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第45話:親子の壁

もう夫婦の間に会話もほとんどない。

家の空気も重い。

その空気を、一番敏感に感じ取っていたのは娘の陽菜だった。

太郎と真美の関係は、静かに、しかし確実に壊れていった。


家の中にはいつも重い空気が流れていた。


二人が顔を合わせても、ほとんど会話はない。


あったとしても、皮肉や責め合いばかりだった。


その空気を、一番敏感に感じ取っていたのは——娘だった。


娘の名前は陽菜(ひな)


高校一年生になったばかりだった。

小さい頃は明るくて、よく笑う子だった。

学校の話を楽しそうに話し、父親の太郎にもよく懐いていた。


「パパ、見て!テスト90点だった!」


小学生の頃、そんなふうに嬉しそうに見せてきた姿を、太郎は今でも覚えている。


けれど、いつからだろう。

陽菜は、あまり笑わなくなった。

夕食の時間も、自分の部屋からなかなか出てこない。

出てきても、スマホを見ながら黙って食べるだけ。


会話はほとんどない。


太郎はある日、何気なく聞いた。


「学校どうだ?」


陽菜は顔も上げずに答えた。


「普通」


それだけだった。


昔の陽菜なら、友達の話や先生の話を止まらないくらい話していたのに。


「友達は?」


「いるよ」


短い返事。


それ以上は何も話さない。


太郎はそれ以上聞けなかった。

家の空気が悪いことは、自分でもわかっている。


真美も陽菜にあまり関わらなくなっていた。


「もう高校生なんだから、自分でやればいいでしょ」


それが真美の口癖だった。


陽菜は部屋に閉じこもる時間が増えた。

夜中まで起きていることも多い。


太郎がトイレに起きたとき、リビングで一人スマホを見ていることもあった。


「まだ起きてるのか」


そう声をかけても、


「うん」


とだけ答えて、すぐ部屋に戻ってしまう。


そんな日が続いた。




ある日の夜。


太郎は、リビングで陽菜のスマホがテーブルに置きっぱなしになっているのに気づいた。


陽菜は風呂に入っているらしい。


画面が光った。


通知だった。


太郎は無意識に画面を見てしまった。


そこに表示されていたメッセージ。


「お前マジきもい」

「学校来んなよ」

「死ねば?」


太郎の心臓が凍りついた。


さらに通知が続く。


「友達いないくせに」

「父親浮気してるんでしょ?」

「かわいそー」


太郎の手が震えた。


(いじめ…?)


その時、風呂場のドアが開く音がした。


太郎は慌ててスマホを置いた。


陽菜がタオルで髪を拭きながら戻ってくる。


太郎は声をかけた。


「陽菜」


陽菜は一瞬驚いた顔をした。


「何?」


太郎は言葉に詰まった。


さっき見たメッセージが頭から離れない。


「学校…大丈夫か?」


陽菜は目をそらした。


「何が?」


「いや…」


太郎はうまく言えなかった。


すると陽菜は少し苛立ったように言った。


「別に普通だって言ってるじゃん」


「でも…」


その瞬間、陽菜が強い口調で言った。


「うるさい」


太郎は黙った。


陽菜の目には、涙がにじんでいた。


「今さら父親ぶらないで」


その言葉は、太郎の胸に突き刺さった。


「陽菜…」


「知ってるよ」


陽菜は吐き捨てるように言った。


「パパ浮気してるの」


太郎の顔から血の気が引いた。


「誰に聞いたんだ?」


「学校」


陽菜は笑った。


でもそれは、完全に壊れた笑いだった。


「みんな知ってる」


太郎は言葉を失った。


「パパ最低だよね」


陽菜の目から涙がこぼれた。


「友達に言われた」


声が震えている。


「お前の父親浮気してるクズだって」


太郎の胸が締め付けられた。


陽菜は続けた。


「ママもいつも怒ってるし」


「家、最悪」


太郎は何も言えなかった。


全部、自分のせいだった。


陽菜はスマホをつかんだ。


「もういい」


そして自分の部屋へ戻っていった。


ドアが強く閉まる音。


太郎はその場に立ち尽くしていた。


リビングには静寂が戻った。


しばらくして真美が帰ってきた。


「何その顔」


太郎は静かに言った。


「陽菜、学校でいじめられてる」


真美の表情が固まった。


「……は?」


太郎はさっき見たメッセージの話をした。


真美はしばらく黙っていた。


そして小さく言った。


「……あんたのせいじゃない」


太郎は顔を上げた。


真美は冷たい目で言った。


「全部」


その一言が、太郎を突き刺した。


真美は続けた。


「浮気して家庭壊して」

「娘まで壊して」


真美の声は震えていた。


「最低の父親」


太郎は何も言えなかった。


その夜、陽菜の部屋から小さな泣き声が聞こえてきた。


太郎はドアの前まで行った。


ノックしようとした。

でも、手が止まった。

自分には、もう父親として声をかける資格がない気がした。


ドアの向こうで、陽菜は一人泣いている。


太郎はそのまま、何もできずに立ち尽くしていた。


家族はもう、完全に壊れ始めていた。


そしてこの出来事が、


太郎の人生をさらに大きく崩していくことになる。

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