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私は今日、初恋の人をお金で買います。  作者: ぬまるる


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初恋の再燃


 神狩さんとセックスしてしまった。


 そう、性行為。本来なら好き合っている者同士だけに許される、あのえっちな行為を、だ。


 ……え、これって夢とか妄想じゃないよね?


 もしそうだったら私、ついにその領域まで行っちゃった本気でやばいヤツじゃない?


 ていうか私、ちゃんとできてた? いま思い返してみると、割と素人っぽさ出ちゃってなかった……?

 ……ちゃんとお金渡したっけ?……え、渡したよね?無銭セックスしてないよね?


 なんかもう、神狩さんの綺麗な瞳とか、死ぬほど柔らかかった唇とか、首筋、鎖骨、胸、お腹、お臍、くびれ、股の間の感触とか――そんなのしか覚えてない。


 ……いや、ここまで覚えてたら結構覚えてるほうなのでは?


 あ、でも……私がキスしたり触れたりしたときに出してくれたえっちな声や吐息、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに目を逸らす素振り、快感に何度も小さく震える身体、肩をぎゅっと掴んでくれたときの感触、舌を這わせたときに見せてくれた切なそうな表情――。


(ああああああああああああああああああああぁ……)


 神狩さんとのセックスを思い出してたまらなくなってしまい、私は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。絶叫だけはなんとか心の中で抑え込んだものの、激しく跳ねる心臓の鼓動と、熱を帯びた吐息までは誤魔化しきれない。


 いかん、これ以上のリピート再生は危険だ。

 このまま脳内で記憶を再生させ続けたら、神狩さんとのセカンドセックスが始まってしまう。


 それはまた、お金を払ってしっかりと迎えたい。


 それに、私のデリケートゾーンを必死に守ってくれている薄い布も、そろそろ限界を迎えてしまいそうだ。帰宅まであと少し、なんとか持ち堪えてくれ。


 ……ていうか、思い出したらまた気持ちが昂ってきた。普通に自分で触りたくてやばい。……うん、帰ろう。速やかに。神狩さんとのセックスの記憶が生々しく鮮明に思い出せるうちに――。


 ***


「お嬢、お勤めご苦労様です!」


 夜稽古を終えたばかりの、汗だくでいつもよりさらにむさ苦しい門下生たちに声をかけられた。本来なら心の中で盛大な溜息を吐くところだ。だが、いまの私の心は神狩さんによって満たされ、どこまでも清く澄んでいるのがわかる。


 そう、すこぶる機嫌がいい。


 これまでの人生で一番機嫌が良いと言い切れてしまうくらいに。


「ありがとう、あんたたちも稽古おつかれさま!」


『……え?』


 私が笑顔で返すと、門下生たちからあからさまな戸惑いの声が漏れた。


 なんだその態度は。労いの言葉だけでなく、職場でする営業スマイル張りの笑顔までつけてやったというのに。


 ……というか、やっぱり漏れ出てしまう声というのは、女の子じゃないとだめだな。女の子、というより神狩さんの、だけど……。


 いかん、気を抜くとすぐにまた神狩さんとのセックスを思い出して顔がニヤけそうになる。というか、もうニヤけてしまっているのかもしれない。口元が緩んでいくのを抑えられず、自分の表情がいまどうなっているのか自分でもわからない。


 幸せすぎて、感情の制御がまったく効かない。


 神狩さんに関することだけは、長年の稽古によって培ってきたはずの精神統一すら無意味になってしまうようだ。


 恋の力って本当にすごい。……いや、恋ではないな。

 彼女と再会できて身体に触れられたのは、『レズ風俗』というこの世に存在する最高のシステムの力をお借りして、金銭を払い、手に入れた権利なのだから。


 でも、それがどうした。有り難く利用させてもらう以外の選択肢はないだろう。


 これからは週に一度、神狩さんと会える。


 ――そう、私はすでにサイト内に表示されていた予約可能な枠を、入れられるだけすべて取得してしまっている。


 最初はこんなあからさまなストーカーまがいの行為をしたら、いくら自由に利用できる風俗とはいえ、神狩さんに引かれるのはもちろん、彼女自身にもお店から何かペナルティのようなものが課せられ、迷惑をかけてしまうのではないかと考えた。


 だが、躊躇したのは本当に、一瞬だけだった。


 神狩さんのような魅力的な女性を狙うライバルなんて、数え切れないほど存在するに決まっている。というか、神狩さんがどこの馬の骨かもわからない女とセックスするなんて、考えたくもない。


 それに、まだまだ素人の私なんかより、もっと変態的な嗜好を持つ本物の常連客だっているはずだ。

 ――そう、これは私が毎週神狩さんとセックスしたいという理由だけではなく、神狩さんを危険から守るための『防衛策』にもなるはずだ。


 ……はぁ。神狩さん、本当にかわいかったな。


 ていうか私、本当に神狩さんとセックスしたんだよね? 神狩さんとセックスできたことが嬉しすぎて、もう脳内で何回『セックス』という単語を繰り返したのかわからない。


 セックス――今となっては、人類が夢中になってしまうのも頷ける。


 自分の好きな相手が、あんなにも淫らに可愛らしい声を漏らし、よがり、瞳を潤ませ、濡らしてジト目まで見せてくれるのだから、夢中にならないほうがむしろ異常だろう。


 ……そろそろ本当に下着が限界だな。うん、まずは浴室へ向かおう。


「……嬢、……お嬢?」


 脳内での自問自答に決着をつけた私は、門下生モブ男1から声をかけられていることに、ようやく気づいた。なんだ、まだいたのかモブ男1よ。


「なにか用?」

「……いや、今日はどうされたんですか?」

「なにが?」

「労いの言葉をかけて下さるだけでなく、笑顔まで……。お嬢の笑顔にすっかり魅了されてしまった新規の門下生たちが、ほら……」


 モブ男1が視線を向けた先では、最近門を叩いたばかりの若手たちが、呆けた顔のまま数人立ち尽くしていた。


「あー……じゃあ私、もう行くね。呆けてる子たちには『そういう目で私のことを見たら即破門になるぞ』って釘を刺しておいて」


 モブ男1は、門下生のなかでもまとめ役に位置している男だ。


「……ええ、承知いたしました」

「ありがと! じゃ、よろしく――!」


「――おい、凛!」


 神狩さんとの余韻に浸りながら急いで浴室へ向かおうとした矢先、再び声をかけられてしまった。この道場で私のことを『お嬢』ではなく、下の名前で呼ぶ男は家族を除けば一人しかいない。


 私は声が飛んできた方へ視線を向けた。


「なに?」

「『なに?』じゃないだろお前。なんて顔してんだよ」

「……は?」

「完全に誘ってる顔だろ、それ」

「……は? 誰が誰を誘ってるって?」

「……はぁ。お前、顔だけは美人なんだからもっと自覚持てよ。……ま、俺は一切反応しないけどな?」

「そんな気ないし、知ってるからわざわざ言うな」

「せっかく教えてやってんだから感謝しろよな」

「……はぁ。あんたの場合、ただ私に媚び売りたいだけでしょ」

「まぁ、そうだな。将来、義姉さんになってもらうわけだしな?」

「うざ」


 私の容赦のない一言にも豪快な笑い声を上げているこのガタイのいい男は、私の幼馴染である冴木正人《さえき まさと》だ。


 同い年で、物心ついた頃から一緒に道場で汗を流してきた兄弟のような存在。


 そして、私の弟である次男、神童海《しんどう かい》の恋人。


 私たちはふたりとも、恋愛対象が同性だけ。だからこうしてお互いに何でも遠慮なく話せる関係性は、昔からずっと変わらない。


「凛、何かいいことでもあったのか?」

「あった。めっちゃいいこと。絶対に教えてやんないけど」

「なんだよそれ」


 いかん、神狩さんのことを少しでも考えると、すぐに口元が緩んでしまう。


「……よかったな。お前、最近ずっとつまらなそうにしてたからさ。久々にその顔見た気がするわ」


 こいつはいいやつだ。……うん、それだけは昔からずっと認めている。

 だから、海とも上手くいってくれたら嬉しい。本人には絶対に言ってやらないけど。


「さらっと気色悪いこと言わないでくれる?……ま、でも海のことは、任せる」

「なんでだよ。そこは『ありがとう』だろ?……ま、お前が元気ないと海が心配して可哀想だからな。……まぁ、それがまた可愛いんだけどさ」

「うざ」


 目の前にいるこいつには『恋人』がいるが、私にも神狩さんとの『予約』がある。


 ……うん、互角だな。以前は少しだけ負けているような気がしていたけれど、これからは違う。むしろ毎週、神狩さんと確実に触れ合える権利を得ている私のほうが上だろう。


「……ふっ、私の勝ちだな」

「は? なんの話だよ?」


 ――はぁ、神狩さんに早く会いたい。



第5話! 読んでくださり、ありがとうございました!


少しでも「続きが気になる!」と思って下さった方は、【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも上がっていくかと思います。……何卒っ!


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