第64話:変わらぬ想い
「一回だけ会えないか?」
美香へ送ったメッセージ。
「いいよ」
たった三文字。
でもその言葉で、太郎の止まりかけていた人生が、もう一度ゆっくり動き出した気がした。
メッセージを送ったあと、太郎はスマホをテーブルに置いた。
胸が妙に落ち着かない。
若い頃でも、こんなに緊張したことはなかった。
「バカみたいだな…」
自分で苦笑する。
もういい歳の男が、昔の恋にこんなに動揺している。
それでも、スマホが気になって仕方ない。
太郎は何度も画面を見た。
既読はつかない。
数分。
十分。
三十分。
何も変わらない。
「やっぱりな…」
太郎はソファにもたれた。
当然だ。
突然「久しぶり」なんて送られても困るだろう。
そもそも番号が変わっているかもしれない。
もう届いていないのかもしれない。
太郎は目を閉じた。
美香の顔が浮かぶ。
若い頃の笑顔。
葬儀屋の事務所で、書類を整理していた姿。
「太郎また来たの?」
少し呆れたように笑っていた声。
胸の奥がじんわり痛くなる。
その時だった。
スマホが震えた。
太郎は驚いて体を起こした。
画面を見る。
美香
その名前が表示されていた。
太郎の心臓が強く鳴る。
ゆっくりメッセージを開いた。
そこには短い言葉があった。
「久しぶりだね」
それだけだった。
でも太郎の胸はいっぱいになった。
何年も会っていないのに、
その一言で昔に戻ったような気がした。
太郎は少し考えてから返信を打つ。
「元気か」
すぐには送らず、少しだけ迷った。
もっと違う言葉がある気もする。
でも結局、それしか出てこなかった。
送信。
しばらくして、また返信が来た。
「うん、元気だよ」
そして少し間を置いて、もう一行。
「太郎は?」
太郎は少し笑った。
正直に打つ。
「一回死にかけた」
数秒後。
「え?」
その一文字が返ってきた。
太郎は続けて送る。
「心筋梗塞」
「運よく助かった」
画面の向こうで、美香が驚いている姿が想像できた。
しばらくして返信が来る。
「そうなんだ…」
そして次の言葉。
「大丈夫なの?」
太郎はスマホを見ながら、少しだけ笑った。
昔と同じだと思った。
美香はいつもこうやって心配する人だった。
太郎はゆっくり打った。
「まあな」
そして、少しだけ勇気を出した。
「美香」
数秒止まる。
それから続けた。
「一回だけ会えないか?」
送信した瞬間、胸が強く鳴った。
しばらく既読はつかなかった。
太郎は静かな部屋でスマホを見つめる。
時計の音だけが聞こえる。
そして――
画面に既読がついた。
太郎の心臓がまた大きく鳴った。
数十秒後。
美香から返信が届いた。
「いいよ」
たった三文字。
でもその言葉で、太郎の止まりかけていた人生が、もう一度ゆっくり動き出した気がした。




