内の二名はすでに意識を失い倒れている。
ランガほどではないにしろ、ルイと共に行動する彼ら彼女らは、獣人の中では強兵であるのは間違いない。間違いないのだが……。
「おごォ……ッ!?」
突如として、一人の獣人の腹に短槍の柄がめり込む。
「――『やる』というなら、致し方ありません」
これまた単純な動き。獣人たちが『引かない』という意を示した瞬間、カティは間隙を縫って一気に駆け、思い切り踏み込んでの突きを放つ。棒立ちで隙だらけの獣人に。
「なッ!?」
「こ、こいつッ!!」
乱戦となれば、先に仕掛けた方が優位。それが不意を突く奇襲であればなおのこと。
「ふッ!!」
短槍が舞い踊る。
「あがッ!?」
右へ。しなりながら獣人の側頭部を打つ。
「……ッ!?」
左へ。得物を抜こうとした相手の手首を打ち据える。
「痛えぇッ!!」
下へ。小さく円を描くように槍は止まらず、次はすくうように膝を打ち、向かって来ようとした獣人の挙動を制する。
「く、くそがァァッッ!!」
手勢が倒れ伏していく中、どうしようもなく遅れながらも、ルイは腰の剣を抜き放ち、眼前に迫る短槍を弾く。
だが、カティの操る槍はそれすらも想定内であり、弾かれた勢いを円の動きで吸収し、そのまま追撃へと移行する。
「くッ!! このッ!!」
押されながらも、がきりがつりと鈍い音を立て、ルイは短槍の追撃を捌いて見せる。
しかしながら、彼も当たり前に気付いている。この短槍使いの人族の女が手を抜いているというのは。
倒れ伏した他の者たちにしても、あきらかに手加減されていた。骨の一本や二本は折れているかも知れないが、皆、命に別状はない程度。槍の刃先で攻撃を受けた者はいない。
そもそも、はじめから殺す気ならば、ヴァイスを奪った最初の襲撃でルイたちは終わっていた。
「(くそがァァッッ!! せいぜい余裕ぶってろ! 目にもの見せてやるッ!!)」
体勢を崩されながらも、ルイには反撃の当てがあった。彼には辛うじて敵のオーブ使いの動きが見えていた。魔法によって強化された者の動きが。
静かに、密やかに起動する。指先から肘までを覆う金属製の手甲。その下にある右腕が、魔力を練りはじめる。
演舞のように繰り出される槍を受けながら、ルイは反撃に転じる隙を窺う。
一方のカティは特に変わらない。ごくごく平静に、獣人相手に手加減をしたままに攻めを続ける。
いかにサリーア・バルボアナの後ろ盾があるとはいえ、街の往来で人死にを出すのは、流石に憚られるというところ。後々の処理が面倒になるのを見越し、なるべく寝てもらうだけで済ませたい。
その上で、敵に切り札があるのも〝知っている〟。
ちらりと視線を向ければ、すでにウィルがヴァイスの拘束を解いていおり、伝令代わりのジュリアの〈猟犬〉も、尻尾を振りながらお座りの体勢で待っている。
「(さて……いつまでも〝遊んでいる〟わけにもいきませんね……ふッ!)」
仕留めにいくための大振りな一撃。まるで鞭のようにしなった槍の柄が、ルイの左脇腹を叩く。
「ぅが……ッ!!」
剣で弾くことが叶わず、辛うじて防御姿勢を取るのがせいぜいとなったルイ。
自ら右方向へ跳びながらダメージの軽減を図るが、今の一撃により、肺の中の空気を一気に吐き出さざるを得ない。
呼吸が乱れる。次の動きに移ろうにも、遅れが生じてしまう。
決定的な場面だ。
槍を大振りに回転させ、仕留めに掛かったカティの挙動を確認し、対するルイは密かにほくそ笑む。
「(ぐぅぅ……くく、来やがれッ! 魔法を使うのが人族だけだと思うなよッ!!)」
すでに準備はできていた。後は、意気揚々と相手が仕留めに来た時に、すべてをひっくり返すだけ。強化の魔法で底上げされた、獣人の身体能力によって。
他の者たちと違い、ルイはオーブ使いとの戦闘経験がある。
土壇場まで切り札を伏せるやり方で、これまで生き延びて来たという自負もある。
今、まさにカティが、擬態したルイに向けて短槍を振り下ろす――が、その槍は虚しく空を裂くだけ。
瞬間的な強化により、ルイは易々とカティの強撃を躱して見せた。
これまでとはまるで別物の動き。
カティからすれば、その挙動は驚異であり、瞬間的に敵が眼前から消え失せたと錯覚するほど。
「(……ぐ……ッ! 死ねェェッッ!! 人族がッ!!)」
軋む身体を庇いながらも、魔法によって強化された身体能力を活かし、ルイは背後からカティに剣を突き立てる。
相手はこちらの動きを追うことすらできず、呆気なく背中を突かれ、間抜け面を晒しながら死ぬ。
それは確定した未来だった――ルイの中では。
「ぉご……ォッ!?」
が、現実に彼が感じたのは、焼けるような喉の痛みと奇妙な浮遊感。
短槍の柄が、ルイの喉を中心に思い切り首を打ち付け、吹き飛ばされたというのが事実。
「――ふぅ……えらく勿体ぶっていた割には、そこまででもない一手でしたね」
カティは知っていた。右腕に手甲を着けた〝ルイ〟という名の獣人が魔法を使うことを。〝原作〟ではそうだった。
知っていればなんのこともない。
はじめから対オーブ使いを想定して戦うだけ。しかも、瞬間的な強化で不意を突くというのは、それなり以上のオーブ使いからすれば、基礎中の基礎とも言える戦法だ。相手の挙動の変化に合わせて対処するまでの話。
いかに視界から消えるほどの挙動であろうと、それを想定していたカティは、しっかりと敵の気配を掴んだままだった。当然、反撃の一手を繰り出す。
ルイは知らなかった。これまでの実戦経験が特に役に立たないモノだったと。
〝魔法を扱える獣人〟という稀少性はともかく、いざ実戦ともなれば、訓練を受けたリナニアの従士からすれば、『だからどうした』という程度の相手でしかない残酷な事実を。
混乱のままに打たれたルイは吹き飛び、そのままの勢いで路地を転がりながら意識を手放したようで、今は倒れ伏してピクリともしない。
先のカティの一撃は、魔法による強化がなければ首の骨が砕けていたほどのモノ。まだ息があるだけマシというべきか。
「ようカティ。アレが魔法を使う獣人ってやつか。タネが割れてたからよかったが、乱戦の中だと意表を突かれていたかもな」
荷物扱いだったヴァイスを解放したウィルが、一仕事が終わったとばかりに、カティの下へとやってくる。軽く口にしてはいるが、彼の魔法を使う獣人への警戒は強い。
ルイと同じような金属製の手甲を着けた、ヴァイスへの警戒がある。
「ええ。ダグラス様であれば、嬉々として斬り結んだしょうけど……あの獣人の魔法による強化は侮れませんでした。こうして出鼻を挫かなければ、一対一では私の方が不利だったと思います」
冷静に評価するカティ。今回の結果は、『獣人が魔法を使う』というのを事前に把握していたことが大きい。備えていたカティが勝ったが、長引けばどうなっていたことやら――というところ。
「……あんたらは何者だ? なぜルイが魔法を使うことを知っていた? この――〝腕の秘密〟まで知っているのか……?」
そう口にしながら、手甲に覆われた左腕をさするヴァイス。彼には疑問しかない。目の前にいる二人は、ルイのことを『魔法を使う獣人』だと看破していたと話をしている。同じ被験者である自分についても、知られているのではと考えるのは当然のこと。
「――その辺りは説明が少し面倒ですね。ともかく、私たちはサリーア・バルボアナ様の私兵部隊です。行方知れずとなっていた貴殿を捜索するようにと命令を受け、こうしてここにいます。まずは、他の隊員と合流を果たしたいのですが、ヴァイス殿はよろしいですか?」
一先ず、カティは棚上げする。魔法を使う獣人云々は置いておき、隊として受けた命令についてを前に出す。
「あ、あぁ。バルボアナのお嬢様については俺も承知しているし、そちらの指示には従うさ。まさか、わざわざ俺なんかの捜索のために部隊を出すとは思わなかったが……あ、すまないが、生きてるならルイは連れて行きたい。やつの存在自体が、諸々の証拠でもあるからな」
保護対象であるヴァイスから出た要望。カティとウィルが軽く目配せをして、さてどうしたものか……と、思い悩む直前。
『あぁ、どうせなら連れて来てもらおうか。魔法を使える獣人というのは、非道な魔導実験の被験者なんだろ? その辺りの情報はサリーア様の役に立つかも知れん』
ウィルの足元でお座りをしている黒い仔犬から、野太い声が発せられる。ヴァイスの要望に応じたのは、ジュリアの〈猟犬〉を介したダグラス。
「――悪趣味ですね。か弱き乙女の命懸けの戦いを覗き見するなど……」
『ぐっ……相変わらず図々しいな。誰がか弱き乙女だ。誰が。それに、さっきの戦いのどこが命懸けなんだか……まぁいい。とにかく、北区の警邏隊もいつまで見て見ぬフリをしてくれるか分からん。さっさとと引き上げるぞ』
「「了解」」
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