第9話 贈り物イベント誤爆
二〇七号室の机の上に、四つの包みが並んでいた。
包みといっても、紬がそれらしく整えたわけではない。端切れの布でくるんで、樹皮の繊維で作った細い紐で縛っただけ。リボンもなければ、カードも添えられていない。
「ねえ紬。渡すとき、なんて言うつもり?」
「試作品です、使ってみてください」
「……それだけ?」
「あと、感想ください」
私は頭を抱えた。
ゲームでは贈り物を渡す場面にも選択肢があった。「いつもお世話になっているので」「あなたに似合うと思って」「たまたま余っていたので」。どれを選ぶかで好感度の上がり方が変わる。照れながら渡すか、さりげなく渡すか。そこも含めての贈り物イベントなのだ。
「せめてもうちょっと、こう……気持ちを込めない?」
「込めてるよ。ちゃんと作ったもん」
紬は不思議そうに首をかしげる。
それはそうだ。紬の気持ちは全部、作品のほうに込められている。言葉に込める分なんて最初から残っていないのだ。
もうこうなったら仕方ない。どうせ私の誘導なんて通用しないのだから、せめて結果を見届けよう。
私は好感度の確認に専念することにした。
◇ ◇ ◇
ひとり目は、図書館のシリルだった。
「試作品です。使ってみてください」
机の上に差し出されたのは、霧山羊の毛糸で編んだ手袋だ。先週の灰色のものとは違い、指先を出せるように五本の指先だけ編み目を開いてある。
「ペンを持つとき、指先が出てたほうが書きやすいと思って。シリル様、いつも手が冷たそうだったので」
シリルは無言で手袋を受け取った。はめる。指を開いたり閉じたりする。手袋がじわりと夜色に染まっていく。
それから眼鏡を押し上げ、ものすごい速さで紬に向き直った。
「指先の開口部の縁、編み目の密度を変えているな」
「はい。そこから魔力が逃げないように、縁だけ目を詰めました」
「では、熱の分布は」
「手のひらが一番温かくて、指先に向かってゆるやかに下がるようにしてます。全部同じ温度だと、ペン先の感覚が鈍るので」
「……検証する。三日くれ」
シリルは手袋をはめたまま、すぐさまペンを走らせ始めた。記録用紙の一番上に「試料一号」と書いてある。
贈り物を受け取った人の反応では、まったくない。
『シリル・ルナティス 好感度 +18』
でも上がった。思いっきり上がった。
◇ ◇ ◇
ふたり目は、教室のレオン。
「レオン様、これ」
「あ?」
昼休み、窓際で友人たちとふざけていたレオンが振り返る。紬の差し出した包みを見て、その顔が目に見えて引きつった。
「……なんだよ、それ」
「試作品です。使ってみてください」
包みの中身は、火精の粘土で作ったブローチだった。赤銅色の土を薄く延ばして、炎のような模様を彫り込んである。魔力を通して焼き固めた表面は、光の加減でかすかに金色を帯びていた。
「レオン様の髪の色に合わせてみました」
「は、はあ!?」
教室じゅうの視線が一斉に集まった。
公爵令息に、編入生の伯爵令嬢が手作りの贈り物。しかも「髪の色に合わせた」という一言つき。女子生徒たちの間に、声にならない悲鳴が走る。
レオンの顔が、みるみるうちに髪と同じ色に染まっていった。
「べ、別に欲しいなんて言ってねえし!こんな地味なもん!」
「そうですか。じゃあ別の人に」
「勝手に人にやるな!」
レオンは紬の手からブローチをひったくり、外套の襟元に乱暴に留めた。留めてから、はっとしたように固まる。
「……おい。焼き物なのに、なんでこんな軽いんだ」
「粘土に空気を含ませてから焼いたので。重いと襟が下がるかなって」
「…………ふん」
そっぽを向いたまま、レオンはブローチの位置を指先で直していた。何度も。
『レオン・ヴァレンシュタイン 好感度 +15』
(わかりやすい……!)
ゲームのレオンも、照れると怒ったふりをするキャラクターだった。ツンデレ枠の面目躍如だ。
◇ ◇ ◇
三人目は、訓練場のユリウス先輩。
「試作品です。使ってみてください」
「……俺に?」
先輩は少し戸惑ったように、差し出された包みを受け取った。
中身は、細い組紐のブレスレットだった。先週もらった革紐の切れ端を使い、剣帯と同じ八本組みで編み上げたものだ。ただし色は藍と白。先輩の剣の飾り紐と同じ配色にしてある。
「これは、俺のじゃない」
先輩はブレスレットを手のひらに載せたまま、静かに言った。
「妹のサイズだな」
「はい。飾り紐のお礼です。妹さんの作ったものを触らせてもらったので」
紬はこともなげに答える。
「お揃いのほうが、妹さんも嬉しいかなって」
先輩はしばらく、何も言わなかった。
ブレスレットを握りしめる大きな手。うつむいた顔は、短い前髪に隠れて見えない。
「……次の休暇に、必ず届ける」
それだけ言って、先輩は深く頭を下げた。騎士の礼だった。
『ユリウス・クロード 好感度 +20』
私はなぜか目頭が熱くなって、こっそり袖で拭った。
ずるい。あんなの、誰だって好感度が上がる。
◇ ◇ ◇
四人目の殿下には、なかなか会えなかった。
教室も学年も違う。殿下は公務で学園を空けることも多いらしく、中庭にも姿を見せない。結局会えたのは、週の最後の夕方。中庭の東の大木の下だった。
殿下は木の幹にもたれて、ぼんやりと空を見上げていた。いつもの完璧な佇まいとは少し違う。目の下に、うっすらと影が落ちている。
「殿下」
「……君か」
殿下はわずかに目を見開いて、それからすぐに姿勢を正した。疲れた顔をもう一度、いつもの涼しい表情の下にしまい込む。
「何の用だ」
「試作品です。使ってみてください」
紬が差し出したのは、小さな琥珀色の蝋燭だった。精霊樹の蝋を湯せんで溶かし、透き通ったまま固めたもの。中には中庭で拾った白い花びらが、まるで時間ごと閉じ込められたように浮かんでいる。
「精霊樹の蝋は、火をつけると少しだけ森の匂いがするんです。寝る前に灯すと、落ち着くかなって」
「……なぜ、俺に」
「最近、眠れてないみたいだったので」
殿下の表情が、一瞬だけ崩れた。
「どうしてそう思う」
「廊下ですれ違うとき、ちょっとだけ瞬きが多かったので。あと、さっきも空を見てました」
「…………」
殿下は蝋燭を受け取ったまま、長いこと黙っていた。夕陽が琥珀色の蝋を透かして、閉じ込められた花びらを淡く照らしている。
「……誰にも、気づかれていないと思っていたんだがな」
ぽつりとこぼれた声は、ひどく静かだった。
ゲームの殿下には、誰にも言えない重圧がある。王太子として完璧であり続けなければならないという責任感。その本音が明かされるのは、第四章の舞踏会のはずだ。
それを紬は、廊下ですれ違っただけで見抜いていた。
「ありがたく使わせてもらう」
「はい。感想ください」
「……ああ」
殿下はかすかに笑った。ほんの一瞬。見間違いかと思うほどの、短い笑み。
『アレクシス・フォン・アルディア 好感度 +25』
今週最大の上がり幅だった。
◇ ◇ ◇
その夜。私はベッドの上で、四人の好感度を一覧にして紙に書き出していた。
アレクシス、四十七。シリル、六十三。ユリウス、四十五。レオン、三十四。
ゲームなら、このあたりで個別ルートへの分岐が見えてくるはずだ。ひとりの好感度が抜きん出て、その攻略対象との物語が本格的に動き出す。
なのに今の数字は、見事なまでに横並びだった。シリルが少し抜けているけれど、あれは研究仲間としての数字だ。恋愛に発展する気配がまったくない。
(これ、どうなるの……)
全員の好感度が高いまま、誰のルートにも入らない。そんな展開、ゲームには用意されていなかった。
「陽菜」
呼ばれて顔を上げると、紬が私のベッドの脇に立っていた。手に何か握っている。
「これ、陽菜の」
差し出されたのは、細いブレスレットだった。
樹皮の繊維で作った糸と、霧山羊の毛糸を編み合わせたマクラメのブレスレット。結び目は小さく、驚くほど均一に揃っている。
「……私にも?」
「うん」
腕に巻いてみる。霧山羊の糸が、私の魔力に反応してじわりと色づいた。
明るい橙色。夕焼けみたいな、陽だまりみたいな色。
「陽菜の色だ」
紬が、ほんの少しだけ目を細める。
「試作品じゃないよ。これはちゃんと、陽菜のために作ったの」
言葉が出なかった。
「前にあげたブレスレット、向こうに置いてきちゃったでしょ。だから」
幼稚園の教室の隅で、紬が初めて私の手首に巻いてくれた、ぐるぐる巻きのいびつなブレスレット。あれから十二年、何度も作り直してもらった。毛糸が刺繍糸になり、刺繍糸が麻紐になり、結び目はどんどんきれいになっていった。
そして今、私の手首には、異世界の糸で編まれた新しいブレスレットがある。
「……ありがと」
声が震えないようにするだけで精一杯だった。
紬は満足そうにうなずくと、自分のベッドに戻っていく。
私はブレスレットを握りしめたまま、さっきの紙を見下ろした。横並びの四つの数字。
このままじゃいけない。
紬は気づいていない。紬の作るものが、紬の手が、どれだけ人の心を動かしているのか。このまま全員の好感度を上げ続けたら、いずれ必ずどこかで収拾がつかなくなる。
だったら、私が決めるしかない。
四人の中からひとり。紬を一番大切にしてくれそうな人を選んで、その人と紬をくっつける。ゲームの知識を総動員して。
手首の橙色が、薄闇の中でかすかに光っていた。




