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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
4 隷属と反抗

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6 獣ども

 ◆◆◆



 記憶にある父と母の笑顔は暖かく優しい。


 細々とした日常についての記憶は褪せていくが、父と母の笑顔だけは色褪せずに焼き付いている。


 幼いある日。


 流行り病にて病の床に臥せっていたのだが、病が治り、ベッドから起き上がれるようになった頃、すでに両親が亡くなっていることを知らされた。


 父と母は流行り病を乗り切れなかった。


 厳しい現実ではあるが、それでも彼はめげなかった。前を向き、今を生きることを、生き延びることを必死になって考えた。精一杯働いた。


 まだ幼い自分には力がない。なにもできないと思い知る日々だったが、そんな日々は思いの外に短かった。


『ギリアム。サムとポーラのことは残念だったが、この先は心配するな。身を守れる年頃までは、俺がお前の後見人になってやる』


 見た目は悪徳な奴隷商と言われてもおかしくない男ではあったが、元々両親を含め、なにかと気に掛けてくれていた相手。間柄。


 ロルカンの子ギリアムにとっては、まさに救いの手だった。だが、彼はその救いの手をそのまま掴んだりしなかった。


 両親が遺した財産を守りながら、自分の身の安全を確保する。その上で、救いの手を差し伸べてくれたイアンにも利がある手段を、ギリアムは幼いながらに必死に考えた。


 イアンや両親の友人たちとの話し合いを重ね、結果として、ギリアムはイアンに奴隷として買われることになった。


 正規の登録を経た、借金奴隷として。


 つまり、奴隷であるギリアムを害するということは、持ち主の財産への攻撃となる。


 スラムでは多方面に顔の利くイアンだ。彼の財産に手を出そうという者はそうそういない。


 その意図は正しく周囲に伝わり、ギリアムとイアンの関係を邪推する者もスラムにはいなかった。


 奴隷と主人という関係は仮のもの。


 獣人と人族という異種ではあったが、傍目からはまぎれもなく父子だった。


 ギリアムの記憶に焼き付いている。


 口が悪く、厳めしい顔つきながらも、なにかと優しく頭を撫でてくれたイアンの不器用な笑顔が。そのごつごつとした手の感触が。


「――ウゥッ! フゥゥッッ! ガフゥゥ……ッ!!」


 穏やかな日々は終わってしまった。目の前にいる《《()()》》が終わらせた。


 領都オーセルの北区に古くから鎮座する、人の気配が失せて久しい邸宅。陽の当たり具合なのか、手入れのされていない庭木たちの所為なのか、外から見るだけでも、どこか陰鬱とした、じんわりと湿ったような風格が漂う屋敷。


 そんな屋敷の一室に、襲撃者とその被害者がいた。


「ふん。生意気なやつだな。せっかく人族の奴隷から()()()()()()()というのに……」


 狼系統のロルカンであるルイが不満げに零す。ギリアムからすれば、この男は半獣未満のケダモノでしかない。


 口を塞がれ、手足と腰まで縛り上げられたギリアムは、憎い憎い仇を睨みつける。暴れる。


「ウゥゥッッ!!」


「その目を止めろ。〝王獣の教え〟に背く気か?」


 ルイは心底から分からない。敵意を剥き出しにするギリアムのことが。


 人族の奴隷となってしまった哀れな同胞の子を助けてやっただけ。


 自由なるロルカンを縛り付けた、大罪人たる愚かな人族を斬り捨てただけ。


〝王獣の教え〟を守り、実行に移しただけ。


「――ルイ、本当に分からないのか? ふぅ……まさか、ここまでの阿呆に成り果てているとは……いっそ憐れだな。くそったれが……ッ!」

 

 囚われの身となったヴァイスが、同胞であったはずのルイの狂信を嘆く。ギリアムとは違い、口までは塞がれていないものの、身動きが取れないのは彼も同じだった。


 イアンに向けて剣が振り抜かれる直前に、ヴァイスは奥の手を使ったが――結局、ルイの凶刃を止めるにはいたらなかった。


 その後の抵抗も虚しく、ヴァイスは無力化され、連れ去られた先の屋敷にて、彼はギリアムと再会する。望まない再会を。


 そして、あろうことかルイは意気揚々とギリアムに向けて語ったのだ。喜べと。お前を縛り付けていた人族は死んだと。この俺が手ずからに斬り捨ててやったのだと。


 ルイは本気で信じていた。いっそ無邪気なほどに。


 人族の奴隷という辱めを受けていたギリアム(ロルカンの子)が、歓喜の涙を流し、解放者である自らを褒め称えるのを。


 本当に度し難い。


 が、ルイにはルイの言い分もある。


「分からないだと? ふん、俺からすれば、お前たちの方こそなぜ分からない? 人族とロルカンが親子()()()をしてなんになる? 所詮は人族の小賢しい策略に過ぎん!」


 尻尾を不機嫌に揺らし、身の内の苛立ちを隠そうともせず、ルイは部屋の棚に置かれていた、いかにも高価なワインボトルを無造作に開けた。外からの印象とは裏腹に、屋敷の中は手入れが行き届いていた。


 ボトルに口をつけ、直接ワインを流し込みながら――ルイは吠える。


「情や恩義を盾に、隷属を強いられた同胞がどれだけいるかッ! まだ経験の浅いこのロルカンの子ならいざ知らず……ヴァイスよ。貴様は数え切れぬほどの()()を知っているだろうッ! その()()は飾りじゃないだろうがッ!!」


 ルイは自らの――指先から肘までが手甲にて覆われた右腕をかざしながら怒鳴る。左腕に、同じような手甲を装着したヴァイスに向けて。


「……ルイ、確かに人族とロルカンには溝がある。魔法を操る人族に、ロルカンが隷属を強いられたという歴史も事実だ。だが、人族とロルカンが分かり合えた実例も、決して少なくはない。なにより……お前が飲んでいるそのワインも人族が生み出した物。衣類や食べ物、このオーセルの街並みもそうだ。お前が得意気に振り回している腰の剣ですら、人族の文化が生み出した物なんだぞ?」


 諭すように静かに語るヴァイス。ただし、彼は今さらルイの考えを変えられるとは思っていない。ある種の諦め。区切りとして語る。人族の文化、生活様式に組み込まれてしまったロルカンの現状を。


「ふん。『ある物を使う』のは〝王獣の教え〟だ。それに、我らロルカンは奪われたのだ! 奪い返してなにが悪いッ!?」


 ルイの瞳に曇りはない。偽らざる本心からの言葉。自らの言動が〝正しいもの〟と信じ切っている。


「ロルカン独自の文化は、人族の生活圏では淘汰されて絶えてしまった……見ようによっては〝奪われた〟と言えなくもない。だが、奪われたから奪うというのであれば、ルイよ。次はお前自身が〝奪われる側〟になるのも覚悟しているのか?」


 それは当たり前の話。


 奪えば、奪われる。


 殺せば、殺される。


 やれば、やり返される。


 一つの秩序の形。


 実際に手を出してしまった以上、行動してしまった以上、やり返される可能性からは誰も逃れられない。際限なく、いつまでも被害者の立場というわけにはいかない。


「ハッ! 〝王獣の教え〟には『何人であれ、自由なる獣へ危害を加えることは赦されない』とある! 俺から〝奪う〟ことは赦されない行為だッ!」


 そんな言葉を吐きながら、ルイは豪奢なソファに体を投げ出すようにして座る。踏ん反り返る。


「……」


 まともに言葉が通じない。思考と認知が歪んでいる。自らの論理が破綻していることにも、ルイは気付けない。


「ゴ、フガァアァルッ!!(こ、殺してやるッ! よくも親父さんをッ!!)」


 当然ながら〝奪われた側〟のギリアムは、ルイの破綻した言い草に納得などできない。いや、たとえ理路整然と正当性を並べ立てられ、それらがすべて事実で〝正しいこと〟であったとしても……ギリアムはルイを赦せない。赦せるはずもない。


「ふッ、自由なる獣――か。人族の権力者に尻尾を振り、人族に用意された屋敷で、人族の酒を飲み、人族の指示通りに動く。くくく……お前の言う〝自由なる獣〟とやらは、えらく誇り高い存在のようだな。矮小な俺なんかじゃ、恥ずかしくてとても真似できない。まったくもって素晴らしい生き方だよ、ルイ。その面の厚さだけは素直に尊敬するぜ……ッ!」


 (あざけ)る。(あお)る。そんなヴァイスの言葉たちに、ルイの眉間がピクリと跳ねた。


「――黙れ。これは『利用』しているだけだ。ぐ……ヴァイスゥゥッッ! 人族に尻尾を振っているのはお前の方だろうがァァッッ!!」


 一瞬、飲み込もうとしたルイだったが、抑えが利かなかった模様。喚きながらワインボトルを床に叩き付けるように投げる。割れた破片が散らばる。ヴァイスの指摘が効いている様子。自由なる獣はずいぶんと短気だこと。


「ははは! ルイ! 本当は分かってるんだろうがッ! お前らこそ、人族に飼われている〝ペット〟だとッ!!」


「ッ!!」


 身動きが取れぬようにと拘束されていながら、ヴァイスはさらに煽る。ルイの激発を誘う。彼は()()()()


「――くく。どうやら早々に死にたいらしいな……ッ!!」


 ソファからゆらりと立ち上がり、割れたワインボトルの破片を踏み付ける。そして、あえてゆったりとした動作で、ルイは腰の剣を引き抜いた。


「……流石にそれは駄目だルイ。ヴァイスは生かしたまま引き渡す約束だ」


「落ち着け。口先だけのやつを相手に本気になるな」


「〝王獣の教え〟は、人族に感化された者には理解できない。相手にするな」


 事態の推移を静観してた他の獣人たちが、殺気立つルイを宥める。どうやら『獣人解放同盟』を操る者にとっても、ヴァイスはそれなりの価値があるのか、生かしたまま引き渡すという指示があるらしい。


「……ふん。命拾いしたな、ヴァイス。だが、もうお前を同志だとは思わん。用済みとなった際には、俺が手ずからに始末してやる……ッ!!」


 剣ではなく足。ルイの蹴り足が身動きの取れないヴァイスの腹にめり込む。


「うぐゥッ!」


 周囲から制止され、いくぶん冷静さを取り戻したルイは、苦痛に呻きながら無様に転がるヴァイスを見て、多少溜飲を下げる。一先ずは。


「(――ぐぅ……くく、ルイ。果たして俺が用済みになるまで……お前らは生きていられるかな?)」


 ヴァイスは痛みに呻きながらも、目の前のルイたちの破滅を幻視している。連中にとっての終わりが、もうすぐそこまで近付いて来ている。


 周囲にいる武装した獣人連中は誰も気付いていない。この中では、ヴァイス以外では唯一勘付けたはずのルイも……気付かない。


 ヴァイスはちらりと部屋の隅を見やる。


 そこにいる。微動だにせず、ただ静かにやり取りを眺めていた。気配を消した〝犬〟が。



 ◆◆◆



「……若様。〝ヴァイス〟は〈猟犬〉に気付いてるみたい。どういうわけか、獣人なのに隠蔽された魔力まで感知してる。うーん……そこらのオーブ使いには気付かれない自信もあったんだけどなぁ」


 領都オーセルの北区にある、いわくつきの古めかしい邸宅を遠目から観察する者たち。狩人。


 外からは、数年単位で放置された邸宅のように見えるが、オーズの酒場跡に残された魔力の残照や毒の剣の匂いを追跡した結果として、ジュリアの〈猟犬〉は部隊をこの屋敷へと誘った。すでに中にいる複数の人の気配も感知している。


「ふっ。先のウィルのセリフじゃないが、獣人が魔力を感知したところで、俺たちのやることに変わりはない。それに、他の獣人たちには気付かれていないんだろ?」


「ええ。中にいるのは獣人たちだけだし、屋敷の中にはオーブ封じの仕掛けもない感じ。丸ごと始末でいいなら、潜伏させた〈猟犬〉を爆散させて、部屋ごと吹き飛ばすけど?」


 さらりと物騒なことを言ってのけるジュリア。


 しかしながら、それは〈猟犬〉の効率的な運用法だ。


 敵を追跡し、気配を隠してそのまま敵の至近に潜む。そして、術者が状況を把握し、必要とあればそのまま潜ませた〈猟犬〉を……魔力による使役獣を暴発させ、敵諸共に周囲を吹き飛ばす。


 どちらかと言えば、白兵戦主体の従士よりも、遠方から魔法を撃ち込むのを雅とする、リナニア貴族向きの……魔導士らしい魔法だ。


「却下だ。そもそも、ヴァイスを保護しろという指示だからな。今のところ、ヴァイスの口封じまでは請け負っていない。それに、他に捕まっている()()()()の子は、純然たる被害者だ。問答無用で敵ごと始末というのは流石にな」


 他に手がないならともかく、ダグラスは今の段階でギリアムを見殺しにする気はない。


「では、むしろ我々が陽動として派手に突入しますか? 敵の気が逸れたところで、ジュリアの〈猟犬〉で例のヴァイスと獣人の子供を連れ出すというのは?」


 ブレイクが即座に別の案を出す。はじめから、ヴァイス諸共に吹き飛ばすという選択肢はない。言い出しっぺのジュリアですら、それは理解していた。


「――敵がそこまで阿呆ならありがたいんだがな。ま、急場でできる対応など多くもない。とりあえず俺たちが正面から行き、〈猟犬〉に加えてカティとウィルも、ヴァイスらを連れ出す側だな」


 兵は拙速を尊ぶ。


 ダグラスは練りに練った巧みな攻めよりも、相手の段取りが整わぬ内の奇襲を好む。たとえ自分たちが万全でなくともだ。


「了解。じゃ、カティとウィルにもその旨を伝える」


 そう言い終わる前には、すでに小さな黒い犬がジュリアの足元にいる。顕現している。伝令として使うための〈猟犬〉低出力バージョンというところ。可愛らしい見た目とは裏腹に、小さな黒犬は機敏に駆けて行く。


「さて……正面からとなれば、俺が先行しよう。ブレイクは距離を保ちつつジュリアの護衛と、いざという時の退路の確保を頼む」


「了解しました」


 隊員には目立たぬように動けと指示を出していたが、街中では、他でもなくダグラスが一番に悪目立ちをしていた。


 その元凶たる、背負っていた大剣の柄を握る。


無銘ナナシ〉を引き抜き、のっしのっしと屋敷へ向かう。


 目指すは閉ざされた正面玄関。


 カチコミだ。



 ◆◆◆

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