私の大切な妹
「――お姉ちゃん、どうしよう!? 私、神童さんとえっちしちゃった――!」
私に会いに来るなり、結愛ちゃんが開口一番に発したのがその言葉だった。
顔をまるで茹で上がったタコさんのように真っ赤に染めながら。
――あらやだ、私ったら。まずは自己紹介からしなきゃよね。
私は神狩杏花。結愛ちゃんの姉よ。
結愛ちゃんとは十歳離れているから、年の差姉妹ということになるかしら。
……ふふっ、女性の年齢をすぐに計算しちゃダメよ?
年の離れた妹だからかしら。外ではしっかり者の結愛ちゃんも、私の前では幼い頃と変わらず甘えてきたり、何でも相談してくれるの。
でも今回は、ずいぶんと刺激的な内容になりそうね。
「あら、結愛ちゃんって意外と大胆だったのね。……それに、初めてのお客さんが神童ちゃんだったなんて……ふふっ、すごい奇跡ね」
「……お姉ちゃんって、どうしていつもそんなに冷静なの?」
「ふふっ、ありがとう」
「……えっと、別に褒めたんじゃないよ?……説明しづらいニュアンスだけど……」
「あら、そうなの?」
「……でも、お姉ちゃんと話してたら少し落ち着いてきたかも」
「ふふっ、じゃあゆっくりお話を聞かせてくれる?」
「……うん。待ち合わせの場所に行ったら神童さんがいて……スーツ姿が、すっごい素敵だったの――っ!」
大切な家族である結愛ちゃんが嬉しそうに語る姿を見ていると、なんだか私まで心が温かくなってしまうわね。
「あらあら、またお顔を真っ赤にしちゃって。本当にかわいいわね、結愛ちゃんは」
「――お、お姉ちゃん!」
「なぁに?」
「……えと、呼んだんじゃなくて。……お姉ちゃんって本物の天然キャラだよね」
「あら、そうなの?……あ、でも美月にもよくそう言われるわね」
「あっ、そう! 美月さん!……私、『デートのみ』でキャスト登録してもらってたのに、神童さんとその……えっちしちゃったのって、何かお店に迷惑かかっちゃうかな?」
「ふふっ、大丈夫よ。それに結愛ちゃんのその様子だと、無理やりされたわけじゃないんでしょう?」
「うん。神童さん、たぶん『デートのみ』って項目を見落としてたんだと思う」
「あら、神童ちゃんのこと、すっかり信じてるのね?」
「……え?」
「だって……もしかしたら、『デートのみ』って分かってた上で迫ってきたのかもしれないじゃない?」
「神童さんはそんな人じゃないよ?……それに、私も自分でちゃんと伝えなかったんだし……っ」
「結愛ちゃんって、本当に神童ちゃんのこと大好きよね」
「……うん、好き。……ていうか、もっと好きになっちゃった」
「あらあら。すっかり神童ちゃんに夢中になっちゃったのね」
「……うん。まさか本当に会えるなんて……未だに夢なんじゃないかって、なんだか信じられないくらい」
……ふふっ、本当にあの頃のままね。
***
「――お姉ちゃん、どうしよう! 私、好きな人できちゃった!」
「あら、おめでとう。結愛ちゃんが自分から恋をするなんて、初めてよね?」
「うん、そうなの! 同じクラスの神童凛さんっていうの!」
「凛さんってことは、お相手は女の子なのかしら?」
「うん! そうなんだけどね、神童さんってご実家が道場らしくて、もう本当にすごくて――!」
結愛ちゃんのこんなにも明るい笑顔を見るのは、なんだか久しぶりな気がするわね。
「ふふっ、とっても楽しそうね。それで、何か好きになるきっかけがあったのかしら?」
「……あ、うん。前に告白を断った男の子たちが、何人かで急に現れて……」
さっきまで華やいでいた結愛ちゃんの表情が、すっと青ざめて、肩が小さく震えているわ。
「結愛ちゃん、無理せずゆっくりでいいのよ?」
「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」
私は結愛ちゃんをそっと抱きしめると、その頭を優しく撫でてあげる。
幼い頃とは違って身長も伸びて、すっかり女の子らしくなって。今では立派な高校生なのに、私の腕の中で嬉しそうにしている姿は、あの頃と少しも変わらない。
ふふっ、本当にかわいい妹ね、結愛ちゃんは。
「じゃあそこに、その神童ちゃんが助けに入ってくれたのかしら?」
「……うん、そうなんだけど。それはきっかけにすぎなくて……っていうか、お姉ちゃん、私より先に『神童ちゃん』なんて呼ばないでよ」
さっきまでの怯えた表情が嘘のように、結愛ちゃんは頬をふくらませて、少し不機嫌そうに唇を尖らせる。
「あら、結愛ちゃんったら、嫉妬しちゃうくらい神童ちゃんのこと気に入っちゃったのね」
「もぉー、また言った!」
「あら、本当ね。でも、結愛ちゃんも神童ちゃんって呼べば問題は解決するんじゃないかしら?」
「……恥ずかしいから無理。それに、勝手にそんな呼び方するのって失礼でしょ?」
「ふふっ、結愛ちゃんって見た目に反して真面目さんよね」
「見た目は……お姉ちゃんがいつも可愛くしてくれてるからじゃん。私も気に入ってるけどさ」
「ふふっ、私の練習にいつも付き合ってくれてありがとうね、結愛ちゃん」
私のお仕事は、ヘアメイクアーティスト。
無事に夢を叶えてプロになれた今でも、腕を磨くための日々の練習は怠れない。
当時の結愛ちゃんは、そんな私の練習台になると自分から申し出てくれて――。
でも、元々愛らしいお顔をした結愛ちゃんを私がさらにおめかしさせてしまっているのだから、男の子たちが放っておくはずもないわよね。
そう考えると、結愛ちゃんが男の子たちに囲まれるきっかけを作ってしまったのは、元を辿れば私のせいなのかもしれないわ。
「――あ、お姉ちゃんのせいじゃないからね?」
「ふふっ、結愛ちゃんはお姉ちゃんの考えていること、なんでもお見通しなのね。……ありがとう」
***
ふふっ、つい昔のことを思い出しちゃったわ。
私はまだどこか夢見心地な結愛ちゃんに向かって、そっと声をかける。
「あら、それじゃあもうキャストでいる必要はないわよね? 美月に連絡しなくちゃ……」
「――あっ、待ってお姉ちゃん!」
「結愛ちゃん?」
「あっ、えっと……神童さんと会えただけでも信じられなかったのに、その……神童さんが私を求めてくれたのが嬉しくて舞い上がっちゃって……連絡先、聞くの忘れちゃったの……」
結愛ちゃんはまた顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってしまったわ。
「ふふっ、結愛ちゃん初めてだったんだもの。そうなっちゃうわよね」
「ううぅ……」
「それじゃあ美月に頼んで、神童ちゃんしか予約を取れないようにしてもらいましょうか?」
「えっ、そんなこと……迷惑にならないかな?」
「結愛ちゃんは、他の女の子ともデートしてみたいのかしら?」
「そんなの、神童さんとしかしたくない」
「ふふっ、じゃあそうしましょう? それに美月だって経緯を知ってるんだもの、反対なんてしないわよ」
「ありがとう、お姉ちゃん。でも、私も自分で美月さんにお礼も兼ねて伝えなくちゃ。通話、途中で代わってね?」
「ふふっ、結愛ちゃんは本当にいい子ね」
「……あ、でも神童さん、また予約入れてくれるかな?……私、神童さんにほとんど何もしてあげられなかったから。……上手くできるかも、わかんないけど……」
「ふふっ、神童ちゃんなら絶対に、また予約を入れてくれるわよ」
「……え?」
「だって、結愛ちゃんがいま話してくれた内容だと――『してあげる時間』がなくなるくらい、神童ちゃんが求めてくれたってことでしょう?」
「――お、お姉ちゃん!」
「ふふっ、結愛ちゃん、またお顔が真っ赤よ?」
「……お姉ちゃんって、たまにすっごく意地悪だよね」
思い詰めた顔で結愛ちゃんが相談にやってきて、美月の経営するお店のキャストになってみるのはどうかと提案したあのときの、沈みきっていた表情とは真逆の……本当に素敵な笑顔。
神童ちゃん、私の大切な妹をどうぞよろしくお願いします。
第4話! 読んでくださり、ありがとうございました!
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