94:この世界に転生してきた俺のようだった。
光のグランシュ子爵。
なんか気持ち悪い。
そう思うほど、子爵の様子は以前見た時とは別人になっていた。
フィッチャーの調べだと、オズワルズの元を離れてから、子爵はカレンロス伯爵を手伝っていたようだ。
カレンロス伯爵はごくごく平凡な貴族で、特に浪費癖があるわけでもなく、派手に稼ぐタイプでもない。
地味な貴族の代表みたいな人だと、フィッチャーに教えてもらった。
その後で、元男爵領をオズワルズから買い取ったのだろう。
まぁ実質、タダで手に入れたようなものだ。
そんな領地で子爵は、使用人や家臣と一緒に鉱石を掘り、雇った鍛冶職人に金銀の錬成を依頼。
コツコツと小銭を増やし、そのお金でまた人を雇い……それを繰り返したそうだ。
そして以前、父上殿が領主だった時にはやっていなかったことも行っていた。
冒険者の受け入れだ。
男爵家は騎士団を有していた。だから冒険者を必要としていなかった。
冒険者は何をするか。
もちろん、モンスター狩りだ。
男爵領にはモンスターが出没する森と山があった。時々、そこに生息するモンスターが山なり森なりから出てきて領民を襲ったり、行商人を襲うこともあって。それで定期的に騎士団、そして父上殿が出て行って数を減らすということをやっていた。
それを子爵は、冒険者に任せたのだ。
「いえ、雇ってはおりません。冒険者ギルドの支部を町に誘致しまして。家賃はいらぬと言って」
「こ、鉱山を過ぎた山の奥に、別の洞窟があったんです。そ、そこにもモンスターが住んでいて」
「その件はわたしたちも把握していました。しかし洞窟からは出てこない類のモンスターだったので、放置していたのですが。なるほど、冒険者であれば、好んで狩場として利用するでしょうね」
「そう! それなのですよ男爵。あ、いや、辺境伯でしたな。ははは」
冒険者ギルドの方から来てもらい、ギルドができれば冒険者も集まって来る。
モンスターを狩った冒険者が素材を換金。その一部は、ギルドのある領地へ税として納めるのが決まりだ。
それはどこでも行っていることなので、ギルドが文句を言うこともない。
むしろ建物の家賃がタダなのだから、ギルドは喜んでいるだろう。
「そうして冒険者が集まってくると、彼らを客とする商人も移り住んできまして。さらに農民たちの入植もあって、領民と呼べる者たちが二百人にはなったのですよ」
「それは凄いですね、子爵。あそこは良い土地なので、農作物もよく育ちます。しばらく放置されていたようだからすぐにとはいかないでしょうが、豊かになることは間違いなしですよ」
「えぇ、えぇ。そうなんです! 入植者たちの目も輝いていまして。いやぁ、アレをみているとわたしも頑張らねばと思うんですよ。なんせ祖父の代から、領地を持つのが夢でしたからね」
そういえばフィッチャーが言ってたな。
グランシュ子爵家はずっと領地を持たない、弱小貴族だったって。
たぶん、子爵はずっと身内から「領地を持て」というプレッシャーの中で育ったのだろう。
経緯はどうであれ、領地を持つというグランシュ子爵家の念願が叶ったってことか。
領地経営にやりがいを感じて、それが子爵を変えたのだろうか。
それとも、俺を利用するために媚びているだけなのか。
でも。
グスタフの表情が明るくなったのは確かだ。
それはまるで、この世界に転生してきた俺のようだった。
だからだろうな。
「わかりました。水を抜く装置を錬金しましょう」
そう、言った。
「これが竹、ですか。幹が緑色だとは聞いてはいましたが、実際に見ると不思議な感じがしますな」
「思ったより大きいんですね!」
「なるべく太い竹を使いたいので、探してください」
竹林へとやって来た俺たちは、手分けして太い竹を探した。
比べるのに、自分で腕を回して幹に抱き着くだけだ。
「これはどうでしょう?」
「いいですね。エリン嬢、それに印をお願いします」
「はい!」
赤いリボンをつけ、更に探す。
最終的に、リボンのついた竹を、一番背の高い子爵が測って、長い物から順に十本ほど伐採。
それを持って町へと戻り、加工するのだが。
「親方たちに連絡しないとな」
「じ、じゃあ僕が! えっと、どこに連絡すればいいんですか?」
「グスタフが? えっと、あそこに穴が見える? あの穴はドワーフ族の居住区の入り口なんだ。中にいるドワーフに話せば、親方を呼んでくれるはずだよ」
「わかりました!」
グスタフはそう言って、口をパクパクし始める。
ん?
「はっは。息子は魔法鑑定の儀式で、少し変わったスキルを与えられていたことがわかりましてね」
「魔法鑑定? あぁ、十歳になったら神殿で行うアレですか」
俺は早い段階で魔法を使ってしまったため、神殿の司祭様に鑑定された。
そうでない子供は、十歳で鑑定の儀を行う。
もちろん、全ての子供が魔法を授かっているわけではない。特にここで鑑定する魔法と言うのは、俺の錬金魔法のように、潜在的に持っているもののことだ。
魔法なんていうのは、魔力がしっかりあって努力すれば使えるようになる。
ま、その魔力をしっかり持っている人間が極端に少ないんだけどな。
「それで、変わったっていうのは?」
「声を遠くに届ける魔法です。精霊魔法に似たものがあるとか」
「あぁ、エルフたちに聞きました。風の精霊魔法を使ったものだって」
へぇ。声を遠くに届けるねぇ。
変わっているけど、悪くはない魔法だ。特にうちみたいな、常に誰かが見張りに立つような地域なら、ね。
まぁ貴族が必要かといえば、微妙ではある。
しばらくして親方が穴から出てきてこちらにやって来た。
どうやらグスタフの声は、穴の中にちゃんと届いたようで、親方はどこか驚いた顔をしていた。
そうして町へと戻り、さっそく加工を始める。
節をくり抜き、螺旋状のスクリューを中に仕込む。
そのスクリューにハンドルを付け、くるくる回せば――。
「こうして回すと、中に入った水が竹筒内を上ってくるんです」
何度か錬成ミスで上がってこなかったけど、やっと成功した。
「おぉ、本当だ。しかしこれでは、かなり時間がかかりそうですな」
「そうですね。でも確実に水を抜けますし、持ち運びも楽ですから」
電動ポンプでもあればいいんだろうけど、それはない。
人力を考えると、これが最善かなって。
俺も前世の知識がいろいろあるわけじゃない。クソ親と一緒だったときには、テレビを見せてももらえなかったしネットなんて利用したこともなかった。
母親が家を出て、父親が刑務所に入って。社会人になって初めての給料で買ったのがテレビだ。
この、丸い筒を使って水を汲み上げる方式も、テレビで見たものだけど、チラっと見た程度だしなぁ。
これをいくつも作って、水没エリアからA地点に汲み上げ、いったん貯める。
そこからまたB地点まで汲み上げ、C地点に。
なーんて、段階的に汲み上げ、最終的に外へ出す方法だ。
時間はかかる。でもハンドルを回すだけで簡単だし、誰にでもできる作業だ。
さらに竹ローラーコンベアも用意してやる。一メートル程度の長さのものを大量に。これを繋げて使う。
ローラー用の予備の竹も出血大サービスしてやろう。
「ここまでしてくださるとは。いやぁ、感謝のしようもない」
「いえ、存分に感謝してください。ですから」
柔和な笑みを浮かべるグランシュ子爵を見上げる。
「シュパンベルク伯爵領が手に入るとはどういうことなのか。正直に話してもらいましょうか?」
彼に負けないぐらい柔和な笑みを浮かべて言ってやった。




