第40話:浮気
沙織との関係が真美に知られてしまう。
真美の嫉妬は狂気へと変わる。
沙織との関係が始まってから、太郎は変わった。
それは小さな変化だったが、長年同じ家で暮らしてきた真美にはすぐに分かった。
まず、帰りが遅くなった。
葬儀社の仕事はもともと不規則だ。
夜中に呼び出されることもある。
だから最初のうちは気にしていなかった。
だがある日、真美はふと違和感を覚えた。
太郎が帰宅したとき、どこか機嫌がいい。
「……」
リビングでスマホを見ながら、真美はちらっと太郎を見た。
太郎は静かにスーツを脱ぎ、風呂へ向かう。
その背中が、以前とは少し違って見えた。
長年一緒にいると、そういう変化は分かる。
夫婦の会話はほとんどない。
だが空気は読める。
そして数日後、決定的な違和感があった。
太郎のスマホがテーブルに置きっぱなしになっていた。
滅多にないことだった。
普段の太郎はスマホを肌身離さず持っている。
真美は何気なく画面を見た。
ロックはかかっていない。
そこに一件の通知が表示された。
沙織:今日は楽しかったです。
その文字を見た瞬間、真美の指が止まった。
「……沙織?」
知らない名前だった。
職場の人間かもしれない。
それだけのはずなのに、胸の奥がざわついた。
その時、風呂のドアが開く音がした。
真美はすぐスマホをテーブルに戻し、何もなかったようにテレビを見た。
太郎は濡れた髪のままリビングを通り過ぎる。
そしてスマホを手に取った。
一瞬、画面を見て、少しだけ笑った。
その表情を見た瞬間——
真美の胸の奥に、強い不快感が走った。
(何あれ)
太郎が笑う顔なんて、もう何年も見ていない。
自分には見せない顔。
その夜、真美は眠れなかった。
天井を見つめながら考える。
沙織。
誰?
職場の女?
それとも——
次の日、真美は行動を起こした。
美容院の仕事が早く終わったため、帰宅後すぐに太郎の書斎に入った。
太郎の私物はあまりない。
だが机の引き出しの中に、スケジュール帳があった。
真美はそれを開いた。
そこには仕事の予定がびっしり書かれている。
だがところどころに、仕事とは関係ないメモがあった。
「19時 沙織」
それを見た瞬間、胸が熱くなった。
ページをめくる。
「映画 沙織」
さらにめくる。
「食事 沙織」
真美の手が震えた。
(なにこれ)
胸の奥に、ゆっくりと怒りが広がる。
だがそれ以上に強かったのは——
嫉妬だった。
その日の夜、太郎はいつもより遅く帰ってきた。
時計は23時を過ぎていた。
「……」
真美はリビングで待っていた。
太郎がドアを開ける。
「ただいま」
いつもの声。
だが真美は答えなかった。
太郎が靴を脱ぎ、リビングに入る。
その瞬間、真美が言った。
「沙織って誰?」
空気が凍った。
太郎の足が止まる。
「……何?」
「沙織」
真美はゆっくり言った。
「誰?」
太郎の表情が一瞬だけ固まった。
それを真美は見逃さなかった。
「職場の人」
太郎は平然を装って言った。
「パート」
真美は笑った。
だがその笑いは冷たかった。
「へえ」
沈黙が流れる。
真美はソファから立ち上がった。
「食事」
太郎が言う。
「何?」
「映画」
一歩近づく。
「会う」
さらに近づく。
「全部知ってるけど」
太郎の顔色が変わった。
「……」
「ねえ太郎」
真美の声が低くなる。
「浮気?」
その言葉が部屋に落ちた。
太郎は何も言わなかった。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
真美の胸の奥で、何かが切れた。
「はは」
乾いた笑いが出た。
「やっぱり」
太郎はようやく口を開いた。
「違う」
「嘘つくな」
真美の声が鋭くなる。
「顔に書いてある」
そして次の瞬間。
真美は叫んだ。
「ふざけんなよ!!」
家の中に怒声が響いた。
「誰のおかげで今の生活があると思ってんの!?」
太郎は黙ったままだった。
真美は止まらない。
「浮気?この歳で?バカじゃないの!?」
長年積もった感情が、一気に溢れていた。
だがその怒りの奥には、もっと深い感情があった。
恐怖。
太郎を奪われるかもしれない恐怖。
真美は太郎を愛しているのか?
それはもう分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
太郎は自分のもの。
それだけは絶対に譲れない。
真美は太郎を睨んだ。
「その女、やめなさい」
太郎は静かに言った。
「……できない」
その言葉は、真美の心を完全に壊した。
部屋の空気が凍りつく。
真美の目がゆっくり見開かれる。
「……今なんて言った?」
太郎は視線を逸らさず言った。
「沙織をやめるつもりはない」
その瞬間——
真美の中の嫉妬は、狂気へと変わり始めていた。




