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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
4 隷属と反抗

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8 魔法を持つ者と持たざる者との差

 ◆◆◆



 真正面からの馬鹿正直なカチコミ(陽動)により、騒然となった邸宅内ではあったが、当のダグラスは、未だに玄関ホールにいた。


 放り投げた大剣を拾った上で、風通しのよくなった玄関を背に仁王立ちで待ち構えている。敵の繰り出す次の一手を。


「(――足止めと撤収の二手に別れるか。セオリー通りではあるが、混乱の中で基本の動きができるというのは、それだけで部類として上等だな。練度は低いが、指揮官の統率力はそれなり以上か……)」


 邸宅内を慌ただしく動く気配を感じながら、敵側が二手に別れて動くのを、ぼんやりと察知する。


 ジュリアが〈猟犬〉を通じて観察していた内容と、直接一当たりして得た現場の情報により、相手の脅威度はそこまでではないとダグラスは評価していた。


 事実として、二、三人を斬り捨てた時点で敵の戦意は萎んだ。戦列は瓦解し、個別の抵抗も一人だけという有様。


 その一人である透明化の魔法を使った獣人にしても、リナニアの従士と遜色ない練度ではあったが、それでも〝特別な強兵〟というほどではなかった。白兵戦に特化したダグラスからすれば、少々相性が悪かったという程度。


 状況が動いたにしても、彼は撤収する側の敵を追わない。そちらはカティとウィル、ひいてはジュリアの役割であり、陽動であるダグラスは、足止めとして残った敵をそのまま引き付けるだけ。


 混乱のままに散り散りになった先の者らとは違い、整然と、ゆっくりと、玄関ホールの奥にある、大階段を降りて来る者たちがいる。


 一際(ひときわ)目を引くのは、人族の平均を大幅に超えた大柄な獣人戦士。


 二階と一階の間。大階段の踊り場から、玄関ホールに立つダグラスを見下ろす。距離を置いて相対する。


「――人族の兵よ。一応そちらの目的を聞いておこうか」


 告げる。問う。大柄な獣人戦士――ランガが。


「ふむ。こちらの目的は、貴公らが攫った〝ヴァイス〟だ。俺()()は、ヴァイスの身柄を確保しろと命じられて動いている。素直に引き渡してくれればありがたいんだが?」


 大剣を携えた仁王立ちのまま、ダグラスは素直に応じる。目的を語る。この問答が、ただの茶番であるのを承知の上で。


「残念だが、こちらとて命じられてヴァイスの身柄を確保したまで。俺の一存で『はいどうぞ』というわけにはいかない」


 否の回答。ランガは重厚感のある斧槍(ふそう)(ハルバード)を手に、ゆったりとした動きで階段を下りていく。ただ一人で。


「せめて、俺が足止めをさせてもらう」


 それはまるで決闘のごとく。


 彼に付き従う兵たちは、踊り場や階段に待機したまま。表立って手出しをするつもりのない様子を見せているが……前方の兵を遮蔽物とし、後列で機弓を構える兵がちらほらと控えていたりする。


「(ほぅ。俺が陽動なのを理解した上で、捨て石になる覚悟か……くく、個人的には嫌いじゃない)」


 お互いが本命でないのを理解した上で、血に塗れた茶番に興じる。静かに、敵兵が下りて来るのを待つダグラス。


 一歩一歩がずしりと響きそうなほどのランガ。


 改めて、地の高さを同じくすると、その体格の違いが目立つ。


 ダグラスは上背がない分、厚みによる重厚感を醸し出しているが、対する熊系獣人のランガは、上背も厚みもダグラスの二回り以上は上。


 体格という点においては、人族を優に凌駕している。


 そもそも、牙も角もなく、柔い肌しか持たぬ人族など、そこそこの大きさがある野生の獣にも、肉体的には劣っている。


 獣の系譜を身に宿しながら、人族と同等の知恵すら得た獣人(ロルカン)という種が、人族よりも優れた身体的資質を持つのは紛れもない事実だ。


「さて……ではさっそくだが、()()()の時間稼ぎをはじめるか?」


 だが、そんな見上げるほどの巨躯であるランガを前にしても、ダグラスが特に思うことはない。見るからに重量がある大剣〈無銘(ナナシ)〉を、ごく自然に軽々と振り回し、右肩に担ぐようにして構える。


 一方のランガも、いかにも重量がありそうな斧槍を、まずは槍のように扱う。中段の高さで、刃先を敵に向けて水平に構える。


「……」


 どちらかと言えば、相手に対して圧を感じているのはランガの方だ。


 魔導宝珠(オーブ)は、魔法という存在は、肉体的な優劣などあっさりと覆して見せる。〝オーブ使い〟はそれほどまでに隔絶した存在。


 ランガは、倒れ伏し、首があらぬ方向に曲がってしまった同胞()をちらりと見やる。


「――やはり、()()の術者には通じなかったのか……」


 ぼそりと呟く。それは、目の前にいるただ一人のオーブ使いに、玄関ホールの部隊は呆気なく瓦解させられたという無常感を含んでいた。


「ん? あぁ、そうだ。ちょっとした疑問なんだが……魔法を使える獣人というのは、それなりにいるんだろうか?」


 ランガの視線と呟きを察し、臨戦態勢のままでありながらも、ダグラスは軽く聞いてみる。まるで、道端であった知人と世間話をするかのように。


「……いや。我らロルカンは魔法を使うことはできん。女神の恩寵たるオーブと契約する資格がない。――己を(さか)しいと信じてやまない愚かな人族が、女神を試すような真似をしない限りはな……ッ!」


 ランガの視線がより険しくなる。斧槍の柄を持つ手がぎりりと軋む。


 魔法を使うことができる、オーブと契約ができる獣人というのは、本来ではあり得ない存在。だが、ランガはそんな存在が確かにいるのを知っている。すでに骸と化した友もそうだった。


 愚かな人族。女神を試すような真似。


「――そうか。()()は人族の愚かしい探求の結果というわけか」


 少々の後悔。軽く聞く話ではなかった。


 詳細は分からずとも、ダグラスには察するものがあった。知識として知っているから。人族の魔導研究の邪悪さを。リナニア貴族の魔導への渇望を。強欲で貪欲な、その度し難き醜悪さを。


 魔導大国などと大言を吐くリナニア王国だ。今でこそ表立っては禁忌とされる研究も多いが、つまるところ、それらはすべて、過去に探求されていたという証左に他ならない。


 獣人がオーブ契約を果たすためにはどうすればよいか? 


 そのような魔導研究があったとしても、ダグラスからすればなんら不思議には思わない。非人道的で凄惨な人体実験があったのも容易に想像がつく。


「ッ! ……我らとして手にできるなら望むッ! オーブがあれば! 魔法が扱えればッ! 人族などに屈することもなかったのだッ!!」


 激昂。怒りがたぎる。


 すんなりと理解を示し、追求を止めたダグラスの〝行儀の良さ〟は、ランガには逆効果だった。


 思いの外に刺さる。刺さってしまう。


 詳細を聞かずとも察する。人族からすれば思い当たるふしがある……特に物珍しくない話、あり触れた話なのだとランガは知ってしまった。


 つい先ほどまでとは違う。


 彼は命を棄てた一騎打ちにて、時間稼ぎに徹するつもりだった。ルイの方にも追手が掛かるのは承知の上で、それでも、少しでもルイたちに回る人員を減らすためにと……覚悟していた。


「……ッ!!」


 個人的に恨みがあるわけでもない。相手とて、上から命じられた兵に過ぎないのも理解はしている。


 それでも、ランガは憤る。倒れ伏した金属製の脚絆を装着した同胞――ダインの受けた、非道なる人体実験の果てを思う。


「ふぅ……気軽に聞かなければよかったな」


 膨れ上がるランガの殺気を前に、改めて、多少の後悔を口にするダグラス。


 お互いに割り切った兵と兵との戦いから、虐げる側(人族)虐げられる側(獣人)との戦いへと移行してしまった。どろどろとした憎しみが介入してくる。


「オォォォッッ!!」


 裂帛の気合いと共にランガが踏み込む。


 突き出された伸びのある斧槍を、ダグラスは冷静に見切る。彼には見えている。斧槍が。ランガの動きが。


「オォッ! フンッ! ガァァ!」


 止まらない。見切られ、僅かな動きで躱されようとも、ランガは巧みに斧槍を操り、流れるような連撃を見舞う。


 突く。払う。斬る。振り下ろす。斬り上げる。柄で打突する。蹴る。突く。突く。突く。


 唸りを上げて斧槍が舞い踊る。粗削りではあるが、その体捌きを含め、確かな技術のある連撃。


「……」


 ただ、通じない。


 躱わす、躱わす、躱わす。


 守勢に回ったダグラスだが、繰り出される豪風のような連撃を、至近距離で躱し続ける。〝オーク〟のような野卑な見た目に反し、その動きは流麗で舞うかのよう。まるで教練のごとくだ。


「グッ! 舐めるなァァッッ!!」


 実力差を目の当たりにしても、ランガの気勢は削がれない。


 床を思い切り蹴り上げ、憎き人族に向けて床材を撒き散らす。


「むぅッ!」


 行儀の良くない、大味な一手に出たランガ。


 必要性は薄いと頭で理解していたダグラスも、飛散する破片を前に咄嗟に片腕で目の周りを庇ってしまう。防ぐ。淀みなく流れていた動きに僅かな停滞が生じる。


 精微な動きで躱し続けていたツケがここに出た。


「オラァァッッ!!!」


 ここぞとばかりに、ここしかないとばかりに、ランガは吠え猛る。しなりの利く全身の筋肉を弾ませ、一気に踏み込む。


 大きく振りかぶった斧槍を、憎き憎き、小さく醜い人族に振り下ろす。


「ふんッ!!」


 まるで稲妻が落ちたかのような、激しい衝突音が響き渡る。


「グゥッ!?」


 哀しいかな、それでもランガの一念は通らない。


 彼の放つ渾身の一撃は、小さき人族が振るった大剣によって阻まれる。弾かれる。


 斧槍の斧部分の刃先はひしゃげ、思わず後ろ向きにたたらを踏むように、大きく態勢を崩すランガ。


 素の身体能力は、紛れもなくランガの方が上だ。しかしながら、オーブの契約が、魔法という不可思議な恩寵がもたらすのは、身体能力を圧倒する残酷なまでの差。


「嘘だろ……ッ!?」


「ば、化け物か……」


「ラ、ランガの一撃を……いとも容易く……」


 周囲で見守っていた獣人たちからも、畏怖と驚嘆が漏れる。彼らは詳しく知らなかったのだ。〝オーブ使い〟という存在の真価を。その者らと正面から戦うということを。


「……もう止めておけ。一介の兵として戦うなら相手になるが、人族への憎悪が高じての()()に付き合う趣味はない。乱戦ならいざ知らず、このような決闘方式では、貴公が憎しみと命を乗せた()()じゃ俺には届かない。戦いを生業(なりわい)とする人族を舐め過ぎだ」


 (たかぶ)りもなく、淡々と諭すように語るダグラス。相手を逆撫でするのを承知の上で。


 獣人族の強兵と斬り結ぶのを、技を競うという意味で楽しみにしていたのだが、やり取りの中で醒めてしまった。


 憎悪という不純物に介入されてしまった。


 獣人らにとっては切っても切り離せない種族への差別、人族への怨みではあるが、身勝手ながらも、この度のダグラスは純粋な〝戦い〟こそを所望していた。


 ランガからすれば、それは侮辱以外の何物でもないが……結果がすべて。それほどまでに、オーブ使いと非オーブ使いには差があった。


「ウゥ……ぐ、く、くそ……ッ!」


 ひしゃげた斧槍を再び構え……ようとするが、ぐわらんと音が響く。斧槍が、床に引っ張られるかのように落ちた。


 先の渾身の一撃を凌がれ、すでにランガの両の腕には力が入らない。痺れてしまい、得物を掴み損ねた。まともに保持することもできない。


 言うことを聞かない己の手を呆然と見やりながら、ランガはふらふらとさらに後退し、そのままどすんと尻餅をつく。


 戦意が、心が折れてしまった。


「……ふぅ。俺は行く。後は仲間がヴァイスを確保するのを待つさ。別に『獣人解放同盟』の活動にごちゃごちゃと意見する気はないが……黒幕を含め、もはや人族同士の争いになっている。貴公らも身の振り方を考えた方がいいぞ?」


 ダグラスはそう言い残して踵を返す。風通しのよくなった正面玄関から、どすどすと出て行く。


 機弓でその背に狙いを定める者たちもいたが……呟くようにランガが制する。


「……い、いい、もういい。終わりだ……ロルカンでは……オーブ使いに勝てない……」


 その力のない言葉が、燻っていた殺意の火を完全に消した。


 獣人の中では紛れもない強者であるランガが、なにもできなかった。まるで通用しなかった。


 後ろで様子を窺っていた獣人たちも、思わず気が抜けてしまう。無力感が蔓延する。


 終わってしまえば呆気ないもの。ランガの胸には、どうしようもない虚しさだけが募る。


 何度となく、人族の商隊を襲撃しては、奴隷となったロルカンたちを解放してきた。人族の護衛を斬り捨ててきた。負けはしなかった。


 その事実を胸に抱き、ランガは『人族と戦える』と考えていた。


 とんだ勘違いだった。


 所詮はお膳立てされた場で、非オーブ使いを相手にいきがっていただけ。


「(……すまんな。なんの慰めにもならんだろうが――『オーブ』というのは、人族にとっても〝恩寵〟ではなく〝呪い〟のようなもの。囚われているという意味では、俺たちとて同じだ)」


 立ち上がれない獣人戦士の気配を背に感じながら、言い訳めいた言葉を内心で吐露するダグラス。


 手入れのされていない庭園を歩く彼のもとに、ジュリアの〈猟犬〉が、尻尾を振り振り駆けて来る。


 縛り上げられたロルカンの子を咥えて。


「お。ちゃんと助け出してくれたか」


 どさくさ紛れに、ジュリアは邸宅に放置されていたギリアムを救出していた。


 もちろん、裏手から逃げ出した連中についても捕捉している。


 ヴァイス奪還(任務完了)は近い。



 ◆◆◆

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