表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リナニア戦記 ~悪役貴族と転生従士は平和の国の夢を見るか~  作者: なるのるな
3 変事の起こる地

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/29

8 計画と計画外

 ◆◆◆



 魔力を封じられた状況下において、アイリーンには見えなかった。ただ、計算外の危機が認識できただけ。


「――ぅあ……ッ……!?」


 辛うじて、声にもならぬ声を発することができたのは、影が離れた後。凌いだ後だ。


 すぐ隣に立っていたニエスが。


 尋常ならざる〝オーク〟の踏み込みを、腰の剣を抜き放ちながら迎え撃った。


「こ、この……〝豚野郎〟がッ!!」


 しかしながら、横薙ぎに一閃したニエスの剣は、すでに中ほどから先が()()


〝オーク〟に折られた。素手で。あり得ない結果。衝撃により、ニエスの腕の方が若干痺れているほど。


「なかなかにやる……まさか、今のに反応できる兵がいるとは思わなかった。ふっ。あの時の()()()()()()()()()か……ッ!」


 流石のダグラスも、素手で剣撃を迎えるのは無茶だったのか、少々の手傷を負う。右の脇腹に裂傷。


 ニエスの横薙ぎの剣が脇腹を裂いたと同時に、右膝と右肘で剣を挟み込むように衝撃を加え、そのまま叩き折って見せた。そして、即座に次の一撃を警戒し、横に跳んで距離を取る。


 瞬き数回分ほどでの攻防。


「ふぅぅぅ……! お前が化け物なのは重々承知していたからなァッ!!」


 ニエスは機弓の斉射時も、一足先にソファの物陰に隠れたダグラスだけを注視していた。バールライラでの戦闘を思えば、それも当然の危機管理だ。


 そして、この度の攻防についてはニエスに軍配が上がる。その内容はともかく、圧倒的不利な状況にありながら、彼は反応して見せたのだ。魔力を封じられた状況下で、今のダグラスに合わせることがどれほどの困難であるか……。


「ダ、ダグラス殿……な、なぜに……貴殿は()()()のかしら?」


 明確な命の危機の到来に、流石のアイリーンも平静を装うことができない。声がうわずる。


〝オーク〟と多少の距離はできたが、先の踏み込みを思えば、彼女は自身が安全圏にいるわけでないと理解した。させられた。ここはすでに死地。〝オーク〟の間合いの内側。


 それらを分かった上で疑問をぶつける。ダグラスの挙動は、あきらかに人の限界を超えたもの。身体強化系の魔法を使っている者の動きだから。


「くくく。レディ・アイリーン。お勉強はできるようだが……世の中には、理屈が通じない相手もいるということだ……ッ!」


 にたりと嗤う。濃密な魔力を込めて。ダグラスの身の内では、魔力遮断の影響下でありながらも、強化系の魔法が十全に仕事をしている。


 アイリーンとニエスの後方では、矢の残っている機弓持ちが、ダグラスに向けて構えているが……その数は少ない。隙間なく列を為しての一斉射というほどの圧はない。


 そこまで広くもない室内であり、相手の視線すら目視できる距離だ。不意を突かない限り、身体強化済みのダグラスであれば射線を読める。射出された後でも躱せる。


 平時であれば、そこそこの従士ならばできることだが……今、この場においては、ダグラスだけに許された限定的なチート(反則技)のようなもの。


 一般兵と身体強化系の魔法を使えるオーブ使いとでは、そこまでの差があるということ。


「――あり得ない。魔力遮断、オーブ封じが通じないなど……そのような特性を持つオーブは存在しないわ……」


 アイリーンは知らない。それどころか、リナニア王国の魔導研究においても、確認されたことのない事例だ。


 だが、彼女は否定を重ねるだけに非ず。即座に行動に移す。


「火を放ちなさいッ! 早くッ!!」


 指示を飛ばす。同時に、ニエスが彼女の身を庇うように引き寄せながら、折れた剣を構えつつ駆ける。逃げの一手に出る。


 後方の機弓持ちたちが、ハッと弾かれるように、ダグラスに向けて一斉に引き金に指を掛ける。


 元々火を放つ予定だった者たちも動く。


「その意気やよしッ!!」


 当然にダグラスとて動く。自身の左肩と左下腿に食い込んだままになっていた矢を、それぞれを左右の手で一気に引き抜き、そのまま矢を二本同時に投げ付ける。


 狙うのはアイリーンとニエス……ではなく、後方で動いた火付け役と見られる隙だらけの兵士たち。


「ごォぶ……ッ……!」


「ァッ!?」


 ダグラスの投げた矢は、一人の喉を貫き、一人の頭部の半分ほどを吹き飛ばす。入れ違いとばかりに、彼に向けて放たれた機弓の矢も飛ぶ。


 が、すでにダグラスは射線上にはいない。身を伏せつつ動く。


「ダグラス様!」


 伏せていたカティが声を上げる。いつの間にか、彼女はバウフマン側の兵士の傍にいた。置き去りにされている、主の武器を取り返すために。


 ダグラスが〈無銘(ナナシ)〉と名付けた、下級オーブが具現化した大剣。〝リナニア戦記〟においての、隠し要素的な……魔力遮断すら無効化して見せたチートオーブの化身。


「助かる!」


 そこまで間が空いたわけでもないが、ダグラスは手に収まった感触を懐かしむ。


「ダグラス様! アイリーン・バウフマンはこの場で仕留めるべきです! ここで彼女を逃せば、〝筋書き〟が狂うやも知れませんッ!」


「ふっ。まぁやるだけやってみるが……カティはシリウス様を連れて逃げれるようにしておいてくれ」


「はいッ!」


『バウフマン領の変』において、ジュディ・バウフマン辺境伯夫人とその娘アイリーンが暗殺されたことになっているが……アイリーンの性格や能力が同じだと仮定すれば、〝リナニア戦記〟においても、彼女は自らの死を偽装してマルバ都市同盟へと逃れていたのかも知れない。


 ならば、ここではアイリーンを逃す方が〝筋書き通り〟とも言える。


 だが、それでもカティには不穏な予感が取り憑いて離れない。


 アイリーン・バウフマンを取り逃がすと、決定的に取り返しの付かないナニかが後に起こる予感がする。


 そもそも〝リナニア戦記〟では、この先に彼女の出番などないのにだ。


 消すことのできないモヤモヤした不安を抱えつつも、カティは指示に従う。倒れたまま動けないシリウスを保護するために動く。


「退けッ! あの豚野郎(化け物)は機弓で牽制するだけでいい! 不用意に近づくなッ!!」


「はッ!! 承知しました!」


 アイリーンを先に逃しつつ、ニエスは留まり残った兵たちに怒号を飛ばす。時間稼ぎだけでいいと。指揮官としての力量をいかんなく発揮している。


「(ふっ……厄介なやつだ……ッ!)」


 やり難さを感じるダグラス。踏み止まった指揮官に殿(しんがり)を務められると、力技のごり押しだけでは踏み込みにくい。


 しかも、すでに目の前には火の手が見える。流石に相手側の火付けの方が早かった模様。その上で、揺らめく炎を切り裂き、所々で機弓の矢が飛び出してくる有様。


「(ちッ、火の回りが早い……ッ! 事前の仕込みか!)」


 内心で愚痴を吐きながらも、機弓の矢を防ぎ、向かって来る元・マルバ兵を斬り捨てつつ、広間の奥へと、事前に色々と仕込んでいただろう脱出経路に向かうアイリーンを追うダグラス。


 しかしながら、彼はカティとは違って特に不穏な〝予感〟などない。


 アイリーンは確かに気に食わない相手だが、『なにがなんでも仕留めてやる!』というほどの熱量もない。先の奇襲が成功していれば、そのまま仕留めてはいたが……今となっては、彼女らを追う優先度は低い。


 火の回りがかなり早いため、ダグラスとしては『身の安全』の方が先に来る。


 身体強化の魔法を使用できたからといって、煙に巻かれたり、丸焼きになるのを防げるわけでもない。


〈無銘〉は魔力遮断を無効化しているが、あくまでその効力は内向きで当人のみだ。水を撃ち出すような()()()の魔法を使えば、魔力遮断はしっかり仕事をする。発動を阻害する。


 つまり、今のダグラスは身体強化系の魔法()()使えないというのが正しい。


「ニエス! 貴方も来なさいッ!!」


「よし! 皆も後退だッ! 出口を塞ぐぞッ!!」


「しょ、承知しました!」


 仕掛けた側であるアイリーンすら、炎に炙られつつ逃げるという状況。計画していたよりも余裕はなくなったが、なんとか彼女は広間を脱し、廊下へと辿り着く。


 当然、追手を防ぐために出口を塞ぐ仕込みはある。

 

 後は仕掛けを作動させて、扉を物理的に出入りできなくするだけ。


 ここでも、アイリーンはホッと一息を付いてしまう。振り返り、揺らめく炎の壁の隙間から、ちらりと覗く〝オーク〟の姿を確認する。


 目が合う。


 大きく振りかぶる〝オーク〟と。


「伏せろッ!!」


「ぅッ!?!?」


 駆けてきたニエスに、そのまま突き飛ばされるように、押し倒されるように覆い被さられたアイリーン。刹那の差で、彼女の顔があった空間を切り裂くように、拳大のナニかが通過する。


 それは砕けた床材の一部。直撃していれば、アイリーンの可憐な顔が、見るも無残なモノへと変わり果てていたのは、火を見るよりも明らか。


「――外したか。ふっ……まぁここは見事だったと言っておこうか……()()()()()()()()()ェェッッ!!」


 せめてもの一矢すら躱され、ダグラスが負け惜しみを吠えた次の瞬間。


 アイリーンたちの仕掛けが作動したのか、轟音と共に天井の一部が落ちて来る。彼女らが抜け出た扉が塞がれる。


「くくくッ! 〝次〟があればいいのだがなァァッッ!!」


 凶相のままに笑う。


 ダグラスにとっては、アイリーンを仕留め損なったこと自体はどうということもない。『あぁ逃げられたか』というだけ。


 むしろそちらよりも、〝気骨のあるマルバ兵〟にやり込められてしまった悔しさを抱く。カティが不安視する、脳筋な戦闘狂仕様が顔を覗かせる。


「ダグラス様ァッ! いちいち浸ってないで逃げますよ! シリウス様をお願いしますッ!」


 シリウスを抱えながら、さっさと反対側の出入り口へと向かっていたカティが叫ぶ。身体強化が使えるなら、荷物はお前が持てという具合。


 アイリーンを逃した不安は残るが、カティとて、今は先々の心配よりも目先の安全が第一だ。


「お、おぅ! すまんッ!!」


 従士に怒鳴られながらも、すぐさまに行動に移す。シリウスを受け取り、そのまま背負って駆ける。


 怪我をして動けないバウフマン側の兵たちの間を縫うようにして、ダグラスとカティは邸宅の外へと向かう。


 そして、まだなにも知らない民衆の中をそのまま突っ切り、『バウフマン領の変』の現場から離れる。まずはサリーアと連絡が取れる場所まで。





 ◆◆◆





 しばしの時を置き、遠き地でも噂は巡る。貴族階級の者らが集まる場所であればなおのこと。


「よう、従士カイト。聞いたか?」


 軽薄そうな男が、気真面目そうな赤毛の少年――カイトに声を掛ける。


 そこはヘルメイス魔導学院の訓練場。一人で集中してた魔力を練っていたカイトは、怪訝な顔を声の主へと向ける。


「……訓練場で、しかも、魔力制御中の者に不意に声を掛けるのは、学院ではご法度だったのでは? 他でもないミリオス様が、御自身でそう仰られていましたよね?」


「はッ。相変わらず真面目なやつだなぁ。俺が近付いて来てるくらい、お前は気付いていただろうが。ま、そんなことより――だ。お前は聞いていないのか?」


 ミリオスと呼ばれた男は、カイトの不機嫌などお構いなしに話を続ける。気さくで軽薄ではあるが、カイトからすれば、間違いなく上位者であることに違いはない。軽くため息を吐きながらも、彼は相手の話に乗る。


「ふぅ。聞いたか・聞いていないかと問われましても、申し訳ないのですが、ミリオス様の仰る話がどのような内容かが分かりません。一体何の話ですか?」


「おいおい。学院どころか王国内で騒動になってるんだぜ? 知らないのかよッ! バルボアナ領の事件のことを!」


「ですから、まず話の内容を言っていただかないと……いえ、もういいです。ふぅ……確かに、バルボアナ領の暗殺騒動については聞き及んでいます。それで――ミリオス様はその件についてどうしたというんですか?」


「はは! どうしたもこうしたも、この一件で、マルバとバウフマン領との緊張が格段に増すんだぞ? 全面的な戦とまではいかずとも、バールライラの戦闘が激化するのは間違いない。もしかすると、学院にも動員が掛かるかも知れないって話だよ」


 少し暗めの金髪に透き通るような青い瞳。目鼻立ちも整っており、軽薄な態度を取ってはいるが、その振る舞いにはどこか気品が漂うミリオス。


 フェリシアやカイトとは、上級部門の演習を通じて知り合った間柄。


 演習に参加するようになった当初は、他の貴族子弟から、不利な条件を突き付けられていたカイト。その時のミリオスは、貴族子弟らの振る舞いに『またくだらないことを……』と思うだけだったのだが――。


 従士カイトは、理不尽な条件付けでの演習であっても、上級の他の貴族子弟らに引けを取らなかった。辛酸を舐めることも多かったが、彼は黙々と研鑽を重ね、主であるフェリシアと共に実力で他の者らを黙らせていく。


 他の貴族子弟らの絵に描いたような嫌がらせ、幼稚な態度に辟易していたミリオスだったが、それらを正面から弾き返すカイトに興味を抱き、直接声を掛けるまでに、それほど時間は掛からなかった。


「学院に属する者が動員されるのですか? ミリオス様はそこまでの動きが起きると?」


「ま、流石にこっちにまで動員が掛かるは分からないが……バウフマン側は、バールライラに留まらないかもな」


「……当主夫人と、お嬢様がお亡くなりになったと聞き及んでいます。当然に苛烈な報復には出るでしょうね」


「ただなぁ……リナニア王国としては、マルバ都市同盟との関係を完全に切るわけにもいかないだろうし、もしかすると、今後はバウフマン領の方が孤立していくかもなぁ」


 ミリオスは、手にしていた魔導書をくるりと回しながら、どこか他人事のように語る。いや、どこか楽しげにか。


 その青い瞳には、王国の動乱を憂う哀しみではなく、強い強い興味の光が宿る。まるで〝劇〟の幕開けを特等席で待つ観客のような……高揚感が見て取れる。


「……ミリオス様。貴方はまるで、この事態を楽しんでいるように見えますが?」


 カイトは少々の不快感を隠さずに告げる。しかしながら、指摘を受けたミリオスは、カイトの不快感をさらりと流し、軽く肩をすくめながら応じる。


「まさか。俺だってリナニア貴族の端くれだぜ? バウフマン辺境伯に哀悼の意はあるさ――ただ、停滞していたこの国は、これをきっかけにようやく〝次〟のページを捲りはじめるかも知れない……そのことに少しだけ胸が高鳴るってだけさ」


 柔和な笑みを浮かべながら、そんなことを言ってのけるミリオス。その青い瞳は、目の前にいるカイトを写しながらもどこか遠くを……この場を通り過ぎて、もっとずっと遠い遠い、遥かなる地平の先を見据えているかのよう。


「停滞していた国……〝次〟のページ……」


 ぽつりと零すカイト。


 ミリオスのその言葉は、その姿は、どういうわけか、カイトの胸に奇妙な重みを残す。


 ただの噂ではなく、事件からそこまで日が経っていないにもかかわらず、すでに学院にいる者にも、事件の詳細な報が届いている。


 そこになんらかの作為を感じる者もいたが、状況はすでに動きはじめている。


〝リナニア戦記〟のシナリオをなぞるように。



 ◆◆◆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ