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婚約破棄?喜んで!復縁?致しません!浮気相手とお幸せに〜バカ王子から解放された公爵令嬢、幼馴染みと偽装婚約中〜  作者: 藍水ーあいみー
番外編

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26/29

引かれた線【フランク】

 「これで足りるか?」


 置かれた大金。


 目の前にいるのは、あのリードハルム公爵。


 ──目付き悪っ!顔怖っ!


 天下の公爵様がこんな所に一人……じゃないな。部屋の外に二人。


 そりゃそうか。一人で来るわけがない。


 にしても……公爵が直々に依頼ね。ノルスタン公爵とは仲がよろしくないみたいだし、ソイツの暗殺かな。


 今までは愛人や不倫相手の始末を主にしていた。もちろん貴族様からの依頼だ。


 ほとんどが下級とはいえ、金払いはいい。払わなきゃ殺すって脅したからな。


 普通は代理の人間をここに寄越す。護衛がいようが、危険地帯に変わりはない。


 貴族自らが平民の街に足を踏み入れるなんて、まずありえない。


 公爵か。屋敷にさえ侵入出来れば、後は簡単。どうやって忍び込むかな。


 屋敷の見取り図と、ある程度の行動パターンがわかれば今週中にでは依頼は達成する。


 いや、殺人ではなく事故に見せかけたほうが得策だ。


 公爵が死んで得をする人間がいたら真っ先にソイツが疑われる。


 いくら手間だろうが、依頼人を守るのも仕事のうち。


 「ギルドを買うにはこれで足りんか」


 は?今なんと言った?


 ギルドを買う?


 どうも冗談ではないようだ。揺れることのない瞳から真剣さが伝わってくる。


 正気の沙汰じゃない。ギルドを手に入れてどうする。国王を殺して国でも乗っ取るつもりかよ。


 王族がいなくなれば、次の王座にはリードハルム公爵が就いて欲しいと声が上がっているのは聞いたことがある。


 ハッ。まさかその期待に応えるとでも?


 玉座に相応しいのは自分だと主張するつもりか。


 「どうしてギルドを欲しがる」

 「お前達を助けたい。わかっているはずだ。いつまでもこんなことをして生きていけるわけがないと」


 《《助ける》》。


 それは俺がこの世で一番嫌いな言葉。


 昔、俺がまだ伯爵(きぞく)だった頃。学園の入学を直前に控えた日。両親が死んだ。


 酒に酔って階段から足を踏み外したと言っていたが、そんなはずはない。


 両親は酒を飲まないのだから。そもそもあの日は、弟夫婦が突然、泊まりに来ていた。


 酔って階段から落ちたと証言したのも弟夫婦。


 優しさが服を着て歩いているような二人は、金に困ったと泣きついてきた弟夫婦を追い返せなかった。


 両親から酒の匂いは香っていたが、自発的に飲むはずがない。無理やり飲まされた。事故を装って殺すために。


 俺達の最悪はそれで終わらない。


 死ぬ直前、父さんは当主の座を弟に明け渡すと言っていたとか。


 そんなはずはない!!


 屋敷のことも領地のことも全て、俺に任せると言ってくれていた。

 どちらの言い分が正しいかよりも、未成年の俺ではなく大人である叔父が当主になるのは当然で。


 俺と弟は翌日には追い出された。それだけじゃない。


 弟夫婦の息子が、弟の婚約者に気があり彼女まで奪おうとした。


 これ以上、俺の大切なモノを奪われたくなくて、恥も外聞も捨てて頼み込んだ。


 もしも、許してくれるのであれば弟と一緒に身分を捨てて生きて欲しいと。


 弟が婿養子となれば確実に彼女の家は潰される。子爵家では伯爵家には勝てない。


 貴族令嬢に頼んでいい内容ではないと承知している。でも!!弟だけが、俺に残った最後の宝物。


 幸せを……奪われたくなかった。


 彼女は悩むことなく俺の頼みを受けてくれた。


 身分を捨てる。つまりは平民になるということ。


 そうして欲しいと言ったのは俺だが、もっと悩むべきことで。


 「好きだから」


 一言、そう言った。


 好きでもない男と結婚するぐらいなら、平民になってでも好きな人と未来を歩みたい。


 俺に背中を押してもらえたと喜んでいた。


 彼女の両親もそれが娘の幸せならと反対さえしない。


 駆け落ちをしたとなれば草の根分けてでも捜し出す。だから、彼女を死んだことにした。


 振られたショックで自ら命を……。


 バカな弟夫婦もその息子も、それだけ聞くと興味をなくして新たに嫁候補を探し始めた。


 「いいか。これからは二人で手を取り合って生きていくんだ」

 「兄さんは!?一緒じゃないの」

 「新婚の家に住めるわけないだろ」


 とは言っても、平民も貴族も結婚出来るのは十八歳から。


 結婚はまだ先。まだ、先……なんだが。


 「これは父さんと母さんの形見だ。お前が持ってろ。それと、宝石も幾つか持ってきた。仕事に慣れるまではこれを売って金を作れ。いいな」


 守らなくては。俺が。


 大切な宝物を俺の手で。


 大金を稼ぐなら殺しが適任。詐欺はめんどくさい。


 仲間は簡単に集められた。金がなく飢えた子供は大勢いる。


 金があれば腹いっぱい食える。金があれば何でも買える。


 燃えるような赤い髪をした俺と歳の近そうな男は差し出した手を掴んだ。


 盗みを働いていた兄弟は警戒しながらも俺とくることを決めた。


 人数は少ないほうがいい。人が多ければ制御出来なくなり、いつかは暴走する。


 生きるために殺す。その行いは非道で許されるものではない。


 わかっていても歩みを止めるつもりはなかった。


 稼いだ金は四等分。額を誤魔化すなんてことはしない。


 信頼がなくては成り立たないものもある。


 「帰ってくれ。目障りだ!!」


 嫌なことを思い出した。


 こんな汚い俺が大切にしたい宝物のことを覚えていいはずがない。


 公爵はじっと俺を見つめる。琥珀色の瞳は揺れることなく真っ直ぐ。


 耐えきれなくなって俺から目を逸らした。圧が強いわけじゃない。


 俺を心配するその目が弟と重なる。


 ──くそっ!何なんだよ。コイツは。


 公爵で、金も権力もあるくせに。こんな底辺(とこ)に来てんじゃねぇよ。


 護衛がいるとはいえ密室に暗殺者と二人。


 コイツはきっと、俺なんて怖くないんだろ。


 地べたを這いつくばって、必死に生きている俺なんかに恐れる要素はない。


 …………違う。コイツは俺を見下していない。


 依頼に来る奴らはどこか俺を蔑むような態度を取っているが、俺の目の前にいるこの男は、俺を対等な人間として見ている。


 これは気の迷いだ。そうでなければ依頼人でもない奴と向かい合って話すはずがない。


 「俺を助けると言ったが、お前に何のメリットがある?」

 「これに見覚えは?」


 俺の質問そっちのけでテーブルに置かれたのは、太陽の刺繍がされたハンカチ。


 忘れない。忘れるわけがない。それは母さんが弟の誕生日に苦手な刺繍を頑張って作った物。


 「私はお前の弟に頼まれここに来た」


 生前、母さんは俺に言った。


 俺が弟の道標となり、間違った道に進まないように見守ってて欲しいと。


 「フランク。確かにお前は人を殺した。それは許されない。だが!そうなってしまった原因が貴族にあるのなら、その責任は我々が取らなければならない」


 俺の罪は俺だけのもので、今日初めて会った公爵が背負う必要はない。


 弟はどこまで知ってるのだろうか。


 あの日以来、会うことはやめた。


 俺がしてやれることは金を渡すことだけ。適当な袋に入れて、玄関の前に置いておけば俺からだとわかって受け取ってくれていた。


 「これも預かっている」


 置かれたのは、これまで俺が弟に渡してきた金。しかも全額。


 「はは……。アイツ、使ってないのかよ」

 「ギルドをたため。お前は真っ当になるべきだ」

 「今更!!どうやって。俺の手は既に血で染まったんだ」


 ギルドを作って数年。宣伝のために流した噂が独り歩きしたおかげで、ギルドは最強最悪の暗殺集団となっていた。


 尾ひれの付いた噂は恐ろしいもので、ギルドが殺した数はいつの間にか百を超えていた。


 実際にはそんなに殺していない。


 訂正しなかったのがマズかったのだろう。いつしか客足は途絶えた。


 どうするか考えていた矢先にこの状況。


 真っ当になるなんて、そんなの恵まれた奴の言葉。


 力がなく、奪われる側が好きでこんな底辺(とこ)にいるとでも思ってんのかよ。真っ当に生きられるなら最初からそうしている。クズにならなきゃ生きていけないから、俺は……。


 「お前はやり直せる」


 そう言って差し出してきたのは別のハンカチ。


 僅かに視界が滲む。躊躇いがちに目元に触れると指が濡れていた。


 俺は泣いていた。なぜ、泣いたのか。


 助けて欲しかったんだ。ずっと、誰かに。


 声にして助けを求めてしまえば、相手に迷惑をかけてしまう。俺が耐えることで救われるものがあるのなら。俺だけが奈落の底に落ちればいい。


 我慢は慣れている。


 「フランク。お前は優しい男だ。その証拠に、お前が殺してきた人は皆、悪人だろう」

 「なっ……サック!!」


 大声で呼べばすぐ室内に入ってきた。


 「お前。これまでの依頼内容を教えたのか」

 「聞かれましたので」

 「聞かれたからって教えるか、普通」


 俺達にだって依頼を選ぶ権利はある。


 悪人、と呼ぶには小さなことかもしれないが、愛人が身篭り、生むことはよくあること。そこから先、どうするかによってその人間の真価が問われる。


 先に男児を生んだ愛人は、妊娠している正妻を流産させたり、我が物顔で屋敷に居座り財を使い果たす。


 相手の性格を見極められずに遊び気分で手を出すから、取り返しのつかないことになる。


 下級貴族の遊び相手は平民が多い。貴族に相手に選ばれ、嘘でも「愛している」と耳元で囁かれてしまえば夢を見てしまうのが現状。


 平民は貴族と違って、暴走しやすい。


 「ギルドを辞めて、俺はどうしたらいい」


 わからない。真っ当な生き方が。


 この問に答えられる人がいるのだろうか。


 「お前達を雇ってやる」

 「はぁ!?雇うって……公爵家でか!?」

 「一人は執事として。残りの三人は領地の管理を頼みたい。父の代からの使用人で、もう歳だ。本人達からも新しく人を雇ってくれと言われていたところだ」

 「わかってるのか?俺達は!暗殺者だぞ」

 「本日をもってギルドは解散する。もう暗殺者はどこにもいない」

 「罪を……償うことなく生きろと?」

 「なんだ。罪の意識があったのか」

 「当たり前だ!命は元に戻らないんだぞ」


 わかってる。わかってた。そんなこと。


 人の命は尊く、有限で。明日も生きている保証なんてどこにもない。


 簡単に奪われてしまうほど儚い。


 だからこそ人は、その日を一生懸命生きている。なるべく多くの悔いを残さないように。


 「陛下はギルドの行いを不問に処すと仰っていた」

 「なんで……」

 「罰せられるはお前ではなく、ハーリ伯爵夫妻とその息子だからだ」

 「罪が暴かれたのか」

 「あぁ」


 あれから時間は過ぎた。証拠なんて残っているはずもない。


 この怖い顔で問い詰められたか、拷問を受けて痛い思いをしたくないから白状したか。


 当主がいなくなったことにより、ハーリ伯爵家には新しい当主が必要。長子である俺はギルドの長であることからその座には就けないと教えてくれた。


 元より、伯爵なんて俺の柄じゃない。昔はその道しか用意されていなかったから跡を継ぐつもりだったが。


 そうなると、必然的に弟が継ぐことになるな。


 「最後に一つだけ聞かせてくれ。弟夫婦が両親を殺した証拠なくとも、絶対の自信はあったのだろう。なのになぜ、殺さなかった?」

 「私怨で殺せばアイツらと同類になる。依頼を受けて殺すのがギルドだ」

 「お前が依頼人になれば良かったんじゃないか」

 「それも同じだ。俺が殺したいから依頼するなんて」

 「最強最悪の暗殺者の長にしては、随分と甘いな」


 破ってはいけないルールを一つ作っておけば、組織とは意外と成り立つ。


 ギルドは生きるための組織であり、俺の復讐をするための道具ではない。


 各々、荷物は少なく、支度はすぐに終わった。


 領地まで日数がかかるため、サック達は公爵の護衛と向かうことになった。三人が新しい管理人であると記した手紙を持たせて。


 ──公爵はアホなんだろうか。


 護衛を一人も付けずに移動する貴族なんて普通じゃない。


 「今はお前が私の護衛だ」


 だとさ。


 歴史に名が刻まれるリードハルム家の当主が頭が柔軟、いや、常識外れだなんて誰が信じるんだ。


 「俺が貴族社会を離れている間に概念とかそういうの、変わったの?」

 「いいや。何も変わっていない。変わったのは私だ。頭の固い古臭い貴族の姿を息子に見せたくなかった」


 あぁ、親バカか。


 「それと。今は許しているが、屋敷に着けば敬語を使え。お前はリードハルム家の執事なのだから」

 「わかっ……は?執事!?俺はてっきり、公爵家に仇なす連中をどうにかするのが仕事なんだと」


 確かに一人は執事として、三人は領地の管理人として雇うとは言っていたが。


 あれは外にいる護衛に聞かせるための建前かと思っていたのに。


 「足を洗わせた人間に、また殺せと命じるわけがないだろう」


 執事か。出来る気がしない。


 嫌になって途中で逃げ出しても公爵は怒りもしなければ、追ってくることもない。ただ、呆れるだけ。


 こんな俺に執事をやらせようとするなんて、多少なりとも期待してくれている証拠。


 弟の家に着くと、いきなり緊張してきた。来た道を引き返したいが、隣から逃げるなと圧をかけられる。


 ──絶対、こっちのほうが暗殺者だろ。


 「久しぶり、だな……」


 新しい暮らしに慣れたのか健康状態は良さそうだ。


 俺の金がなくても充分やっていけている。もうこの二人に俺は必要ない。


 「貴族に戻るつもりはないか?伯爵の座に誰かが就かなくちゃいけない」

 「兄さんが次期伯爵だったんだから、兄さんが継ぐのはダメなの」

 「俺にはその資格がない」

 「そっか。僕達は今の生活に不満はないし、それに……ここで暮らしたいんだ。ごめん」

 「お前が決めたことだ。謝ることはない」

 「当主がいなければ家門は潰れる。本当にいいのか」

 「弟の人生(しあわせ)を邪魔するなら、なくなっても構わない」


 ずっと働いてくれていた使用人には退職金と、新しい働き口も見つけないと。


 金は払えるけど、貴族社会を離れていた俺に貴族との繋がりはない。


 ギルドに依頼してきた貴族では、まともな扱いを受けるかが怪しい。


 「では、伯爵家の使用人は公爵家で雇うことにしよう」

 「いい、のか。本当に」

 「全員は無理だが。他の家門でも受け入れてもらえるように頼んでおく」


 この人は……《《このお方は》》は、人の上に立つために生まれてきた。






 リードハルム家はハーリ家と同じように温かい。


 家族も使用人も、お互いに尊重し合う優しい関係。


 ここが俺の新しく住む世界。


 敬語を使わないとダメだったな。


 「今日から執事を任され……?任命?されたフランクと申します」

 「ふふ。随分と面白い人ね」

 「妻と息子だ。アステル。挨拶を」

 「リードハルム・アステルです。よろしくフランク」


 握手にと差し出された手を、俺は掴めなかった。


 一介の執事如きが雇い主の息子に無礼な態度を取っていると自覚はしている。


 だが!!もしも俺が触れて、綺麗な彼が汚れてしまったら。


 「アステル。握手はまた今度だ」

 「もしかしてフランクは人見知り?」

 「いや、そういうわけでは……」

 「そう?じゃあ今度、フランクが俺と握手をしたいと思うときまで取っておくよ」


 優しさの塊。


 子供というのは性別関係なく笑顔は可愛いものだ。屈託がなく、曇りなき笑顔。


 公しゃ……じゃないか。旦那様と奥様以外には俺の素性は話していない。今はまだ。


 いきなりでは混乱させてしまう。日が立って、俺が馴染んできた頃に話すらしい。


 使用人も皆、優しい。新入りの俺に嫌な顔一つせず、屋敷の案内をしてくれる。一人ずつ自己紹介もしてくれた。


 公爵家ともなると働く人間が多い。名前、覚えられるかな。


 小さな不安は育つことなく、むしろ数日で芽さえ消えた。


 居心地が良い。とても。


 公爵領にいるサックから俺宛に届いた手紙にも、不当な扱いは一切なく、夢の中を過ごしているようだと綴られていた。


 ──アイツらも居心地が良いのか。


 急に目の前の景色が色褪せた。足元が崩れた気がした。


 罪を償わない俺が普通の暮らしを手に入れるなんて許されるわけがない。


 無意識に線を引いた。


 俺は裁かれるべき存在で、裁かれず罪は不問となった。


 色のない世界を生きなければ。


 染められた真っ赤な手だけが、罪人(おれ)の世界なんだ。





 公爵家に新しい命が生まれた。名を、アンリース様。


 皆が天使のようだと口を揃える。


 ──俺も弟が生まれたときは同じように興奮していたな。


 アンリース様は撫でられるのが好きみたいで、アステル様に撫でてあげてと言われたが、愛らしい天使に俺の汚い手で触れていいわけもない。


 理由を付けてあまり近付かないようにして、ただただ時間だけが過ぎていく。


 俺以外の三人は今の世界を受け入れ、うまくやっている。気持ちを切り替えればいいだけのことなのに、俺には出来ない。


 使用人仲間も良くしてくれるが、引いた線を飛び越えないように細心の注意を払う。


 そんなある日のこと。


 俺を待ち伏せしていたかのように、アンリース様が俺の前に立っていた。


 「フランクはどうしていつも、私達から距離を取るの?」


 純粋な瞳で、素朴な疑問。


 窓から差し込む太陽の光がアンリース様の髪を照らして、キラキラと輝いて見える。


 「私の手は汚れていますので、皆様と同じ輪に入るわけにはいかないのです」


 優しくて温かい世界を、穢してはならない。


 距離を置かなくては。


 必要なときにだけ役に立つ。それだけでいい。


 余計なことはせず、心を無にして。


 「そんなことないよ」


 勝手に俺が引いた見えない線を飛び越えたアンリース様は、小さな手で俺の手を掴んだ


 「フランクの手は汚れていないよ。だって、こんなにも温かい」


 小さな手を振り払るなんて造作もない。でも、出来なかった。


 アンリース様の言葉は真っ直ぐ嘘偽りがなく、俺の心に響く。


 公爵と親子なんだと実感した。


 俺の手は血で染まり、汚れてしまった。


 「フランク?泣いてるの?ごめんね。フランクは触られたくなかったんだよね」


 汚れた手は、洗えばいい。それだけなんだ。


 そんな簡単なこともわからないほど俺は、自分の殻に閉じこもっていたのか。


 「いいえ。自分が恵まれ、幸せであるというのとに気付いたのです」

 「幸せ?」

 「はい。あの日、旦那様に手を差し伸べて頂いたときから、ずっと……」


 罪を背負って、生きて、生き続けることだけが俺に課せられた罰。


 「守ります。このフランクが、お嬢様もリードハルム家も、全て」


 誓った。


 片膝を付き、左胸に手を当て。騎士のように。






 「と、これが私の過去ですよ。ギルラック様」

 「ギルドの長だった?フランクが?」


 お嬢様の友人、ノルスタン・ギルラック様に私が公爵家で働くようになった経緯を知りたいと言われ、語ったのですがあまり信じていない様子。


 時の流れと共にギルドが存在していた事実は薄れ、今では過去にそういう組織があったような……と、曖昧になってきた。


 「ふむ。これはお気に召しませんか。では、路地裏で倒れていたところを旦那様に拾ってもらった話でも」

 「もういい」

 「フランク。あまりギルをからかわないであげて」

 「そんなつもりはないのですが」

 「だって嘘も混じってるだろ。その話」


 まるで本当のことを教えてくれないのだと拗ねたように口を尖らせています。


 初めてだったんですけどね。私の過去を、リードハルム家の方々以外に話したのは。


 陽の当たる世界で生きてもいいのだと思えたのは、アン様があの日、私の手を掴んでくれたから。


 可愛らしい容姿だけではなく、優しく平等で、まさに天使の一言に尽きる。


 守ると決めた。アン様を、アン様が大切に想う人を必ず。


 例えこの手が、再び血に染まろうとも。

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