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乙女ゲームのヒロインが「恋愛はしません、工房は開きます」と言い出したので、モブ令嬢の私は頭を抱えています  作者: 霜山ナイト


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第14話 材料調達大作戦

「予算は、これだけです」


 放課後の教室。学級委員のクラリスさんが、机の上に小さな革袋を置いた。


 中身は銀貨が十二枚。学園から支給された、学園祭の準備資金のすべてだ。


 その横に、紬が一枚の紙を並べる。昨夜、紬が寝る間も惜しんで書き上げた材料の一覧だった。


 毛糸、刺繍糸、麻紐、革紐、布の端切れ、精霊樹の蝋、火精の粘土、とんぼ玉用の色硝子、蝋燭の芯、染料、それから。


「……長くない?」


 思わず声が漏れた。紙の裏側までびっしりと埋まっている。


「クラス全員で作るし、お客さんにも体験してもらうから。これでも減らしたほう」

「減らしてこれ!?」


 クラリスさんが眉間に指を当てて、一覧に目を走らせた。上から下まで読み終えると、静かに顔を上げる。


「ウィンスレットさん。これを全部、普通に買ったらいくらになりますか」

「たぶん、銀貨三十枚くらいです」

「予算の倍以上ですね」

「はい」


 紬はまったく動じていない。


「だから、普通には買いません」


◇ ◇ ◇


 週末。王都の市場は、いつもと変わらない賑わいを見せていた。


 買い出しに来たのは四人。紬と私、刺繍を教わりたいと手を挙げたエマさん、そして。


「なんで俺が……」


 両手を外套のポケットに突っ込んで、不機嫌そうに歩くレオンだ。


 買い出しの係を決めるとき、クラリスさんは迷わずレオンを指名した。当然レオンは猛反発したけれど、クラリスさんがにっこり笑って「ブローチのお礼をなさったら?」と言った瞬間、何も言い返せなくなった。学級委員、恐るべし。


「レオン様、今日はよろしくお願いします」

「……ふん。荷物持ちだけだからな。それ以外は何もしねえぞ」


 紬にぺこりと頭を下げられて、レオンはぷいとそっぽを向いた。耳が赤い。


 紬が最初に向かったのは、入学したばかりの頃に霧山羊の毛糸を買った糸屋だった。


「おや、お嬢ちゃん!また来てくれたのかい」


 店主のおばさんが顔をほころばせる。紬はぺこりと会釈して、店先ではなく奥の棚を指さした。


「あそこの箱、見せてもらってもいいですか」

「あそこ?あれは売り物にならない糸だよ。染めむらが出たやつとか、途中で切れちゃった短いやつとか」

「それが欲しいんです」


 おばさんが目を丸くする。私もだ。


 紬は箱の中から、色むらのある毛糸の束を取り出した。濃い青と薄い青が、まだらに混ざり合っている。


「色むらは、編むと模様になるんです。わざと出そうとしても、なかなかこうはならない」


 紬は毛糸を指に巻きつけて、くるくると数目だけ指で編んでみせた。まだらだった色が、編み目の中で波のような模様を描き出す。


「わあ……」


 エマさんが小さく声を上げた。


「短い糸も、つなげばいい。結び目を模様にすれば、継ぎ目も飾りになります」

「へえ……そんな使い方があるのかい」


 おばさんは感心したように、紬の手元を覗き込んだ。


「お嬢ちゃん、その箱ごと持っておいき。銀貨一枚でいいよ」

「え、いいんですか」

「どうせ捨てるつもりだったんだ。その代わり、出来上がったら見せておくれ」

「はい。必ず」


 箱を受け取った紬は、満足そうにうなずいた。


 その箱をそのまま、隣に立つレオンの腕に乗せる。


「お願いします」

「……おう」


 レオンは文句を言わなかった。言えなかったのかもしれない。紬の手元を見ていた彼の目は、少しだけ、さっきとは違う色をしていた。


 前世の紬も、百均の材料で驚くようなものを作っていた。安い材料を馬鹿にしない。売り物にならない端切れにこそ、使い道を見つける。高い材料を買えないなら、材料のほうを工夫すればいい。


 それが、紬のやり方だった。


◇ ◇ ◇


 布屋では、仕立てのあとに出た端切れを。粘土の露店では、運んでいる途中で欠けてしまった塊を。紬は次々と、売り物にならないものを安く譲り受けていった。


 けれど、すべてが順調に進んだわけではない。


「駄目だ駄目だ。端材だろうと、うちの蝋は安売りしねえ」


 市場の外れにある蝋燭屋の主人は、腕組みをして首を横に振った。白い髭を蓄えた、頑固そうな老人だ。


「精霊樹の蝋は、ひと冬かけて樹液を集めて作るんだ。削りくずだって立派な商品だよ。学生のお遊びにまけてやる義理はねえ」

「お遊びじゃないです」

「どっちでも同じだ」


 取りつく島もない。紬は少し考えるように黙り込んだ。


 精霊樹の蝋は、蝋燭作りの体験に欠かせない材料だ。ここで手に入らなければ、出し物の目玉がひとつ消えてしまう。


 私が何か言おうと口を開きかけた、そのときだった。


「親父さん。この店、ヴァイス商会に卸してるだろ」


 後ろから、レオンがひょいと顔を出した。


 老人の眉がぴくりと動く。


「……なんで知ってる」

「うちの屋敷の蝋燭、ヴァイス商会から買ってるからな。王都で一番質のいい精霊樹の蝋はこの店のだって、執事がいつも自慢してる」


 レオンは店先に並ぶ蝋燭をひとつ手に取って、光にかざしてみせた。


「なあ親父さん。学園祭には、貴族の家の連中がわんさか来るんだ。そいつらの前で、この店の蝋で作った蝋燭がずらっと並んだらどうなる?」

「…………」

「『この蝋はどこの店のものですか』って聞かれたら、俺が直接答えてやるよ。ヴァレンシュタイン公爵家のレオンが太鼓判を押した店だってな」


 にやりと笑うレオン。意地悪そうな、それでいてどこか人懐こい、あの笑み。


 老人は長いこと黙っていた。やがて、ふん、と鼻を鳴らす。


「……削りくずだけだぞ。銀貨二枚」

「一枚半」

「調子に乗るな小僧!」

「じゃあ二枚で。その代わり、芯糸もつけてくれ」

「…………持ってけ」


 老人はぶつくさ言いながら、蝋の削りくずが詰まった袋と、芯糸の束を差し出してきた。


 私とエマさんは、ぽかんと口を開けてそれを見ていた。


 紬が、レオンを見上げる。


「レオン様、交渉上手ですね」

「……は?」

「私、ああいうのは全然できないので。助かりました」


 まっすぐな目でそう言われて、レオンの顔がぼっと赤くなった。


「べ、別に!荷物が増えるのが嫌だっただけだ!」

「荷物、増えましたけど」

「うるせえ!」


『レオン・ヴァレンシュタイン 好感度 +9』


 頭上で、ハートがぽんと弾けた。


◇ ◇ ◇


 帰り道。紬とエマさんが少し先を歩いている。紬が、色むらの毛糸の編み方をエマさんに説明しているらしい。エマさんは何度もうなずきながら、熱心に聞き入っていた。


 私は、両腕いっぱいに荷物を抱えたレオンと並んで歩いていた。


「……なあ」


 レオンが、前を向いたままぼそりと言った。


「あいつ、いつもあんな感じなのか」

「エリシアですか?はい、だいたい」

「売り物にならねえ糸とか、欠けた粘土とか。普通、そんなもん欲しがらねえだろ」

「そうですね」

「なのにあいつ、本当に嬉しそうに受け取ってた」


 レオンは少しだけ黙った。


「俺さ。何やっても、大体できるんだよ」


 急な告白に、私は思わずレオンの顔を見上げた。


「剣も、魔法も、勉強も。社交も。公爵家の次男だから、何でも一通り習わされて、何でもそこそこできる。でも、どれも夢中になったことがねえ」


 レオンは前を歩く紬の背中を見ていた。


「あいつ見てると、なんかムカつくんだよな。あんなに夢中になれるもんがあって」


 意地悪な口ぶりだった。でも、その目はちっとも意地悪じゃなかった。


 ゲームのレオンには、こんな台詞はなかった。少なくとも、私がクリアしたルートの中では。


「……レオン様」

「なんだよ」

「さっきの交渉、本当にすごかったです」


 レオンが怪訝そうにこちらを見下ろす。


「エリシアは、材料を見る目はあるけど、人と話すのは苦手なんです。わかってもらえなかったら、それでいいって思っちゃう。だから、今日みたいにレオン様が間に入ってくれると、すごく助かります」


 前世で、私がずっとやってきたこと。紬と世界の間に、橋をかけること。


 今日のレオンは、それをやってくれた。


「……そうかよ」


 レオンはそっぽを向いた。荷物を抱え直す腕に、ぐっと力がこもったのが見えた。


「レオン様、陽菜」


 前を歩いていた紬が、くるりと振り返る。


「今日はありがとうございました。レオン様がいてくれて、本当に助かりました」

「……ふん」


 鼻を鳴らすレオンの頭上で、またハートが弾けた。


『レオン 好感度 +6』


「それで、来週の買い出しなんですけど」

「……どうせ、また俺だろ」

「はい」

「即答すんな!」


 レオンの叫び声が、夕暮れの坂道に響き渡った。


 エマさんがくすくすと笑っている。紬はきょとんと首をかしげている。私は荷物の陰で、こっそり笑いをこらえていた。


 学園の正門が見えてきた。教室に荷物を運び込むまでが買い出しだ。


 ところが、教室の扉の前まで来たところで、私たちは足を止めることになった。


 扉の前に、誰かが立っていた。


 さらりと流れる金の髪。乱れひとつない制服。胸元で光る王家の紋章。


「戻ったか」


 殿下だった。


「学園祭の準備状況を、各クラスで視察している。このクラスは、手作りの雑貨工房をやるそうだな」


 殿下の視線が、レオンの抱えた荷物の山に向けられる。それから、紬の顔に。


「何を作るのか、見せてもらおう」

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