初体験
神狩さんは瞳を大きく見開き、驚きの声を漏らした。
それもそうだろう。私は事前に写真を見て指名しているけれど、キャストはこちらの顔を知る由もない。合流の瞬間こそが、彼女にとっての初対面なのだから。
女性専用風俗の利用も、誰かとの性行為も、今日が人生で初めてだ。
それでも、目の前の彼女にだけは、それを悟られないようにしたい。くだらない見栄だと分かっていても平常心を装い、私は遊び慣れた常連客のように、新人キャストである彼女へ声をかけた。
「ユアさん、ここで私の本名を口に出してはいけませんよね?」
「……あ。……ご、ごめんなさい私……っ」
顔を赤くしたり青くしたりと、ころころ変わる彼女の表情が愛らしくて仕方がない。
「ふふっ、少しは落ち着きましたか?」
「……あ」
どうやら私の意図を汲み取ってくれたらしい。彼女の耳元へ顔を寄せ、そっと囁く。
「今日って……このままこのホテルの部屋で、――してもいいんだよね?」
「――っ」
彼女の大きな瞳がなぜか戸惑うように揺れ、何かを言い淀んでいるかのように口を小さく開閉させている。
(……え、この感じ……もしかして神狩さん、今日が初出勤だったりする? ……いやいやいや、そんな都合のいい展開があるわけないよね?)
もしそうだったら死ぬほど嬉しい……けど、だからと言って彼女の『初めて』の相手になれるわけではない――か。
神狩結愛――彼女は高校時代、いつも華やかなグループの中心にいた。
校則にギリギリ引っかからない程度に抑えつつも、いつも綺麗にネイルを整え、メイクも完璧に決めていた。
その姿はまさに女子高生という生き物の中でも、圧倒的な輝きを放つ『一軍』の存在。
実家の道場でむさ苦しい男連中と共に毎日汗を流し、学生時代はメイクなんてまったくしていなかった私とは真逆の存在。
つまり、稽古漬けで地味だった私とは、住む世界の違うグループに属していたということだ。
その華やかさゆえに、彼女がクラスの男子から声をかけられている光景は何度も目にしたことがあった。
いつも側にいた取り巻きの女子たちは、神狩さんを目当てに群がる男子たちが目当てだったのだろう。
男を引き寄せるための、悪く言えば『餌』のような存在。
神狩さんはいつも作り笑いばかりを浮かべていて、楽しそうには見えなかったから。
私にはなんとなく透けて見えていたけれど、他のクラスメイトはそうじゃなかった。
そのうち、彼女が男漁りばかりしているだの、ラブホテルから出てくるところを見たといった悪質な噂が囁かれ始めた。それでも神狩さんは、一度だってそれを否定しようとはしなかった。
もし困っているのであれば助けに入るつもりだったけれど、その沈黙がきっと『答え』なのだろうと思った。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
私たちはお互い、もう学生ではなく立派な大人だ。
再会のきっかけが風俗だろうと、彼女と繋がる手段を、私はついに手に入れたのだから。
「……あの、私……」
何かを言い淀む彼女の唇に視線を落としながらも、私の理性はすでに限界を迎えていた。
もう会うことすら叶わないと諦めていた、ずっと想い続けていた初恋の相手。そんな彼女とホテルのロビーにいて、これから同じ部屋へ向かおうという場面で、いつまでも立ち止まってなんかいられない。
私はそっと、彼女の手を取った。
「じゃあ、時間も限られていますし、さっそく部屋へ向かいましょうか?」
「……はい」
耳まで真っ赤に染め、戸惑いながらも頷いてくれた彼女の手をそのまま引き、私たちは静かに部屋へと歩き出した。
***
ホテルのドアをカードキーで開け、部屋へと足を踏み入れる。私たちはひとまず荷物を小さなテーブルの上に置き、互いに上着をハンガーへかけていった。
「神狩さん……あ、ごめんね。さっき自分で言っておきながら」
「……あ、大丈夫です」
「え、本当?……じゃあ、このまま神狩さんって呼ばせてもらってもいい?」
「……うん」
返事をしながらも、神狩さんはさっきからずっと全身を強張らせている。
まるで、セックスの経験なんて一度もないかのように――。
いや、私だって処女なわけだけど。というより、実家が道場だけでなく見事なまでの男所帯で育ってきたせいで、男脳寄りな私はもはや童貞と言った方が正しいかもしれない。おっといかんオブラートが。
少しでも緊張をほぐせればと思い、私はいつもの営業スマイルを作ると、底抜けに明るい声で言葉を投げかけた。
「神狩さん、じゃあ早速、まずは一緒にお風呂ですよね?」
「……あ、……うん」
そんなやり取りを経て、ユアさんこと――神狩さんと私はいま、ホテルの大きな浴槽にふたりで浸かっている。
私が、彼女を後ろから抱きしめる形で。
「……あの、本当に神童さん……なの?」
「え? この状況になってもまだその質問する?」
「だ、だって神童さんって、そういうイメージが全然なかったから……」
「私もまさかレズ風俗で神狩さんと再会できるなんて思ってなかった。……神狩さんって、女の人もいけたんだ?」
私の言葉に、神狩さんの身体がビクッと大きく跳ねた。
浴室に入ってからは、お互い同い年なんだし、なるべく敬語はなしにしようと決めた。
……はぁ、本当にかわいい。会話できるだけでも嬉しい相手が私の腕の中にいてくれるとか、やばすぎでしょ……もう無理、我慢できそうにない。
彼女の身体をそっと振り向かせ、私は彼女に問いかけた。
「……神狩さん、キスしてもいい?」
私の問いかけに、神狩さんの肩が一瞬で強張ったのがわかる。
でも、なんでだろう? キスくらい今まで何度も経験しているだろうに。私が高校の同級生で、知っている人間だから? やっぱり少し気まずいのかな?
私は気まずいどころか、改めて神に感謝しているくらい最高の気分なのだけど。でもそれは、度重なる緊張と興奮のせいで、恥ずかしいという概念が消え去ってしまったからかもしれない。
「……あ、えっと……」
「もしかして、ちょっと困ってる?」
「……え?」
「やっぱり私が同級生だから、相手をしづらいのかなって」
「あっ、そうじゃないの……っ」
「じゃあ、私がキスしても嫌じゃない?」
「……嫌じゃないよ」
「よかった……ありがとう」
その言葉に神狩さんが顔を上げると、私と視線が重なった。
視線を逸らさず顔を近づけていった私は、そのまま唇をそっと塞いだ。
『――んっ』
神狩さんと自分の吐息が、自然と零れ落ちた。
(……キスって、こんなに気持ちいいんだ……やば……)
唇を重ねただけで、この気持ち良さ。
これからもっと感じる場所に触れたとき、どうなっちゃうのこれ?
考えただけで鋭い快感が、下腹部の奥を直接疼かせる。
私はこの日のために、ありとあらゆる知識をこれでもかと詰め込んできた。
自分の身体を適当に慰めるのとは違って、経験豊富な神狩さんを満足させるためには、これまでの自分が知らなかったことまで学ぶ必要があると判断したからだ。
まずは情報収集が基本。営業で契約を勝ち取るためにも、それが一番の必須項目だ。
ここからの私は、神狩さんを満足させることだけを考えて行動する。
――武術と一緒で初手、そして流れるように次の手を打っていくのが肝になるはずだ。
唇をゆっくり離すと、真っ赤な顔をした神狩さんが何かを言いたげな視線を向けたけれど――その表情は逆に、私をひどく興奮させた。
離したばかりの唇をすぐに戻すと、その隙間から舌を滑り込ませる。彼女の舌を何度か絡め取ったあと、同じようにやってみろと促すように、舌先でつついて煽ってみせた。
すると、少しだけムッとした表情を覗かせた神狩さんの舌が、私の舌を絡め返してくる。
湯船のお湯が揺れる音と、口内で舌を絡め合う水音が浴室内を支配していて、頭がおかしくなりそうだった。
そのまま手は自然と彼女の胸元へと向かい、小さな膨らみを指先で転がしながら、首筋へ唇を寄せて彼女の反応を伺う。
「――あっ、神童、さ……んぅっ」
「ここ、気持ちいいんだ?」
「……さっきから、いじわるなことばっかりしないで……っ」
「神狩さんこそ、私を煽るような声ばっかり出してるじゃん……やらしい」
私が耳元で囁くたびに素直な反応を見せてくれる彼女がたまらなく愛おしくて、気づいたときにはまた唇を塞いでしまっている。
キスを解くと同時に、指先で弄り続けていた小さな膨らみを口内へと含み、舌先で転がしながら優しく吸い上げてみる。
「あっ……ぅっ……」
快感に耐える甘い声を漏らし、彼女は私の肩にしがみつくように何度も両手をぎゅっと掴んでは、身体を小さく震わせている。
「ここも触っちゃうね?」
「……え?」
さらに深く触れるため、太ももの隙間へ滑り込ませた指先で、優しくゆっくりとなぞり上げていく。
「――あっ、待って……神童さん……っ」
「神狩さんって、普段からこんなに濡れるの?」
「んっ、それは……っ」
「言葉にされるの、恥ずかしい?」
「ち、ちがっ……っ」
少し意地悪するだけで想像以上の反応を返してくれる姿に、ゾクゾクするような快感が走り、指の動きを止めてあげられない。
「……ねぇ、お湯の中でもわかるくらいなんだから、もういいよね?」
「あっ、待って――」
指先を彼女の奥へ沈めようとしたのと同時に、手首をぎゅっと掴まれてしまった。
「……神狩さん?」
「あっ……あの、……今日はまだ、入れちゃだめ」
「……あ、何かそういうお店のルールがあるとか?」
「う、うん……そんな感じ」
神狩さんは嘘をついている。明らかに目が泳いでいるし。
でも、嫌がる彼女の意思を無視してまでするようなことじゃない。
「わかった。でも神狩さん、そのままじゃ帰れないでしょ?」
顔を真っ赤に染めた彼女は、完全に快感を請い焦がれる表情を浮かべている。
「……そ、そんなことない……っ」
「いやいや、そんな顔で言われても……ふふっ」
思わず吹き出してしまった私を、神狩さんは唇を小さく尖らせ、抗議するようにジト目で見つめてくる。
(なんなのそれ、怒ってるつもり? かわいいだけなんだけど?)
「……私のことより、神童さんはいいの?」
「触らなくてもいいのか、ってことだよね?」
「……うん」
「触ってほしいけど、そしたら時間が足りなくなっちゃいそうだから――」
私は言葉の途中で、再び視線が重なり合った神狩さんの唇をそっと塞いだ――。
第3話! 読んでくださり、ありがとうございました!
少しでも「続きが気になる!」と思って下さった方は、【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも上がっていくかと思います。……何卒っ!




