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リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
4 隷属と反抗

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3 組織の上と下

 ◆◆◆ ◆◆◆





 空は雲に遮られて薄暗い。


 雨粒が地を這う下々の者らを濡らす。どしゃ降りというわけではないが、用事がないなら、わざわざ出歩こうとは思わない程度には降っていた。


 もっとも、その村に外出するような村人はいない。いなくなって久しい。近隣の村と併合する形で、計画的に放棄された廃村だ。解体されないままになっている家も所々に残されているが、すでに金目の物や食料などは引き上げられている。


 無法者らが根城とするにはうってつけの場所だ。


 そんな廃村で、雨に打たれながら、かつては村の中心地だっただろう広場にて、物騒な気配を纏う複数の人影。


「……くくく……結局は……人族に利用されていただけ――か」


 右手の指先から肘辺りまでを覆う金属製の手甲を装着した、獣人族の若い男が呆れたように呟く。それはまぎれもなく自嘲。


 彼の周囲には、同じく獣人族の姿があり、全員が武装して殺気立ってはいるが……その表情は、皆が一様に苦しげに歪んでいた。


 打ち付ける雨粒が、まるで涙の様に頬を伝う。流れ落ちる。


「――投降しろ。もう『獣人解放同盟』のカラクリは理解したはずだ。すでにビームス伯爵家とオスカール商会には手が回った。物資や金、必要な情報などの支援がなければ、実働部隊がどういう結末を迎えるかは……分かるはずだ」


 そう警告を発するのは、武装した獣人らとたった一人で対峙している人族の男――従士カイトだ。


 すでにその身には魔力が巡り、薄暗い雨の中で、ぼんやりとした淡い光を纏っている。また、その周囲には、魔力によって形作られた四本の剣が浮いている。


 熱を放出する炎の剣がある。風を纏う疾風の剣がある。硬く締め付けられた土の剣に……雨の濁りを寄せ付けない、透き通った水の剣もだ。


 カイトの右手首で煌めく金色の腕輪。〈四精(エレメント)〉の持つ属性魔法を剣として顕現した代物。


 獣人たちが武装しているように、カイトも示威行為として魔法を見せつけている。その上で投降を促す。


「くく……舐めるなよ? いかに魔法が使えるからといって、たった一人で俺たちを始末できるとでも?」


 獣人たちのリーダーと思しき若い男――ルイが一歩前へ出ながら、ざらりという音と共に、腰に()いた剣を抜く。抜き放たれた鈍色の鋼と、それを持つ右腕の手甲が雨粒に濡れている。


 実のところ、彼にも分かっている。


 オーブによる魔法の恩恵は大きいが、その脅威度はかなりのバラツキがある。オーブ使いの全員が一流の戦士かといえばそうじゃない。戦いに関係のないオーブも多く、獣人の身体能力で圧倒できる場合もある。


 だが、戦いを生業(なりわい)にする貴族やその従士となれば話は違う。


 魔導士が相手となれば、距離を詰める前に遠方から魔法を撃たれて終わる。


 従士が相手であれば、ある意味ではさらに相性が悪い。


 魔導士ほどではないにしろ、こちらの武器が届く前に相手の魔法が届いてしまう。なんとか魔法を掻い潜って白兵戦に持ち込んだとしても、従士ともなれば、獣人族を凌駕するほどの強化魔法を纏っている。


 ルイたちは、魔導士や従士に動きを捕捉された時点で、〝戦い〟という意味ではすでに詰んでいたのだ。


「……そうか。どのような事情、理由があろうと、抵抗するなら――こちらも容赦はしない」


「くくく……せめて道づれになってもらおうか、見知らぬ人族よッ!」


 カイトも察した。目の前の獣人の男が、この場を生きて切り抜けられると思っていないことくらいは。戦って死ぬつもりであるのは。


『獣人解放同盟』の実働部隊を罠に嵌めて叩く。


 学院の遠征演習にて、カイトたちはそんな任務を与えられていた。


 それは〝リナニア戦記〟において、いわば『お使い系イベント』に過ぎないものであり、この先……あり得るかも知れない一幕。





 ◆◆◆ ◆◆◆





 夜も更けた頃合い。魔導灯の灯りも届かない、深い深い闇に包まれた雑木林。


 その闇に溶けるようにして、ダグラスとカティはいた。


「ふむ。状況は昼間と変わらないようだな」


 フリントからの〝もしよければ……〟という指示の下、二人は死体に突き立っていた剣を回収しに来ていた。もし相手側が行動を起こすなら、動き易いだろう夜に。


「この屋敷は、特に見張られてるわけでもないようですね。まぁ、いかに夜目が利く獣人と言えども、魔法で強化したオーブ使い(私たち)には及ばないでしょうし、見張ること自体が大変だとは思いますが……」


 二人はすでに例の剣を回収済み。死体から剣を引き抜き、そのまま布を詰めた麻袋に放り込んでいる。


 今は屋敷から少し距離を取り、見張りがいないかを確認中というところ。獣人たちというよりも、ダグラスたちは、人族のオーブ使いこそを警戒していたのだが……特に状況は動かない模様。


「――で? カティは『獣人解放同盟』についてどうなんだ? どうせ〝原作〟絡みなんだろう?」


 周囲に人の気配がないのを確認した上で、ダグラスが切り出す。


「はい。ざっくり言ってしまえば、『獣人解放同盟』は主人公からすれば敵です。ただし、〝筋書き〟にそこまで大きく関わるわけでもない――というところでしょうか」


 カティにしても、この場で主から聞かれるのは分かっていたため、すらすらと応じる。


『獣人解放同盟』に属する獣人やオーブ使いは、〝リナニア戦記〟での敵キャラではあるが、特別なネームドキャラは少なく、専用イベントなどもそれほどない。メインシナリオの合間にあるクエスト(サブイベント)などでエンカウントする、いわゆるザコ敵という扱いだった。


 メインシナリオで触れられるのは『獣人解放同盟』の終局。


 スポンサー(黒幕)である貴族家や商会が摘発され、獣人の実動部隊が各個撃破されていく様が、学院の遠征演習の仕上げという形で描かれていた。


 その辺りをダグラスにも通じるように噛み砕きつつ、カティは説明する。

 

「ほぅ。〝筋書き〟では瓦解する前提の組織なのか?」


「あくまで私が語っているのは〝原作〟においてですからね? 現実の『獣人解放同盟』がどのような組織なのかまでは分かりかねます」


「ふっ。相変わらず慎重なやつだな。それくらいは俺も承知しているさ。それで? 〝原作〟においての『獣人解放同盟』とやらは、どんな組織で、なにを目的としていたんだ? フリント殿の話ぶりでは、リナニア貴族や力のある商会が後援しているようだが?」


 事あるごとに、カティは目の前の現実と〝リナニア戦記〟に線引きをしているが……ダグラスとて、その理由や姿勢は理解している。


 あまりに〝原作〟を意識し過ぎると、逆になにもできなくなる。あくまで別物なのだと、彼女は他でもなく、自分自身に言い聞かせている。


「――そうですね。〝リナニア戦記〟の『獣人解放同盟』というのは、人族が獣人を奴隷として使役することに反発し、武装蜂起したとされています。もっとも……実態は商隊や富裕層を襲撃する武装集団でしかありません。しかも、結局は人族側の支援を受けてやってるわけですからね。あとは……獣人族に伝わる〝王獣の教え〟というものを熱烈に信奉する、一種の狂信者のような一面も少し描かれていました」


 暗闇の中での視認性に特化した強化により、手元の手帳をパラパラとめくりながら説明するカティ。その口調は、いつもの彼女より若干手厳しいものがある。


『獣人解放同盟』の行動は、すでに彼女にとっては遠い昔の記憶になっているが……現体制に対して、暴力によって思想信条を押し付けるというのは、テロリズム(忌避された手段)でしかない。


「奴隷の解放か。しかし、リナニアやマルバでは、別に獣人だけが奴隷というわけでもないはずだ。刑罰奴隷や借金奴隷はともかく、人族であっても違法な人攫いに遭う者もいるだろうにな」


「ええ。ですが『獣人解放同盟』は、名の通り獣人の奴隷にしか目が向いていません。しかも合法か違法かの区別なくです。私個人としても、〝奴隷〟という仕組みに忌避感はありますが……現状では合法な取引きである以上、仕組みを変えたいのであれば、権力者側の協力者や賛同者を増やさなければならないでしょう。あと、奴隷解放という大義名分を掲げるなら、せめて違法な奴隷商人だけを狙うなどの活動でなければ……」


「ふっ。組織としては、論理が破綻してしまうな」


 前世の記憶を含め、カティには〝奴隷〟という仕組みや言葉自体に忌避感がある。だが、現実の世界を生きる彼女は『個人としてはどうしようもない』という諦念も同時に抱いている。そもそも、奴隷の登録や物理的な首輪がないにしても、自分自身もまた、はじまりはマーヴェイン家にお買い上げされた身分。奴隷と変わりがない。


 教会が運営する、貧民の救済を謳う孤児院ですら、才ある子を貴族家に売りつけるというこの世界の現実を、まざまざと見せつけられたものだ。


「しかし、はじめから『綺麗事で釣り上げた獣人部隊に金持ちを襲わせる』というのが目的なら、むしろ組織の論理に破綻はない――というわけだな」


「はい。〝リナニア戦記〟での『獣人解放同盟』というのは、結局のところ、一部のリナニア貴族とマルバ都市同盟に所縁(ゆかり)のある商会が手を組み、自分たちの不利益になる相手を獣人部隊を使って襲撃させるという、なんとも世俗の欲に塗れた組織だったわけです。実働部隊の中には、本気で獣人の解放を願って活動していた者もいたようですが……」


 思想信条に付け込まれ、理解者の顔で寄って来た上位者に体よく利用される。


「ふっ……()()で目的が違うというのは、まぁどこにでもある話だな」


 世には似たような出来事がありふれており、結果だけを聞けば〝よくある話だ〟の一言で終わってしまうだろう。


「――だが、気に入らん話だ」


 ダグラスは吐き捨てる。()()()に対しても嫌悪する。


「ふぅ。ダグラス様の気に食わないという悪感情は、どうかご自身で飲み込んでいただくとして……これからどういたしますか?」


 一先ず、カティはダグラスの嫌悪に付き合わない。いや、彼女とて『獣人解放同盟』を取り巻く状況に不快感を覚えている。だが、それらはまだ〝確定した現実〟じゃない。あくまで〝リナニア戦記〟での話だと線を引く。


「そうだな……フリント殿は、どうにもヴァイス捜索を続けてもらいたがっているようだが、サンドラ殿を連れている以上、部隊としては一刻も早くバウフマン領を離れる方が無難だろう」


 ダグラスもあっさりと切り替える。その辺りは彼も承知の上だ。


 毒が塗られていると思しき剣を、麻袋をぼんやりと眺めながら、これからについて思いを馳せる。


「ダグラス様。これは私の勝手な提案になるのですが……」


「ん?」


 カティが一つの提案を述べる。


 今の自分たちを取り巻く環境と、〝リナニア戦記〟の流れを考慮した上での選択肢を。



 ◆◆◆

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