5 任務として
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ダグラスとカティが〝オーズの酒場〟をはじめて訪れたその日に、ギリアムの案内にて郊外の屋敷で獣人の死体を発見した。
その後、凶器である剣を回収し、ヴァイス捜索に人員を割く提案が通ったことにより、サンドラを連れた部隊の大半は予定通り王都へと出立した。
居残り組であるダグラス分隊が、ヴァイス捜索に本腰を入れて動き出そうとした矢先のことだ。
ダグラスは、事態が止まることなく動いていたのだと実感する羽目になる。
「――ふぅ。これも巡り合わせというやつか……」
オーズの酒場の前に佇むダグラスとカティ。いや、〝オーズの酒場だった場所〟の前にか。
「ダグラス様。お言葉ですが、そうやって〝巡り合わせ〟で済ませるのはどうかと思いますが……」
呟くダグラスと嗜めるカティ。双方共に若干の陰鬱さが声に乗る。
目の前には、ほぼほぼ倒壊したオーズの酒場跡。店内で乱闘騒ぎがあった――というだけでは済まない。
入口は壁ごと無くなるという解放的な仕様となっており、屋根が半分以上落ち、店内は瓦礫に埋もれている。元々の店のレイアウトを知る者が、辛うじて判別が付くというだけ。
「若様。聞くところによると、昨日の真っ昼間に、フードを被った怪しい連中が店を取り囲んでいたそうです。で、しばらくしていきなり店が吹き飛んだとか」
「そうそう。ちなみに、その怪しい連中は獣人だったという話も聞きましたよ」
周辺に聞き取りに行っていたウィルとジュリアが、戻って来てそんな報告をする。
「――店が吹き飛んだ後も怒号が聞こえていたそうですが、怪しい連中はしばらくして撤収したようです。その際、獣人の男を抱えていたという証言もありました」
ゆったりとした歩調で戻って来たブレイクが、情報を付け加える。
三人がそれぞれ手分けして聞き込みに行ったが、すでにスラム地区ではこの話で持ち切りだったため、それぞれが同じような話を持ち帰って来た。拍子抜けするほど簡単に、当日の詳細が知れた。
見慣れぬ獣人たちが店を取り囲んだことも、オーズの酒場が轟音と共に吹き飛んだことも、撤収する獣人たちに抱えられていたのが、スラムでは馴染みの顔だったヴァイスであることも。
そして、瓦礫と化した店内には、斬殺された店主イアンが遺されていたことも、イアンと一緒にいたはずの、ギリアムの姿が見つからないこともだ。
「一先ず、ヴァイスが昨日まで生きていたのは確かなようだな。獣人の襲撃者となれば、例の『獣人解放同盟』とやらを思い浮かべてしまうが……さてな」
ダグラスとしては、状況が出来過ぎな上に安易な結び付けという自覚もあるが、他に疑いを向ける相手もいない。
ただ、崩壊したオーズの酒場跡に違和感も抱く。
「カティ、確か獣人族というのは、オーブとの契約ができず、魔法を使えないという話だったな?」
「はい。そう聞いていますが……あきらかに魔法が使われていますね」
目撃者たちの証言によれば、店は内側からいきなり吹き飛んだという。店内で獣人たちが暴れ回った結果として、建物が崩壊したというわけではない。
なにより、崩壊した店跡には、微かな魔力が残り香のように漂っている。
「ま、この感じは魔封器じゃない。オーブ使いが直接魔力を編んで発現した魔法ね。あんまり巧くはないかな?」
魔封器というのは、魔法を封じ込めた一度きりの使い捨て魔導具の総称であり、魔導士でない者であっても、擬似的に魔法を発動できるという代物だ。
分隊の中でも、魔導士に寄った素養を持つジュリアが、瓦礫の中にずかずかと踏み込んだ上で、軽く目を瞑り、一つ深呼吸をした後に語る。
周囲に漂う魔力の痕跡からすれば、魔封器じゃないと指摘する。
「――獣人が魔法を使ったということか?」
ふと、ダグラスの脳裏にそんな疑問が過ぎるが……
「若様。んなもん、人族が魔法を使ったってだけでしょうよ。別に襲撃者が全員獣人だったと決まったわけでもない」
現場に残された謎が――と想定してたところを、事もなげに断じるウィル。知らず知らずに、思考が偏っていたことをダグラスは自覚した。
「ふっ。確かにウィルの言う通りだな。ここ最近、立て続けに獣人と関ったからか、どうにも〝襲撃者は獣人のみ〟という先入観があった」
そう自嘲しながら、ダグラスは、ふと瓦礫と化した店内に――カウンターのあった場所に視線を向ける。
店主のイアンの遺体は、カウンターの奥でがれきに埋もれていたのだという。
「(――イアンには、いつ殺されてもおかしくないような背景もあったようだが……ギリアムまで行方知れずか)」
イアンという男が、スラムで非合法な汚れ仕事を仲介していたというのは聞いたが、それでも、つい先日やり取りをした相手が殺されたとなれば、ダグラスとて思うところはある。行方知れずのロルカンの子の無事を願う。
「若様。もし仮に獣人が魔法を使ってたにしても、別に俺たちに関係ないでしょうよ。俺たちは〝ヴァイス〟の安否を確認し、死んでないなら救出するってだけ。しかも、ヴァイスとの接触が無理なら手を引いても構わないって許可までもらってる。とっとと終わらせて部隊に合流しましょうや」
いちいち怠そうにしているものの、ウィルの意見は任務に対して前向きと言えるもの。
ただ、彼の本音としては、組織的に攫われたヴァイスの救出などどうせ無理なのだから、状況確認だけして、早くオーセルの街を出たいというところ。
自作自演で妻や娘を殺すような領主が仕切る街など、危なっかしくて仕方がないという当然の危機管理として。
「ダグラス様。言い草はあれですが、意見としては俺もウィルに賛成です。ヴァイスの情報を求めていると言いつつ、すでにサリーア様は、『獣人解放同盟』の構成や後援者の素性、活動の目的などについても確度の高い情報をお持ちです。あくまでヴァイスは、裏付けの一つでしかありません」
ブレイクがウィルの意見に賛同を表明する。分隊に課せられた任務自体が、そこまで重要じゃないことを含めて。
「ふっ。言われずとも分かっているさ。どうであれ、今の俺たちには、攫われたであろうヴァイスを追うという選択肢しかない。――ジュリア、どうだ?」
瓦礫と化した店内に佇むジュリアに対して、ダグラスは話を向ける。
いつの間にか、彼女の足元には二匹の黒い犬がいる。
「うん、まぁ追跡は問題ないかな? 〈猟犬〉で痕跡を捕捉できた。例の毒の剣の持ち主も一緒にいるみたい」
突如として出現した黒犬は、ジュリアが契約するオーブ〈猟犬〉によるもの。魔力によって具現化された使役獣そのもの。魔導に素養がない者からすると、その姿、その仕草などは、本物の犬と見分けが付かないほど。今も傍らの一匹が、ジュリアに軽く頭を撫でられて目を細めつつ尻尾を振っている。
「なら、とっとと追跡するとしよう――と言いたいが、その前に改めて皆には伝えておく。先ほどウィルが言ったように、俺たちには『撤退する自由』が与えられているのは確かだ。だが、同時に任務遂行のためであれば、相手を問わず『戦闘する自由』も許容されている。どこまで信じていいかは微妙だが、バルボアナ家が尻を拭いてくれるという約束でな。どちらかと言えばフリント殿は、状況確認で撤退するよりも、〝そちら〟を望んでいると俺は受け取っている」
サリーア陣営は、すでに『獣人解放同盟』の後ろにいる貴族家や商家の尻尾を掴んでいる。
今回の襲撃者たちにしても、組織だって動いている以上、支援者の息の掛かった潜伏場所が用意されていると考えるのが妥当。
つまり、このまま襲撃者を追跡すれば……ダグラス分隊は、支援者側へと行き着く可能性がある。
『ダグラス殿。獣人解放同盟はあちこちの交易路に出没していますが、大元の活動資金については、マルバ系の商家がかなり出資しているようです。つまり、マルバ排斥の気運が高まっている今のバウフマン領であれば……痛撃を与えても、相手は動きにくいでしょう』
ダグラスは幻影のフリントから、暗に『やれ』という指示をすでに受けていた。また、フリントの口振りからして、『獣人解放同盟』の出資者、後援者については、すでに特定しているのも容易に想像がついた。
その上で、マルバ系の商家にだけ言及しているというのは、伝令の場では迂闊に口にできない相手が――それなり以上に力のあるリナニア貴族が、『獣人解放同盟』の後ろにいるということ。
「ま、俺らはあくまで駒ですからね。若様が意図した指示には従うまでです。勝算のあるカチコミならなおさらだ」
気怠そうなウィルではあるが、言動とは裏腹に、指示に従うことへの拒否感はない。指揮系統の上位者に反発しても、自身の生存率が下がるだけだと理解している。
「――ふっ。この度は〝若様〟じゃなく、サリーア様の私兵隊の分隊長としての指示だ。そこは区別しておいてくれ。もうここはマーヴェイン牧場じゃないんだからな」
軽く笑いながらではあるものの、ダグラスは念のために釘を刺す。お互いに少々立場が変わってしまった、かつての馴染みたちに。
「そう言われてもねぇ。私たちは牧場出身だからこそ、こうして若様の下に集められたんだろうし……」
「いや、ここはダグラス様の言う通りだ。サリーア様にどのような意図があろうと、我々はもうマーヴェインから出荷された身。出荷先に忠誠を誓うというのは、散々に教え込まれてきただろう?」
別にそこまで気にしなくてもというジュリアと、線引きはするべきだと訴えるブレイク。
「はいはい、その議論は今必要ですか? ヴァイスを追うと決めたなら、さっさと追いましょう。ジュリア、〈猟犬〉が合図を待ち侘びてますよ?」
カティがぱんぱんと軽く手を叩きながら、内輪に向きつつある隊員の意識を無理矢理切り替える。任務を優先する姿勢を見せる。
「カティの言う通りだ。攫われたヴァイスの生死がどうであれ、俺たちはこの雑な襲撃犯どもを狩る。情報を聞き出せればそれでよし。無理そうなら殲滅の方針で行く」
「へいへい、了解しましたよ」
「――〈猟犬〉によれば、魔法を使ったやつはまだ街にいるみたい。周辺に複数の人の気配もあるようだから……襲撃者がある程度固まってると見ていいかな」
「ダグラス様、強襲を前提とした追跡ということで承りました」
皆が即座に意識を切り替える。その辺りは心得たもの。
「ジュリア、〈猟犬〉に案内させろ。ただし、街中で目立たぬようにだ。俺とブレイクはジュリアの護衛として共に行く。カティとウィルは少し距離を置き、不審な者が近付いて来ないかの警戒だ。くれぐれも敵に気取られるな」
「「「了解」」」
「了解(――『獣人解放同盟』と思しき襲撃で、雑な魔法の痕跡? もしかすると、襲撃者は〝原作〟の……?)」
ダグラスの号令と共に、分隊は追跡者として、狩人として動き出す。
ただ、街に溶け込みながら歩くカティの胸には、一つの懸念が浮かぶ。アイリーンの時とは比べ物にならないほど小さいが……もやもやとした嫌な予感が過ぎる。
一方で領都オーセルの北区――富裕層の邸宅が並ぶ区域――の中でも、少々古めかしい屋敷の一室にて、一人の少年が絶望の淵に立たされていた。
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