9 どこまでが舞台か?
◆◆◆
領都の外れ……どちらかと言えば、バールライラの砦へと続く街道側に店を構える宿。そこの大人数用の広間を貸し切り、ダグラスたちは潜伏していた。潜伏と言っても、今は特に追われているわけでもないが。
「――なるほどね。他の手の者からも情報は上がってきているけど、やはり現地にいた者の情報が一番のようだ」
〈悪霊〉の接続により、幻影のサリーアが映し出されている。
今回は彼女だけでなく、ご丁寧に主の後ろに控えるフリントの姿もあった。
「どこまで本当かは分かりませんが、アイリーン嬢の話し振りでは、バウフマン家は、今回の騒動の後にサリーア様と話し合いをするつもりだったようです。もしかすると、近い内に接触があるやも知れません」
「ふふ。ローネル公はずいぶんと気が早いようでね。すでに手の者からの接触があったよ」
「そうですか」
結局のところ、バウフマン家の私的な邸宅部分のほとんどが焼け落ちることとなったが、官庁舎として機能する部分の棟には、そこまでの被害がなかったとのこと。すでにローネル公も遠征から戻って来ており、バウフマン家の執政は動いている。動き続けている。
そして今、ダグラスはアイリーンと接触した際の内容を、できるかぎりそのままサリーアへと伝えている。彼女が父ローネルを〝くだらない〟と断じたことも、自らの死を偽装してマルバ都市同盟方面へと去ったことも。
――それは、なにもサリーアに伝えるためだけでもない。
「……ダグラス殿から見て、アイリーンはどのように映っただろうか?」
幻影ではない、正真正銘の生身のシリウスが、控えめに口を開く。
「ふっ。どのようにと言われても答えに窮しますが……そうですね、彼女の印象を一言で言えば……『どうにもリナニア貴族らしくない』というところでしょうか」
「リナニア貴族らしくない?」
アイリーンに抱いた印象。ダグラスは、彼女にはどこか自分と似た空気を感じていた。その原因についても、今となってはある程度の目星が付く。
「失礼ですがシリウス様。アイリーン嬢は……〝魔導士〟としての才が乏しかったのでは?」
「ッ! あ、あぁ。確かに、アイリーンは〝魔導士〟としての才には……その、あまり恵まれてはいなかった。だが、それを補って余りある学術の才があったが……」
リナニアの貴族家に生まれ、魔導士としての才に欠ける。それがなにを意味するのか、ダグラスは身を以て知っている。
「これは俺の勝手な推測ですが、はじめから学術方面の才があったのではなく、魔導士以外の生き方を模索した結果、そこへ辿り着いたというだけかと。まぁ……そう感じたからこそ、アイリーン嬢はリナニア貴族らしくないと語った次第です」
「……」
〈守護者の息吹〉の影響下という事情はあれど、アイリーンは魔法を前提に動いていなかった。少なくとも、ダグラスはそう感じた。
そして、後になって思い至る。
もしかすると、彼女は魔法を前提として考えられない、あるいは考えたくないのかも知れないと。
目の前のシリウスを見ると、その思いが強くなる。彼女には、良くも悪くも〝リナニア貴族の魔導士らしさ〟があるから。
アイリーンがバウフマン家を出奔したのは、なにも今回の醜悪な謀の所為だけはなかったのかも知れない。
「さて……シリウス殿はどうする? このままバウフマン家に残っても、あまり善い結果には繋がらないと思うけど?」
場を切り替えるためにか、サリーアがずばりと聞く。
なにしろバウフマン側は、すでに『今回の一件でシリウス・バウフマンも亡くなった』と公表しているのだ。つまるところ、シリウスがのこのこ出て行っても、碌な結果にならない。
「私は……もしよろしければ、サリーア殿の下へと赴きたいのですが……いかがでしょうか?」
シリウスの瞳には昏い焔が宿る。
『そんなんじゃ、サリーア様の下に行っても、王国に吹き荒れる〝嵐〟を乗り切れないわよ?』
アイリーンが言っていた王国に吹き荒れる〝嵐〟。その一端を父ローネル・バウフマンが担っている。そして、父ローネルはサリーアに接触してきた。なら、彼女の傍にいればいずれ……。
また、妹アイリーンにしても、このままマルバで安穏と暮らさせる気はない。追う。いずれ捕らえて見せる。
なにも知らずに死んでいった者たちの無念を晴らす。復讐を誓う。家名などではなく、誰も触れ得ざる己の魂に。従士ジョナスの剣に。
「ボクは君を歓迎するよ。ただ……〝シリウス〟という名は棄ててもらうことになるけど?」
「もちろんです。その覚悟はできております。そして、できればサリーアど……サリーア様から、新たな名を頂戴したく存じ上げます」
静かにシリウスは片膝を突く。幻影のサリーアに向かって跪いて頭を垂れる。
「そう。そこまでの覚悟があるなら……分かったよ。ならば、今日から君は――〝サンドラ〟だ。ただのサンドラとして、ボクの手助けを頼みたい」
「――名を頂戴いたしました。今、この時より私はサンドラ。ただのサンドラとして、全霊を以てサリーア様にお仕えいたしましょう」
これまでの名を棄て、新たな名を授かる。今はもう廃れてしまったが、それはリナニアの古い古い主従の儀礼だ。
シリウス改めサンドラは、貴族としての己を棄て、復讐のために生きる。サリーアの下で。臣として。
「……ッ……!」
そんな古い主従の儀礼を見守る中、カティは一人、まるで別の意味で衝撃を受けていた。すまし顔で平然を装いながらも……内心では焦る。背中に嫌な汗が流れる。
「さて……それじゃあダグラス殿。君らも撤収だ。本当はバールライラの現場で、マルバとの衝突がどう推移するかを確認してもらいたかったんだけど……バウフマン領軍では〝オーク〟の異名は少々知られているようだし、面倒なことになるのは目に見えている。預けていた部隊と共に、サンドラに同道する形で一旦引き上げてくれ」
「かしこまりました。部隊の者らと共に、道中はサンドラ殿の護衛に徹します」
サリーアの一声でバウフマン領を去る。撤収することに。もちろん、ダグラスはその事情について理解している。
要するに、ローネル・バウフマン辺境伯公はサリーア……ひいてはバルボアナ家と手を組むことを望み、その手を身内の血で染めたローネル公を、バルボアナは拒まなかったということ。
今後のバウフマン領については、こそこそと手の者が現地で情報収集するよりも、効率はよくなるという話だ。
もちろん、サリーアとて手の者を全て引き上げる気もないが……少なくとも、変事の現場で暴れてしまったダグラスについては、バウフマン家に近しい者らの前に出すのは流石に憚れる。遺恨が残る。これはある意味仕方がない。
また、彼に指揮を任せ、バウフマン家の食客部隊として駐留させていた直属の者たちについても、今後あきらかに激化するだろうバールライラの戦場にそのまま配置させておけない。無駄に損耗させたくない。引き上げ一択だ。
今後のバウフマン領については、〈悪霊〉に接続できる者を市井に残すくらいで問題ないとサリーアは判断した。
「では……ダグラス様。帰りの道中についての活動資金などについては、〝オーズの酒場〟に出入りしている、ヴァイスという男に話は通っていますので、副隊長のレィズ殿と詰めていただければ……」
フリントが具体的な実務について説明する。
「承知した。レィズ副長とヴァイスという者を訪ねるとしよう。あー……フリント殿よ。実際の移動の際なのだが、街道においても賊の襲撃が増えていると聞く。もし賊に遭遇した場合、普通に撃退してよいのだろうか? それとも、事情を知る者を生け捕りにし、情報を吐かせる方がよいか?」
「……そうですね。もし他の貴族家が関与しているとなれば、詳細を知ればむしろ余計に面倒そうなので、賊はただ撃退するのみでよいかと」
「承知した。襲って来た者を撃退するだけで、こちらから深追いはしないようにしよう。物理的にも、背後の情報的にも。あと、――については……?」
「……あぁ、それについては――」
ダグラスとフリントが、細々と実務上のやり取りをするのを見やりながらも、カティの内心の焦りはまだ収まらない。
◆◆◆
サリーアらとの会談が終わり、バールライラの砦に駐留してた部隊と共に、シリウス改めサンドラを連れて王都へ……サリーアのいるヘルメイス魔導学院へと帰還することになったダグラスたち。
バウフマン領から王都への旅程はそれなりに長い。しかも、部隊の者らと共に動くともなればかなりの大所帯になり、すぐさまに出立するというわけにはいかない。なんだかんだと段取りなり準備なりが必要になってくる。
そのような状況の中、カティの胸には道中についてなどとまた別の不安。
「……ダグラス様。少々内密の話がありますので、よろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、分かった」
宿の一室。ダグラスは壁に立て掛けてあった〈無銘〉の大剣を持ち、背に装着しているベルト型の鞘に収める。背負う。
すでにダグラスは〈悪霊〉の魔法で接続されているため、やろうと思えば、フリントはこちらの会話などを盗聴のように聞けるのではないかという懸念がある。
そのため、内密の話をする際には、外からの魔法を弾くという効果を持つ〈無銘〉を、ダグラスが直接身に着けて行うようにしていた。
ただ、〈悪霊〉の魔法と〈無銘〉の特性が共に特殊過ぎるため、一体どこまで効果があるかは確認のしようもない。あくまで気休めの儀式だ。
「さて……どうした? 内密ということは〝筋書き〟の話か?」
ダグラスも気付いてた。サリーアたちとの会談以降、カティがなんらかを思い悩んでいることを。
「はい。もしかすると、私は酷い勘違いをしていたのかも知れません」
「勘違い?」
「ええ。申し訳ないのですが、その話の前に……ダグラス様。この度の騒動において、襲撃を受けていたシリウス様についてどうでしょう? あの時、私たちが駆け付けなければ……シリウス様と瀕死のジョナス殿だけで、あの場面を切り抜け、騒動を生き残れたとお思いですか?」
カティが問うのはシリウスの命運。従士ジョナスと共に、バウフマン家の使用人らに襲撃を受けていた場面について。
「――無理だな。だからこそ、寝覚めの悪さもあって助太刀に入ったのだ。とてもあの場面を、シリウス様とジョナス殿で切り抜けられたとは思えん。あるとすれば、アイリーン嬢が現場に気付き、シリウス様を助けるという線だが……どうにも薄い線だな」
淡々と当時の状況を振り返りながら応じる。助太刀に入らなければ、シリウスはあそこで死んでいた。それが妥当な線だと。従士ジョナスは、助けに入った上で落命してしまったのだから。
仮にあの場面を切り抜けても、すでにシリウスは自力で歩けないほどの疲労困憊具合だった。次の襲撃者から逃げられたとは思えない。生き残れない。
「以前にもお伝えしていましたが、〝本来の筋書き〟において〝シリウス・バウフマン〟という名の人物は出てきません。少なくとも私の記憶にはありませんでした」
懐から取り出した手帳をパラパラとめくりながら、カティは以前と同じ話を繰り返す。
流石にダグラスも察する。
「ふっ。つまり〝シリウス・バウフマン〟は出てこないが、〝サンドラ〟なる人物は出てくる――ということか?」
カティはこくりと頷く。
そう。シリウスなる人物は〝リナニア戦記〟に出て来ないが、サンドラという人物については、カティは見知っていた。
〝仮面のサンドラ〟
大仰な仮面を装着した、素顔の知れぬ人物。
もちろん、そのビジュアルや声から女性であるのは周知されていたが、思わせぶりな秘密を抱えながらも、作中ではその来歴などが謎のままになっていたキャラだ。開発進行の都合で本編ではカットされたものの、後にDLCとして、彼女の過去編が追加される予定だったようだが……カティの前世記憶にはない。
そのような事情を、ダグラスにも分かるようにカティはつらつらと説明する。
「ふっ。つまり、サリーア様の下へ赴いたシリウスことサンドラ殿は、仮面を被って過ごすというわけか」
どうにも神妙なカティとは違い、ダグラスからすれば『だからどうした』というだけ。見知った人物が、わざわざ仮面を被って正体を隠す――などと言われれば、どこかむず痒いような気持ちになるが、言ってしまえばそれだけのことだ。
「ふぅ。なにやら面白がっていますけど……〝仮面のサンドラ〟という人物はですね、ダグラス様や私のようなザコ敵でもなければ、サリーア様やフリント殿のような中ボスでもありません。もちろん、アイリーン嬢のような死んだ人物でもないし、回想に登場する過去の人物でも、その辺に適当にいる群衆キャラなんかでもありません」
噛んで含めるように、じっくりと伝えるカティ。
「くく。えらく勿体ぶるじゃないか。結局、その〝仮面のサンドラ〟なる人物は、〝原作〟ではどのような立ち位置なんだ?」
どこか揶揄うように問うダグラス。
「〝仮面のサンドラ〟は、主人公の仲間キャラなんです。それも、第三部の終盤で……死んでしまった主人公を、〈慈悲の短剣〉を解放して、己の命と引き換えに生き返らせるという――超重要なイベントがあります」
告げられたサンドラの役割。死者を現世に呼び戻すという重要ポジション。
ゲームフィクションとしては、ある種のお約束的な展開ではあるが……対象者が主人公ともなれば、いわばシナリオそのものを成立させるための柱だ。
「はぁ? 死者を生き返らせる? オーブや魔法を女神の授けた奇跡などとは言うが……死者の復活など聞いたこともないぞ?」
「いえ、ダグラス様。大事なのは死者の復活云々ではなくて、とにかく〝仮面のサンドラ〟は、超重要キャラだという話です。彼女がいなければ、〝リナニア戦記〟の終盤のシナリオは成り立ちません。秘密を抱えた仲間キャラが、その秘密や因縁を明かさないまま退場するというのは、手抜きだの消化不良だのと賛否はありましたが……って、今はどうでもいいですね。ええと、ダグラス様。話を戻しますが……そもそも〝仮面のサンドラ〟となるシリウス様は、私たちが介入しなければ――どうなっていましたか?」
カティの本題はこれ。
「――あぁ、そういうことか。物語の終盤の流れを左右し得る人物でありながらも、あの時、俺たちが助けに入らなければ……彼女はそのまま死んでいた。少なくともその可能性が高い」
「はい、まさにその通りですッ!」
シリウスが死んでいれば、もちろん〝仮面のサンドラ〟もいなくなる。自分たちの行動が〝筋書き〟に多大な影響を及ぼしていたというのは――カティからすれば、恐怖すら覚えてしまうほどの一大事。
「で? だからどうだと?」
「え?」
「ん?」
「「……」」
温度差のある主従。お互いに疑問符を付けたままに見つめ合う。
カティの抱く、足元が崩れ落ちるような不安感や恐怖は、どうにもダグラスには伝わらない模様。
「……い、いえ、ですからダグラス様。本来の舞台から下りたはずの私たちが、どうして〝筋書き〟を左右するような、重要人物の生死に関わっているのかということなんですけど? あ、あと……もしかすると私たちは、この世界に〝仮面のサンドラ〟を生み出すために配置されていたんじゃないかとか、ええと……〝原作〟通りになるように、世界の修正力みたいなのが働いているんじゃないか……とか?」
カティの勘違いとは、まさにこれ。自分たちは、まだ〝原作〟の舞台を下りていないのではないか? ――そんな懸念が纏わり付く。
「ん? まぁ言わんとすることはなんとなく分かるんだが……あの時、俺たちがシリウス様を助けたのは、いわゆる巡り合わせに過ぎんだろう? 仮にあと少し、俺たちが地下から出るのが遅ければどうだ? 逆に早ければ? ……ふっ。くだらんな。いちいちそんなことばかりを気にしてられん」
「……」
巡り合わせと言えば確かにその通り。ダグラスの言は正論だ。すべてを〝原作〟に絡めて気にしはじめると、下手をすれば、この場所での歩き出しの一歩は、右からが良いのか、それとも左か……というところまで悩まされる羽目になる。
ただ、それでもカティには言いようもない不安が残る。
表舞台を下りた序盤の悪役貴族キャラとその従士が、〝原作〟ではナレーションだけだった不穏なイベントの現場に立ち会い、その流れで、終盤に欠かせないイベントキャラの命を救う。
巡り合わせと呼ぶには、少々出来過ぎている。
「(私たちは『序盤の悪役貴族キャラとその取り巻き』の役割を終えて、勝手に舞台を下りた気になってるだけで……実のところ、見えないナニかに縛られ、操られているんじゃ? そもそも今回の〝バウフマン領の変〟に立ち会ったことだって……まぁダグラス様なら『だからどうした?』で終わりそうだけど……ふぅ……)」
カティの不安は消えない。
遥かな高みから垂れた繰り糸が、そのまま自分の身に繋がっている様を幻視してしまう。
「ふん。もし仮にこの世界が、運命やら修正力などという胡散臭いモノに溢れていたとしてもだ。結局のところ、俺たちにはどうにもできんだろ? それに〝仮面のサンドラ〟にしろ、主人公カイトにしろ、リナニア王国の情勢にしても……『どうしようもなくなれば逃げる』という約束のはず。〝原作〟通りに事が運ばなくなれば、とっとと逃げればいいだけのこと。別に俺たちの責任というわけでもない」
一方のダグラスの思考はシンプル。主人公カイトの英雄譚を観劇できるならする。無理なら逃げる。それだけ。
「――――ふ、ふふふ……確かに、そのような約束でしたね」
ふと、窓の外を流れる重たい雲を見上げると、そこには運命という名の巨大な歯車が、自分たちの預かり知らぬ場所で、軋んだ音を立てて回りはじめているような錯覚を覚えてしまう。
だが、それでもカティの胸のつかえは、僅かに軽くなる。本当にごく僅かだが。
不安は消えずとも、最終的には〝逃げる〟という選択肢がある。それは一つの拠り所だ。
「さて……そんなことより目先の話だ。俺たちが魔導学院に戻る頃、主人公たちはどうなっている?」
「え、ええと、そうですね……時期的に学院編の折り返しを過ぎた頃で、遠征演習がはじまっているかと……」
ダグラスに合わせてカティも切り替える。イベントの進み具合から、主人公たちの状況に当たりを付ける。
〝リナニア戦記〟のシナリオはまだ第一部の半ばであり、リナニア王国の混迷にしても、まだまだここからが本番と言える。
すなわち、ダグラスとカティの観劇の旅もだ。
◆◆◆
※次回より「月・水・金 7:00」で更新します。
※次回は3/30 (月)です。




