第58話:美香の決意
「私、太郎とは一緒に行かない」
「翔太は血は太郎でも育ててくれた人がいる」
それが美香の決意だった。
公園の静けさの中で、美香はしばらく立ち尽くしていた。
真美の背中はもう見えない。
暗い道の向こうへ消えていった。
太郎が近づいてくる。
「美香……」
その声を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
でも美香は振り返らなかった。
ベンチに座る翔太。
そして少し離れている陽菜。
二人の顔を見た時、はっきりわかった。
ここから先、守るべきものがある。
美香はゆっくり太郎の方を向いた。
太郎は少し安心したように笑った。
「終わったな」
「これで…やり直せる」
その言葉を聞いた瞬間、胸が痛んだ。
やり直す。
太郎が言っていた未来。
四人で暮らす話。
優しい夢だった。
でも――
美香は首を振った。
「太郎」
「ごめん」
太郎の顔が固まった。
「え?」
美香は静かに言った。
「私、太郎とは一緒に行かない」
空気が止まる。
太郎の目が揺れた。
「どういうことだよ…」
私は翔太を見た。
「この子の父親は、もういるの」
太郎は言葉を失う。
「血は太郎でも」
「育ててくれた人がいる」
翔太の父親。
美香の夫。
あの人は全部知っていて、それでも翔太を自分の子として育ててくれた。
その事実は、ずっと消えない。
美香は太郎を見た。
「今さら全部変えたら、この子が壊れる」
太郎の目に涙が浮かんだ。
「でも俺は…」
「父親だ」
震える声だった。
美香は小さくうなずいた。
「そうだよ」
「だからこそ」
「ここで終わらせる」
太郎は首を振った。
「嫌だ」
子どものような声だった。
「俺、やっとわかったんだ」
「美香がいないとダメなんだ」
その言葉を聞いて、涙が出そうになった。
昔、何度も聞きたかった言葉。
でも。
今じゃない。
遅すぎた。
美香は涙をこらえて言った。
「太郎」
「私はずっと好きだったよ」
太郎の目が大きくなる。
「今でも」
でも美香は一歩下がった。
「だから、さよなら」
それが最後だった。
美香は翔太の手を取った。
「帰ろう」
翔太は不安そうに太郎を見た。
でも何も言わなかった。
美香たちは歩き出した。
後ろから太郎の声が聞こえる。
「美香!」
でも美香は振り返らなかった。
振り返ったら、きっと戻ってしまうから。
夜の道を歩きながら、涙が止まらなかった。
でもこれでいい。
これで。
私たちの物語は、終わる。




