嫌いな色は大好きな色【タナール】
俺は自分の髪色が嫌いだ。大嫌いだ。
兄は二人とも父さんと同じ焦げ茶の髪なのに、なんで俺だけ。
母さんは濃い紫色がとてもよく似合っている。でも、俺は……。
同年代の友達からはよく、からかわれる。似合ってないとか、母さんと同じだから本当は女じゃないのかとか。
笑いを取るための冗談であることはわかっていたから、俺も本気で怒ることはなく笑って流すだけ。
──空気の読めない奴と、思われたくないから。
人と関わりたくないから、体調不良を理由に外に出るのをやめた。
三男の俺には責任や役割なんてものはなく、自由に生きている。
一日中、屋敷の中にいても退屈はしない。髪のことをからかわれるより、閉じこもっていたほうが楽しいからだ。
ベッドの上でゴロゴロして、気が向いたら少しだけ勉強をして。
話し相手には困らない。俺のことを気にかけてくれる従者が一日に何度も様子を見に来てくれる。
心配させているのだと知りながらも、自分の心を守るのに精一杯だった。
パーティーで知り合ったギルラック様は公爵位でありながら気さくで、高圧的な態度を取ったことはない。
次期公爵として忙しいらしく、まだ子供なのに勉強に励んでいる。
毎日ではないけど、たまに俺の見舞いに来てくれる。病気や怪我じゃないと知っているから、そういう名目にしているだけ。
──仮病だとバレると俺が非難されるからだろう。
ギルラック様は甘党で、自分で食べたいお菓子を買って、見舞いと称して食べている気がするが、その疑問は敢えて口にしない。
理由なんてどうでもいい。こうして顔を見に来てくれるだけで嬉しいものだ。
ある日のことだった。俺に婚約の話がきたのだ。
同じ伯爵家の次女。ちなみに同い歳。
彼女、エアル嬢は草原のような爽やかな緑色の髪に、深い緑の瞳をした美人、というのが印象。
──あぁ……すっごい見てる。
視線は俺の顔、よりも上。髪に集中している。
初対面の人は必ず凝視してくるから、もう慣れた。
よく言われるのは「男なのに紫なんて変」「あまり似合っていない」
俺と結婚したら子供に遺伝するかもと不安に思う人は多い。
女の子ならともかく、男の子なら「可哀想」や「嫌だな」と。
俺に結婚願望はないし、ランウィールの血は兄貴達の子供がいるから途絶えることもない。
三男という立場は楽だ。自由でいられる。
好き放題に生きるのとはまた違うけど、結婚をしないことぐらいは許してもらえる。
「綺麗な色」
「え?」
──聞き間違いか?
聞き慣れない言葉が聞こえたような……。
エアル嬢は目を細めながら、ぎこちなく笑った。
「貴方の色、とても綺麗ね」
「え……あっ、いや……えっと」
「短いのがもったいない。伸ばせばいいのに」
「変、じゃないの?」
「どうして?」
「だって、みんな……」
そこで、初めて気付いた。
ギルラック様は一度たりとも俺の髪色を貶したことはない。
というか、髪の話題になったこともなかった。
いつもお菓子の話ばかりしていたな。そういえば。
どの店のどのお菓子が美味しいか。
ギルラック様が勧めてくれるお菓子はどれも美味しくて、食後のデザートに必ずケーキが出るようになった。
「他の人の意見はよくわからないけど、私はとても綺麗だと思う」
お世辞じゃなくて、本心から褒めてくれた。
どうして俺は母さんの色としては好きなのに、俺の色だと嫌いなんだろうか。
俺が俺を否定したら、本当の意味で誰かに受け入れてもらえるはずがないのに。
きっと、俺はこの色が好きだ。
だからこそ、嫌なんだ。母さんをバカにされているみたいで。
「エアル嬢は俺と結婚するのは嫌じゃないのか」
「タナール様のことは噂で存じ上げていました。その上で貴方と婚約したいとお父様にワガママを言ったのです。こんなにも綺麗な色なのに、笑う方々が信じられない」
顔が熱い。恥ずかしすぎて俯いてしまった。
「ですが、タナール様が望まないのでしたら、この件は白紙に戻してもらって構いません」
その声は悲しげだった。
「私、笑顔が苦手なの。もっと笑ったほうがいいと言われて笑ったら、その場をしらけさせた後、大笑いされてしまって。だからきっと、私といるとタナール様まで笑われてしまう」
「俺は!!エアル嬢の笑顔は素敵だと思う。てか、可愛い」
「えっと……?」
「嘘じゃないから!!俺、女の子を可愛いと思ったの初めてで。それで……。嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
「エアル嬢のおかげで、俺はこの髪が好きだと思い出せた」
閉じた世界が開けた。
謝らなくては。
心配してくれていた従者と、多分、俺の気持ちに気付いていたギルラック様。そして、家族に。
母さんにはお礼も言わないと。母さんの色を俺にくれてありがとうって。
「俺は他の誰でもない君がいい。君と未来を築いていきたい」
お互いに真っ赤になりながら、俺達の婚約は始まった。
エアル嬢はアメジストが好きで、俺と出会ってもっと好きになったと教えてくれたのは、初デートのとき。
笑顔が苦手だと言っていたエアルが、俺の胸を射抜くキラースマイルを作れるようになったのは、先の話。
エアルとの出会いが俺を変えてくれた。
髪を伸ばすと決めたのは、もう髪がコンプレックスではなくなったから。
俺達の血を引いて、紫色の髪を持って生まれてきた我が子を愛しそうに見つめるエアルに、二度目の恋をするのは、もっと、ずっと先のこと。




