第47話:自殺未遂
陽菜の自殺未遂。
真美の無関心。
太郎の心はどんどん美香に戻っていく。
美香と再び連絡を取るようになってから、太郎の心は少しだけ軽くなっていた。
夜、仕事が終わってからメッセージを送る。
美香はすぐに返事をくれるわけではないが、必ず返してくれた。
「陽菜ちゃん、大丈夫?」
「学校には行けてる?」
そんな言葉が届くたびに、太郎は胸の奥が温かくなるのを感じていた。
真美とはもうほとんど会話がない。
帰宅しても顔を合わせない日もある。
夜中に帰ってきて、朝早く出ていく。
家族という形だけが残っているだけだった。
陽菜はますます部屋に閉じこもるようになっていた。
朝、学校へ行くときも顔を合わせない。
夜も食事を取らない日が増えていた。
太郎は不安だった。
だが、どう声をかけていいかわからない。
そんなある日の夕方だった。
太郎は会社で仕事をしていた。
突然スマホが鳴る。
画面を見ると、知らない番号だった。
「もしもし?」
電話の向こうから、女性の声がした。
「○○高校の教師ですが…陽菜さんのお父様でしょうか」
太郎の胸がざわついた。
「はい…」
教師の声は落ち着いていたが、どこか緊張していた。
「落ち着いて聞いてください」
その一言で、太郎の心臓が激しく鳴り始めた。
「陽菜さんが…」
短い沈黙。
「校舎の屋上から飛び降りようとしているところを、職員が止めました」
太郎の頭が真っ白になった。
「え…?」
声が出ない。
「今は保健室にいますが、かなり精神的に不安定で…」
太郎は椅子を蹴るように立ち上がった。
「すぐ行きます!」
車を飛ばして学校へ向かった。
ハンドルを握る手が震える。
(嘘だろ…)
陽菜が自殺?
信じられなかった。
だが同時に、頭の中に陽菜の言葉がよみがえる。
「家族って何なんだろうね」
胸が締め付けられる。
学校に着くと、教師が待っていた。
保健室へ案内される。
ドアを開けた。
ベッドの上に、陽菜が座っていた。
顔は青白い。
目は赤く腫れている。
太郎は近づいた。
「陽菜…」
陽菜は顔を上げた。
その目を見た瞬間、太郎の胸が痛んだ。
完全に、壊れている目だった。
教師が静かに言った。
「少し二人で話してください」
ドアが閉まる。
静かな保健室。
太郎はゆっくり言った。
「なんで…」
声が震えていた。
陽菜はぼそっと言った。
「もう無理」
「何が?」
「全部」
太郎の胸が締め付けられる。
陽菜は涙をこぼした。
「学校も」
「家も」
「全部嫌」
太郎は言葉が出ない。
陽菜は続けた。
「みんな言う」
声が震える。
「お前の父親浮気してるんだろって」
太郎は目を閉じた。
陽菜は泣きながら言った。
「ママも家にいないし」
「パパもいない」
「私、一人じゃん」
その言葉が、太郎の心を刺した。
陽菜は小さく言った。
「消えた方がいいかなって思った」
太郎の目から涙がこぼれた。
「そんなこと言うな」
声がかすれる。
「パパが悪かった」
「全部パパのせいだ」
陽菜は何も言わなかった。
ただ静かに泣いていた。
その夜。
陽菜はなんとか家に帰ったが、部屋から出てこなかった。
真美に電話した。
だが出ない。
何度かけても繋がらない。
夜中、ようやく帰ってきた真美に太郎は怒鳴った。
「陽菜が自殺しかけた!」
真美の顔が一瞬固まる。
だがすぐに言った。
「…で?」
太郎は信じられなかった。
「で?じゃねえよ!」
真美は疲れた顔で言った。
「もう無理」
「何が」
「この家」
そう言って部屋に入ってしまった。
太郎はリビングに一人残された。
深夜。
太郎はスマホを手に取った。
気づいたら、美香に電話をかけていた。
数回のコール。
「太郎?」
美香の声。
それを聞いた瞬間、太郎の感情が崩れた。
太郎はすべて話した。
陽菜のこと。
家庭のこと。
自殺未遂。
電話の向こうで、美香は静かに聞いていた。
そして言った。
「会おうか」
その一言だった。
次の日の夜。
太郎は美香と会った。
静かなカフェだった。
美香は真剣な顔で話を聞いてくれた。
太郎は全部話した。
自分の過ちも。
後悔も。
言いながら涙が出てきた。
美香は黙って聞いていた。
そして言った。
「太郎」
「ん?」
「陽菜ちゃんのこと、ちゃんと向き合わないと」
「わかってる」
太郎は顔を覆った。
「でももうどうしていいかわからない」
そのとき、美香がそっと太郎の手に触れた。
その温もりに、太郎の心が揺れた。
昔と同じだった。
そのまま二人は店を出た。
夜の公園を歩く。
しばらく沈黙が続いた。
太郎は言った。
「俺さ」
「うん」
「今でも…」
言葉が詰まる。
美香が見つめていた。
太郎は言った。
「美香のこと忘れられない」
静かな夜。
美香は驚いた顔をした。
でも否定しなかった。
その沈黙の中で。
太郎は衝動的に美香の手を引いた。
そして——
キスしてしまった。
一瞬だった。
すぐに離れた。
太郎は我に返った。
「ごめん…!」
美香は何も言わなかった。
ただ、少し震えていた。
太郎の心臓は激しく鳴っていた。
もう後戻りできない。
そのキスが、
さらに大きな嵐を呼ぶことになるとは、
まだ太郎は知らなかった。




