93:そういうことだろうね。
「ディル、大変にゃー!」
岩塩洞窟を出ると、町の方から走って来るキャロの姿があった。
何かあったのか? 随分と慌てているようだ。
「どうしたんですか、キャロ」
「ディルにお客さんにゃ」
俺に?
「なんとかかんとかって子爵にゃ!」
「いや、わかりませんって。オルマンさん?」
「グランシュという貴族です。男爵が最初、警戒していた」
グランシュ……グラ……あ!
グスタフのところか。
え? 子爵がいったい何の用でここに?
もうオズワルズとは決裂したはずだけど、まさかまた仲良しこよしになったとか?
となると、岩塩の稼ぎを横取りするために、手を打ちにきたのか。
グスタフもかわいそうにな。またランドファスの子分にさせられて。
「エーリヒ様、エリン嬢。申し訳ありません。僕は屋敷へ戻らなければならなくなりました」
「わかっている。わたしたちも戻ろう。ここだけは見たかった場所だが、無事に見ることもできたし」
エリン嬢もこくんと頷き、俺たちは揃ってゼナスの屋敷へと引き返した。
屋敷に戻ると、特に揉め事が起きている様子もなく。
執務室の方へ行く途中で、うちの双子とグスタフを発見。
「あっ。ディルムットくん。こ、こんにちは」
「あ、あぁ、こんにちは」
ん? なんか思ってたより、グスタフの顔が明るい。
「兄上。グスタフ様が、絵本をたくさん持ってきてくださったんです」
「町の子たちにって。まだ字の読み書きがうまくできなくても、これなら読めると思うの」
「グスタフくんが絵本を?」
「パパ、いえ、父上が持たせてくれたのです」
子爵が? いったいどんな魂胆があるんだ?
その子爵が父上殿の執務室から出てきた。
「おぉ、お戻りになられましたかディルムット殿。いやぁ、前回会ってから二年半か。ずいぶんと身長が伸びましたなぁ。うちのグスタフは妻に似たのか、小柄なままですよ」
「お久しぶりです、子爵。辺境までわざわざ絵本を届けるために来たのではないですよね?」
少し回りくどく、だけどはぐらかすのは許さない。そんな目で奴を睨みつけた。
それがわかったのか、子爵は苦笑いを浮かべる。
「良い感情を持たれないのは理解しているつもりですが、そう邪険にならず、どうかお願いを聞いてもらえないだろうか?」
「お願い? いったいなんですか」
「ディルムット。まずは子爵の話を聞いて差し上げなさい」
執務室から、今度は父上殿が出てきた。
父上殿は子爵の味方か。優しすぎる人だし、騙されてなければいいけど。
とは思うものの、父上殿は意外としっかりした人物ではある。クソ伯父に関しては、甘いと言うか、どこか引け目を感じているところもあるんだよな。
まぁ、長男を差し置いて父親の愛情を一身に受けて育ったことが、父上殿の心に罪悪感を植え付けてしまっているんだろうな。
聞けば、祖父は恋愛結婚だった父上殿の実母と暮らすため、屋敷から出たっていうし。
その時にはクソ伯父はもう生まれていたけど、一度も会っていなかったとか。
そんなことになったのも、ひいじいさんが伯爵家の地位を確固たるものにするため、侯爵家令嬢だった義祖母と祖父を無理やり結婚させたこと。
しかも当時祖父に恋をしていた義祖母が、祖父を酒に酔わせて既成事実を作ったっていう。
それをお膳立てしたのがひいじいさんだ。
祖父が駆け落ち同然で屋敷を出たのも納得の展開。
そりゃオズワルズを愛せないよなぁ。
が、父上殿が十歳の時に祖母が亡くなり、そして初めて実家に帰ってきて、オズワルズのクズっぷりを目にした。躾のなってなさ、クズさは全て自分のせいだと反省……したまではいいが、奴のやらかしを全部自分が責任を取ることで解決したのがマズかった。
っと、祖父語りはもういいや。
恋人がいたのに既成事実で好きでもない相手と結婚させられた祖父には同情するけど、その結果でクズが出来上がったのだからもう少し考えて欲しかったな。
双子がたくさんの絵本を手に、町の学校へと行った。
俺とグスタフ、それからエーリヒ様、エリン嬢が執務室へと入る。
「いやはや。小公爵様もご一緒だとは聞きましたが、何故辺境へ?」
「わたしが辺境にいては、何かマズいことでも?」
涼しい顔をしてそう返すエーリヒ様に、子爵は苦笑いを浮かべるしかなかった。
それから全員がソファーに腰を下ろし、まずは冷たいパインジュースで喉を潤した。
最近になってようやく収穫できるようになった果物第一号だ。
アスデローペ卿が持ってきてくれた他の果物も、小さな実をつけ始めたし数か月以内に収穫できるだろう。
俺たちが喉を潤す間、子爵は静かに待っていた。
そしてコップを置くと途端に口を開く。
「実はですな。元男爵領、今はわたしが預かっております」
「……え?」
「オズワルズ伯爵から譲り受けたのですよ。まぁ理由は……ほとんどタダ働きさせられていましたし、わたしも彼に金を貸しておりましたので、返済の代わり、というやつですな」
水没した鉱山に価値はない。そう言って奴は手放したんだとか。
真面目に農園の管理をすれば、裕福ではなくても普通に暮らせるだけの金は得られたのにな。
ほんと、バカな奴。
元男爵領を手に入れた子爵はというと……。
「まず、水没していない浅い層で金銀の採掘を始めました。量は多くはありませんが、まずは人を大勢雇い入れる資金が必要でしたので」
「人を雇って、どうしようと?」
「そりゃもちろん、水を抜くためです。地質調査もいたしました。近くに地底湖があったのですね。そこの水が流れ込んだのですよ」
それは知っていた。だから十二番坑道は掘り進めるのを止めたんだ。
子爵は地底湖を見つけ出し、坑道より低い位置になるよう、精霊使いを雇って湖を広げたそうだ。
そして坑道内の水の一部は元の地底湖へと戻り、穴を塞いだ。
「しかしまだ残っておりまして。その水をどうやって汲み上げたものかと、悩んでいるわけです」
「それを僕に話す理由は?」
そこまで言うと、突然彼は立ち上がって頭を下げた。
「ディルムット殿の錬金に、頼らせていただきたいのですっ」
ま、そういうことだろうね。
「なにとぞ。なにとぞよしなに!」
「協力の見返りは?」
「男爵にもお話しましたが、数年以内に、伯爵領をお渡しできるかと」
それは。
「シュパンベルク伯爵領、ということですか?」
俺の言葉に、子爵はにっこり笑って頷いた。




