95:誰が予想できただろうか。
「グランシュ子爵家。わたしもそのお話は、今ここでお聞きしたいと思っております。何か危ない橋を渡られているのではないかと、心配になりますので」
父上殿。場合によっては心配に値しないかもしれないぞ?
とは思うものの、父上殿の性格では無理な話か。
それに、今思えば子爵は、特にうちに対して率先して嫌がらせをしていたわけではない。
オズワルズにくっついていただけ。
そう、それだけなんだ。
この人もオズワルズじゃなく、最初から父上殿の方についていれば違う人生を送れただろうに。
まぁ男爵領は小さく、領地を持たない他の家門の力を雇うほどじゃなかったけど。
「グランシュ子爵」
「そ、それは……も、もう少し待って欲しい。せめて鉱山が起動に乗るまでは」
「何か理由があるんですか? 今ではダメな理由が」
俺の方でも尋ねてみたが、しどろもどろで答えになっていない。
はぁ、これ以上は無駄か。
そう思った時。
「パ、パパは領地を取り返されるのが怖くて、それですぐには本当のことを言えなかったんです!」
「グ、グスタフ!? 今はまだだっ」
「ううん。パパ。もう隠さなくたっていいよ。むしろ遅い方だよ!」
息子の方がゲロった。
「四年半前の……ホーヘンベルク侯爵様のお家で開かれた茶会で……ディルムットくんが盗んだことにされているネックレスなんだけど、実は」
「ランドファスが犯人なんだろう?」
「え、知ってるの!?」
いや、知らないわけないだろう。
そう言えばあの日も、グスタフはランドの側に……もしかして。
「現場にいたのかい、グスタフくん?」
そう問うと、彼は小さく頷いた。
「ま、待ってくれ! 息子は知らなかったんだ。いや、現場を見てもいないんだ。本当だ。信じてくれっ」
「それは話を聞いてからですね。そうでしょ、父上」
「……正直、わたしはその件で辺境へ着任させられたことは、むしろよかったとさえ思っています。しかし、兄がやったことは許すわけにはいきません。シュパンベルク伯爵家、男爵家双方の顔に泥を塗ったのですから」
父上殿のいうシュパンベルク伯爵家というのは、代々続いた家門のことを言っているのだろう。オズワルズのことではない。
子爵は少し考えた後、ようやく重い口を開いた。
まぁその内容は予想通りのものだ。
ランドファスが、当日、賓客の出入りをお断りしていた本邸に入り込み、そこでネックレスが置かれた部屋に入った。グスタフがしつこく止めるよう言ったので部屋を出たが、彼が先に部屋を出た際にくすねたのだろう。
「ごめんなさい。侯爵夫人のネックレスが盗まれていたことを、僕がずっと知らなかったから」
「知らなかった? あんなに問題になったのに」
「と、当時わたしたち親子は、伯爵領にいました。そこではネックレスの件は、伏せられていたのです」
あぁ。噂になれば犯人はランドだろうって領民もみんな思うだろうからね。
かん口令でも出ていたんだろう。
それでなくても、この世界じゃテレビもネットもないから、噂話なんてのが外部の人が直接持ち込みでもしない限り、耳にすることはない。
子供の耳に入れないようにしようと思えば、意外とできるもんだ。
グスタフがその件を知ったのは、半年以上も経ってから。つまり俺たち一家が辺境に来てからだ。
ランドが――とは思ったものの、元々気の弱いグスタフには言い出せなかったのだろう。
「その件をわたしが知ったのは、二年半前のことです。王都でグスタフがディルムット殿に面会にいった、あの後でした」
「す、すみませんっ。僕がすぐにお話してくれば、男爵様一家はすぐにでも辺境から戻ってくれたでしょうに」
「いや、それは困ります」
「「え?」」
グランシュ親子が同時に驚いたような声を上げる。
「辺境を捨てるなんて、できるわけないでしょう!」
こんな美味しい暮らしを、他の奴に譲る気なんてない!
「ディルムット……よく言ったぞ」
「そうね。ディルの言う通りだわ」
ん?
「今の辺境があるのも、ディルムットをはじめ、みんなが頑張ってきたからだ」
「それを途中で放り出せば、ここはまた以前のようになってしまうもの」
「デイルムットはそれが言いたかったのだろう。優しい子だからね」
ん?
父上殿と母上は、いったい何を言っているのだ?
お、俺は、こんな楽しいことを他の貴族に奪われたくないから、戻りたくないと言っているだけで。
あれー?
「ではこの手紙を国王陛下に」
侯爵家でのお茶会の席で起こったこと。その内容を子爵が手紙に書き留め、その手紙をここからフェアリー・ワイバーンで王都へと運ばせる。
もちろん。後日彼が王都に招集されるのは決定事項だ。
まぁここから元男爵領まで戻るのに、半月以上かかるしね。さらに元男爵領から王都までは一週間はかかる。
ネックレス騒動がこれで片付くかどうかはわからない。
なんせ七歳児の証言しかないからな。オズワルズはそこで反論するだろう。
ヘタをすればグスタフが犯人だと言い出すかもしれない。
子爵はそれも心配していたのかも。
いや、これをネタに男爵領を手に入れたはずだ。
はは。
オズワルズをゆすっておきながら、手に入れた領地が軌道に乗ればあっさり裏切って、真実を話す気でいたってことか。
なかなかのワルじゃん。
ただ、領地経営を始めて、今までできなかったことができるようになり、達成感を得ることで彼の中で何かが変わったのも事実。
このまま腹黒く、誠実な領主のままでいてくれればいいけど。
あ、腹黒いのは大事だ。
うちの父上殿みたいに、人に騙されないか心配してやる必要もないからね。
子爵が訪ねてきた翌日。水を汲み上げるためのスクリューポンプや竹ローラーの部品を大量に荷車へ乗せ、子爵一行は早々とゼナスを発つことになった。
「荷車まで用意していただき、感謝いたしますぞディルムット殿」
「大いに感謝してください。お礼に、ゼナスのことを冒険者ギルドに話していただけませんか?」
「冒険者ギルドに? それはまた何故」
「実は、水が流れるようになったことで緑が増え、それを食べる草食動物や小型モンスターが増え、それを狙う中型モンスターが山から下りてくるようになったんですよ」
ここまで話せば、自ら冒険者ギルドを呼び寄せた彼にならわかる。
俺の狙いを理解した彼は、それならとひとつアドバイスをくれた。
「ゼナスまでの道のりが非常に長いので、北のセゾナ領との境に小さな宿場町を作ってはどうです?」
町をもうひとつか。もちろんそのつもりだ。
冒険者を迎え入れるために、重い腰をあげないとな。
はぁ。やっと砦が完成したばかりだっていうのに。
町の外まで子爵を見送る。
竹スクリュー、上手くいくといいなぁ。まぁ実験では上手くいったんだ。たぶん大丈夫だろう。
そんなことを考えていると、馬車が出発した。
グスタフが窓から顔を出し、元気に手を振る。
俺も手を振り返そうとしたが、足元で何かがコツコツ叩くので下を見るとコロコロだ。
「あ、そうか! 子爵! 子爵止まってください!!」
慌てて張り上げた声。御者が気づいて馬車を止めてくれた。
「ディルムット、どうしたんだい?」
「父上殿。コロコロを北の牧場に連れて行こうと思っていたんです」
だからコロコロの方から準備をしてきてくれたのだ。
「すみません、子爵。少し北の牧草地にコロコロを連れて行きたいんです。乗せてやってくれませんか?」
「もちろんです。コロ……虫!?」
「いえ、モンスターです」
『キュ』
「モ、モンスター!?」
めちゃくちゃ驚いているけど、グスタフは輝く瞳でコロコロを見ていた。
男の子は虫とかロボット大好きだもんなぁ。
俺は自分の馬に乗り、コロコロ七匹を荷車に乗せてもらって町を出発した。
これから起こることなんて、誰が予想できただろうか。




