7 魔法を使う者
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カティには前世の記憶が、前世でプレイした〝リナニア戦記〟というSRPGの記憶がある。
リナニア王国の王位継承を巡っての陰謀や内乱、他国との戦争などを描いたシナリオだった。
基本的にリナニアは人族の国ではあるが、人族以外にもファンタジー系では定番のエルフやドワーフ、ドラゴン、ゴブリンにオーク、アンデッドや死霊などなどの種族もいた。
獣人族という存在もだ。
人族には魔導宝珠という、魔法を使えるようになる不思議アイテムと契約を交わすことができるが、獣人はオーブを扱えない。魔法を使えない。
超人的な身体能力は有しているが、魔法を扱う人族には敵わない。
〝リナニア戦記〟のシナリオでは、奴隷として扱われる獣人、人族社会で生きざるを得ない獣人たちの悲哀が少々描かれていたが、あくまでエンタメのゲーム。
種族による差別については、あくまで世界観の一つとして示され、明確な解を出さずにさらりと流されていた。この世界ではそれが当たり前だという形で。
『獣人解放同盟』という敵組織にしても、メインシナリオで関わる敵キャラは少なかった。
「(〝原作〟にヴァイスなんて獣人キャラは出て来なかった。だけど、腕に手甲を装着した獣人の〝ルイ〟はいた。ネームドだけど、そこまで強いキャラじゃなかったはず)」
尻尾を振り振りしながら駆け寄って来た黒犬を通じて、カティとウィルは役割や場の状況を共有したのだが、カティには少々引っ掛かるものがあった。
場のリーダーと思しき〝ルイ〟という名の獣人。彼は〝原作〟に登場するキャラだ。
第一部である学院編の後半。主人公カイトは遠征演習として、『獣人解放同盟』の掃討作戦に駆り出されるのだが……待ち伏せを仕掛けた廃村にて、追い詰められた〝ルイ〟たち獣人部隊と戦闘になるというもの。
「ウィル。戦闘となった際、手甲を着けた獣人には注意を。おそらく、その獣人は魔法を使います」
〝原作〟ではそうだった。悍ましくも悲しき背景のある特殊な獣人個体。詳細は語らぬとも、カティは即席相棒のウィルに注意を促す。
「んぁ? 獣人が魔法を?」
「ええ。その可能性があります」
「そうか。腕前は?」
ウィルは疑わない。常識に反する内容ではあるが、彼はあるがままに受け入れる。
「並みの従士くらい。ジュリアが基準なら明確に劣ります。ただ、獣人は素の身体能力が高いから、強化系の魔法を使われると脅威になり得るかと」
カティは淡々と〝原作〟でのキャラ性能の傾向を語る。
「了解だ。若様への注意喚起は?」
「いえ、正面から乗り込むダグラス様は、知らない方が自然な反応が出るでしょう。白兵戦であれば、不意打ちごときで死にはしない……はず」
あえて陽動であるダグラスには知らせない。バールライラでの実戦を経た〝オーク〟を思えば、そこまでの危機はないとカティは見立てた。
「なるほどな。どうせならその魔法を使う獣人とやらは、若様に釣られて出て行って欲しいもんだ」
不可解な事象を前に出されても、ウィルは目先の危険を減らすことを願うのみ。戦場で余計な疑念を抱けば、動きと判断が鈍ると身に沁みて理解している。
「それを言うなら、皆が救助対象を放り出して、ダグラス様の撃退に注力して欲しいものです」
「まったくだな」
カティも軽く乗り掛かる。もちろん二人とも、流石に相手がそこまで間抜けな集団だと期待はしていない。
短槍を具現化して構えるカティに、同じく、オーブたる双剣〈祈る預言者〉をだらりと構えるウィル。
突入の合図は足元の小さな黒犬に任せ、周囲を警戒しながら待機している。
◆◆◆
カチコミ。
陽動としてなら、確かにダグラスは申し分なかった。
なにしろ、大剣を抱えた、ずんぐり体型の武装した兵が、手入れのされていない庭園をのしのしと歩いてくるのだ。閉ざされた鉄製の外門を、大剣でこともなげに叩き斬った上で。
〝誰も住んでいませんよ〟という体の屋敷ではあるが、中にいるルイたちは、当然のように外からの来訪者には警戒していた。
迷いのない足取りで正面玄関に向かってる男を見て、〝敵〟だと認識するのも当然のこと。
「……静かに。諦めて立ち去るならよし。踏み込んで来るなら撃て」
「承知した」
玄関ホールにて、息を潜めながら、扉に向けて機弓を構える数人の獣人たち。
正面玄関の扉はもちろん固く閉ざされている。扉を前に立ち去るなら……と考えていたようだが、見当外れだ。
玄関ホールで警護の指揮を執っていた獣人の女はミスを犯した。
庭園を歩くダグラスを問答無用で射殺すくらいで丁度よかった。わざわざ引きつける必要などなかったのだ。
次の瞬間。
構えていた獣人たちが目にしたのは、轟音と共にひしゃげた玄関扉が向かって来る様子。
「ぅッ!? う、撃てェッ!!」
遅い。
強化済みの全力で体当たりをしたダグラスは、そのまま扉と共に転がりながら玄関ホールへと侵入を果たした。
即座に立ち上がりながら、機弓を構える獣人たちを、飛翔する矢そのものすら視認している。
「ぁがッ!?」
「おご……ッ」
矢を躱しながらの大剣の一振りで、機弓を構えていた二人の獣人がモノへと変じる。
もちろん、ダグラスは止まらない。
「う、撃てッ! 逃がすな!」
「うわぁッ!?」
二射目の矢をつがえる前に、敵の大剣が迫る。
為す術もなく、ただ一人の敵に翻弄される獣人たち。
「あ……こ、このッ!!」
迫り来る敵を目前に、指揮を執っていた獣人の女は咄嗟に腰の剣を抜こうとするが……これまた遅い。
「ごぶ……ッ!?」
引き抜こうとした剣ごと、振り抜かれた大剣の餌食に。まるで現実味がないほど呆気なく、その身が二つに寸断される。
「ひッ!?」
「ユ、ユレアがッ!?」
玄関ホールで〝敵〟を待ち構えていた獣人たちは崩れた。持ち場を離れ、敵に背を向けて散り散りに逃げ出す有様。
「(――ジュリアの情報通り、獣人たちは数も練度もそこまでじゃない。だが……)」
ダグラスは逃げる敵までは追わない。陽動という役割もあるが……それ以上に、首筋にひりりとした危険な気配を察知する。
「ふッ!」
本能のままに、背後に向けて大剣を振り抜く。手応えはなく、大剣は誰もいない空間を切り裂くのみ。
しかしながら、その判断が一瞬遅ければ致命的だった。
大剣の間合いの僅かに外。
空間が微かに揺らぐ。透明な人型のナニかがそこにいる。
「(――躱されたか。気配はあるが姿が見えん。魔法の類だな)」
姿の見えない刺客。魔法によって姿を消した敵がいると看破する。
「……」
僅かな揺らぎのあった空間はいつの間にか元踊り。先の混乱から一転し、動きの止まる玄関ホール。逃げた獣人たちが応援を呼びに行ったのか、屋敷内は騒がしいが、ダグラスにはそれらは聞こえない。
「(気配も消えたか。だが、確実に至近に潜んでいる。相手が攻撃に転じる際に斬るしかないか……)」
姿が消え、気配さえも消えた。物音すら聞こえない。それでもダグラスは、周囲に漂うひりついた殺気を感じている。
ジュリアほどの魔力の感知能力があれば、姿を消した敵を〝観る〟ことすらできたかも知れないが、あいにくながら、ダグラスにはそちら方面の才が薄い。
「くッ!?」
突如として眼前に現れた短刀。頬を掠めつつもダグラスは躱す。微かに血が飛ぶ。
「(――なるほどな。術者の手元を離れると、透明化も解けるというわけかッ!)」
近付くのが危険と判断したのか、透明な敵は距離を置いて戦うことを選んだ模様。
ただ、敵は見誤った。
「(飛び道具を使うなら……次の位置はここらだろうッ!!)」
短刀を投げて敵を殺す。一投目の角度、立ち位置から、もし自分なら次はこう動くと仮定し、ダグラスは敵の位置を大まかに読む。
そのまま間を置かずに、思い切り大剣を投じる。敵がいるだろうおおよその位置に向けて。
「ッ!?」
大剣は勢いよく回転しながら空を裂き、玄関ホールの壁に激しくぶつかり、そのまま突き立つ。
姿を消した敵に当たりはしなかったが……効果はあった。敵は焦ったのか、迫る大剣を躱すために急な動きをした。その結果、再度空間が僅かに揺らぐ。人型の輪郭が浮き出るように。
「(見つけたぞッ!!)」
「くッ!?」
次はない。ダグラスはバランスを崩しただろう、揺らぐ空間に向けて一気に踏み込む。地を這い、掬い上げるような拳が唸る。
「ふんッッ!!」
「ごァッ!」
手応えあり。見えない敵を捉えた。ダグラスは己の拳が敵の腹当たりにめり込んだ感触を得た。呻くような敵の声が漏れる。
止まらない。お互いに。
「ぅぐッ!?」
敵は一撃を喰らいながらも、相手を引きはがそうと即座に頭突きらしき一撃を見舞う。姿が見えない分、ダグラスもまともに頭部が揺れる。ぐらつく。
が、同時に敵の頭部があると思しき空間に手を伸ばす。感触があった。捕まえた。
「――終わりだッ!」
詰め。敵の抵抗を許さない。即座に掴んだ頭部を思い切り回す。
「ぁッ!?」
ごきりという音と共に魔法が解けた。命がこぼれ落ちた。
見えるようになった術者の首は、曲がってはいけない方向に向いている。
「ん? こいつは獣人か? 確か……魔法は使えないんじゃなかったか?」
死体となった術者はまさに獣人。ただ、右の膝下からつま先まで覆う金属製の特殊な脚絆(脛当て)を装着している。
この時点のダグラスは気付かない。悍ましき被検体たちの共通項に。
◆◆◆
突然の戦闘により、怒号と混乱が撒き散らされた邸宅内。
三階の一室にて様子を見ていたルイの下へ、逃げ出した同胞たちが駆け込んで来る。
「ル、ルイ! あの人族はオーブ使いだ! ユレアが殺られたッ!」
「ダインも駄目だったみたいだ! ど、どうするッ!?」
慌てふためく者ども。
彼らは『獣人の解放』という名目で襲撃を繰り返してはいたが、あくまで〝上〟からの指示と支援により、成功する獲物を与えられていたに過ぎない。特別に訓練された、統率の取れた兵士というわけでもない。
手に負えない場面に直面すると、頭の指示を求めてしまう。
「ダインまで殺られたのか……くそがァァッッ! ランガ! 手勢を連れて敵を足止めしろ! 俺たちはヴァイスを〝次〟の引き渡し場所へ移す! 適当に時間を稼いだら、屋敷に火を放って撤収しろッ!」
あれもこれもと指示を求める者らに苛立ちながらも、ルイは指示を飛ばす。
〝王獣の教え〟に傾倒する狂信者としての一面はあれど、それでもルイには、冷静に利害を勘定する知恵もある。
今、この場面で襲撃してくるオーブ使いの兵となれば、それは自分たちの〝直接の敵〟ではなく、『獣人解放同盟』を動かす連中の〝敵〟。つまるところ、人族同士の争いだとルイは読んだ。
ならば、とっととヴァイスを引き渡し、黒幕を気取る連中が動かざるを得ない状況を作れば、あとは人族同士で勝手に争うだろうという計算をはじき出す。
「――くくく。どうしたルイ? 誇り高き自由なる獣様が、ずいぶんな慌てようじゃないか? 人族のオーブ使いに襲撃されただけで? 〝王獣の教え〟によれば『自由なる獣に危害を加えるのは赦されない』んだろ? そのくそったれな〝王獣の教え〟がお前らを守ってくれるんじゃなかったのか? あはははははッ!」
ヴァイスはここぞとばかりに笑う。紛れもなく〝やり返される側〟にいるにもかかわらず、それを認めようとしないルイたちの滑稽さを嗤う。
「ぐッ! だ、黙れェェッッ! 人族の狗風情がァッ!」
そのセリフが、そのまま自分たちにも当て嵌まることには気付かない。いや、気付かないフリをしているだけか。
「……落ち着けルイ。とにかく、お前たちはヴァイスを連れて〝次〟の引き渡し場所へ行け。人族のオーブ使いは俺が始末しておいてやる」
どうにも短気な、自由なる獣様をなだめるのは大柄な男。ルイやギリアムのような狼系ではなく、熊系の獣人であり、先ほどルイから侵入者の足止めを命じられたランガだ。
「く……ッ! ランガ! 敵の始末は任せたぞ!」
「あぁ、任せろ。で、そのガキの方はどうする?」
「あん? ガキなんざ知るかよ! そこらに転がしとけッ!」
素直に命令に従うランガが、即座に指示を求めてきたことにもイラつくルイ。なにもかもが気に入らない。
「ぼけっとしてるな! さっさとその弱者を運べ! 口も塞いでおけよッ!!」
「わ、分かった!」
指示を待つだけの連中に癇癪をお起こしながらも、ルイはバタバタと撤収に掛かる。
「フグゥゥッッ!!(逃げるなァァッッ!)」
もはやギリアムなどルイの眼中にない。当人からどれほど憎悪の眼差しを向けられようと、実害がないなら気にもしない。所詮はその程度のこと。
身動きを封じられたギリアムは、床に転がされ、撤収する者らと敵を迎え撃つ者らのどちらからも放置される。
『獣人解放同盟』とは、これいかに?
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