第59話:未来
「二人で生きていく」
太郎と陽菜は歩き出した。
今度こそ逃げない。
もう誰からも。
美香と翔太が去ったあと、公園には静かな夜だけが残った。
太郎はしばらく動けなかった。
胸の奥にぽっかりと穴が開いたようだった。
遠くで、陽菜が不安そうに立っている。
太郎はゆっくり歩いて近づいた。
「陽菜…」
陽菜は太郎を見た。
目はまだ赤い。
「行っちゃったね」
小さな声だった。
太郎はうなずいた。
「うん」
しばらく沈黙が続く。
陽菜は空を見上げた。
「お父さん」
「ん?」
「私たち、どうなるの?」
太郎は少し考えた。
正直、未来なんてわからない。
真美との離婚。
壊れた家庭。
仕事。
全部ぐちゃぐちゃだった。
でも一つだけ、はっきりしていることがあった。
太郎は陽菜の方を向いた。
「二人で生きていく」
陽菜は驚いた顔をした。
「二人?」
太郎はうなずいた。
「俺と陽菜で」
陽菜の目にまた涙が浮かんだ。
「お母さんは?」
太郎は静かに言った。
「もう戻らないと思う」
陽菜は少しうつむいた。
それでも、泣き崩れることはなかった。
この数年で、陽菜はたくさん傷ついてきた。
そして、少しだけ強くなっていた。
太郎は手を差し出した。
「帰ろう」
陽菜はその手を見た。
そしてゆっくり握った。
その手はまだ小さかった。
太郎は思った。
守らなきゃいけない。
今度こそ。
逃げない。
もう誰からも。
家に戻る途中、陽菜がぽつりと言った。
「お父さん」
「ん?」
「私ね」
少し恥ずかしそうに笑った。
「お父さんと二人なら、大丈夫かも」
太郎の胸が熱くなった。
「そうか」
夜の道を、二人で歩く。
家族は壊れた。
愛した人も去った。
でも――
太郎にはまだ残っているものがあった。
陽菜。
たった一人の娘。
太郎はその手を、もう離さないと決めていた。




