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第43話:美香との再会

美香と再会する太郎。

太郎の心は揺れる。

そしてこの後、この再会が太郎の人生を大きく揺るがすことになる。

美香との再会は、太郎にとって思いもよらない形で訪れた。


その日、太郎は仕事の関係でとある葬儀に参列していた。


静かな読経の中、焼香の列に並びながら、ぼんやりと祭壇を見つめていた。


ふと、視線の先に見覚えのある後ろ姿があった。


黒い喪服。

きちんとまとめられた髪。

静かに頭を下げるその姿。


——美香だった。


太郎の心臓が強く跳ねた。


何年ぶりだろう。


十年以上は経っているはずだった。


美香は昔より少し痩せていた。


けれど、雰囲気は変わっていない。

いや、むしろ落ち着いた美しさが増していた。


太郎は思わず名前を呼びそうになったが、声が出なかった。


焼香を終えた美香は、ゆっくりと席へ戻っていく。


その横顔を見た瞬間、太郎の胸が締め付けられた。


(やっぱり…美香だ)


葬儀が終わり、会場の外へ出たときだった。


「……太郎?」


後ろから声がした。


振り返ると、美香が立っていた。


太郎は一瞬言葉を失った。


「久しぶり…」


美香は少しだけ微笑んだ。


その笑顔を見た瞬間、太郎の胸の奥にしまっていた感情が、一気に溢れ出しそうになった。


「久しぶり…だな」


声が少しかすれていた。


二人の間に、短い沈黙が流れた。


「元気だった?」


美香が静かに聞いた。


「……まあ、それなりに」


太郎は苦笑いを浮かべた。


本当は元気なんかじゃない。

家庭は冷え切り、仕事だけが人生になっていた。


「美香は?」


「私は…普通かな」


美香は少し空を見上げた。


その仕草が、昔と同じだった。


太郎は思わず聞いた。


「結婚生活は…うまくいってるのか?」


美香は少しだけ間を置いた。


「うん。優しい人だよ」


その言葉に、太郎の胸がチクっと痛んだ。


(そうだよな…)


当たり前のことだ。


自分が裏切ったのだから。


美香は続けた。


「子どももいるし」


「……そうなんだ」


太郎は無理に笑った。


「男の子」


「何歳?」


「高校一年」


太郎は驚いた。


もうそんな歳なのか。


「そっか…」


もし、あの時。


浮気なんてしなければ。


美香と結婚していたら。


あの子は自分の息子だったかもしれない。

そんな考えが、頭をよぎった。


美香はふと太郎を見た。


「太郎は?」


太郎は少し目を伏せた。


「一応…結婚してる」


「真美さん?」


その名前を聞いた瞬間、太郎の胸がざわついた。


「……そう」


美香は何も言わなかった。


ただ、少しだけ表情が曇った気がした。


太郎は思わず言った。


「幸せ…?」


美香は驚いたように太郎を見た。


「太郎は?」


質問で返され、太郎は言葉を失った。


幸せか。

そんなこと、考えたこともなかった。


家に帰れば、真美はほとんど口をきかない。

娘とも距離がある。


家庭は、ただの同居人のようだった。


太郎は苦笑した。


「まあ…普通かな」


美香はそれ以上聞かなかった。


少し沈黙が流れた。


その沈黙が、昔を思い出させた。


仕事帰り、コンビニの前でよくこうして立ち話をしていた。


何でもない時間。


でも、あの頃はそれが一番幸せだった。


美香がぽつりと呟いた。


「懐かしいね」


「……うん」


太郎は小さく頷いた。


「太郎、昔よく言ってたよね」


「何を?」


「俺は絶対、美香を幸せにするって」


太郎の胸が強く締め付けられた。


「覚えてる?」


「……覚えてる」


忘れるわけがない。


あれは本気だった。


でも、自分で壊した。


美香は少し笑った。


「若かったよね」


その笑顔は優しかった。


責めるような気配は一切なかった。


それが逆に、太郎の心を苦しめた。


「なあ、美香」


太郎は思わず言った。


「ん?」


「俺…」


言葉が詰まった。


今さら何を言うつもりなのか。


謝るのか。


それとも——。


美香は静かに待っていた。


太郎は結局、言えなかった。


「……いや、なんでもない」


美香は少しだけ寂しそうに笑った。


「太郎って昔からそうだよね」


「え?」


「大事なこと、最後まで言わない」


図星だった。


美香は腕時計を見た。


「そろそろ帰らないと」


「ああ…」


「今日は会えてよかった」


その言葉に、太郎の胸がまた痛んだ。


「また…会えるかな」


気づいたら、そう言っていた。


美香は少し考えた。


そして優しく笑った。


「縁があればね」


その言葉は、曖昧で、でもどこか優しかった。


「じゃあ」


美香は軽く頭を下げて歩き出した。


太郎はその背中を見つめた。


遠ざかっていく背中。


昔、何度も見送った背中。


でも、あの頃とは違う。


今はもう、追いかける資格がない。


太郎の胸の中で、長年押し込めていた感情が静かに揺れていた。


(俺は…まだ)


美香のことを。


忘れていない。




いや。


多分、一度も忘れたことなんてなかった。




太郎は空を見上げた。


灰色の空。


葬儀場の煙突から、細い煙が上がっていた。




人生は、やり直せない。


それはわかっている。




でも。


もし、もう一度だけ。


美香と話せる日が来るなら——。


太郎の心は、静かに揺れていた。


そしてその再会が。


この後、太郎の人生を大きく揺るがすことになるとは、まだ誰も知らなかった。

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